碧き舞い花Ⅱ
76:連綿と続くもの
紅き気迫を伴った空気が、鱗粉ごとユールの空気を押し退けていく。
「うらぁああああっ!」
「……うぅ、ボクだって空気だけじゃないんだからっ!」
少女の姿がおぞましく波打った。そうして形が変わっていく。
竜人の脚で踏ん張り、獣人の腕で空気を押し返す。しかも空気には妙な揺れとうねりが加わっている。これは外在力の範疇を越えた操作性を可能にする、念波を織り交ぜたものだ。
形成は逆転。
生き物の群れような空気が、ズィードを四方八方から叩く、擦る、戯れる。そのまま彼の身体は宙に浮かされ、されるがまま。
「ぬぁあああ……」
空気をなくされないのが幸いだった。一瞬で終わるのはごめんだ。
ズィードはスヴァニを投げた。まだ全然慣れないけど、と思いながら、彼は空気の群れの中から姿を消した。それはナパードだった。紅き花を散らし、彼は投げて瓦礫に刺さったハヤブサの元へ移動していた。
「……ぉうう」吐き気を催すが、ぐっと耐える。スヴァニを支えに立ち上がる。「ふー……っしゃ」
異形なユールに目を向ける。
「渡界人、なの、お兄さん?」
「ハーフだからな、俺」
「……」
「……あ、ツッコんでくれるやついねぇんだった。ハーフはハーフだけど、ナパスの血は一滴もはいってねーよ。これは貸されてんだと思うぜっ!」
再び、今度はユールに向かってスヴァニを放る。そしてハヤブサがユールに到達する寸前に、ズィードは花を散らした。
「ぅぷっ……ばっちしっ!」
ズィードは斬り上げた。見事な一太刀。ズバッ、だった。
ユールの背から血と鱗粉が飛散した。そして片翼が、落ちて粉となって消えた。
「きゃぁぁああああっ!」
不均衡なその姿には似合わない幼い悲鳴が、ズィードの垂れた耳をつんざく。「うるせっ……」とユールから距離を取る。
ユールは涙を流し、元の姿に戻っていく。
「痛いよ、痛いよぉ、パパぁ……」
「お、おい……戦いなんだから当たり前だろ?」
あまりに弱々しい姿に、戸惑いを見せるズィード。敵とはいえ幼気な少女の命を奪うことを、彼は良しとしない。強敵故に羽を落としたが、やりすぎたかと申し訳なさが湧き出てくる。
「……羽はさ、その、悪かったよ。でもお前も戦うんだから、少しやられたくらいで泣くなよ、な?」
一歩、ユールに近づき、その顔を覗き込むように身を屈めたズィード。そして、彼女と目が合った。
「あ」
それはシァンの力によってポルトーの感覚の中で見た目だった。三重の瞳孔。それがぐわんと揺らいで、三つ葉のような形を変えた。
「ねみぃ……」
ズィードは眠りに落ちた。
超感覚も気配や闘気を読むことも不可能だった。
視覚を奪われてからずっと頼ってきた、感覚が役に立たない。
前後不覚、真の意味で暗闇の中。己の存在が消えてしまったのではという錯覚さえ起きてくる。自分が立っているのか、膝をついているのか、倒れているのか、イソラはそれすらもわからなかった。
もしかしたら、もう死んでしまっているのかも。そんな最悪の事態すら頭を過る。
テム。
今、彼のことも当然見えていない。
テムを見失わないと口にしたのは、数分前。感覚のはっきりしない今では、数分前かどうかも怪しいかもしれない。
怖い。
テムを見失うことが、こんなに心を震え上がらせるのか。
独りだ。
独りは、寒い。
あの時みたいに……。
――テム、セラお姉ちゃん……お師匠様。
今、イソラの周りには多くの人がいる。
それもこれも、全てはケン・セイとの出会いがはじまりだった。
~〇~〇~〇~
赤い鳥居。
イソラ・イチの最初の記憶。
それはヒィズルに似た空気感を持った別の世界の記憶。赤い鳥居が連なる山を、赤子の彼女は誰かに抱かれて登っていた。
~〇~〇~〇~
顔は覚えていない。逆光だった。額に一本、とんがったものがあったシルエットだということは見て取れた。父か母かは明らかではないが、おそらく親なのだろうということは今のイソラにはわかっている。だから彼女は、前髪を束ね上げている。この唯一の思い出を忘れないようにと。
……。
走馬灯。
ケン・セイとの出会いを思い返そうとしていたのに、それよりも遥か昔のことが浮かんでいた。
死んでいなくても、もうすぐ、死んでしまうのかもしれない。
イソラは諦めと懐かしみを感じながら、思い出に馳せはじめた。
「うらぁああああっ!」
「……うぅ、ボクだって空気だけじゃないんだからっ!」
少女の姿がおぞましく波打った。そうして形が変わっていく。
竜人の脚で踏ん張り、獣人の腕で空気を押し返す。しかも空気には妙な揺れとうねりが加わっている。これは外在力の範疇を越えた操作性を可能にする、念波を織り交ぜたものだ。
形成は逆転。
生き物の群れような空気が、ズィードを四方八方から叩く、擦る、戯れる。そのまま彼の身体は宙に浮かされ、されるがまま。
「ぬぁあああ……」
空気をなくされないのが幸いだった。一瞬で終わるのはごめんだ。
ズィードはスヴァニを投げた。まだ全然慣れないけど、と思いながら、彼は空気の群れの中から姿を消した。それはナパードだった。紅き花を散らし、彼は投げて瓦礫に刺さったハヤブサの元へ移動していた。
「……ぉうう」吐き気を催すが、ぐっと耐える。スヴァニを支えに立ち上がる。「ふー……っしゃ」
異形なユールに目を向ける。
「渡界人、なの、お兄さん?」
「ハーフだからな、俺」
「……」
「……あ、ツッコんでくれるやついねぇんだった。ハーフはハーフだけど、ナパスの血は一滴もはいってねーよ。これは貸されてんだと思うぜっ!」
再び、今度はユールに向かってスヴァニを放る。そしてハヤブサがユールに到達する寸前に、ズィードは花を散らした。
「ぅぷっ……ばっちしっ!」
ズィードは斬り上げた。見事な一太刀。ズバッ、だった。
ユールの背から血と鱗粉が飛散した。そして片翼が、落ちて粉となって消えた。
「きゃぁぁああああっ!」
不均衡なその姿には似合わない幼い悲鳴が、ズィードの垂れた耳をつんざく。「うるせっ……」とユールから距離を取る。
ユールは涙を流し、元の姿に戻っていく。
「痛いよ、痛いよぉ、パパぁ……」
「お、おい……戦いなんだから当たり前だろ?」
あまりに弱々しい姿に、戸惑いを見せるズィード。敵とはいえ幼気な少女の命を奪うことを、彼は良しとしない。強敵故に羽を落としたが、やりすぎたかと申し訳なさが湧き出てくる。
「……羽はさ、その、悪かったよ。でもお前も戦うんだから、少しやられたくらいで泣くなよ、な?」
一歩、ユールに近づき、その顔を覗き込むように身を屈めたズィード。そして、彼女と目が合った。
「あ」
それはシァンの力によってポルトーの感覚の中で見た目だった。三重の瞳孔。それがぐわんと揺らいで、三つ葉のような形を変えた。
「ねみぃ……」
ズィードは眠りに落ちた。
超感覚も気配や闘気を読むことも不可能だった。
視覚を奪われてからずっと頼ってきた、感覚が役に立たない。
前後不覚、真の意味で暗闇の中。己の存在が消えてしまったのではという錯覚さえ起きてくる。自分が立っているのか、膝をついているのか、倒れているのか、イソラはそれすらもわからなかった。
もしかしたら、もう死んでしまっているのかも。そんな最悪の事態すら頭を過る。
テム。
今、彼のことも当然見えていない。
テムを見失わないと口にしたのは、数分前。感覚のはっきりしない今では、数分前かどうかも怪しいかもしれない。
怖い。
テムを見失うことが、こんなに心を震え上がらせるのか。
独りだ。
独りは、寒い。
あの時みたいに……。
――テム、セラお姉ちゃん……お師匠様。
今、イソラの周りには多くの人がいる。
それもこれも、全てはケン・セイとの出会いがはじまりだった。
~〇~〇~〇~
赤い鳥居。
イソラ・イチの最初の記憶。
それはヒィズルに似た空気感を持った別の世界の記憶。赤い鳥居が連なる山を、赤子の彼女は誰かに抱かれて登っていた。
~〇~〇~〇~
顔は覚えていない。逆光だった。額に一本、とんがったものがあったシルエットだということは見て取れた。父か母かは明らかではないが、おそらく親なのだろうということは今のイソラにはわかっている。だから彼女は、前髪を束ね上げている。この唯一の思い出を忘れないようにと。
……。
走馬灯。
ケン・セイとの出会いを思い返そうとしていたのに、それよりも遥か昔のことが浮かんでいた。
死んでいなくても、もうすぐ、死んでしまうのかもしれない。
イソラは諦めと懐かしみを感じながら、思い出に馳せはじめた。
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