碧き舞い花Ⅱ

御島いる

75:紅の伝承

「だから言ったじゃん」
 アルケンはチロリと舌を出しながら、倒れて粉となって消えていく少女を見下ろす。
「僕は気が進まないって」
「……強いんだね、君」
「僕は弱いよ。逃げてばっかだもん。ただ今回は逃げ道がなかったってだけ」
 アルケンの言葉を最後まで聞いたか否か、ユールだった粉はさらりと宙に舞っていった。




 ソクァムが呟いた言葉に、ユールが答えた。
「そうだよ、ボクはお兄さんに夢を見せたんだ。そして起こしてあげたの。だって、気絶したまま落ちて終わりじゃ、ちょっとつまらないよね?」
「そうか、それもそうだな。じゃあ、戦う前にもう一つ聞いていいか?」
「なぁに?」
「賢者たちが寝てるのも君の力なのか?」
「そ……」一瞬ソクァムから目を逸らしたユール。すぐに四角い瞳孔を捉えて、唇の前に指を立てた。「それは内緒っ」
「さっきパパと話してたじゃないか。否定しても駄目だ。それで眠らせて、それからどうしてる?」
「えっと……って! 言うわけないじゃん!」
「あ、そうか。そうだな。さすがにそこまでざる・・じゃないよな」
「もう、変なこと言わないうちに戦うよ! もうなにも聞かないでねっ」
「それは残念だな、俺はもっとお話ししたかった」
 情報を得るという意味でもそうだが、力の差を鑑みても戦いに入るのはいい考えとは言えなかった。王城の扉の前で身を引いたのは無意識だが、無意識だからこそ真実を現している。
 最近では戦闘より司令塔やまとめ役、対外交渉役を担うことが多くなった彼。もちろん鍛錬を怠ることはなかったが、それでも他のメンバーに比べて戦闘力に劣る。それを彼自身もしっかり把握している。
 幼さに付け入るしかないかと、ソクァムは構えるのだった。




「もう、いなくなるのはルール違反でしょ。いいや、散歩で」
 誰もいないギーヌァ・キュピュテの街を食後の運動がてら、歩くケルバだった。




 空気と空気がぶつかり合う。
 ユールとズィード。賢者と覚えたての外在力。
 これだけでは軍配はユールに上がるのが当然だった。それでも、二人の空気は均衡を見せていた。
 ユールは信じられないといった目でズィードを見やる。「なんで?」
「言ったろ、外在力だけじゃないってっ!」
 紅い気迫が、空気の淡い輝きとは別にズィードから発せられていた。まるでセラのヴェールのように。
 これは闘気でも気魂でもない、彼がスヴァニをその手にしたのちに目覚めた力だった。その正体は現在に至るまで、彼が英雄の遺志と言葉を交わすことのできることと合わせて謎のまま。
 そもそも紅きナパスの英雄の剣を彼に授けたのはセラだった。彼女がセブルスとして義団と行動を共にしする前に、主人に寄り添いアズの地で眠っていたハヤブサに新たな主を紹介したのだ。オーウィンがビズラスからセラに託されたように、スヴァニもまた受け継がれていくべきだろうという考えからだった。


 ――わたしはその適任者がズィードだと思うの。


 ~〇~〇~〇~
 ズィーの墓標の前で、セラはそう言ってスヴァニの柄をズィードに差し向けた。
 ズィードは一度「いいの?」と問い返した。『紅蓮騎士』の愛剣を『碧き舞い花』から受け取るということは、彼にとって光栄余りあるものだった。しかし嬉しさ反面、身の丈に合わないと、普段働きの悪い頭が血の気を引かせていた。
 問い掛けにセラはなにも言わなかった。ただ黙って強く頷いて、ズィードを貫くようで包み込むような視線を向けてくる。
 彼女のサファイアが遥か遠くにあるようにズィードには思えた。それでも吸い込まれそうで、吸い込まれていて、吸い寄せられるように手を伸ばしていた。
 ぐっとハヤブサの尾を掴んだ。
 セラが手を離すと、その重みがズィードの身体に染み入る。
 重い、けど軽い。
 ズィプガル・ピャストロンのために鍛えられた剣。彼専用の剣。
 影鋼かげはがねが原料として使われているのなら、使用者の身体に合わせてくれるのだろう。しかしスヴァニはその限りではない。この重みは、託されたはいいが自分に扱えるのだろうかという、不安の重みなのではないか。
「ちょっと振ってみて」
 セラに言われ、喉を鳴らしてからズィードはスヴァニを振るった。
 自分でも信じられないほど、まっすぐ力強い一振りだった。
『いいぞ! けどちょっと違う。スヴァニはもっとこう、ズバッて振るんだ。お前のはシュバッな、シュバッ』
「え……?」
「どうしたの、ズィード」
「今、声が」
「声? 小屋からの?」
 セラの耳にはゼィロスの小屋近くにいる義団の仲間たちの声しか届いていないらしい。それに至っては、逆にズィードの超感覚程度では聞き取れていないが、ともかく、彼には小屋よりも近くで聞こえた男の声が、彼女には聞こえていないようだった。
「違うよ、今、スヴァニはズバッて振るんだって……声が…………」
「それ……ズィーかも」
 信じたのかどうかはわからないが、セラは優しい顔でズィードにそう言った。
 ~〇~〇~〇~

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