碧き舞い花Ⅱ
74:誇りと衝動の際
熱い。
溶けて、なくなってしまいそうだった。
悲鳴も上げられないほど、痛い。
その苦痛とは裏腹に、むしろそのせいか、シァンの身体の傷は異様な早さで治っていた。
抉られた脇腹までも、きれいになった。
すこし鮮明になってきた視界。ユールを見ると、彼女はいかつい竜人の顔でシァンの変化に驚いて、足を止めていた。
傷が治りきってなお、熱さと痛みは続く。
次の変化が起こる。
角と、鋭い歯と、瞳だけが竜人から引き継いだ外見的特徴だったシァン。その肌に鱗が生えてきたのだ。
チキッ、チキッと小さな音を立てて、身体を覆っていく鱗。頬の中ほどまで到達したところで音が止んだ。顔と頭をそれから通常の竜人のように手の平や足の裏なども鱗は生えていないようだった。
これがハーフ竜人の最終到達点。
苦痛も収まったところでシァンはそう思った。しかし、不意を突いて、彼女の腰辺りが急激に痛みだした。
「痛いっ……痛い痛い痛いって!」
誰かに怒るように腰の辺りを抑えながら叫ぶシァン、すると、骨が折れるような音がして、彼女の臀部の上部から竜の尾が生えた。
「んん~っ……!!」
それはもう激痛で、彼女はその事実もそっちのけで、歯を食いしばりその場でぴょんぴょんと跳ねた。
ようやく落ち着いてくると、今度は羽でも生えてくるのではないかと怯えながら待った。しかし、尻尾を最後に変化は音沙汰なし。これで全てのようだった。
これがハーフ竜人の最終到達点。
今度こそ確信して、シァンはまだ立ち尽くしたままの竜人ユールに目を向ける。
「さっきまでみたいにはいかないよ。新しい時代の竜人の力、見せたげるっ!」
ボンッ――。
ユールは危機を察したようで、振り返ると駿馬、もとい竜馬で逃げ出した。
しかし。
音もなくそれを追う、赤が一直線。シァンの真っ赤な髪だ。
完全な竜人の身体から出る速さを凌駕し、シァンはユールの尻尾を掴んだ。「やった、追いつけた」
そしてそこから、どこか箍が外れたように彼女の表情は一変する。
狂いが滲む笑み。そして首を傾げた。
「あたしじゃ君に勝てないんでしょ? どうして逃げるの?」
「ひっ……」
ユールは竜の顔を恐怖に歪めた。
「ねぇっ!」
シァンは敵の尻尾を引っ張り、瓦礫だらけの地面に叩きつけた。
「ねぇ、答えてよ!」
続けて二度、ユールを振り叩きつける。
「……ぁ、はぁっ」
「ん? なになに?」
倒れるユールの顔に耳を近づけるシァン。だがユールから言葉が発せられることはなく、ただただ怯えた不規則な吐息だけが続いた。
「あっ! もしかして声が出ないとか?」
惚けた表情でそう言うと、シァンはユールを踏みつけ、持っていた彼女の尻尾をこれでもかと強く引っ張った。
ブチリ……。
「いや゛ぁぁあああ゛ぁあああああっ!!」
竜人が泣き叫ぶのを、半竜人は千切れた尻尾をぽいと捨てて、どこか愉悦に浸った顔で見下す。
「なんだ、声出るじゃん。人が聞いてるのに、なにも答えないなんていけないんだよ? 君のお父さんはそういうこと教えてくれなかったのかな? かわいそうに、お父さんに恵まれなかったんだね」
「パ……はぁ、はぁ」
「ん?」
「パパを馬鹿にしないでっ!」
ユールの身体は波打ち、竜人の姿から彼女自身の、おかっぱの少女の姿に戻った。それによって尻尾が千切れた痛みがなくなったのか、それともただ怒りに忘れたか、涙を目の端にキッとシァンを睨み上げた。
「あ、ごめんね。どんな人でもお父さんはお父さんだもんね。わかるよ、あたしのお父さんの一人も悪い人だったから」
シァンは少女から足を下し、優しく起こした。そして、笑みを浮かべてその頬に裏拳を見舞った。
「きゃ……」再び倒れるユール。
「あたしにもその悪い血が流れてるってことだね、あははっ!」
楽しげに笑ったかと思うと、鋭く冷たい眼でユールを睨む。そしてゆっくりと近づくシァン。
「悪いっていっても、それは竜人の誇りを護るため。だから、許されてたとは言わないけど、大目に見られてた」
ユールに到達するとシァンは尻尾を器用に使い、細い少女の身体に巻き付けて、持ち上げた。
「竜人を偽った君を殺すのも、竜人の誇りを護るためだよ。少し気は引けるけど、そもそもは君が悪いわけだしね」
悲しい表情を見せるシァンだが、それはどこか演技じみていた。笑ってしまうのを堪えているようにも見えた。
壊したい。
殺したい。
この時、彼女の心は、破壊衝動に駆られていた。
逆鱗花の葉の過剰摂取よる中毒症状だった。
正常な竜人の誇りを保ったシァンの感情が、浸食されていく。
――こんなの違う! 誰かあたしを止めてっ…………!
溶けて、なくなってしまいそうだった。
悲鳴も上げられないほど、痛い。
その苦痛とは裏腹に、むしろそのせいか、シァンの身体の傷は異様な早さで治っていた。
抉られた脇腹までも、きれいになった。
すこし鮮明になってきた視界。ユールを見ると、彼女はいかつい竜人の顔でシァンの変化に驚いて、足を止めていた。
傷が治りきってなお、熱さと痛みは続く。
次の変化が起こる。
角と、鋭い歯と、瞳だけが竜人から引き継いだ外見的特徴だったシァン。その肌に鱗が生えてきたのだ。
チキッ、チキッと小さな音を立てて、身体を覆っていく鱗。頬の中ほどまで到達したところで音が止んだ。顔と頭をそれから通常の竜人のように手の平や足の裏なども鱗は生えていないようだった。
これがハーフ竜人の最終到達点。
苦痛も収まったところでシァンはそう思った。しかし、不意を突いて、彼女の腰辺りが急激に痛みだした。
「痛いっ……痛い痛い痛いって!」
誰かに怒るように腰の辺りを抑えながら叫ぶシァン、すると、骨が折れるような音がして、彼女の臀部の上部から竜の尾が生えた。
「んん~っ……!!」
それはもう激痛で、彼女はその事実もそっちのけで、歯を食いしばりその場でぴょんぴょんと跳ねた。
ようやく落ち着いてくると、今度は羽でも生えてくるのではないかと怯えながら待った。しかし、尻尾を最後に変化は音沙汰なし。これで全てのようだった。
これがハーフ竜人の最終到達点。
今度こそ確信して、シァンはまだ立ち尽くしたままの竜人ユールに目を向ける。
「さっきまでみたいにはいかないよ。新しい時代の竜人の力、見せたげるっ!」
ボンッ――。
ユールは危機を察したようで、振り返ると駿馬、もとい竜馬で逃げ出した。
しかし。
音もなくそれを追う、赤が一直線。シァンの真っ赤な髪だ。
完全な竜人の身体から出る速さを凌駕し、シァンはユールの尻尾を掴んだ。「やった、追いつけた」
そしてそこから、どこか箍が外れたように彼女の表情は一変する。
狂いが滲む笑み。そして首を傾げた。
「あたしじゃ君に勝てないんでしょ? どうして逃げるの?」
「ひっ……」
ユールは竜の顔を恐怖に歪めた。
「ねぇっ!」
シァンは敵の尻尾を引っ張り、瓦礫だらけの地面に叩きつけた。
「ねぇ、答えてよ!」
続けて二度、ユールを振り叩きつける。
「……ぁ、はぁっ」
「ん? なになに?」
倒れるユールの顔に耳を近づけるシァン。だがユールから言葉が発せられることはなく、ただただ怯えた不規則な吐息だけが続いた。
「あっ! もしかして声が出ないとか?」
惚けた表情でそう言うと、シァンはユールを踏みつけ、持っていた彼女の尻尾をこれでもかと強く引っ張った。
ブチリ……。
「いや゛ぁぁあああ゛ぁあああああっ!!」
竜人が泣き叫ぶのを、半竜人は千切れた尻尾をぽいと捨てて、どこか愉悦に浸った顔で見下す。
「なんだ、声出るじゃん。人が聞いてるのに、なにも答えないなんていけないんだよ? 君のお父さんはそういうこと教えてくれなかったのかな? かわいそうに、お父さんに恵まれなかったんだね」
「パ……はぁ、はぁ」
「ん?」
「パパを馬鹿にしないでっ!」
ユールの身体は波打ち、竜人の姿から彼女自身の、おかっぱの少女の姿に戻った。それによって尻尾が千切れた痛みがなくなったのか、それともただ怒りに忘れたか、涙を目の端にキッとシァンを睨み上げた。
「あ、ごめんね。どんな人でもお父さんはお父さんだもんね。わかるよ、あたしのお父さんの一人も悪い人だったから」
シァンは少女から足を下し、優しく起こした。そして、笑みを浮かべてその頬に裏拳を見舞った。
「きゃ……」再び倒れるユール。
「あたしにもその悪い血が流れてるってことだね、あははっ!」
楽しげに笑ったかと思うと、鋭く冷たい眼でユールを睨む。そしてゆっくりと近づくシァン。
「悪いっていっても、それは竜人の誇りを護るため。だから、許されてたとは言わないけど、大目に見られてた」
ユールに到達するとシァンは尻尾を器用に使い、細い少女の身体に巻き付けて、持ち上げた。
「竜人を偽った君を殺すのも、竜人の誇りを護るためだよ。少し気は引けるけど、そもそもは君が悪いわけだしね」
悲しい表情を見せるシァンだが、それはどこか演技じみていた。笑ってしまうのを堪えているようにも見えた。
壊したい。
殺したい。
この時、彼女の心は、破壊衝動に駆られていた。
逆鱗花の葉の過剰摂取よる中毒症状だった。
正常な竜人の誇りを保ったシァンの感情が、浸食されていく。
――こんなの違う! 誰かあたしを止めてっ…………!
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