碧き舞い花Ⅱ

御島いる

72:勝ちたがり

「ぐんぬぬぬぬっ……」
 組み合う少女は、細腕とは思えない腕力だった。ダジャールが踏ん張ってもびくとも動かない。
「軽いね、お兄さん」
「ぬぁっ!」
 ひょいと持ち上げられ、そのまま少女ユールが後ろに倒れるに任せて放られるダジャール。強かに背を打った。
「っくらぁ!」
 立ち上がりながら腕を振るうがふわりと跳び躱されてしまう。
「駄目駄目、お兄さんの考えてることなんて、すぐわかるんだからね」
「んだと、このガキがぁ!」
 飛び掛かり、爪を差し向けるが、手首を掴まれた。それも今までとは違う、獣人の手で。
「なにっ?」
 少女の腕、肘から先が比率のおかしな状況になっていた。ダジャールの腕と変わらない。というより、同じだった。まるで腕だけ鏡で映しとったように。
「せっかくの爪も、当てられなきゃ意味ないよ?」
 振りかざされたユールの腕、ダジャールは掴まれていない方の腕を振り上げて対抗する。
「物真似が勝てるかよっ!」
「だから、そうくるってボクにはわかってるんだよっ」
 ぐいっと掴まれていた手首を引かれ、ダジャールの体勢が崩れる。そして無防備となった獣人の胸部から腹部にかけて、赤い爪痕がついた。
「ぐぁ……」膝から崩れるダジャール。だが、一歩踏み出して持ちこたえる。「クソガキぃ!」
 おかっぱ頭を鷲掴みにして、持ち上げる。そのままさっきのお返しとばかりに地面に叩きつける、ことはできなかった。彼が掴んでいたのは、近くにあった店の看板だった。
 虚しく音を立てて看板がひしゃげる。
「小賢しいことしてんじゃねーぞ!」
「お兄さんはもうちょっと頭使った方がいいんじゃない?」




 ~〇~〇~〇~
「ダジャール、頭を使え」
 セブルスもといセラには、未だに及ばない。気配を読むことも、喧嘩や暴力とは違う戦いの技術は身に着けた。勘に頼っていた頃が懐かしく思えるほどに。
 それでも、追いつけない。
「はぁはぁ……頭なら使ってる。あんたの動きだって、ちゃんと感じ取ったさ! そのうえで、攻撃した」
「うーん、確かに俺の動きは読まれてたな。けど、俺がその先をさらに読んだ。どうしてかわかるか?」
「先の先を読めってんなら、もう――」
 セブルスは首を横に振った。
「じゃあ、ヒント」セブルスはダジャールを指さした。「ダジャール、お前は勝ちたがりだ」
「あん? 戦いに求めるのは勝利だけだろ。勝ちにいってなにが悪い」
「結果、勝ててないだろ?」
「ぬっ……」
「よく考えろ、ダジャール」
 ~〇~〇~〇~




 あの時、そしてその後も、結局セブルスは答えをくれなかった。
 ダジャールはそのことに不満はなかった。それを考えることが自身に必要な鍛錬なのだということはわかっていたから。
 しかし、どうにも性に合わないことが、無性に苛立ちを生んで、今のところ答えには至れていない。それがさらに思考の混雑を助長し、答えを遠ざけているように感じる。
 考えろ。
 ユールは脚までも獣人のそれにした。
 羽を使って浮かび上がり、そこから踵落としを繰り出す少女。ただの少女ならばどうともない軽い一撃だと踏んで、防ごうとは思わない。だが、ダジャールはもうこの少女が獣人の膂力を持っていることを知っている。
 腕を交差させ、肩を守る。
「ふんっ……!」
 軽くユールの脚を押し返した。それで敵に隙ができる。勝利を掴める瞬間がそこにあると彼は見た。さらに先を読まれているかなんてどうでもいい。そこに勝利がある。取りに行かないなんてありえない。
『よく考えろ』とセブルスの声が脳裏に響く。だがダジャールはそれを無理やりかき消す。考えている暇などない。
 宙のユールに蹴りを繰り出したダジャール。しかしユールはくるりとダジャールの脚を一回転、そのまま獣人の首に強力な蹴りをお見舞いした。
「……ぐぁっ」
 視界が大きく揺らぎ、ダジャールは大地に伏す。
『よく考えろ』とセブルスの声が何重にも反響する。それこそ幻覚のように。
 ―――なにがよく考えろだ。
 ダジャールは瞼を閉じた暗い世界で、セブルスに悪態をつく。
 ―――考えたって駄目じゃねーか。答えなんてろくに出やしねえ……。
 身に着けた超感覚が、自分にとどめを刺そうと傍らに立つユールを捉える。
 ―――ああ、もうやめだ。なにも考えたくねえ。いや、ちげぇ。
「死んでたまるかよっ!」
 ぱっと開いた目。振り下ろされる獣人の爪が、光ったのを捉えた。
「えっ!?」
 とどめを刺そうと手を振り下ろしているユールは、隙だらけだった。突然目を開けたダジャールに驚いて、その隙はさらに大きくなる。
「っへ」
 ダジャールは答えを見ているのだと気付いて、笑ってしまった。そういうことかと。
 俺は。勝ちたがりは、勝ちが見えた瞬間、それしか見なくなる。先の先まで読んでいたのに、その読みを捨てる。それでできた隙を、突かれるのだ。
 さっきまでの俺、そして目の前の少女みたいに。
 反撃。爪を立て、突き上げる腕。
 白い毛並みが、赤く染まる。ダジャールはそれを予想していた。
 だが違った。
 躱されたわけじゃない。ユールの身体は、貫かれるとともに粉となって消えたのだ。
 つまりは勝利ということだろう。
「よし! 距離詰めたぞセラ、っへ」

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