碧き舞い花Ⅱ

御島いる

71:闘技

 偽物だが、技術から身のこなしまで、ケン・セイそのもの。未だに超えることのできない師を、テムは感じていた。
「……師匠は、そんな技術隠してたのか」
 ケン・セイに扮したユールは、ケン・セイの口で彼らしからぬことを口にする。戦いの途中から、口調も彼女のものを隠さないようになっていた。
「ボクは隠さないよ」
 子ども。
 テムは再度、ユールへの印象を確認するように心の中で呟いた。それが末恐ろしいということも含めて。
 悪気のない殺意。遊びに興じる無邪気さ。その心の幼さに見合わない、賢者たちの技術、そして知識や経験。
 ユールが眠らせた賢者たちから得たものが、技術だけではないとテムは考えていた。言動も、気配も、記憶も……その人物そのものを奪っている。幼さからくる隙か、多くの人間になることによる混乱か、とにかくピョウウォルの一人称に疑問を持たなければ、気付けずに見逃していただろう。
 だが、とテムはユールを睨む。
 容姿ならともかく、記憶や能力まで完全に他人そのものになれる力の話など聞いたことがなかった。
 目の前のいる師匠の腕の欠損が左右反対ということから、『鏡磨き』の技術を使っていることは容易に想像できる。だが、本人の鏡映しではなく、ユールの複製であることは間違いない。幻覚を混ぜ込むことで容姿や気配まで同一人物にしているというのも頷けなくもないが、記憶や動きには齟齬が出てくるはず。しかしそれが見受けられない。情報を叩き込んでいるというのも、人称の至らなさから排除できる。長い時間をかけて動きをものにするというのも、少女では到底叶わないと考えるのが普通だろう。
 他の賢者たちの技術を組み合わせても、ユールへの答えは出そうにない。知見が及ばないというのが、現状での一番の答えか。
 一体、蝶の羽を持つ少女の能力とはなんなのか。
 そして、恐らくはそれがこの場に求血姫ルルフォーラが現れた理由にも繋がってくるはずだ。
 ルルフォーラに関してはテムはすでに答えを出していた。
 ナパスの人間の血を充分に吸えばナパードができるようになるのだろうし、完成された変化へんげならば容姿はもちろん気配まで同一人物になれる。それでいて、ただその気がないだけなのかもしれないが、ルルフォーラは記憶や性格までは成りすましていない。
 きっと求血姫、『夜霧』はそこを蝶に求めているのではないかとテムは考え至る。誰かに完全に成りすます能力を。
「考え事? それともボクには勝てそうにないから諦めて動かないの?」
 じっと睨むだけのテムに、ユールは小首を傾げて見せた。全くケン・セイには似合わない仕草だ。
「違うさ。見て、学べ。それが本物の師匠の教えなんだ。だから、今お前が見せた技、頭の中で何度も見返してたんだ」
 フィアルム人の超学習には到底及ばないが、ずっとそうやって師匠から技術を盗んできたのが彼だ。思考と並行作業ではあったが、見せつけるようなユールの動きは本物に比べれば学びやすく、復習は充分できたと彼は思っていた。
 初見で神髄には及ばないだろうが、再現は可能だ。
「嘘だよ。ボクじゃないんだし、できるわけないじゃん」
「ほんと、お前はなりきるのが下手だな」
 テムは天涙を鞘に納めた。これから使う技術には必要ない。
 駿馬、水馬、天馬。
 これらは移動術、見捌きの技だったんだ。
 ケン・セイが変幻自在に刀や拳や蹴りを、闘気を用いて繰り出していたのは確かだ。
 だが、それはシオウと共に作り上げた闘気の技術に過ぎなかった。
『闘技』としての攻撃術、当て身の技を『闘技の師範』としてのケン・セイは全く見せていなかったのだ。
 いや、とテムは一人首を振る。見せてはいた。隠してはいなかった。自分たちが見逃していた。ただの闘気の迸りだと。
「見て学べもほどほどにしてもらいたいな」
 一度肩を竦め、テムは駿馬でユールの懐に入った。
 ユールはテムにはできないと高を括り、余裕の笑みを浮かべ、簡単な防御姿勢をとった。
「それじゃ防げないのは、お前がよく知ってるだろ?」
 笑みを浮かべ返し、テムはユールが身体の前に構えた左腕に掌底を繰り出す。
闘牛とうぎゅう!」
「うそっ!?」
 闘気が空気を割るようにヒビが走る。地面に到達したものは、そのまま地面を割る。
 そうしてヒビ割れが止まると、衝撃がユールを襲い、吹き飛ばした。瓦礫に身を埋めるケン・セイの身体。その口から真っ赤な血が吐き出された。
「次は水牛すいぎゅうを試したいところではあるけど、ここは終わらせるのが賢明だな」
 他人になって身体能力も同じなのに、体力はそうでもないようで朦朧とするケン・セイ。いや意思の問題か。戦いに身と共に心も置いてないから、諦めが身体に現れる。
「ボクはボク、か。偽物って考えるのも違うのかもな」
 テムは言うと、その場で拳を引く。
「ま、紛い物とはいえ、師匠を殺すのに言い訳が欲しいだけかもしれないけどな」
 静かに、だが鋭敏に拳を打ち出す。
天牛てんぎゅう
 打ち出すと拡散していくただの闘気の放出とは違う、一直線に空気を裂く一撃。
 ケン・セイの心臓を後ろの瓦礫ごと貫いた。
「ぁ」
 小さな悲鳴が、鱗粉の四散するわずか前に聞こえた。それはケン・セイの声ではなく、ユールのものだった。
「……さて、幻覚は解けないのな」
 城の瓦礫の中、ぽつんと一人。ボロボロのヒィズル人が立っているだけだった。

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