碧き舞い花Ⅱ
62:お騒がせ義団
「ウキャ~…‥すべすべっ!」
うっとりとした甲高い声が、イソラの耳に刺さる。確かにネモの言葉通り、表面のわずかに研磨された肌は滑らかで、セラと触れ合っているときに似た感覚だった。しかし、どうにも心がむず痒かった。
「ネモ、もう行くよ」
「わかりました」
二人で席を立ち、店を出ようとしたところで、つるつるな店員に呼び止められた。「お客様、お会計を」
イソラの超感覚が、ネモの心臓がきゅっと締まったのを捉えた。
「ネモがここのお金持ってないの、当然だよね……」
「ごめんなさい、共通のもあんまりで…‥」
自らが誘っておいて金銭に余裕がないとなれば、こうも負い目を感じるのは当然だろう。しかしそれがわざとではないのは、感じ取れる。
自身は心の広い人間であると、イソラは自負している。
「そんなに怯えなくていいよ。あたしが持ってるし、あとで返してとかも言わないから、安心して」
「ほんと……ごめんなさい。絶対役に立ちます」
「お会計、お二人でこちらになります」
店員がイソラの前に紙を差し出した。しかしイソラにわかるのはそこまでだ。
「あ、ごめん、ネモ、あたし書かれた文字はさすがに見えないんだ。いくら?」
そう聞いたイソラに、ネモの上ずった小さな声が届く。恐縮さが増したその声は、常人では聞き取れないほどだが、イソラにははっきりとその金額が頭に浮かんだ。
「桁、間違えてない?」
ネモに耳打ちすると、彼女はウキャッと跳ね上がり、震えた申し訳なさそうな声で言う。間違えてないです、と。
イソラは囁き声ながら、声を荒らげる。
「さすがにそんなに持ってないよ! セラお姉ちゃんじゃないんだから」
「ウ、キャ、ウキャキャ…………」
もうネモにはイソラの声すら耳に入っていないようだった。鼓動が普段の彼女のようにうるさい。
「お客様?」
「はいっ!」
まるでケン・セイに怒られるときのように背筋を伸ばし、イソラは返事をした。その顔に苦笑を張り付けて。
「あたし、ピョウウォルの知り合いで、異空連盟の一員で、あの……」
ビリリリリリリリリリリリリっ!
「ウキャーッ!」
警報とネモの悲鳴がけたたましく、響く。
イソラはすぐさまネモの腕を掴んだ。
「落ち着いて! ネモなら、消えれるでしょ! お店には悪いけど、逃げるよ!」
「ウキャッ、は、はい!」
騒々しい店の前を、目の前の通りで眺めるイソラとネモ。
手を繋いで行く末を見守る二人に、集まってきた野次馬たちは誰一人として気づかない。店から出て二人を探す店員たちも、その存在に目もくれない。
これがネモの持つ能力。
誤認知紛れ。
人の注意を対象以外に向けさせたり、対象だけに向けさせたりすることができる。人間の認知を操る技術。
今でこそイソラもその能力にあやかっているが、彼女ほどの感覚を持つ手練れでさえ、一瞬というわずかな時間は必ず引っ掛かるという、敵に回すと幻覚以上に厄介極まりない技。戦いの最中ならば、その一瞬が命取りになることも大いにあり得る。
ネモの場合は戦いに本分は置かず、普段の騒がしさに反した静けさでの敵地への潜入や、戦う仲間の補助を主としている。
「そろそろ全員はカバーできなくなります、イソラさん」
「じゃあ、離れよう。こっち。テムとソクァムがいる」
ネモの手を引いて、イソラは店の前から離れるのだった。
ネモの実力ではテムとソクァムも漏れることなく認知をずらされている。二人の元へとたどり着き、声をかけようとイソラが口を開きかけたその時だ。
テムが急に二人の存在を察知して、イソラの頭を叩いた。
「いたっ……急に叩くことないじゃん。反省してるんだからっ」
「やっぱ、あれはイソラたちだったか……まったく。一体なにしたんだよ」
「お金が……足りなくて?」
「おい、それなら逃げてくることないだろ? ちゃんと説明してさ。俺もいるんだし、なんとかなんただろ?」
「……ごめんなさい、テムさんっ。わたしが全部、悪いんです」
「俺からも謝ります」とソクァムもネモに続いて頭を下げた。
「いいから、とにかく払いに行くぞ……はぁ」
「……本当に、申し訳ないです」
溜息を吐いたテムに、ソクァムがさらに深く頭を下げる。
それらの理由は、彼らが感じ取った気配と音にある。
三つの気配。
ズィード、ダジャール、ケルバの三人が、向かいの通りを騒がしく逃げる。後ろに「待てこらぁ! 食い逃げだぁ! 捕まえてくれ!」という怒声を浴びながら。
テムは空を仰ぐ。
「シァンとピャギーは大丈夫だろうな」
うっとりとした甲高い声が、イソラの耳に刺さる。確かにネモの言葉通り、表面のわずかに研磨された肌は滑らかで、セラと触れ合っているときに似た感覚だった。しかし、どうにも心がむず痒かった。
「ネモ、もう行くよ」
「わかりました」
二人で席を立ち、店を出ようとしたところで、つるつるな店員に呼び止められた。「お客様、お会計を」
イソラの超感覚が、ネモの心臓がきゅっと締まったのを捉えた。
「ネモがここのお金持ってないの、当然だよね……」
「ごめんなさい、共通のもあんまりで…‥」
自らが誘っておいて金銭に余裕がないとなれば、こうも負い目を感じるのは当然だろう。しかしそれがわざとではないのは、感じ取れる。
自身は心の広い人間であると、イソラは自負している。
「そんなに怯えなくていいよ。あたしが持ってるし、あとで返してとかも言わないから、安心して」
「ほんと……ごめんなさい。絶対役に立ちます」
「お会計、お二人でこちらになります」
店員がイソラの前に紙を差し出した。しかしイソラにわかるのはそこまでだ。
「あ、ごめん、ネモ、あたし書かれた文字はさすがに見えないんだ。いくら?」
そう聞いたイソラに、ネモの上ずった小さな声が届く。恐縮さが増したその声は、常人では聞き取れないほどだが、イソラにははっきりとその金額が頭に浮かんだ。
「桁、間違えてない?」
ネモに耳打ちすると、彼女はウキャッと跳ね上がり、震えた申し訳なさそうな声で言う。間違えてないです、と。
イソラは囁き声ながら、声を荒らげる。
「さすがにそんなに持ってないよ! セラお姉ちゃんじゃないんだから」
「ウ、キャ、ウキャキャ…………」
もうネモにはイソラの声すら耳に入っていないようだった。鼓動が普段の彼女のようにうるさい。
「お客様?」
「はいっ!」
まるでケン・セイに怒られるときのように背筋を伸ばし、イソラは返事をした。その顔に苦笑を張り付けて。
「あたし、ピョウウォルの知り合いで、異空連盟の一員で、あの……」
ビリリリリリリリリリリリリっ!
「ウキャーッ!」
警報とネモの悲鳴がけたたましく、響く。
イソラはすぐさまネモの腕を掴んだ。
「落ち着いて! ネモなら、消えれるでしょ! お店には悪いけど、逃げるよ!」
「ウキャッ、は、はい!」
騒々しい店の前を、目の前の通りで眺めるイソラとネモ。
手を繋いで行く末を見守る二人に、集まってきた野次馬たちは誰一人として気づかない。店から出て二人を探す店員たちも、その存在に目もくれない。
これがネモの持つ能力。
誤認知紛れ。
人の注意を対象以外に向けさせたり、対象だけに向けさせたりすることができる。人間の認知を操る技術。
今でこそイソラもその能力にあやかっているが、彼女ほどの感覚を持つ手練れでさえ、一瞬というわずかな時間は必ず引っ掛かるという、敵に回すと幻覚以上に厄介極まりない技。戦いの最中ならば、その一瞬が命取りになることも大いにあり得る。
ネモの場合は戦いに本分は置かず、普段の騒がしさに反した静けさでの敵地への潜入や、戦う仲間の補助を主としている。
「そろそろ全員はカバーできなくなります、イソラさん」
「じゃあ、離れよう。こっち。テムとソクァムがいる」
ネモの手を引いて、イソラは店の前から離れるのだった。
ネモの実力ではテムとソクァムも漏れることなく認知をずらされている。二人の元へとたどり着き、声をかけようとイソラが口を開きかけたその時だ。
テムが急に二人の存在を察知して、イソラの頭を叩いた。
「いたっ……急に叩くことないじゃん。反省してるんだからっ」
「やっぱ、あれはイソラたちだったか……まったく。一体なにしたんだよ」
「お金が……足りなくて?」
「おい、それなら逃げてくることないだろ? ちゃんと説明してさ。俺もいるんだし、なんとかなんただろ?」
「……ごめんなさい、テムさんっ。わたしが全部、悪いんです」
「俺からも謝ります」とソクァムもネモに続いて頭を下げた。
「いいから、とにかく払いに行くぞ……はぁ」
「……本当に、申し訳ないです」
溜息を吐いたテムに、ソクァムがさらに深く頭を下げる。
それらの理由は、彼らが感じ取った気配と音にある。
三つの気配。
ズィード、ダジャール、ケルバの三人が、向かいの通りを騒がしく逃げる。後ろに「待てこらぁ! 食い逃げだぁ! 捕まえてくれ!」という怒声を浴びながら。
テムは空を仰ぐ。
「シァンとピャギーは大丈夫だろうな」
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