碧き舞い花Ⅱ

御島いる

57:最後の一本

 ~〇~〇~〇~
 エァンダとサパルの前にコクスーリャが姿を現したのは、エァンダが真っ黒な右腕に包帯を巻き直しているときだった。
 彼女の姿で。
「あんまり俺の前にセラで来るなって言ったよな、コクスーリャ」
「うん、言われたよ、エァンダ。でも絶対とは言われなかったから」
 完璧なセラフィ・ヴィザ・ジルェアスがそこにはいた。これが偽物だと気付けるものはそう多くないだろう。現にサパルもエァンダがそうであると明言しなければセラだと信じ続けるほどだ。
 コクスーリャはサパルの依頼をこなす傍ら、セブルスとしてセラが身を隠している間、時々セラとなって敵対勢力の目を欺いていたり、『碧き舞い花』を騙る偽り・・の偽物を処理していた。
 唯一の偽りなき・・・・偽物だ。
 エァンダは包帯を巻き終え、言う。
「じゃあ次からは絶対だ。さ、早く変装を解け。そして報告だ。来たってことは見つかったんだろ?」
「ご名答」
 セラではなくコクスーリャの声が返ってきた。
「『知恵の鍵』だ」
 ~〇~〇~〇~




「さあ、『知恵の鍵』を出してもらおうか」
 立ち上がったナギュラに、サパルは手を差し出した。
「僕はともかく、エァンダとコクスーリャから逃げられると思わない方がいい」
「わかってるわよ」
 ナギュラは指輪を光らせ、その手に稲妻を迸らせる鍵を出現させた。サパルがそれを取ろうとすると、彼女は手を引いた。そして確認するようにサパルの目を見つめる。
「鍵は返すけど、なんのために先生にわたしの居場所を漏らしたか、わかってるわよね?」
「先生?」
「話の流れからすれば、コクスーリャだろ? 俺もお前も、このホワッグマーラ人とは初対面だし。な?」
 エァンダの問いかけにコクスーリャは頷いた。だが、その顔は苦々しいものだった。
「俺から技術と道具を盗んだ。勝手にな」
「へぇ、似た者師弟だな」
「なんだって、エァンダ」
「そうだろ? だって、お前もケン・セイの師匠から闘気の技術を盗んでる。勝手にさ」
「……それに関しては、返す言葉もない。でも、もう和解してる」
「助けに来てくれたってことは、こっちも和解してるも同じよね」ナギュラが悪戯にコクスーリャを覗く。「先生」
「依頼の達成目標だったというだけのことだ。それに道具はともかく、技術や知識は取り返しようがないから、どうしようもない」
「あと命もね」
 ナギュラは真剣な目で三人の男を順に見た。最後にサパルを捉えると、引いた鍵を戻した。
「この頭の体操道具は返すけど、わたしの命を守ってくれるのよね? そういうこと、聞いてるんだけど」
「『夜霧』から守ってほしい、か。僕としては鍵を盗み出した君を何重もの扉の奥に閉じ込めておきたいところだけど。きっと僕がそうしないことも計算済みだろう?」
 問い掛けにナギュラは小さな笑みを見せた。
 サパルは『知恵の鍵』を取り、別の鍵を鍵束からちぎって、稲光る鍵に向かって回して、閉じ込めた。これで残る七封鍵しちほうけんは二本。そのうち一本の在り処は捜索開始以前より知れている。つまり探し出すのは実質あと一本となった。
 閉じ込めるためにちぎった鍵を手の中から消すと、サパルはナギュラに向き直る。
「ナギュラ・ク・スラー。君の身柄は今を持って異空連盟に置かれる。異空のために働いてもらう」
「上の許可なくそんなこと決めていいのか?」エァンダが茶化すように言う。「お前って意外と事後報告だよな、真面目なくせして」
「賢者の称号を持つ者は任務に対する重大な決定を現場で、即座にすることが許されてる」
「『鍵束の番人』はルピだろ」
「僕はゼィロスさんから、エァンダに関する有事には『異空の賢者』の決定権を委任されてるんだ」
「俺に関する有事?」
「悪魔が暴走したりとか」
「暴走してない」
「最後の一本があまりにも見つからない苛立ちで、暴走しそうだったから、鍵の在り処を知る人物として彼女に協力を要請したってところでどうかな」
「どうかなって……いいのか、それで」
 エァンダがコクスーリャに確認を求める視線を向けると、探偵は肩を竦めた。
「俺は外部協力者だから、連盟のことを聞かれても」
 そう言われたエァンダはナギュラに目を向ける。「そもそもだ、お前は知ってるのか? 『名無しの鍵』の在り処を」
「それは――」
「ああ、ちょっと待った」
 応えようとしたナギュラを遮って、コクスーリャが声を上げる。そして、彼女の元へ歩み寄ると、耳打ちした。
 探偵の口が女怪盗の耳元から離れると、彼女は言った。
「知ってるわ」

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