碧き舞い花Ⅱ

御島いる

39:舞い花と青雲

 ドルンシャ帝はジイヤたちが消え切るのを待たず、ボリジャーク帝に目を向けていた。彼は懐に手を入れていた。そしてゆっくりと引き抜かれるその手には、真っ白な布が掴まれていた。
 やはり繋がりが。
 ドルンシャは確認を省略し、ボリジャークに手を伸ばす。
 間違いならば、謝罪すればいい。ことが起きてからでは遅い。
 魔素を的確に放つ。周囲の人間に危害は加えない。
「ふんっ!」
「っ……!」
 貴賓席で大きな魔素がぶつかり合った。
「パレィジ副隊長! その布を!」
「! はいっ!」
 椅子を飛び越え、パレィジがドルンシャと魔素をぶつけ合う他都市の帝に手を伸ばす。だがそれよりも早く、ボリジャークを中心に魔素が膨れ上がるのをドルンシャは感じ取った。
 帝や彼らを護る付き人たちもそれを感じたようで、防御姿勢を取りはじめたり、主の盾になろうと動きはじめた。
「引っ込んでろ」
 小さくボリジャークが言うと、まずパレィジが苦痛の声を上げて吹き飛んだ。
「ぐあっ!」
 遅れて椅子や床が剥がれ上がり、周囲の人々に迫り、巻き込んで外へ外へと追い出せれていった。
「まずい!」
 そう叫んだのはクラスタス。排斥に耐える彼は、手の平から水を流し出し、貴賓席の周囲に膜を張った。そこに破片や吹き飛ばされた人たちが優しく受け止められる。
「ふんっ、クラスタスか。水遊びが好きか?」
「なに?」
 ボリジャークは布を持つ手を一度引っ込めて、その手をクラスタスに向けた。すると彼が張った水が、彼に向かって襲い掛かる。数本に分かれて、蛇のようにうねる。
「遊んでろ」
 言い放つとボリジャークはようやくドルンシャに目を向けてきた。
「さあ、戦いの舞台に行こうか、ドルンシャっ!」
 ドルンシャは魔素を押し返され、そのまま掴まれ、コロシアムの舞台に放り投げられた。
「ぬぁっ……!」
 地面をへこませるほどの力で叩きつけられ、その音に会場中の注目を集める。どよどよと、視線が集まる。
 そうして落ちてきたのがドルンシャ帝だと気付くと、会場は静かになった。揺れのことなど忘れたように、呆然と。
 ドルンシャが立ち上がると、正面に布を手にしたボリジャークが降り立った。
「さあ、ショータイムだ」
 真っ白な布が、眩しく広がる。




「これもお前たちの仕業か」
 セラの問いかけに、また不敵な笑みが返ってくる。
 大地が揺れはじめてなお、ソルーシャと睨み合うセラ。気配を広く遠くまで鋭敏に探ると、多くの人間が一斉に入り込んでくるのを感じる。
 ないことだと思っていたが、『夜霧』がホワッグマーラに攻めてきた。
 セラはぐっとソルーシャを睨む。戦ってやると言っていた戦意はどこへやら、すでに失せている。本当に目的が読めない。
 しかし今はそれどころではないとセラは思う。捕えたい思いはやまやまだが、戦意がなく彼女の行動を邪魔しないのならば、多くの命を救うべきだ。
 思い至り、セラが多くの人間が入り込んでいる場所へ跳ぼうとしたその時。彼女の前に二人の男がナパードで現れた。
「伯父さん……グースっ!」
「おやおや、そんなに睨まないでください舞い花。久方ぶりの再会ではないですか。それに、敵でもないのですから」
「天敵よ、あなたは。こんなに早く会いたくなかった」
「言ってくれますね。会っていない間にもっと大人になっていてほしかったものですね」
「二人ともやめろ。有事だぞ」
 ゼィロスはヴェファーを抜いて、ソルーシャに視線を向けたまま二人を叱責した。
「『異空の賢者』ゼィロス・ファナ・ウル・レパクト。それにグース・トルリアースか。ふん、大したことはない。……少し足りないが次だ」
 ソルーシャは頭の溝に光を連ねて思案顔を見せると、懐から煌白布を取り出した。それを上へ投げると、ひらひらと自身を消し去った。
「なんだ?」ゼィロスが訝る。「戦闘要員じゃないのか?」
「第三部隊かもしれないから。なんか、戦ってっても試されてるみたいだったし。なにか計測されてたのかも」
「第三部隊? なんの話をしているんだ、セラ」
「なにって、『夜霧』でしょ? いま攻めてきてる」
「『夜霧』だと?」ゼィロスはヴェファーを納めながら、セラに疑うような目を向けた。「煌白布を使っただろ。いま攻めてきてるのはズーデル率いる『白雲』だ」
「えっ……ズーデル? じゃあ『夜霧』と『白雲』は繋がってるってこと。だっていまの奴、指輪してたし、『髑髏博士』と繋がってた」
 直接二人が顔を合わせた場面をセラは見たわけではないが、彼は明らかに博士のことを仲間のように口にした。自身でも『夜霧』と認めていた。間違いなく、螺旋頭のソルーシャは『夜霧』のはずだ。
「あいつはそうじゃなかったとしても、博士にも会った。確実に『夜霧』はホワッグマーラに入ってる」
「しかし『夜霧』はこの世界を攻めないはずだろ」
 それについては理解している。だからこそ『夜霧』がこの世界に攻め込んできたことは、想像以上の一大事なのだとセラは考える。なにか大きなよからぬことが起こるのではないかと。
 セラが伯父の言葉に頷きつつも、自分の考えを口にしようとしたときだ。今にも議論をはじめようとしていたセラとゼィロスに、グースが彼には珍しく焦りの色が見える声色で言う。
「ゼィロス殿。常闇がここを攻めない、というのが気になるところですが。急ぎましょう。ズーデルが動いた」
 ゼィロスは無言で頷き返した。
 それに合わせてセラも、思考を止めて気配を探った。青雲覇王を名乗る男の気配を。
「いた。ドルンシャ帝が近くにいる。コロシアム」
 セラの言葉に二人は頷き彼女の肩にそれぞれ手を置いた。
 花が散る。




 そして、対峙する。
 サファイアと真っ青な瞳が交差した。
 揺れが収まったコロシアムに、風が吹く。
 碧き花の残滓が流れる。
 薄く発光する、青白い雲のような羽織がたなびく。
 サファイアにはエメラルドが差し、真っ青には墨が差す。
「ズーデル」
「舞い花ちゃんっ」
 睨むセラに対して、ズーデルはまるで友との再会を喜ぶような笑顔だ。

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