碧き舞い花Ⅱ

御島いる

36:表立つ

 試されているようだった。
 決して相手が上手の者というわけではない。むしろ、ソルーシャはセラより実力が下だった。
 それなのに違和感が禁じ得ない。
 セラは気になって攻撃の手を止め、ソルーシャから身を引いた。
「どうした、続けろよ」
 続けろ。
 その言葉が意味するところはセラにはわからない。だが、これ以上の戦闘は避けるべきだと考え至るには十分だった。
 セラはソルーシャを睨む。「なにを企んでる」
「色々だ」と不敵な笑みが返ってきた。




「俺の戦闘の癖を見ているな」
 荒野でブレグは二人の敵を睨んでいた。
 一人は手の甲に黒い目の紋章を刻んだ、黒く透き通った髪を持つギルディアークの魔闘士。
 もう一人は頭蓋が螺旋状の男だ。不敵に笑み、頭にある溝に光を走らせていた。




 艶やかな地層に囲まれた大渓谷。
 モァルズは汗を垂らす。風通りが悪く、蒸し暑い。
 早くこの戦闘を終わらせたい。
 ただ暑いだけなら、苦ではなかった。鬼教官である祖父の訓練に比べればどうってことはない。
 対峙する相手が異様で、冷や汗が混じる。不敵な笑みが不気味でならなかった。
 祖父ヅォイァから受け継いだ相棒ヅェルフを振るう。
 敵は軽く腕で防いだだけで、反撃をしてこない。さっきから避けられる攻撃もわざと受けているようだった。まるで訓練用の木偶人形を叩いているような感覚だ。
「……本気でやってくださいっ」
 彼女のその言葉にも、ただ不敵な笑みが返ってくるだけだった。




 海底遺跡にかつかつと二つの足音が響く。
 その近づきに気づき、ズィーたちが目を向けると、そこには『髑髏博士』と頭が螺旋頭の男がいた。
 クェトが言う。「実体につられて、幽体が現れるとは想定外でした。それも幽体の方が強いとは」
「あ! お前っ!」ズィーは頭蓋骨のマスクを指さして、吠えた。「『夜霧』の!」
「お久しぶりですが、その幼さを残した姿と会うのは初めましてですね、『紅蓮騎士』」
「『夜霧』」ジュメニが眉を寄せる。「厳重な入界検査があるはずだぞ!」
「入られてしまったことへの思考は、もう遅いというものだぞ」螺旋頭が嘲笑う。「ジュメニ・マ・ダレ」
「そうですね」クェトが頷く。「対策は彼らの攻撃を凌いでからにするべきです。今は侵入者そのもへの対処をするべきでしょう」
「ご高説どうもっ」
 ジュメニは剣を抜いて、クェトに飛び掛かる。だがその攻撃は螺旋頭の手によって受け止められた。
「なっ……」
「俺が相手だ、ジュメニ・マ・ダレ」
「それでは、僕は幽体の『紅蓮騎士』を一目観察しておきたかっただけなので、これで」
 クェトはゆらゆらとその姿を薄くしていく。
「ソルーシャ、勤めもそこそこに。最後まで付き合う必要はないですからね。戻ることを一番にしてください」
「かしこまりました。博士」




 一方コロシアムでは観客たちが、訝しむ声を上げはじめていた。
「おい、なんかあのぐるぐる頭、いろんなとこにいないか?」
「大会側のてこ入れとかじゃないのか?」
「なんか不気味ね」
「ねぇ、それよりさぁ、あれって『紅蓮騎士』様じゃない?」
「はぁ? 馬鹿なこと言うなよ。『紅蓮騎士』って死んだだろ。『碧き舞い花』でユフォン・ホイコントロが書いてたじゃんか」
「創作じゃないの? 全部がほんとじゃないんでしょ?」
「てかさ、参加者の表にフェズルシィ・クロガテラーなんてあったか?」
「ああ、俺も思った。オッズにもなかったよな、名前」
「運営のミスじゃね? あの天才の存在はどうやったって忘れない」
「その天才くんだけど、なんかピンチじゃない?」
「そんなことなわよ。囲まれてはいるけど、フェズ様はそんなヤワじゃないわ」




 ――古城。
 寂れ、ひび割れが目立つ壁や床。植物の蔦がそれらと共演している。
 そこは帝都ギルディアークの郊外に位置する古城。
「ん? なんだよ、お前ら。俺はギルディアークの魔闘士と戦いたいんだ。邪魔するなよ」
 フェズはギルディアークの魔闘士とともに移動したそこで、白雲を思わせる装束に身を包んだ大勢の戦士たちに囲まれていた。
 肩を組んでいた黒ずんだ青髪の男は、フェズから離れて正面に立った。
「数いる要注意人物の中でも、クロガテラー、お前は真っ先に処分しなきゃいけないんだ。大人しく世界のために籠っていればよかったのによぉ、出てきちまったら駄目だろ? まあおかげで、引きずり出したり、潜入したりのまどろっこしい手間が省けたんだけどな」
「は?」
「でもよぉ、どうして出てきてるのに結界が作動してるんだ? っつってな、んなことには興味ねえんだ。どうせあと少しすれば、消えるんだしよぉっ!」
 魔闘士が黒煙交じりの火炎をその手に、フェズに飛び掛かってきた。

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