碧き舞い花Ⅱ

御島いる

34:ユフォン、走る

「ふぇあっ!」
 貴賓席へ向けてコロシアムの廊下を駆けるユフォンは、人にぶつかった。
「すみません、急ぐので」
 相手の顔はおろか、状態も確認せずに再び駆け出そうとする。
 ぶつかった相手はそんな彼の腕を取って止める。
「待って、ユフォンくん!」
 筆師がぶつかった相手は、司書だった。
「どうしたんですか、そんなに急いで。らしくないです」
「……あぁ、ヒュエリさん。ごめんなさい、急いでて」
「だから、どうしてですか?」
「えっと、参加者の中に僕の名前が、あ! そうだ、ヒュエリさん!」
 動転した様子でどこから説明したらいいかも判別できないでいるユフォンは、急に師匠の両肩を掴んで険しい顔で見つめた。
「はひっ……!」
「フェズがどうして出てるんですか! それも僕の名前で! あいつは今、入り口の制限に、予選の場所の囲みに、えっとそれから……いえ、その辺はどうでもよくて、とにかく持ち場を離れるなんてできないはずですよね。いくらフェズでも。そう聞いてますよ、僕は。テイヤスから! でも出てる! 僕の名前云々はともかく、出てる! それって、ホワッグマーラの世界として大問題なんじゃないんですか! でも、予選は問題なく行われてて、たぶん今でも異空から大勢の人がこの世界に入ってきてるはずで、それでも問題の報告は、僕の知る限りですけど、ない! ってことは、フェズはなにかしらの方法で、役目を果たしつつ出場してるってことです! そんな知識を持ってたり、思いつくのは、あなたぐらいですよね、ヒュエリさん! そうだ! ヒュエリさん、セラが来た日、フェズに呼ばれてた。きっとその時でしょう! そうですよね、ヒュエリさんっ!」
 弟子から押し寄せる羅列の波に圧倒されたヒュエリは、口をわなわなとさせて喚き返す。
「……だってぇ~、もう参加申し込みしちゃったっていうんですも~んっ! 教えるしかないじゃないですかぁ~…………」
 あまりにぐちゃぐちゃになった師匠の顔に、ユフォンはすっと冷静さを取り戻す。
「あ、もうフェズのことはどうでもいいです。そんな場合じゃないっ」
 ユフォンは踵を返して再び走り出す。するとヒュエリもついてきた。
「すんっ……なにを、そんなに急いでいるんですか? あそこまで、すんっ、すんっ、わたしのことを責めておいて、どうでもいいって言われるとそれはそれで、なんか嫌です」
「……いや、ああ、すいません。僕も気が気じゃなくて。とにかく、ドルンシャ帝のところに行かないといけないんです。伝えなきゃいけないことが」
「瞬間移動を使おうとは、思わなかったんですか?」
 ユフォンはザザっとレンガの床を鳴らし、止まった。
「あ」
「へっへん」ヒュエリも少し先で止まってしたり顔で胸を張った。「まだまだですねユフォンくん」
 と、その横をユフォンが走り抜ける。
「っふぇ?」
 ヒュエリもまた、走り出す。
「なんでですか~? 怒りました?」
「いえ。ただ、イベントの真っ最中に帝の前に瞬間移動で出たら、警邏隊に即攻撃されるかもしれないと思いまして」
「ぁ……確かに…‥血の海になりますね」
「そこまでですか!?」
 ユフォンとヒュエリは、辺りにいた数少ない観客たちを驚かせながら、廊下を行く。


 真っ白な平原は、真っ赤に染まっていた。
「食料に困ることはなさそうだな」
 積もった雪を膝でつぶし、ゼィロスは一息ついた。彼の周りには、雪に溶け込む白さの狼たちが、赤くなって横たわっていた。
「血の海、ならぬ血の雪ですね。『異空の賢者』」
「!?」
 ゼィロスは急に現れた気配に、身構えて振り返った。そして目を瞠る。
「貴殿が、なぜここに……?」
 紫の髪が寒風にたなびいた。

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