碧き舞い花Ⅱ

御島いる

33:七つの紫

 セラと別れたゼィロスは雪が積もる平原に、鮮やかな赤紫の花を散らした。
 人の気配を目指してナパードしたわけではない。むしろ人の存在が薄い場所を探し出して跳んだ。
 大会中はナパードですらホワッグマーラの外はおろか、予選の舞台となっている地の外にすら出れない。それを彼は開始早々に試していた。
 休憩をするにも全く安全な場所はないのだ。いつどこで誰に戦いを挑まれてもおかしくない。
 だが休息は必須だった。
 姪に足手まといと言い放たれときから鍛錬を少しずつはじめ、今ではその当時を自嘲できるほどの実力は取り戻せている。それでも寄る年波には勝てない。全盛期には遠く及ばない。
 なにより疲労からの回復に長い時間を要するのだ。
 吐く息が白い。
 変態術を体得しているゼィロスにとって、寒さはさほど堪えるものではない。だが寒さに晒されている間は、環境への適応力の杯が徐々に満たされていく状況。
 懸念を抱くほどの極寒ではないが、余裕ぶって長居するのは得策とは言えない。十六人の決勝進出者となるには、三日間を戦い抜くための体力のペース配分を考えることが重要になってくる。
 と、そう思ってしまうのは間違えだ。
 そんな悠長なことは言ってられない。
 三日という予選の期間はあってないものだとゼィロスは考えていた。
 ホワッグマーラを広々と使っているとはいえ、対戦相手に出会うのがそう難しいというわけではない。探る術を持っている者ならば。
 つまるところ、人によっては開始日である本日、七つのブレスレットを集めることも可能。大きな実力が必要になるだろうが、不可能ではない。現にセラは開始してそう時間が経っていない現状で三つ所持している。
 吐く息が白い。
「…‥はぁ、獣の気配まで探り取れれば全盛期と高々と言えるんだがな」
 独り言ちて、ゼィロスはヴェファーを抜く。
 雪の白に紛れた複数の唸り声に囲まれていた。




 セラとフェズは遥か昔に人が暮らしていたであろう、廃れた集落に姿を現した。
 朽ちた家屋が点在する。
 おそらくは久々にこれほどの数の人が足を踏み入れたことだろうが、集落が諸手を上げて喜ぶことはないだろう。
 乱戦だった。一対一対一対三など比ではない。
 踏み荒らされ、壊されていく。
 彼女の超感覚、気読術をもってしても正確な人数は把握できない。これだけいれば初日に目標を達成できる者もいるだろう。並び立った天才のように。
「よし、終わった」
「……いま着いたばっかりなんですけど」
「だからじゃないか?」
 すでに七つ目のブレスレットを腕に通したフェズが、不思議そうな顔をセラに向けてきた。彼女は笑うしかない。
「ははっ…‥相変わらずのバケモノ」
「なんなら君の分も取って――」
 喋っていたフェズの腕が煌々と紫色を放った。
「――なんだ?」
 彼の疑問に答えるように、光は一筋に集約していき、一方を示すように伸びていった。
「ゴールは向こうってことで――」
 セラが言っている最中にその光の筋はしゅんと消えてしまった。
「へんっ、この時を持ってたんだ!」
 その声はセラとフェズの傍でしたかと思うと、最後の方は遠く、小さくなった。声の尻尾を追って二人が目を向けると、腕を輝かせて走る男の姿があった。
 フェズは平然と自分の左腕を眺めてから、状況を口にした。「盗まれた」
「みたいですね」セラも慌てることなく返した。「手伝います?」
「いらない」
 わざとらしく聞いたセラに、フェズは淡白に答え、手の平を男に向けた。
 だがその姿、もとい戦場に現れてから大きな動きを見せない二人は、他の参加者からしたら格好の的だった。三人の戦士がセラとフェズに飛び掛かり、遠方から一人の戦士が矢を放った。
 フェズはそれらに対処しようという素振りを見せない。ただ一転、逃げる男だけを見ていた。
 これは手伝いじゃないのかな。セラはそう思いながら、動きはじめる。
 フォルセスは抜かない。
 まず、斜め後方から放たれていた矢。それとセラ自身との間の空間を縮める。そうしながら彼女は空中に向かって足を蹴り上げていた。近接の三人の誰に向かってでもなく。
「なにやってんだ、姉ちゃんっ」
 戦士の一人が嘲笑った。だが、その戦士の顔がすぐに苦痛で歪んだ。
「ぐぁ……」
 体勢を崩して地面に落ちた男の腿に、矢が刺さっていた。
 セラが蹴ったものだった。
 トラセードによって急加速させた矢。彼女はタイミングを合わせて足の裏で軌道を変えたのだ。
 これで一人。
 セラは蹴り上げた足を下し、それを次の軸足としてその場で身体を回す。しかしそれも周りの者たちからすれば、なにをしているかは不明だったことだろう。
 ナパード。
「ぐはぁっ」
 セラは次の瞬間には別の参加者の脇腹に踵を食い込ませていた。だけではない。彼女はそのままその戦士に触れたまま、再び跳び、僅かだが移動した。
 そのまま闘気の迸りと共に踵から戦士を飛ばすことでもう一人の戦士にぶつけた。
 早わざ。
 手を出す相手を間違えたと、彼らは苦悶の中で思ったに違いない。
 いや、まだだ。
 もう一人を忘れるセラではない。鋭い視線を戦意と共に向ける。
 遠くから彼女の早わざを見ていた弓使いは、次手ではなく身を隠すことを選んだようだった。どたばたとつっかえながら、セラの視界から消えた。
 戦意を失ったなら相手にする必要はない。セラは気を静めて、呻く三人の男に囲まれたフェズに目を向けた。
 彼の方も、当然のように一瞬で終わったようだった。
 七つの紫が彼の腕で再び、煌々としていた。

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