碧き舞い花Ⅱ

御島いる

32:“ユフォン・ホイコントロ”

「ゲら」
 蛙男は調子を戻すと、セラにブレスレット二つを差し出した。
 順調なことに一日目にして、五つの紫に腕を通すこととなったセラ。しかし、その腕を眺めながらここまでかなと、セラは思うのだった。勘がそう告げていた。さらには順調の終わりだけでなく、苦難のイメージも彼女の頭には浮かんでいた。
「なんで勝ったのに浮かない顔ゲ?」
「あ、ごめん。気に食わないよね。ありがと」
 一転してにこやかにブレスレットのお礼を口にするセラ。しかしと首を傾げる。
「感謝するのもなんか、変だよね。嫌味みたいで」
「セラちゃんなら嫌味にならない。だろ?」
「ゲだな」
 海原族の男の言葉に蛙人が眉を上げて同意すると、二人は笑いあった。
 大会で芽生える友情。
 セラは六年前の大会に想いを馳せた。自分も前身の大会で多くの友人に巡り合ったなと。
 例えば――。
 とセラが友人の顔を思い浮かべようとしたところに、空気を読まない声がひょいと彼女の横でした。
「やっぱ、セラだ」
「っ!……フェズさん!?」
 フードを被った男、フェズルシィ・クロガテラーがセラを覗いていた。
「いや、違う」
「?」
「今は、ユフォンだ」
「え?」




 関係者以外立ち入り禁止。その扉の奥、ユフォンは呆れて声も出なかった。
 支配人であるクラッツに許可をもらい、コロシアムの魔闘士と共に、参加受付の同意書が保管された部屋で自身の名前が書かれたものを探し出した。
 そこに顔写真などはないが、筆師の職業病か人の書く文字には人並み以上の記憶力があった。古くからの友人の癖字ならなおさら、頭に刻まれている。
「これ、あなたですよね。ユフォンさん」
 一緒にいた魔闘士が署名にある『ユフォン・ホイコントロ』を覗き込み、思ったことをそのまま口にしたような、どことなくだらしない口調で言った。コロシアムの魔闘士にしては緩い口元だとユフォンは思った。
「いや、これは僕じゃないですよ」
「へ?」と頓狂な声を上げる魔闘士。
 大勢の参加者の受付をする全空チャンピオンシップだが、同意書を書かせるわりに抜けている。前回大会でドルンシャ帝が偽名で参加した上に、決勝前にマスクマンと改めて名乗ったこともそう。その人物がその人物であるという確認を取れるものが、同意書の署名にある名前だけなのだ。
「これはフェズルシィ・クロガテラーって読むんだよ」
 ユフォンの言葉にさらに素っ頓狂な声が返ってきた。
「はいぃ?」
 ユフォンはそれを無視して溜息交じりに言う。
「はぁ、ヒュエリさんを問い詰めなきゃだ」
 魔闘士に対して感謝と確認の終了を告げ、ユフォンは同意書たちを片付けはじめる。
 ふと、ユフォンは束ねた同意書たちの先頭にあった一枚に目を止めた。
「これって……」
 ユフォンはせっかく束ねた同意書を乱雑に置くと、部屋を駆け出して行った。「ごめんなさい、片付けお願いします」と魔闘士に言い残して。




「どっか、人が多い場所まで連れてってくれよ」
 ユフォンと名乗ったフェズへのセラの疑問など露知らず、当人である彼はセラに頼んだ。
「ナパードでさ」
「……えっと。移動するのはいいですけど、フェズさん。わたしたちと戦えば七つ揃うんじゃないですか?」
 セラは彼の空気の読めなさや身勝手さに困惑しながらも、フェズと戦いたいと思った。
 天才である彼と戦うことは、たとえ負けたとしても復調にいい影響があるはずだ。それに完成形ではないにしろ、六年前とは違う自分がどこまでこの人に通用するのかを試したかった。
「いいよ、それは」フェズは手で空を扇いだ。「君とは本気が出せない今は戦いたくないから」
「本気を出せない?」
「ま、本気出せなくても俺が勝つんだけど」
「ぁ……ははっ。わかりました。行きましょう。どこへでも跳べますよ。渡界人ですから」
「ん? なんか機嫌悪いか?」
「いえ、大丈夫です。ははっ」
「ん、なら行こう」
 フェズがセラの肩に手を置いた。
 セラは海原族の男と蛙人に一声かけてから、ナパードで消えた。

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