碧き舞い花Ⅱ

御島いる

28:教え子

 ふわっと立ち上がり、浮かび上がると少年は三人から少し離れる。
「俺はヒャリオ・ホールっす。今はこれでさよならだけど、きっと決勝に行くから、そして絶対勝つからね!」
 ヒャリオは最後にセラに腕を向けて宣言すると、辺りの空気に溶け込むように消えた。彼の気配は遠くへ流れていった。
「わたしたちの名前は聞いていかないんだね」
 セラは大地に突き立てていたフォルセスを引き抜いて、背中に納めた。
 ゼィロスもヴェファーを納める。
「ちょっとなんで剣、納めてるんすかぁ!」
 ドードが地団駄を踏んで二人に、懇願の眼差しを向ける。
「ドード、といったな。悪いが、もう戦う状況ではないだろ。仕切り直すにも、締まらない」
「そんなことっ……え、トトまで……カカまでぇ~」
 剣の子は視線を木枯らしと春一番に順に向けながら、駄々をこねる。番刀の言葉は、基本的には剣の子本人にしか聞こえない。きっと二本の刀にも、諫められたのだろうとセラは微笑む。
「ドードもさっきのヒャリオって子みたいに、決勝を目指すべきじゃない? たぶんわたしたちと戦ってたら、決勝行けないんじゃないかなって、思うよ」
「そうだな、予選で強者と戦いすぎるのは得策ではないな」ゼィロスがセラに続く。「さっきもなにか秘策のようなものをやろうとしてたいようだが、仮にそれで状況を脱することができたとしても、決勝に行くような者がその技を見ていたら、対策を練られかねない」
「うぅ……先生にも言われたっす、似たようなこと」
「先生?」
「ブレグさんのことだよ。ドードはブレグさんの弟子なの」
「そうなのか」
「そうっす。だから、教え子として、予選で終わらないようにしないといけなくて。だから、予選から全力でやらないといけなくて」
「待て待てドード」ゼィロスがドードの肩に手を置く。「気負うな。そんなことでは予選を通ることはできないぞ。ブレグ殿はきっと君のそういう性格をわかったうえで、俺と似たようなことを言ったんだろう。秘策を使わなくとも、君には予選を勝ち抜く実力があると、知っているんだ。さすがだな、君の先生は」
「……!」
 ドードははっとして瞳を輝かせ、ゼィロスを見上げた。
 セラはドードに笑いかける。「そうだよ。それにこの前の大会で予選通過してるでしょ、ドードは」
「……!」
 今度は輝く瞳をセラに向けるドード。
「そっすね! そーっすね! 俺、いけるっすよね!」
「う、うん……じゃあ、決勝で会えるの、楽しみにしてるね」
「はい! セラさん! それに――」
「ゼィロスだ。セラの伯父で、師だ」
「おおっ、セラさんの先生! だからっすね。さすがっす!」
「……あ、ああ。ではな、ドード。励めよ」
「はいっす!」
 ドードは二人の渡界人に深々と、素早く頭を下げると、颯爽と山を駆け降りていった。
「ブレグ殿の弟子にしては、爛漫というか、奔放というか」
「師匠と弟子が必ずしも似るとは限らないでしょ?」
「まあ」ゼィロスは姪を横目で見る。「そうかもな」
「なに?」
「いや、お前はどちらかと言えば似てる方だろうと思ってな。それにビズも」
「エァンダは似てない方?」
「そうなるな。純粋な弟子ではないが、ズィーも」
「確かに」セラは肩を竦め、それから首を傾げて伯父に問う。「それで、伯父さんはどうして大会に参加してるの?」




「やっぱ偽もんだったな」
 一仕事を終えた半透明のズィーは、余裕の表情でスヴァニを納める。
 彼の前には仰向けに倒れる包帯ズィプの姿がある。
「すごい……」と、離れたところでシューロは呆気に取られる。
「……ズィプくん」ジュメニはズィーの後ろで棒立ちだ。「そんなに強かったっけ?」
「んなっ、失礼だなジュメニさん」ズィーは振り返り、両手を天に向けて広げて肩を竦める。「ホワッグマーラ救った一人だぜ、俺は」
「で、でも、一撃って、フェズくんやドルンシャ帝じゃあるまいし」
「いやいや、こいつが弱すぎたってだけだろ。さすがにあの二人と比べられるとなぁ……ん?」
 倒れる敵を後ろに、見ることなく指さしながら言っていたズィーは、ふと空気の動きを感じて訝る。
 彼が振り返ると、包帯のズィーがよろよろと立ち上がていた。
「おっ、根性はよく真似できてんな。けど、立ち上がったって、また倒れるだけだぜ?」
 と再びハヤブサにその手をかけようとズィーが動いたところで、包帯のズィーは紅き花を閃かせてその姿を消した。
「ナパード!?」ズィーは目を瞠って驚く。「なんでできんだ! ナパスか!……あ、そっかナパスの民の誰かが俺になりすましてんだな! くっそー」
 一人納得し、一人悔しがると、ズィーはいなくなってしまったのなら仕方ないとばかりに、けろっと再びジュメニに向き直る。
「で、これってどういう状況、ジュメニさん?」
「……いや、だからわたしに聞かれてもだな、ズィプくん」

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