碧き舞い花Ⅱ

御島いる

22:火蓋は切って落とされた

 暗い森の中空が、一点から放射状に歪んでいく。
 止まると、麗しの姫が降り立つ。
 午前の日が入らない、まるで強情ランタンでも使っているかのような場所。セラはすぐさま辺りの気配を探る。人の気配はない。
 人の気配は。
「っ!」
 セラは跳び退き、フォルセスを抜く。目の前を過ぎ去ったのは、鋭利な爪だ。
「熊……? 獅子……?」
 舞い花の前で喉を鳴らし威嚇するのは、その巨躯中の毛を風で揺れる枝葉のように震わせる獣だった。牙を剥き、獲物を狙う目をセラから離さない。
 しばらくセラとの睨み合いが続くと、不意に、獣が前肢で地面を叩き引っ掻いた。
 それを自らの合図とし、獣はセラに飛び掛かる。
 セラは獣から目を逸らさず、待ち構える。
 と、獣はセラに到達する前に、空から射るようにやって来た影によって地面に落とされた。ただ落とされただけではなく、命まで奪われていた。
 瞬時にセラの警戒は影に向けられる。人の気配。参加者だ。
「サバイバルってことはだ。食事も自分で調達しなきゃいけないってことだ」
 仕留めた獣の前で悠々と振り返るのは、隆々の筋肉に覆われた鳥人。
『鋼鉄の森』の鳥人ではない、セラはすぐにそう判断した。
 彼の背にある翼は、飾りとまでは言わないが飛行には向かない、退化したものだった。
「『稲光ヴァナの柵・コルサ』の拳闘士」
「そういうお前は、もしや『碧き舞い花』だったりするか?」
「そう、だけど」
「っは、はいはい」鳥人はやれやれと鼻で笑った。「どうせ偽物だろ? 俺、これまで二回も偽物と戦った。そして、楽勝だったぜっ」
 にやりと嘴を歪め、鳥人はセラに向かってきた。
 近場に気配がなかったところから、短時間でこの場所まで来た脚力は本物だ。並の駿馬を超える。
「三度目の正直ってことは?」
 セラは男の蹴りをフォルセスの鎬で容易く受け止め、皮肉っぽく笑う。
「んなっ、俺の蹴りを止めるだとっ!」
 セラは男を押し返す。「軽いからねっ」
 男は宙に投げ出され、身を翻し、着地した。
 彼の正面、すでにセラはいない。そして辺りに碧き花が散っている。
 その事実に鳥人が片眉を上げるころには、セラの腕でブレスレット二つがかちゃりと音を立てた。
 振り返る男。「本物……?」
「だから言ったでしょ」
 セラはフォルセスを納めながら微笑んだ。
「どうする? 今の感じだと、あなたじゃわたしからブレスレットは奪えないと思うけど?」
「拳闘士に向かってそんなことを言えるのも、本物の『碧き舞い花』だから、か。いいだろう」男はセラの腕のブレスレットを見やる。「どうやらその手持ちがゼロになったも、敗退というわけでもなさそうだしな。他を当たるのが定石だろう」
 男はセラから視線を外さずに後退っていく。
「ただ」そして自らが仕留めた獣を一瞥した。「これはもらっていくぜ!」
 鳥人は目にも止まらなぬ速さで、獣を担ぎ、森を軽々と去っていった。自慢の脚は獣の重さもものともしないらしい。
 姿はもちろん、気配も遠く集中を要する距離まで遠ざかった鳥人。その見えない背をセラはじっと見据える。




 ホワッグマーラの各地で参加者たちが戦いはじめたころ、ドルンシャ帝は貴賓席の隣に座る、黒髪の男に笑いかける。
「ボリジャーク帝、あなたまで協力してくれるとは正直思っていませんでしたよ」
「未曽有の事件があったからな、俺とて都という小さな視点は捨てる。世界で結束しなければいけない時代が来ていることを見逃すほど愚かではないさ」
 友好的に声をかけたというのに、ぶっきらぼうで威圧的な返答。もう少しにこやかに言ってもらえれば、皮肉や冗談で返したともとれるが。
 ドルンシャは焦りを隠しながら苦笑で継ぐ。
「いや、すいません。僕は別に嫌味で言ったわけではなくてですね。心から、驚いているんですよ」
「わかっているとも、ドルンシャ。俺もそちらが受け入れてくれたことに感謝しているさ。ほら、ドルンシャ、出れないじれったさがあるだろうが、観戦を楽しもうじゃないか。俺の監視ではなくな」
「監視だなんて、やめてくださいよ」
 ドルンシャは楽しそうに笑い、予選を観戦するためのモニターがあるコロシアムに目を向けるのだった。

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