碧き舞い花Ⅱ

御島いる

19:地下闘技場へ

 三日。
 セラは禁書『副次的世界の想像と創造』の中で、パンのような肌質を持つ白い生き物、幻影霊のファントムくんたちにマカをはじめ、あらゆる力をぶつけた。
 クマのようでタヌキのよう、それでいてウサギのようなヒュエリの生み出した霊たちが、かわいそうにも思えたが、それも一日目の一、二時間ほどだけだった。彼女は容赦を忘れさり、ファントムくんだけでなく、鈍っていた力たちも叩き起こしていった。
 しかし、多くの力は二度寝を決め込み、なかなか本領発揮とはいかないまま。ヴェールもそれ止まり、その先の古の目覚めである想造の力にまで至ることは一度もなかった。
 二年間の空隙は想像以上に大きい。
 先の長さを感じながら、セラは大会当日を迎えることとなった。




 マグリアに再建されたコロシアムは、以前よりも規模が大きくなっていた。それでも各地から集まった人々全員を納めることはできないだろう。
 コロシアム前の露店広場はそれほどの人の群れだ。六年前ですら動きを制限されてしまうほどだったが、今回は人の流れは止まっている様にしか思えなかった。
 それをユフォンの部屋で感じ取ったセラは、選手のための入り口までナパードで移動した。
「わお、セラじゃないか! ユフォンに愛想つかせてもうマグリアには来ないかと思ってたよ~」
 その気配を感じとって跳んできた。
 ユフォンの親友であり、コロシアムに努める魔闘士。ニオザ・フェルーシナはセラの突然の登場に驚きながらも、おどけた笑顔で出迎えた。
 久しぶりと握手を交わしてからセラは答える。
「長い旅に出てただけ。ユフォンだってそうでしょ?」
「そうそう、筆師様は忙しくなったよね。取材旅行なんかしちゃってさ。それにこの大会の記事も書く。君よりも先に家を出ただろ? さすがは『碧き舞い花』の作者だよ」
 ニオザはわざとらしく瞳を回し、肩をすくめた。
「ニオザさんだって、進行に実況するんでしょ、今回も」
「まあね。でも、それはあくまでも、君たち主役を引き立てるためさ。さ、こちらへどうぞ、セラフィ・ヴィザ・ジルェアス様」
 仕事の様相を見せ、恭しくセラをコロシアム内部への案内をはじめるニオザ。
 セラは続きながら聞く。「進行役に実況もやるのに、こういう案内もするんだよね。六年前もそうだったけど」
「人手不足なもので」ニオザは肩を竦める。「これでも、コロシアムに従事するにはなかなか厳しい試験があるんですよ。私の場合、落第点だったところを、実況の才を見込まれて特別に採用してもらうことができたくらいです。ご記憶ですか? 六年前、開拓士団の帰還パレードがあるというのに、参加受付で待機していたことを。あれは落第者への雑用の一つですよ」
「そうだったんですか?」
 セラとニオザは視線を合わせ、笑みを交わした。
「さて、そろそろ今大会の説明をさせていただきますね」
 コロシアムの地下へと続く階段に差し掛かったところで、ニオザは職務に戻った。だが、セラは遮る。
「地下闘技場に行って、予選。内容はその時までわからないけど、十六人が決勝に出られて、予選が終わるとすぐに開会式。あってます?」
「さすがは前回本選出場者ですね。概ねその通りでございます。しかし、今回はホワッグマーラ復興記念大会です。これまでにない催しが企画されておりますので、ご期待ください」
「今は教えてくれないんですね」
「ええ、申し訳ございません。規則ですので。発表まで楽しみにしていてください」
「はい」




 地下闘技場の扉が開くと、そこにはセラの知る光景があった。六年前と変わらない光景だ。
「地下は広くなってないんですね」
「ええ。実は上も洪水の損害を受けての建て替えというわけではないんですよ。ゲルソウ氏が復興のあかつきに記念大会を開きたいとドルンシャ帝に進言したら、ああなりました」
「ドルンシャ帝……今回も出るんですかね?」
「それはないですね。確信をもって言い切れます」
「それはどういう――」
 含みのある言い方をしたニオザに、それは問おうとした。しかしその問いかけより早く、ニオザはセラを中へと誘い、頭を下げた。
「それでは、間もなく予選がはじまりますので、中でお待ちください。セラフィ様」
 そうして扉は閉じられる。

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