碧き舞い花Ⅱ
7:作戦当日と依頼のあと
時はわずかに遡り、トラセークァス。
作戦当日、キノセとテム、それからイソラ・イチはまろやかな匂いに満ちた世界を訪れた。そこに一人で暮らす連盟の仲間を訪ねて。
城の前庭で黄金の髪と首から下げる『記憶の羅針盤』を揺らし、ネルフォーネ・ウォル・ベルトアリァスは生き生きと語る。
透過同化コートのすばらしさを。
「これはガラス・散る・都市の隠匿の術式を組み込んだ生地でできていますのよ! 生地に術式を組み込むというのは――」
「ネルフォーネ、もういいから。こっちはこれから敵地に潜入しようって、気を張ってるんだ。使い方だけ、手短に説明しろ」
キノセはネルが抱えたコートを奪い取る。続いてテムとイソラも、二人は優しく受け取る。
「ふんっ。やっぱりあなた嫌いよ、キノセ」
「俺の好き嫌いはどうでもいい」キノセはコートを羽織る。「着るだけでいいのか?」
「……」
キノセの問いにネルはぶすっとしたまま黙り込む。じっとキノセを見つめる。
見かねて、イソラが盲目を向け首を傾げる。
「……どうすればいいの? ネルお姉ちゃん?」
「着ただけじゃ駄目ね」
ネルはキノセにわざとらしく肩を竦めて見せる。そうしてからコートを羽織ったイソラの前に立ち、優しくフードを頭に被せた。
するとイソラの姿が消えた。気配まで丸ごと。
「ほんとに気配まで消えるんだね」とテム。
「みんなには見えてないの?」
イソラの声だけがそよ風に乗って流れた。
「ええ。音までは、消せないですけどね。癪ですけど」
ネルがキノセを横目で見ると、キノセはふんっと鼻を鳴らした。
「気配はあたしでも感じられないのかな?」
フードを下し、姿を現したイソラが訊くと、ネルはテムとイソラの二人に目配せした。一転して、嬉々とした顔で。
「試してみて。それが答えよ」
「ネルさーん。葉っぱ貰いに来た、よ?」
テムがフードを被ろうとしたところで、四人の前に扉が現れ、そこから赤髪の半血竜人娘が出てきた。
四人はその登場に目を瞠る。「っ!?」
「あ! イソラさん、テムさん」
シァンは深々とヒィズルの二人に頭を下げた。シァンは彼らと同じ、ヒィズルの伝統的な剣士の衣装である風通しのよさそうな、袖口、裾口 襟元が大きく開いた服を着ている。
彼女はイソラとテムの妹弟子だ。
シァンは顔を上げるとキノセを見て目を細める。
「……えっと、それと、見たことはあるんだけど……名前が……ごめんなさい」
テムが言う。「キノセ」
「あっ! そうだ、キノセさん!」シァンは手を打って笑う。「みんなはネルさんに、どんな用?」
「ああ」キノセはテムに頷く。そしてイソラにも目配せして神妙に告げる。「行くぞ」
イソラも真剣な表情で頷きを返すと、一言だけシァンに言う。
「シァン、また今度ね」
「え? ちょ、なんで?」
ヒィズルの二人は透過同化コートの機能を発揮したうえで、トラセークァスから出た。最後にキノセがネルに「頼むぞ」と言い残し、二人と同じく消え去った。
「なになに? どういうこと、ネルさん!」
「なんでもないわよ、シァン」ネルはさもなにもなかったかのように、シァンを城の中へと誘う。「さ、葉っぱよね。採りに行きましょう」
シァンはネルに伴いながらも問う。
「えーっ? なんか隠してるでしょ、絶対」
「なにも?」
「ネルさん!」シァンがネルの前に躍り出て、真っ直ぐな視線を向ける。「それ、わたしの目見てもう一度言って」
ネルは視線の外す。「……なんで?」
「だって絶対なんか隠してるもん」
ネルは視線を外したまま答える。
「わかってるなら聞かないで。隠すのだから、意味があるのよ」
視線の先に回り込むシァン。
「意味って?」
外すネル。
「それも駄目」
回り込むシァン。
「なんで?」
外すネル。
「しつこいわよ」
回り込むシァン。
「だってー…………わかった」
シァンはネルの横に並び、正面を向いて歩き出す。
「はぁ……理解してくれてありが――!?」
気を抜いて溜息をついたネル。だが、視線を上げると正面にシァンの顔があった。満面の笑みだった。
「で、なーに?」
青玉と竜の瞳が交差する。
サファイアが、揺らぐ。
作戦当日、キノセとテム、それからイソラ・イチはまろやかな匂いに満ちた世界を訪れた。そこに一人で暮らす連盟の仲間を訪ねて。
城の前庭で黄金の髪と首から下げる『記憶の羅針盤』を揺らし、ネルフォーネ・ウォル・ベルトアリァスは生き生きと語る。
透過同化コートのすばらしさを。
「これはガラス・散る・都市の隠匿の術式を組み込んだ生地でできていますのよ! 生地に術式を組み込むというのは――」
「ネルフォーネ、もういいから。こっちはこれから敵地に潜入しようって、気を張ってるんだ。使い方だけ、手短に説明しろ」
キノセはネルが抱えたコートを奪い取る。続いてテムとイソラも、二人は優しく受け取る。
「ふんっ。やっぱりあなた嫌いよ、キノセ」
「俺の好き嫌いはどうでもいい」キノセはコートを羽織る。「着るだけでいいのか?」
「……」
キノセの問いにネルはぶすっとしたまま黙り込む。じっとキノセを見つめる。
見かねて、イソラが盲目を向け首を傾げる。
「……どうすればいいの? ネルお姉ちゃん?」
「着ただけじゃ駄目ね」
ネルはキノセにわざとらしく肩を竦めて見せる。そうしてからコートを羽織ったイソラの前に立ち、優しくフードを頭に被せた。
するとイソラの姿が消えた。気配まで丸ごと。
「ほんとに気配まで消えるんだね」とテム。
「みんなには見えてないの?」
イソラの声だけがそよ風に乗って流れた。
「ええ。音までは、消せないですけどね。癪ですけど」
ネルがキノセを横目で見ると、キノセはふんっと鼻を鳴らした。
「気配はあたしでも感じられないのかな?」
フードを下し、姿を現したイソラが訊くと、ネルはテムとイソラの二人に目配せした。一転して、嬉々とした顔で。
「試してみて。それが答えよ」
「ネルさーん。葉っぱ貰いに来た、よ?」
テムがフードを被ろうとしたところで、四人の前に扉が現れ、そこから赤髪の半血竜人娘が出てきた。
四人はその登場に目を瞠る。「っ!?」
「あ! イソラさん、テムさん」
シァンは深々とヒィズルの二人に頭を下げた。シァンは彼らと同じ、ヒィズルの伝統的な剣士の衣装である風通しのよさそうな、袖口、裾口 襟元が大きく開いた服を着ている。
彼女はイソラとテムの妹弟子だ。
シァンは顔を上げるとキノセを見て目を細める。
「……えっと、それと、見たことはあるんだけど……名前が……ごめんなさい」
テムが言う。「キノセ」
「あっ! そうだ、キノセさん!」シァンは手を打って笑う。「みんなはネルさんに、どんな用?」
「ああ」キノセはテムに頷く。そしてイソラにも目配せして神妙に告げる。「行くぞ」
イソラも真剣な表情で頷きを返すと、一言だけシァンに言う。
「シァン、また今度ね」
「え? ちょ、なんで?」
ヒィズルの二人は透過同化コートの機能を発揮したうえで、トラセークァスから出た。最後にキノセがネルに「頼むぞ」と言い残し、二人と同じく消え去った。
「なになに? どういうこと、ネルさん!」
「なんでもないわよ、シァン」ネルはさもなにもなかったかのように、シァンを城の中へと誘う。「さ、葉っぱよね。採りに行きましょう」
シァンはネルに伴いながらも問う。
「えーっ? なんか隠してるでしょ、絶対」
「なにも?」
「ネルさん!」シァンがネルの前に躍り出て、真っ直ぐな視線を向ける。「それ、わたしの目見てもう一度言って」
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