碧き舞い花Ⅱ

御島いる

5:セブルスさん

 空気が動く。身体に纏わりついて、淡く輝く。
『そうだ。感じるだろ、空気の動き』
「うん」
『「後ろだ!」』
 ズィードは振り返り、迷いなき真っすぐな太刀筋を敵に見舞った。
「ぐぁっ」
 伏した敵を横目に、ズィードは剣から血を払い落す。
 ハヤブサの意匠が施された剣。名はスヴァニという。
 憧れた英雄から託された大事な剣だ。
「ズィード! まだ終わってないぞ!」
 ソクァムが上空から降らせてきた諫めの言葉に、ズィードはフサフサの耳をピクリと震わせた。そして暗い路地の屋根たちの隙間から覗く仲間を見上げる。
「わーってるよ! ちゃんと感じてるしっ」
「じゃあさっさと追うぞ! 俺は先に行く。シァンとアルケンが心配だ」
「はいはい。……ったく飛べる奴は楽でいいな」
 手を振り、先に行くようソクァムに指示を出したズィード。その横に並んだ、馬のような黒いたてがみを有した白虎の獣人が鼻で笑った。ダジャールだ。
「ふんっ、外在力も使いこなせば飛べるらしいじゃねえか」
「まだ声が教えてくれないんだよ」
「『紅蓮騎士』の声? まだ言ってんのかよ」
「ほんっとに、聞こえんだよっ」
 下あごから生えた牙をむき出しにしてダジャールを睨み上げるズィード。ダジャールはまたも鼻で笑い、ズィードを睨み下ろす。
「はん、じゃあこう言ってんじゃねえか? やっぱりズィードじゃなくて俺に持たせようかな、ってな?」
「なんだとぉ!」
「なんだよ?」
 ぐぬぬぬと身体を密着させて睨み合う二人。そんな二人に甲高い声が刺さる。
「ちょっとー! また喧嘩ぁ? こんなところでやめてよね」
 入り組んだ路地の先、赤ら顔の少女が呆れ返っていた。
「ネモは黙ってて」
「そうだ口出すな猿娘」
「なっ……きぃーっ、なんなのっ。もう知らないっ」
 プイっと二人を放って行こうとしたネモの後ろから、ゆったりとした足取りで円らな瞳の青年が、ひょいっと顔を出した。その前頭には二本の角だ。
「なになに? 団長とダジャールがまたじゃれてるの? 俺も混ざっていい? てか混ぜろぉ!」
 ネモは足を止め、さらに呆れる。
「……もうっ、ケルバまで! ソクァムさぁーん」
 路地にネモの甲高い叫びが響いた。
「セブルスさーん!」




 路地の一角、フードのついたえんじ色マントの人物が廃材に腰掛けていた。
 甲高い声に小さく身じろぐ。
「はぁ……あの三人、仕事の時くらい自重しないかなぁ、まったく」
 落ち着いた低い声でそう呟くと、腰を上げ、気配のある方に目を向ける。
 深々と被ったフードの奥には、青玉サファイアの左目が輝く。
「今回、俺は必要ないと思ったんだけどな。……いや、仕事自体はソクァムたちだけで充分終わるか」
 フードは歩き出す。背中の剣が呆れたようにかちゃりと鳴いた。
「ほんと、しょうがないな」




 路地の建物を吹き飛ばしながら、三人の青年が競い合う。二人は剣、一人は拳と爪を振るう。
「そんなもんか? 団長さんよぉ!」
「お前こそ、それじゃスヴァニ握れるわけないな、ダジャール!」
「へへ、たっのし!」
 移動する三人をネモは追っていく。
「ちょっと! そろそろやめない? 壊しすぎっ!……うきゃっ!」
 ネモは建物の崩落に伴う土煙に包まれた。それでも三人の男は戦いを止めずに、進む。
「もぉっ!」
 ネモの嘆きと怒りの叫びが、煙と共に虚しく消える。だが晴れた視界の先、三人の仲間たちのさらに先にえんじ色の人影を見たネモ。じゃれ合いに終止符が打たれることを知り、溜息をついた。
 人影、セブルスが口を開く。
「ご苦労様、ネモ」
 その労いの言葉に、ネモは頬を自然と綻ばせた。




 セブルスは背中の剣を、左手で抜く。なんの変哲もない剣だ。そしてマントを小さく手で翻すと、腰に差した短剣も抜いた。これもなんの変哲もない短剣だ。
「三人とも――」
 迫りくる三人に向かって口を開いたかと思うと、セブルスは一瞬にして渦中にいた。
 三人の剣と爪を器用に、そして華麗に受け止める。その時巻き起こった風がフードを押し上げ、セブルスの顔を露わにさせた。
 白金プラチナの髪に右半分を耳まで隠されたその顔は、無感情の微笑みを浮かべていた。
「――そろそろやめようか」

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