和風MMOでくの一やってたら異世界に転移したので自重しない

ペンギン二号

15 レベル100の本気の一端

「そろそろのはず」




 クロリアの町から目的地のミール村までは、突き出したような山間地帯をぐるっと遠回りしなければ辿り着けない場所にあった。
 そのため馬車で片道三日とそれなりに距離がある。


 私は急ぎたくて、ギルド長に用意してもらった馬車を後から追い掛けて来てもらうように頼み、一人で先行した。
 本当は馬車なんてそもそも要らなかったんだけど、もし生き残りがいたなら運ぶ足は欲しいし、元凶を突き止めて退治したときの証人は必要だろう。


 私専用の乗り物があって馬車より早く着くから一人で行くね、という言葉に訝しげだった御者と馬車の護衛という名目でギルド長が用意した二人の男にその旨を伝えた。
 そいつらはあーだこーだ文句を言って私の単独行動を許さなかったけれど、あからさまに私の見張りというのが見え透いていて嘆息してしまい、最後には道に生えていた木を蹴り倒して納得させた。


 「頼むやつを間違えた」という感じで頭を抱えているギルド長を思い浮かべると痛快だった。
 もちろん口だけじゃなく本当に解決してさらにいじってやろうと思う。 


 大体の地図を頭に叩き込み、山をショートカットするように本気の速度で踏破すると、片道三日ほど掛かる道程は半日過ぎほどでもう終わりを告げようとしていた。自分でも驚きの人外速度だ。
 時間的には夕方手前ぐらいだろうか。これから日が一気に傾き始める。探索をするなら【夜目】がある私からすると闇にも紛れられるからそっちの方が良かったりするのだが、できれば太陽があるうちに一目見ておきたかった。
 もう噂にでもなっているのか、合流した街道に人の姿は無い。
 おかげで走りやすいのだけど、複雑な心境だった。




「――あれだ」




 木々が無くなり平野になると豆粒ほどの大きさだが、村の建物群が眼下に見えた。距離はまだあるが私ならあっという間だ。
 額に浮かぶ汗を袖で拭き取り、熱と汗で蒸された後ろで結んでいる髪をかき上げる。
 さすがにこの体でもずっと走りっぱなしは堪えた。
 でもこの状況は一分一秒を争うかもしれないから文句を言ってはいられない。




『あーちゃん、なんかいやなかんじがするー』




 頭の上にへばり付いていた豆太郎を地面に降ろしてあげると、ペタンと短い耳と尻尾を垂らしながら細かく震えていた。
 その怯えた様子に驚いた。揺れる背中にそっと手の平を付けて優しく撫でてあげる。




「どうしたの? 怖い?」


『わかんない。でもあんまりちかづきたくない』


「どうする? ここで待ってる? それとも送還しようか?」




 まさかこんなになっている子を無理には連れていけない。
 戦力としては十分過ぎるほどの相棒だけど、心は純真な子供のままだ。できれば彼の望むままにさせてあげたい。




『ううん、いっしょにいく。あーちゃんといっしょにいたい』


「嬉しいけど本当にいいの?」


『いくのー』




 今度はだだっ子みたいになった。私のすねに足をバタつかせる。
 仕草は可愛らしくて微笑みを誘った。




「嫌になったり苦しくなったら言ってね。私は平気だから」


『もうだいじょうぶ』




 豆太郎なりに覚悟を決めたようだ。口を真一文字に結ぶ。
 しかしこの豆太郎が怖がるほどの何かがあの村にあるのだというのだろうか。
 ここからだと普通の村にしか見えず、余計に解せない。


 少し警戒しながらゆっくり目に、早歩き程度の速度で近付いていった。


 全貌が分かる近さになると首を傾げることになる。
 音がまったくしない。人や家畜の声がせず、さりとて腐臭もしない。
 魔物に襲われたというくせに、その割りに死体も無いし、血痕すらも見当たらない。もちろん雨が降ったら洗い流されるんだろうけど、あまりに閑散としているだけで虐殺の痕跡が見当たらなかった。


 ただ畑は手入れをしていないせいか、数日ほったらかしにしているだけで目に見えて葉が元気なく萎びていた。
 ということは、誰も水をやっていないし、しばらく雨も降っていない?
 違和感のようなものが胸をもやもやとさせる。


 やがて村の入り口にまで辿り着く。




「ここまで近付いてもよく分からないなぁ。豆太郎、変な匂いとかしない?」


『うーん、ひとのにおいはちょっとしかしない』




 吹きっさらしの場所だし、もう住人がいなくなっているのだとしたら匂いが薄くなっているのは当然か。
 立ち尽くしたくなるほどに足跡を辿るのすら難しい。




「家の中に入ってみようか」




 一番近くにあった民家を調べてみることにした。
 家の概観はリズの家とそんなに変わらない。木製のコテージみたいなものだ。
 ここを選んだのはドアが半開きになっているのが見えたから。鍵が閉まっていないと一目で分かる。




「これは……」




 家の中は家具が散乱していた。椅子は倒れ食器や花瓶が割れて床に散らばっている。ドアが開けっ放しだったせいでその上に砂埃を被っていて、ひどく荒れた印象を受けた。
 視線を巡らすが人の死体も魔物の姿も無い。血痕も残っていないからここの住人は着の身着のまま外に逃げ出したのだろうか。
 念のために寝室など奥の部屋も調べたけど、特に手掛かりになりそうなものはなかった。




「他ももうちょっと見てみよう」


『あいさー』




 それから数軒、他の家も探索してみたがどこも同じような状態だった。
 魔物に襲われたとしたらやはりその痕跡が残るはずなのに、あるのは慌てて誤って落としてしまったり壊してしまっただろう家具だけ。
 そこから読み取れるのは何かから取る物も無いまま逃げ出したということだけだった。
 顎に手をやりしばし考える。




「魔物が来たとして、血痕とかの争った跡が無いということは魔物の足が遅かったから逃げるのには成功したから? でもそれなら歩いてでもクロリアの町へ誰か辿り着いたはず。だったらまだ住人はどこかにいる? そういえばアレンたちが来たっていう痕跡も無いのよね」




 不穏だ。
 まるでホラー映画の主人公のような気分だった。


 大した成果が得られないまま村の中をきょろきょろとしながら進むと開けた場所にやってきた。
 そこから遠くに異様なものが見える。


 白くて丸い。あれは‘繭’だ。建物一つ分はある。それが村の奥の教会らしき建物の上に引っ付いていた。




「なにあれ……」




 目を凝らすが繭の中身まではさすがに判明できない。
 ただ大くて不可思議ものが村の奥にあるというだけしか分からなかった。




『あーちゃん、へんなにおいがする』




 呆然としていると、ちっちゃな犬歯を剥き出しにして豆太郎が警告を発してくる。
 それと同時に周りの地面から蜘蛛たちが一斉に這い出てきた。足を広げた一匹の大きさは下手をしたら一メートルを超える。地球だったら最大金冠取れそうなサイズだ。


 ギチギチと口元の横で鎌状になった餌を運ぶ用の顎――確か鋏角きょうかくと言ったか。それを震わせ硬そうな毛の付いた前足を上げながら威嚇してくる。
 すでに囲まれていた。ざっと数は五十か百か。今もその数は増え続けている。どう見ても友好的ではない。
 ひょっとして今まで歩いていた地面の下にこいつらが蠢いていたのだろうか。怖気がくるほどの恐怖だ。




「豆太郎くるよ!」


『むかえうつー』




 忍刀を引き抜くと、出方を窺う前にもう蜘蛛たちは動き出していた。
 腰だめに姿勢を低くして、その小さな身にあり得ないジャンプ力で取り付こうとするのを咄嗟に撫で斬りに迎撃すると、紫の血を噴出させながら体がズレて真っ二つに割れた。




「予備動作が無い!?」




 人間なんかは動くときに足の関節を曲げたり手を振ったり、その直前の動作が意外と分かるものだ。
 けれどこの蜘蛛たちの動きは溜めがほとんど無く一瞬で移動してくる。なかなかに厄介だった。


 余韻を感じる暇もなくさらに飛び掛ってくるのを振り下ろして叩き切り、その隙を付いて背後を強襲してくるやつには、素早く刀を左手に持ち替え背面のまま開いた口に突き入れ手首を捻り内臓をかき乱して腹から裂く。
 足に取り付こうとしてくるのは、存在そのものを消し飛ばしかねないほどの勢いでサッカーボールみたいに蹴り飛ばすと、ぐしゃりと潰れながらボーリングのストライクを取るように群れへ投げ入れられいくつも他の蜘蛛を巻き込んで吹っ飛んだ。


 全然弱い。それでもこいつらは私を圧殺しようとどんどんとやってきた。
 もう足元と空以外が一面蜘蛛色だ。そんな言葉があるか知らないけどね!




「これだけの数、どこから来たのよ!」




 地面の下にいたのは単に隠れていたからだろうか。まさか地下に蜘蛛の大帝国があってそこから世界征服だとか人類に復讐するためにやってきた、みたいなSFじみたことじゃないはずだと思いたい。
 となるとあの遠くに見えた大きな繭も関連性がありそうだけど。


 考えながら追い払う。手だけでは足りなければ足も行使し八面六臂に蹴散らしていく。斬って、斬って、斬っていくがそれでもまだ止む気配はない。振るうごとに屍が増える。
 十匹、二十匹、三十匹、あぁもう数えるのも面倒くさい。


 最小の動きで最大のダメージを与えていく。ただしオーバーキルは必要ない。 
 蜘蛛と蜘蛛の隙間を滑り抜けるように攻撃を重ねていく。私の牙は足を断ち胴体を切り裂きそのまま何の抵抗も無く頭をかち割る、そのたびに血が飛び散り無言で周囲が妖しく蠢いた。


 単純な力押しでは叶わないと思ったのか糸まで吐いてくるしまつだ。
 大量の糸を縫うように躱す。
 まだ絡め取られる心配はないが、少量が刀に付いてしまった。


 どうもこの粘着質な糸を振り払うのは難しく、このままだとそう遠くないうちに切れ味も鈍くなるのが想像できた。それに手数も足りない。今も切断し両断するが、湧いてくる数からするとマイナスだ。
 それなら、




「ごめん、豆太郎ちょっとだけ時間稼いで!」


『はーい!』




 全方位からの攻撃に、無防備な私を守ろうと豆太郎が本気を出した。
 蜘蛛の上に乗り爪で頭を潰すと牛若丸の八艘飛びはっそうとびよろしく、蜘蛛自身を足場にして次々とほふっていく。
 この魔物より豆太郎の爪の方がよっぽど固いらしく、易々と切り裂いていった。
 豆太郎に任せてもなんとかなりそうだったけど、いかんせん単体攻撃でいつ終わるとも知れない。 




『あーちゃんにはちかづけないよー。まーがまもるからー!』




 私はその頼もしい言葉ににんまりと頬を緩め、その隙にウィンドウを開き装備品を急いでタップする。
 数打ちの刀を外し、選ぶのは『忍刀 紅孔雀べにくじゃく』。
 素早くそれをセットする。


 瞬時に今まで使っていた刀と交代で私の腰に交差するように現れたのは、どちらも一尺約三十センチほどの夜鴉よりもさらに一回り短い短刀が二振り。
 今までと違うのは短くなっただけではなく、その刀身自体が紅く熱を帯びているのが特徴。銘の通り鳥の鉤爪を連想させるような反ったデザインで、刀というよりもダガーやナイフに近いかもしれない。琥珀みたいに半透明で刃紋は無い。これは二刀流用の刀だ。
 武器説明のテキストによると『火山に生息する千年以上生きた火食い鳥の爪を丹念に削り落とし、凝縮した部分だけを磨かれた刃』とある。いわゆるボス素材の逸品でその効果は当然炎属性である。
 それを逆手で抜き構える。




「試し斬りさせてもらうわ!」




 二刀を軽く叩き合わせると、シャ、という擦れる音がして火花が散る。その火花は紅孔雀に引火するとすぐさま刀身が炎に包み込まれた。
 それをおくびにもせず襲い掛かってくる哀れな犠牲者一号に一閃。ぼうっという紅蓮の炎のエフェクトがその刃の軌跡を追うように蜘蛛を飲み込んだ。
 燃え上がる炎に仰向けに地面に転がる蜘蛛は、火だるまになって即座に動かなくなり、ボロボロと砂のように崩れていく。


 どういう理屈かこの炎は私に対しては全く熱を持たないことが分かった。
 ならば存分に全力を出させてもらおう。


 続いて当たらない糸をなおも出している蜘蛛に、身を翻して背中から食い込ませると、傷口から炎が体内に侵入し内側から燃やし始める。炎にあぶられもがくように手足をばたばたとさせたがこれもすぐに息絶えた。
 これがこの刀の追加効果の『燃焼』。傷を付けたなら炎が乗り移り対象を内から焦がす。


 残心を忘れずに縦に横に縦横無尽に炎の軌跡を描く。
 蜘蛛たちは刃に触れても触れなくても発生する炎に焼かれ、次々と息の根を止めていった。


 これが戦闘用のガチ武器だ。
 見渡す限り私と豆太郎と蜘蛛ばかり。誰も見ていないし、相手がモンスターときてる。
 なら本気モードいっちゃうからね。




「さぁどんどんいくよ。掛かってらっしゃい」




 刃を合わせ音と火で蜘蛛たちを引き付けるように挑発してから、地面に突きつけて線を引くように駆け巡る。なぞった箇所に私を追って殺到してくる蜘蛛たち。待ってましたと言わんばかりにその真下から炎が噴出しこんがりと焼き上げた。


 その開いた間隙に踊るように滑り込み、さらに両手に持った火食い鳥の爪を振るい柔らかな肉を裂く。
 零れ落ちる血も死骸も全て火が浄化していき消し炭すら残らない。まさに快刀乱麻とはこのこと。
 ちらりと横目で見ると、豆太郎もそのレベルに恥じない猛攻で奮戦している。


 斬り、えぐり、潰す。斬り、えぐり、潰す。何度も同じ行程を繰り返す。
 紅の牙は僅かな傷でも炎が絶命へのアシストをしてくれ、生み出された熱風が頬と髪を熱く撫でていく。


 それでも傍から見ると八方塞がりのピンチだろう。
 なにせ二対数百だ。いくら武器やステータスが強くとも、人のやることだからどこかでミスが出る。こいつらにとって群れの仲間がいくら死のうとも、蟻の穴のようなささいな綻びを見出しそこから数で付け込めば必勝となるのだから。


 けれども、




「あはっ、楽しいなぁ!」




 私はにんまりと口角を上げて笑いが抑え切れなかった。
 興奮する。血がたぎる。気持ちがたかぶる。力がみなぎる。心が騒ぐ。胸が熱くなる。


 まるで大和伝でピンチになったときのように心が躍り、押し寄せる熱情がこの状況に喝采かっさいした。


 圧倒的な万能感に酔いしれながら、近くにいるだけで炎に巻かれた蜘蛛が引火していき、どんどんと巻き込まれていくのを眺めてほくそ笑む。
 足を止めないよう常に群れの隙間を狙って動き回り、死角が無いように立ち回る。熱されたバターに切り込みを入れるように容易く刃は通り、そのほとんどが一撃で死んでいった。
 手を振るごとに火の軌跡が生まれ、それが蜘蛛を燃焼させ、もはや炎の旋風と化した私はすでに軽く百以上の命を燃やし尽くした。
 斬撃と打撃音だけがするこちらの圧倒的なまでの優勢。


 それでも昆虫特有の感情の無さに、こいつらの瞳からは恐怖も怯えも感じられない。虫はこういうのが厄介だ。痛みも恐怖も薄く最初に受けた命令を忠実に守る天然の死兵だから。
 でもそれは裏を返せば敵わないと分かっても逃走をしないことにも繋がる。
 もしこの数で全方位に逃げられたら追い掛け殲滅するのは私でも無理だ。だから愚かにも戦闘を継続してくれるこの状況は意外と最悪なものではない。


 今も順手でクロスを描くように蜘蛛を斬り払い、指で紅孔雀を回転させ今度は逆手で両側面から牙を剥き出しにやってくるやつの頭から串刺しに火刑に処す。
 

 それでも数が減った気がしない。敵はまだまだいた。
 でもこれ以上村の中で戦うと火が民家に燃え移る可能性もあった。それは避けたい。


だから、




「こっちよ、付いてきなさい! 豆太郎、場所を変えるわ!」


『はーい!』




 まだ無数いる蜘蛛たちをすっ飛ばして幅跳びのようにその上を跳び、距離を稼ぐ。滑り抜ける途中にあった家々の屋根に陣取っていた蜘蛛たちから白い糸が吐かれるが、それを紅孔雀の炎で蒸発させすれ違いざまにくないを投げる。後ろでどさっと落ちる音が聞こえた。
 馬やチーターにだって負ける気がしない速度で走るとすぐに村を囲うような柵が見えた。




「あんまりこの柵、役立ってないね」


『とーう!』




 呟きながら豆太郎と一緒に飛び越える。
 後ろを向くと蜘蛛たちはまだ諦めずにわらわらと多脚をうごめかせ私を貪り尽くそうと追ってきた。その重みで柵が潰れる。
 その数は百か二百かそれ以上か、うーんいっぱい!


 村から十分に距離を取るとほんのり雑草があるぐらいの平原があってそこに決めた。
 トップスピードからの急制動に足袋型のブーツが砂の上を数メートル滑って止まる。




『いっぱいきてるねー』


「数ばっかりだね。なんかこんなイベントボスがいたの思い出すよ」




 大和伝でも蜘蛛型で常に雑魚敵が湧くボスモンスターがいた。
 普段ソロ専の私だけど、厄介なボスを倒すときばかりはパーティーを組んだりしたのも良い思い出だ。


 それはともかく、雪崩のように押し寄せる蜘蛛たちを睨みつける。
 鋏角を鳴らし体毛に覆われた八本の足を使って、一目散に私をかじりつくそうとやってくる。そこに個々の意思が見えず、まるでロボットの兵隊のようだった。
 もしあの小さな牙に毒があるなら、あのうちの一匹に噛まれるだけで全身に毒が回り吐き気と痺れを起こし、少しずつ肉をついばまれる地獄のような恐怖を体験できるだろう。
 普通の人間ならそれだけ発狂しながら死んでいく。だけどそんなのは嫌だ。




「一網打尽にするよ」


『あいあいー』


「まずはこれ。―【火遁】爆砕符―」




 ショートカットして忍術名を唱えると指と指の隙間にくないが挟まれた。そのグリップには短冊のように文字が書かれた符がくくり付けてある。
 右と左で計八本、それを押し寄せる群れの左右の端に次々と投げ付ける。くないはアバターの力で、弓で放たれた矢のように空気を貫き飛ぶ。 
 この数だ、特に狙わなくても蜘蛛の顔や背中、足に簡単に命中する。 




 「―【火遁】爆砕符―】」「―【火遁】爆砕符―」「―【火遁】爆砕符―」 




 何度もくないを召喚しそのすべてをあの波の内に潜らせた。
 もう距離はだいぶ詰められている。残り百メートルはすでに切っていた。
 静かに息を吸う。




「【解】」 




 ――爆発が起こった。


 黒い波の両側が膨れ上がるように盛り上がったかと思うと、紅い閃光のエネルギーが行き場をなくしたように爆裂四散する。
 それはすべて同時に炸裂し、蜘蛛たちをズタズタに引き裂いた。
 あるものは一瞬で世界から消失し、あるものは体の半分が焼けただれて無くなる。
 これだけで全体の四分の一は吹き飛んだが、なおも群れは足を止めない。
 ただし衝撃波に押されて波が細くなった。それが狙い目だ。




『すごいねー。これでねらいやすくなったー?』


「そういうこと!」




 私はすでに出していた巻物を先頭に投げつけた。




「これで決めるわ! ―【火遁】紅梅―」




 リズの村で使った忍術だ。
 あれは空中だったが、今回は地面での使用。
 それはあの時と同じように爆発すると、梅が花開くように火線が広がった。
 空から見るとさぞかし綺麗な紅の花が咲いているだろう。


 舐めるように地面を焦がす火柱は、炎上トラップのようにその上を通る蜘蛛たちに灼熱の責め苦を与える。
 先頭の蜘蛛が焼かれて転がると、それが邪魔になり後ろの蜘蛛が引っ掛かるように壁ができた。
 その火柱はまるで意思を持っているかのように、まだ命がある蜘蛛を食らって益々旺盛に勢いを増す。放っておくだけでずんずんと巻き込まれていき死体の山が量産されていく。
 運良く逃れたものには爆砕符で根こそぎ始末する。
 ほどなく炎が消えるとそこに動く蜘蛛はいなくなっていた。


 二刀を腰の鞘に同時に納めるとジッポライターで蓋を閉めたときのように炎が消失し、甲高い音が鯉口を鳴らす。
 殲滅完了だ。




『やったぁ!』


「えい!」




 豆太郎が飛び上がり、ハイタッチ。
 この芸だけで大道芸になりそうだけど、今はこの興奮を分かち合いたい。
 思った以上に組み立てた戦法がハマって頬が緩んでいる自覚がある。




「さてさて、これだけの魔石と素材が獲れたら明日は大金持ちですなぁ?」


『あーちゃんもわるよのー』


「お代官様ほどでは……あれ、おかしいな」




 紅孔雀で直接斬った蜘蛛は姿も残らなかったけど、忍術で倒した敵は丸こげながら一応死体は残っている。
 越後屋とお代官様のテンプレごっこをやりながら、近くの蜘蛛の死体をウィンドウに収めようとしたのだが、なぜか入らなかった。




『どしたのー?』


「うーん、どうしてだろ。アイテム欄にいかないね」


『なんでだろうねー?』




 手を顎に付けて豆太郎とシンクロしながら頭を傾ける。
 ひょっとしてここまで損壊したらもう死体としてもダメだったりする? いやいやそんなうっかり……ありえるかも……。


 そんなお馬鹿なことをしていると、ピクリと豆太郎が反応した。




『あーちゃんまたなにかくるー』


「え?」




 豆太郎が注意を促す先にいたのは、トレントや魔雷蛇を凌ぐ大きさの大ムカデだった。
 黒光りする硬そうな鱗と一本一本が私の体よりも大きい無数の足。それを誇示するように大きく広げ森の方から砂煙を上げてやってくる。
 地面から離れている部分だけで二階建ての家に匹敵するそれは、なぜかこっちに 脇目も振らず突撃してきた。




「うっそ、この世界あんなのまでいるの!?」




 目蓋を大きく開いて絶句する。
 ドラゴンがいるなら大ムカデもいるかもしれないが、こんな村里近くにいていい魔物なんだろうか。あんなのアレンが三十人ぐらい必要そうだけど。




『おおきいねー』




 私からしてもサイズ比で化物にしか見えないのに、豆太郎からしたらどでかいビルがやってくるようなものだろうか。
 このタイミングでやってくるということはあれが元凶? にしても蜘蛛との因果関係が分からない。同じ虫系ってことぐらいだ。


 スピードはそんなに速くないが待ってやる義理も無いので、こちらから迎撃に躍り出た。
 猛烈な脚力が生み出す目にも止まらぬ速度で接敵し跳ぶ。
 一足飛びに大ムカデの頭に張り付き、先制攻撃とばかりに紅孔雀を鱗に突き入れ――られなかった。


 自慢の獲物ががちりと漆黒の鱗で阻まれた。




「は?」




 さすがにショックだった。この世界からするとチート無敵の体と装備を持っていて有頂天になっていたのに、それが効かない相手が出てくるとは。
 ムカデは背を内側に折り曲げ反動を付けると背中にいる私を弾き飛ばす。
 僅かな油断だった。忍刀が拒否された衝撃で呆けたところによる攻撃。




「あ――」




 私は急激な加重と共に無様にも空に放り出された。


 漠然と太陽と雲が近いと思った。
 変わらないはずなのに太陽から届く熱が暖かく感じられ、視界には抜けるような空と雲しかない。
 どこまでも続く蒼茫とした空と一帯になれた自由な感覚。 
 そこはもう手を伸ばせば届くんじゃないかと錯覚するような空間だった。


 だから自然と太陽を掴もうと右手を前に出すと、その手に握る短刀が目に入った。
 見覚えのある。紅く陽光が透過するとルビーのように輝く刃。なんて綺麗なんだろう。


 ――そして意識が覚醒する。




「は! ぼうっとしてる場合じゃない!」




 打ち上がって到達点にいった時は、脳汁が出そうなほど気持ち良く一瞬、ぶっ飛んだ三半規管のせいで頭が何も考えられずにトリップしてしまったらしい。
 無重力状態の浮遊感があんなにも素晴らしいとは。


 突然、引きずられるような落下の重力が私を襲う。臓器が何かに掴まれたような感覚。
 まるで世界が私を逃さないよう、呪いでも掛けているかのようで抗いようがなく恐ろしい。


 殴るような暴風が体全身を打ち付け、鼓膜には空気が切り裂かれ忍者服がはためく音しかしない。
 目に入るのは小さくなった村と草原と大量の蜘蛛の死骸と、そしてあの大ムカデだけだった。




「ムカっ!」




 ムカデじゃなく、腹が立った擬音を口にしてみた。
 私を取り付いた虫のように追い払ったあの巨大ムカデは、追撃する様子もなく悠然とこちらを眺めている。
 その仕草がムカっときた。でもそのおかげで自分の状況が理解できた。真っ逆さまに大地に落下中だ。




「くっそぅ、飛ばされたんだわ」




 直前の出来事を反芻し、今も無意識的に落とさず握っている紅孔雀を見る。
 武器自体の攻撃力としては手持ちで最高ではないけど、まさか刃が通らないとは思いもしなかった。
 大和伝でもそういうボスはいた。たいてい弱点部位を狙ったり、他の部位を壊すことによって連動して柔らかくなったりするものだった。
 そういう意味では一番固そうな背中の部分に攻撃したのは私の悪手ともいえる。武器の性能に頼り過ぎていたことは認める。それでもまさか、という思いはまだ拭えない。




「まだ分かんないけど、あのムカデはレベル五十以上は確定か」




 この世界とゲームを比べるのはどうかという気もするけど、ざっくり評価するならそれぐらいだ。それより低ければたとえ自慢の固い部位だろうがゴリ押しできる。
 このぐらいのレベルの敵からはきちんと弱点を攻めないと効率がダダ下がりしてしまうのだ。




「なんか急にゲーマーとしての感覚が戻ってきたわね。なんでだろう?」




 自分でも不思議だった。トレントやゴブリンと遭遇しても特に感じなかったのに、この大ムカデを見たら急に大和伝のことを思い出した。


 そんなこと考えている間にすでに高度はみるみる低くなっていた。
 下は草群だが数十メートル以上上空からの落下の衝撃をどれほどに和らげてくれるのか。それにいくらこの体が頑丈だからと言っても無傷で着地できるかどうか疑問が残る。
 潰れたトマトをイメージして背筋に悪寒を感じた。実際は私の気のせいだ。単なる気の迷いと臆病さがそのような体の反射を産む。
 一秒のロスごとにとんでもない早さで地面が迫ってくる。覚悟を決めるしかない。


 変なことを考えていたせいでアイテムも忍術も使う暇がなくなった私は、




「はぁぁぁぁぁぁ! 伝説の五点着地ぃぃぃ!!」




 紅孔雀を鞘に戻し、腕で頭を庇い固い地面と衝突すると同時に足を折り曲げ捻るように転がる。五点着地法というのを試すことにした。ダンゴムシの要領だ。
 何かの動画で見たけど、これをすればどんな高度からの落下でも衝撃が分散されて助かるらしい。この頑丈な体ならなおさらだ。
 さすがに高さが高さなのでゴロゴロと転がった。どっちが天か地か見据える方向も見失ったまま体に加わった力が失われていく。目が回って頭が混乱しするも、なんと無傷。体や髪に草と土が盛大に付いてしまったけど。


 手を付いて体を起こしそれらを素早くはたき落としている間に、豆太郎が心配そうに駆け寄ってきた。




『あーちゃーーーん! だいじょうぶ? けがしてない? いたくない?』




 目がウルウルして泣きそうな表情だ。
 抱き上げるとしきりに顔をペロペロと舐めてくる。




「うん、なんとか無事だよ。ありがとう降ろすよ?」


『よかったよー』




 どうもこの世界に来てから体を張ることばっかりだったから、豆太郎に気苦労ばっかりかけさせている気がする。
 これが終わったらしばらくゆっくりしたいね。




「でも、ま、その前に借りを返さないとね」


『やるよー!』




 立ち上がり豆太郎と目を合わせ頷いてから同時に別れる。
 私は左から、彼は右から草むらに紛れて大ムカデに接近する。


 当然あっちは脅威であろう私に反応した。できるだけこっちに引き付けようと目立つように走り抜ける。
 ぎょろりと大きな目玉と上半身が私を追い、思惑通りで自然と薄笑いを生む。




『まー、ぱーーんち!』




 大ムカデの死角から、豆太郎が鱗の無い腹部を強襲した。
 丸まるとスイカよりも小さくなる体躯を如何なく発揮し、草むらに隠れ忍び寄ったのだ。
 そのサイズ比数十倍以上は優にあるのに、ちっちゃくて可愛らしい肉球パンチはその巨躯を揺らすほどの打撃を与える。
 それを確認してから十メートル以上頭上にあったムカデの頭上に膝をたわめ一気に跳び上がる。大ムカデが攻撃に痛がっている姿を捉えた。




「せぇのぉ!」




 勢いに任せてかかとお落としをその頭部に叩き込む。真剣マジな一撃だ。
 硬い感触が伝わってきたがそのまま強引に足を振り抜くと、どっと鈍い音がして大ムカデの頭は地上へ激突した。
 地面が割れ砂煙が立ち込める。




「まずは地面にいないとお話にならないからね」




 空中だと踏ん張れないし、急な対応もできない。だから頭部を地上に降ろす必要があった。
 悪いけどもう油断しない。本気の本気を披露させてもらう。




「反撃開始ー!」


『あいさー!』


『止めてなの!』




 え?
 唐突に、懇願するような小さな女の子の声が響き渡った。




「今の豆太郎じゃないよね?」


『ちがうよー?』




 意気揚々と大ムカデ討伐に乗り出すところだったのに、悲痛な叫び声で中断された。
 これってまさか……。


 おそるおそる大ムカデを見るとその目には大粒の涙が溢れている。
 よく分からない事態に顔をしかめていると、ぼわんと大ムカデが煙になったかと思ったら、狐耳の生えた小さな女の子になっていた。




『うわぁぁぁぁぁぁぁぁん景保かげやすぅぅぅぅぅ!!』




 え? なにこれ?
 呆然としながら観察する。


 狐の女の子の容姿は、明るい狐色の髪色で二つ結んだツインテールのようになった髪型で、服は桜文様が描かれた桃色、下は生えた紫の和風の着物スカートのような出で立ちで、ぺたんを足を折り曲げ地面にお尻を着けながら人目も憚らず号泣し出した。
 ぱっと見の年齢は四~五歳ぐらいだろうか。




「えーと、どうしたいいのよこれ」




 事態についていけずさらには有無を言わせない泣き落としでたじろぐしかない。
 そこに身も凍るような鋭い殺気がぶつけられる。首を捻ると円錐状の氷柱が私を仕留めようと飛んでくるところだった。




『あーちゃん!』




 豆太郎の声もして咄嗟に飛び退く。
 氷柱はさっきまで私がいた場所に深々と地面を抉り突き刺さった。
 人間の大人ぐらいもあるそれは、直撃すれば私とてただで済まない威力を冷酷に見せ付けられる。


 氷自身の放つ冷気とありえたかもしれない未来に背筋がぞっと寒気を感じた。




「あれは……!?」




 当然、攻撃が放たれた延長線上に敵がいる。
 目を凝らすとそれは――青銀色の強靭な鱗で全身を染めた『龍』だった。


 ドラゴンなどの西洋竜ではない、日本や中国で伝えられている蛇に似たフォルムの龍だ。
 獰猛な牙、威風堂々とした角、固く刃を弾く鱗、そして悠々と空を翔る。そのどれもがただの爬虫類とは一線を画す存在。
 全長は十メートルを軽く越し、狐の女の子が化けていた大ムカデに匹敵する。
 それが遠目から窺っても怒り狂っているように見えたのだから堪ったもんじゃなかった。




『我の下女をよくも痛めつけてくれたなぁ!!』




 とんでもないスピードで近づいて来るかと思ったら、とんでもない言いがかりをつけられる。
 いやまぁ一発蹴ったのは事実だけれども!


 次々と氷柱が発射され、それは私と狐の女の子との距離を離すように穿たれバックステップして回避する。




「ちょっと待って! 訳が分からないわ!」




 大量の蜘蛛が現れ、大ムカデがやってきて、その次は龍って、怒涛の連続バトルに困惑と嫌気が差す。
 それにあの龍を私は知っている。
 あれは大和伝の召還獣キャラの『青龍』だ。


 これは一体どういう状況なんだ!?
 野良モンスターなのか、それともプレイヤーのPKプレイヤーキル!?




『問答無用!! 我の物を傷付けた罪は万死に値するのじゃ!!』




 彼女(?)はもう近くまでやってきており、空中で止まると周りに今度はさっきとは比べ物にならないほどの数の氷柱が作られていく。
 一つ一つが先が鋭利に尖り、人間など掠るだけで重症間違いなしの必殺の念が込められた氷の弾丸たちだ。
 そして凍てつくような白い息吹がもれる大きな口がゆっくりと開いた。


 ――来る。


 仰け反るような強烈な圧に、かつてない激しい攻撃の予感と戦慄が走った。




『死ね、小童こわっぱど――』




 ぼわん。
 青龍が全てを言い終わる前に間抜けな効果音がして、薄い煙と共に巨体がかき消えた。
 驚くことにさっきまで何のオブジェだと言いたくなるような地面に刺さっていた氷柱群も跡形も無くなっている。


 なんだこれ……。
 情報が多過ぎてうまく回らない頭を抱えた。


 そんなとき、ウィンドウに着信音と反応があった。


 この世界にきてからは一切聞いていない音だ。
 このタイミングで? と訝しげながら浮かび上がる新着メッセージをタップする。


 ――『フレンド申請があります』


 そこにはそう書かれていた。

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