和風MMOでくの一やってたら異世界に転移したので自重しない

ペンギン二号

13 月を見るたび震えて眠れ

 手の届く範囲にいた魔物をあらかた片付けしばらく散策すると、そろそろ日が沈む兆候があったので町に戻ってきた。
 すっきり気分転換もしたし、夜になる前に少しは町も見てみたい。


  ウィンドウのマップは未開の地を踏み視界に収めると自動で埋められていく。なので拡大すると町を中心にそれなりに黒い範囲が少なくなってきた。たぶんこの世界からしたら髪の毛の先ほどしか見てないんだけど、行った箇所が増えていくというのは冒険感があってワクワクする。
 ゲームのときにやった○○の洞窟とか、○○湖とかいうロケーションやランドマークが書き込まれていくこの作業は楽しかった。
 それに魔石や素材を売って換金して稼ぐというプロセスは、RPG的な充足感が得られて楽しい。
 あとは素材で武器とか防具を作れれば完璧かな。さすがに今の装備を越えるものは無理だろうけど。 




「いらっしゃいませー。本日はどのようなご用件でしょうか?」


「これ買い取って欲しいんですけど」




 弾む出張買い取り所の女性の職員さんの声に、背負っていたリュックから狼の毛皮と魔石を取り出しカウンターに並べる。
 いちいち町の奥まで運ぶのも大変だし、死体とか生臭いものを取り扱うので、ほとんどの人が町の中央じゃなく入り口近くにあるここの出張所に顔を出しているらしい。一応ここで返り血が付いていたとき用に軽い水浴びもできるようで、着替えも売っている。いたせりつくせりと評するべきか、商魂たくましいと言うべきか。 


 あの子たちと別れてから、討伐したモンスターたちを新しくもらった【解体(小)】のスキルで変換した。外れも多かったけど、お金になりそうな物もいくつか出たのでまずは懐を温めないとね。




「わぁ、すごい綺麗な剥ぎ取り方ですね。プロみたい。これは良い値が付きますよ」




 綺麗に前髪を揃えた職員の女性が感心するように検分してくる。
 まぁそりゃスキルさんのおかげだからね。代わりに他の部位は無くなったけど。




「やっぱり下手だと値段が下がります?」


「もちろんそうです。手先が不器用な方や保存が悪い場合だと半値近くまで下がるケースや、最悪買い取り不可ということもありますから」


「買い取り不可? そこまで?」


「えぇ、例えば、毒を使ったら肉なんて食べれませんし、熱がこもるような保管の仕方をして素材の必要な箇所を腐らせちゃったりとかもよくありますから」


「確かにそうですね」


「あとは雑な剥ぎ取りで値段を下げられて逆ギレする人もいるんですよねぇ……はぁ……」




 最後のは単なるボヤきでため息まで吐かれたけれど、なるほど勉強になる。




「分かりました、気を付けますね」


「あ、でもでもそういう方のために、こちらでも解体サービスは行っています。手数料は頂きますが、手間や失敗するケースを考えたらお任せ頂いた方がずっとお得です。ここまでお上手でしたらご自身でされた方がいいんでしょうけど」




 すいません、絶対無理です。 
 私の場合はもらった【解体(小)】とかいうスキルのおかげでその手間は無いけど、建物の外では台車や荷車に仕留めた魔物をそのまま持ち運んでいる冒険者も多いみたいだった。
 死体自体に嫌悪感を抱かないけど、知識も経験も無いのにやろうとは思わないし、値段が下がるって聞いたら余計にやる気が起きないなぁ。




「査定ですけど、毛皮が金貨三枚、魔石が金貨一枚と銀貨五枚です。いかがですか?」


「ええ、じゃあそれで」




 相場が分からないのでそう言うしかない。
 本当は他に狼の牙とか爪とかもあったんだけど、旅の途中で訊いたアレンたちの雑談によるとそっちは全然売れないらしい。
 そりゃ鉄より弱い牙とかあっても何に使うんだって話だよねぇ。飾りぐらい?
 反面、毛皮は服飾に使えるし、固い鱗などは鉄よりも軽いので防具関係に使い道があるらしく高値で売れるとか。今回の狼の毛皮はインテリアかマフラー用だと思うけどね。


 職員の女性はにっこりと営業スマイルで頷くと、木製のつり銭トレーにお金を置いて差し出してきた。
 金貨四枚と銀貨五枚。うん、確かにあるね。それを表向きのお財布用として使っている花柄の刺繍が入った巾着袋に入れる。




「可愛いですね、それ。珍しい作りだし、どこでご購入されたんですか?」


「故郷で作られたものなんです」


「へぇ、私も欲しいなぁ。どこかで売ってたりしませんか?」


「さぁ、分からないですね」


「そうですか、残念です」




 私のそっけない返答で職員はがっくりと肩を落としてちょっぴり可哀想になった。
 西洋風文化の色が濃いこの世界だと巾着袋の発想は無いのかな。
 ひょっとして和小物とかアイディアの特許取って内政チートで生活できるかも? うーん、やめとこ、面倒くさそうだし。
 それに一生いるわけでもないのにあんまり軽い発想でこの世界の文化とか壊したくないしね。そうなってくると小判をお金に換えるのももうやめた方がいいかな。




「そういえば、私よりちょっと年下の男の子三人組が来ませんでした?」


「あぁそういえば来ましたね。まだ駆け出しっぽいのにフォレストビーストなんて狩ってきたから覚えています。見たところ怪我もあんまりありませんでしたし。罠でも仕掛けたのかな?」




 三人がちゃんと立てるぐらい元気があるところまでは見届けたけど、それ以降は魔物の襲来もあってさすがに構っていられなかったので、ちょっぴりだけ気になってはいた。
 ちゃんと納品したんならそれ以上聞くことはないかな。




「じゃあまた来ます」


「はい、またのご来店お待ちしております」




 職員さんの見送りを後にして建物から出ると、がちゃがちゃとした外の喧騒が一気に広がった。
 馬車の車輪が回る小気味良い音や、熱の入った客引きに楽しそうに行き交う人々、こういった光景もだんだんと見慣れてきた気がする。
 この町の活気は平常運転らしい。


 とりあえず、今は頭じゃなくて肩に乗る気分らしい豆太郎と雑踏に紛れながら歩く。
 まだまだ知らない区域は多く、メインストリートぐらいしか足を運べていなかった。
 なので適当に行ったことの無い道へ気ままに進む。ウィンドウのマップがあるから迷子にはならないのは助かるところだ。


 途中で雑貨屋や服屋なんかを冷やかしつつあちらこちらと目移りしながら足を向けると、途端に人気は少なくなり、建物も古臭くなって影が多い路地に入ってしまった。
 たぶんここは裏通りとかそういうところだろう。地元の人間ならこんなところに掘り出し物のお店とか見つけるのかもしれないけど、私にとっては縁が無さそうな場所だ。
 表と対比すると物悲しくなるほど静寂で陰鬱な雰囲気が蔓延していてあまり好きにはなれない。


 とっとと戻ろうかと考えていると、前方を見覚えのある顔が現れ、すぐに壁の角に隠れる。
 ヘラヘラとして馬鹿っぽい顔だ。今日の今日で忘れない――ガル……なんとかたちだ。ギルドで私に絡んできたやつら。
 仲間と六人連れ立って歩いていく。その表情は軽薄そうな笑みを浮かべていた。
 通り過ぎるまで待つと、なんで私が隠れないといけないのかという思いが募ってきて頬を膨らませる。




『あーちゃん』


「なに?」


『ちょっぴり、ちのにおいがする』


「血?」


『あっちから!』




 肉球で指し示すのはあいつらがやってきた方角からだった。
 少しばかり嫌な予感がして行くべきかどうか迷ったが、後々気になりそうだったので向かうことにした。
 十数メートル進み角を一つ曲がる。




「――っ!」




 そこで目にした光景に呻きを上げてしまった。
 そこにはさっき会った三人の少年たちがいた。
 ただし、頬や目の周りが青紫色に変色し腫れ上がっていて、着ている服もボロボロになり、ぐったりとして壁や地面に背を預けながら倒れている様子だった。




「――君たち、どうしたの!?」


「お、お姉……ちゃん……?」




 こっちに気付いた少年たちは僅かに上体が動き、唇を震わせてくる。
 体中が痛めつけられていて無事な箇所が無い。過剰な暴力の跡が、鬱血した肌や土に汚れた服により痛々しさを物語っている。
 全体的に体を丸めており、反射的に身を守ろうとしたのも窺えた。


 一体何があったのか知らないけれど、明らかに過度な暴力だ。
 容赦が無いどころか、執拗に打撃が加えられている。




「ええとどうしたらいいの……。【巫女】や【神官】なら回復できるんだけど【くの一】は回復忍術がないから。こんな状態でおにぎりなんて食べられないし」




 唐突なことであたふたと焦って思考が空回りしてしまう。
 後衛職ならぱぱっと他人を回復する手段があるが、私にはアイテムしか治せる方法を持ち合わせていない。
 自分だけならボタン一つで使用可能だが他人にはできない仕様だ。だから他人を回復させるには、相手に渡すかウィンドウから出現させて口に含めないといけない。しかしほとんどの回復アイテムが食べ物なのですぐに咀嚼そしゃくさせるのも難しかった。
 ゲームと違う弊害がこんなところに出てきてしまう。




「僕ら……だ、大丈……夫……です……だから……」




 青タンのできた口は、開くだけで痛みが走るのか、ほんの少しだけ開けて言葉を紡ぐ。
 明らかに平気じゃない。今すぐ病院に連れて行かないといけないほどの案件だ。
 でも私には彼らを運ぶ手も足りないし、病院の場所すら知らない。
 力はあるくせになんて不甲斐ないんだろう。無力感に苛まれ、やり場が無い。 




「大丈夫なわけないでしょ。強がる必要は無いのよ? 何があったの?」




 こんな傷を負って強がる意味が分からない。
 いや違うか、これは大事おおごとにして欲しくないという意味だ。
 何を隠そうとしている? それとも何かをかばおうとしているのか?
 屈んで目線を同じにして、腫れあがり瞼が半分閉ざされた目をじっと外さずに見つめて問いただす。




「……なさぃ……」


「ん、なに?」




 根負けしたのか、やがて聞き取れない囁くような喉を震わすか細い声量がもれ、耳を近づける。




「ごめ……なさぃ……」




 出てきたのは謝罪の言葉だ。
 なぜ謝られるのか余計に困惑し顔を傾ける。




「謝る必要なんて――」


「お、お金……取られ……た」




 わなわなと口が細かく震え、うずくまる彼らの下瞼から大粒の涙が零れた。
 その瞬間、私の脳裏にさっきのあいつらのいやらしい笑い顔が繋がる。
 思わず歯軋りをした。




「ご、ごめん……なさい。ど、どうやっ……稼いだ……か、隠そうと……したら……あいつら、な、殴るのを……やめなくて……せ、せっかく譲って……もらえた……のに……」




 そうか、この子たちが殴られてまで庇おうとしたのは‘私’だ。
 私にるいが及ばないように口を塞いで言わなかったからここまで痛めつけられたんだ。
 ふざけんなよ、あいつら! こんな子供たち相手にここまでやるか!?




「なんで私なんかのために? 一回会っただけじゃない……」




 さっき知り合っただけの薄い関係だ。彼らがここまで負うものは何もない。




「だって……た、助けて……くれた……。ぼ、僕らを孤児……だって、し、知っても……普通に……し、して……くれた……」




 息を呑んだ。次いで、固く口を結ぶ。
 その言葉だけで彼らの今までの苦労が、辛い生活が分かるようだった。
 この世界の常識がどうとかは知らない。でも私にとって孤児だとかで差別しないのは特別なことじゃないんだよ。
 そう言ってしまいたくなるのを我慢する。




「孤児院の、みんなと……久し振り……お腹いっぱい……食べられる……だったのに。でも、俺たち……言わなかったよ……」


「ぐすっ……ぐすっ……」


「う、うわぁぁぁん……」




 私が吐き出してしまった言葉のせいで、今まで我慢して溢れる寸前で止まっていた悔しさとかやり切れなさがせきを切ったかのごとく決壊し、人目も憚らず涙が滝のような号泣に変わった。
 わんわんと泣き崩れ、暗く狭い路地に響く年下三人の慟哭どうこくは私の胸を鋭く打ってくる。
 どんなモンスターの攻撃よりもそれは私の心を抉った。


 彼らの踏みにじられた失意や無念が手に取るように伝わってきて、私の感情は苛立ち予想以上に激しくささくれ立つ。
 唇をぎゅっと引き締め義憤とも憎しみともいえない気持ちが頭を支配した。




「私を守ろうとしてくれたんだ? ありがとう、偉いね」




 そっと三人の頭に手を置き、小さな敢闘者たちにねぎらいの言葉を送る。




「ご、ごめん……なざい……」




 そういうことをする連中だとは聞いていた。けれど、本当に、実際に、ここまでするとは思ってなかった。他人事だった。
 この光景を作ったのは私にも関わりがあることだ。これを目の当たりにして許せるほど私は人間が出来ちゃいない。看過できるはずがない!
 これを見捨てたら私がこの世界に留まった意義が無くなってしまう。私がこの体でここにいるのにはきっと意味もあるはずだ。
 神様は私に何をしてもいいとメッセージに添えた。ならそれに乗ろう。私の胸に矜持の花が咲いている限り、恩には報い、あだは返す。
 私はただの女子校生じゃなく『くの一の葵』なんだから!




「ねぇ、名前教えて?」


「え?」


「いいから教えて」




 私の唐突な質問にきょとんとする三人。お互いに目をやってからおずおずと『ヘイルウッド』『オッテン』『コニー』と教えてくれた。




「ヘイルウッド、オッテン、コニー、ね。君らの無念は受け取った! くの一の葵が勝手ながら任務クエストを受け取らせてもらうよ」




 あんなのを野放しにして、この子たちのような弱い子の気持ちを誰も汲み取ってくれない不条理な世界なら私がやってやる。
 私が関わったからにはこの出来事イベントはBADENDでなんて終わらせてなんてやるものか。
 弱い者にたかるハイエナのようなケダモノたちに罰を食らわしてやる。




□ ■ □




 そこは男の下卑た視線に酒気と煙草、そして女の香水の匂いが充満する女衒ぜげんの取り仕切る酒場だった。
 一階で酒を飲みながら女を物色し、気に入ったら二階の部屋へと消えていく、蟲惑的な男と女の欲望が渦巻く地区の一角であいつらを見つけた。
 誰かの不幸を犠牲にして起こる下品な嘲笑ちょうしょうが薄い壁越しに、隣の建物の屋根の上に屈んでいる私の耳に届く。


 中にいる他の客も店主も、そいつらが何を口にしようと意に返さない。
 ここはそういうところらしい。あえて気にするのは金払いの良さぐらいなものだろうか。


 私があの子たちを看ている間に豆太郎に追跡してもらい、屋根伝いにやってきたのがここだった。
 すでにとっぷりと日は暮れ夜の帳は落ちている。いくら蝋燭やランプを使っても現代のような明るさは維持できないらしく、やや薄暗く退廃的な印象を抱かせてくる場所だ。
 それでも夜は夜なりに活気付いているようで賑やかな声は絶えない。


 あまりにも場違いで普段なら気後れしそうな空間だったが、今の私の心にはさざ波が荒ぶっていてまったく気にならない。
 胸はぐつぐつと煮えたぎり頭は芯まで冷えている。


 私が屋根にいても誰にも気付かれないのは【くの一】だから。潜入と闇に紛れるのは十八番おはこだ。
 窓から覗くあいつらの顔を発見し、プランを組み立てる。


 ちなみに豆太郎と別行動をしている間に、あの三人の怪我は問題なく治した。
 ある程度動けるようになると、目から鼻から口から水を垂れ流す三人の口に細かく割ったおにぎりを無理やりねじこんだのだ。
 それだけでみるみる腫れが引いていき、それはもう見事に完治する様は目を見張るものがあった。
 付いた血までは消すことはできなかったけど、それは井戸水でもう色々ぐちゃぐちゃになった顔面やら服を拭かせてとりあえず孤児院へと帰らせた。




「じゃあ行くよ」


『あいさー!』




 手早く豆太郎と打ち合わせを終える。
 ウィンドウから取り出したのは、途中で買ったどこにでも売っていそうなフード付きの外套。それを目深に着て準備完了。
 屋根から誰もいない路地に素早く飛び降りると、まっしぐらに酒場を目指す。


 扉を開けて侵入するといくつかの視線がこちらに向いてくるが、全て無視し空いている席を探す振りをしてあいつらに近寄る。
 全員で六人。一つのテーブルを囲い座っている。
 他には賭け事のカードゲームに興じるやつらや、単に酒だけを飲み騒々しく騒ぎ立てる客もいた。
 あまりにも充満する煙草臭い匂いでむせそうになったけど我慢だ。きっと今私の鼻に皺が寄っているだろう。




「いひひひひ、ガキ共にしちゃあずいぶんと持ってたよな」


「大方、どっかで盗んだ金だろ? 孤児のあんな腰抜けのガキがまともに魔物なんて狩れるわけがねぇ。そんな悪い金なら俺らで使ってやらないとな」




 すでにほろ酔いなのか頬を上気させ気分は高揚しているようだ。あの子たちのことを酒の肴に吹き出すように嗤う。
 距離があってもその吐く息がゴブリンの息よりも臭いことが分かる。
 そのテーブルに乗っている酒と料理を支払う代金は、あの子たちが命懸けで獲得したものだ。それを奪い無為に消化する文字通り穀潰しのような存在価値の無いやつら。顔を見ているだけで虫酸が走る。




「よぉ? 金はあるんだ、今晩の相手をしてくれよぉ」


「あーら本当かい? ケチったら承知しないよぉ?」




 目標の一人が酒臭い息を吐き、近くにいた娼婦の尻をいやらしく触りながら大きく開いた胸元へと目をやる。
 けばけばしく化粧をした女もそれが商売だからか嫌がる素振りは見せず、むしろ自然を装いたぶらかすような仕草でしな垂れた。
 全員の目がだらしなくそっちに向う。




「臨時ボーナスが入ったからよぉ、朝まで相手してもらっちゃおーかなぁ?」


「へぇ、どうせまーた悪いことしてきたんでしょ。そのうち捕まるかもよ? 大丈夫かい?」


「大丈夫だって、こっちにはラッキーボーイがいるからよ」




 一番奥で飲んでいるその中では比較的若そうな男に視線が集まる。そいつは恐縮そうに頷き酒を煽った。
 ラッキーボーイがいてなぜ大丈夫なのか、社交辞令だったようで自分から訊いておいて女の興味はもうそっちには向かない。
 視線の先は腰に提げている金貨などが入っている財布袋で、それが膨らんでいることに満足をして唇に微笑がにじむ。




「だったら弾んでもらおうかしら?」


「いひひひ! さぁ、行くか」




 呂律の回らない舌でそいつらがそんなやり取りをしている間につかつかと詰め寄った。
 あと一歩、というところで風も吹かないのに、ふいに近くの蝋燭の火が消える。




「あん? 蝋燭か? ちゃんと新しいの使えよクソが」




 急な明度の変化に酒場にいた半分以上の目がそっちへ釘付けになり、やかましい周りの酔っ払い共の声も途切れた。
 その直後、私は男たちのテーブルの上にあった鉄のフォークを取り一気に振り下ろした。




「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」




 男の痛みによる絶叫が店内に木霊する。
 先を丸めていようとこの体の力ならフォーク一本で人を刺し貫くことも可能だ。現にガルなんとかの仲間の手は、標本の蝶のようにテーブルに縫い付けられていた。
 突然の凶行に油汗を浮かせながらもがくその様子は、声さえ無ければ虫みたいだった。いや虫に失礼か。




「うるさい」




 みっともなく騒ぐそいつの後頭部を掴み、分厚く丈夫そうな木のテーブルに力ずくで強打させた。
 鼻はおかしな方向に曲がり、打ち抜いた顔から赤黒い血がどろりと流れ出て赤ワインを零したみたいに小さな血の池を作る。気絶したようでもうピクりとも動かない。




「てめぇ!! 何しやがる!?」




 一瞬だけ間があったが、ガルなんとかと仲間たちはすぐさま立ち上がって意識を切り替えてきた。酔っているくせになかなかに早い対応だ。
 まだ店内の照明はいくつもあったが、ここだけは蝋燭を消したおかげでやや視界が悪い。目深に被ったフードのおかげもあってまだ私とは勘付いていらないらしい。
 娼婦は腰を抜かしながらも逃げていく。そっちには用が無いのでそれで構わない。




「この野郎!」




 私に一番近い位置――昏倒している男の向かいにいた男が、額に青筋を浮かべ立ち上がり拳を振りかぶってきた。
 酒を飲んでいたせいかふらついていて、あくびが出るような動きだ。
 上体を反らし足を引っ掛けて転ばせる。床に顎を強かに打ったそいつの後頭部を追撃とばかりに踏みつけ黙らせた。ただ長年、体格の良い乱暴者たちの乱痴気騒ぎを支えてきた分厚い木の床が力を入れ過ぎたせいで割れた。


 予め用意していた金貨五枚をバーテンダーの店長らしき人物に投げつける。迷惑料とか壊れた備品の修理代とかそういう意味合いのものだ。
 何か言いたげな店長もそれで押し黙った。察しが早くて助かる。




「お前、絶対に殺す!」




 男たちは店内で椅子に立てかけていた剣を抜いてくる。
 それ見てから私はすぐに外套を翻した。


 ――逃亡だ。


 入ってきた扉を開け夜の闇に逃げ込む。




「ま、待ちやがれっ!」


「追うぞ!」


「ぜったいに逃がしゃしねぇ」




 まさかいきなり逃げの一手と思わなかったのか、一拍遅れてから意識が無い仲間を乗り越え男たちが続々と追い掛けてくる。




「きゃぁ!」


「おい、一体なんだ!?」




 抜き身の剣を持って血走った目をして駆けるそいつらに、行き交う娼婦や関係の無い男たちの狼狽した悲鳴が連鎖して上がった。
 けれどこんなことは日常茶飯事なのだろうか、驚きはするものの逃げるだとか警備兵を呼ぶだとかそういうリアクションをするものは誰一人としていない。
 好都合だった。


 私は暗く細い路地をに先導する。


 右や左へ、ただでさえ特徴の無い道は月明かりすら届かずほとんど暗闇と変わらない。そこを【夜目】のおかげで迷うことなく進む。
 あいつらは一人が目ざとくランプを持ってきたらしく、私がわざと大きく立てた足音やそのランプに映った影を頼りに追ってくる。
 たまに足元に散乱しているよく分からないゴミのようなものにけつまづいている姿が見受けられた。


 だがその逃走劇も長くは続かない。
 奥へ奥へ構わず突っ切ると、ついには袋小路に突き当たったからだ。
 そこへ雲間から降り注ぐ儚げな月光が全身を映し、外套姿の私が夜陰から露になる。




「もう逃げられねぇぞ!」




 数秒の後、後ろの角から鼻息荒く現れたのは、変質者のようないやらしい笑みを浮かべたガルなんとかご一行だ。
 追い詰めたことがよほど嬉しいらしい。
 私は無言で外套を取って横に放り投げた。
 目を細めこの顔を確認すると、みるみるうちに彼らから怒気が噴出していくのが見えた気がした。




「お前、昼間の!? ……何したか分かってんだろうな? アレンの仲間だろうと容赦しねぇぞ」


「仲間じゃないって言ったけど、半日で忘れちゃったみたいね」


「まずはその小生意気な面を見られなくなるまで叩いて顔も性格も矯正させてやる。大方、アレンの助けがあるつもりで勘違いしてるんだろう? 安心しろ、死体はバラバラにして豚に食わせてやるよ」




 人の話を聞かないなぁこいつ。
 それとも私がこいつらに媚びないのは、アレンの威を借りていると思い込んでるのか? 失敬な。




「大きな思い違いをしているみたいだけど、たぶん説明してもその頭じゃ理解してもらえないんだろうね」


「それだ、そういう態度だ。その綺麗な顔が今からぼろぼろに腫れて涙を流して許してくださいって懇願すると思うと堪らないぜ」


「変態」




 軽蔑けいべつの感想を吐き捨て、路傍の石を見つめるような限りなく酷薄な視線で睨み付ける。
 目は恍惚と輝き、嗜虐的な笑みをするこいつらと同じ空気を吸うのも嫌だ。そもそもこの場所がすでにカビ臭くゴミの匂いが溜まって腐臭すらしている場所だ。こいつらにはおあつらえ向きとも言えるかな。




「訊くけど今日あんたたち、私より年下の子からお金を奪ったよね? そういうことって今までに何回もしてるの?」


「あん? そうかあいつらに金を恵んだのはお前か? あぁ、そういうことね。これは笑えるぜ、あんな孤児のガキ共を手懐けて何しようってんだ? 施すなら俺らに渡せよ。もっと有意義に使ってやるぜ」


「訊いてるのはこっちよ。答えなさい」


「ちっ! そうだよ、お前みたいな反抗的なやつや、カモみたいなやつには教育的指導をしてやってる。徹底的にやれば逆らったり告げ口したりする気も起きないんだぜ? 大丈夫、そういう加減は‘慣れて’いる。放置しているのはアレンたちぐらいだが、あいつらもチャンスがあればそのうちな」


「……ペラペラとよくしゃべる。これが最後通牒よ。お金、返して謝る気はない? 心を入れ替えるっていうならこれでチャラにしてあげる。あの子たちの怪我とさっきの男でとんとん。どう?」




 酒場であれだけ暴れておいて何言ってんだと自分でも思う。素直に従うなんておくびにも思っていないけど、どうしても口から出てしまった。
 まだ覚悟し切れていなかったからだ。アレンとの模擬戦とも違う、単なる私怨で人をめちゃくちゃにすることに。




「命乞いか? お前が娼館に身売りして死ぬまで金を貢ぎ続けるなら考えてやってもいいぜ。それより慰謝料上乗せが先か。人目に出られない顔になりたくなけりゃ言うことを聞けよ」




 はぁ、とため息を吐いた。圧倒的なまでに意図がすれ違い過ぎてて、もうこれ以上話す気も訊く気も起きやしない。
 私の判決は有罪ギルティだ。
 肌に触れる外気が冷たく感じる。私の体の内が熱くたぎっているからだろうか。
 腰の忍刀に手を掛ける。




「あんたたちが心を痛める必要のないゴミで良かったわ。ところでここってゴミが多いよね。あら、目の前にも大きな生ゴミばっかりだわ。掃除してあげるから感謝してよね」


「――ぶっ殺せ!!」




 ガルなんとかの号令に他の男たちが剣を抜き、薄暗い路地に白刃が煌く。
 私が普通の女の子なら絶対絶命のピンチだ。
 女の子一人に対して前方はその五倍の人数、後ろは退避不可能な高い壁。
 どう贔屓目に見ても勝てる要素が私には無い。


 そういう腹積もりが見え見えであいつらは余裕を崩さないが、それは大きな勘違いで実力差が測れないから退くという選択肢がないだけ。
 いつも自分より弱いものしか相手をせず冒険をしないから、生物として重要な危機察知が鈍っているのだ。


 ――だからことに気が付かない。




「弱者しか相手しない浅ましいあんたらに、自分たちより強い相手の力を見せてあげる!」


「おらぁぁぁぁぁ!!」




 ゴミたちが一斉に掛かってくる。
 道幅は狭く歩くだけなら二~三人は横並びできるが、剣を振り回すなら一人が限度。
 地の利すら理解していないのかこのお馬鹿共は。


 愚直に一人目がやってくる。
 上段から振り下ろされる剣を左手に持った忍刀で安々と止め、こっちが困惑するほどガラ空きの腹に右のストレートを打ち込む。
 ボキリ、と男から小気味が良い肋骨が折れる音がして後ろに吹っ飛ばした。


 後続は突然飛んできたそいつに巻き込まれ、体で受け止めるために足が止まった。
 すぐさま男たちが視線を前方に戻すと、そこにはすでに私の足がある。


 ――跳び蹴りだ。


 二人目の顔に炸裂し、蹴った顔から血が霧のように噴出して赤い花が咲く。
 空中で体を回転させながら片方の足の甲で巻き込みそのまま地面に叩き込む。
 それは土が割れるほどの威力を備えていた。
 慈悲は無い。死にさえしなければ気にはならない。 




「くそっ! こいつやるぞ!」




 一瞬の間に二人をやられて警戒の色を強めてくる。
 そんなのもう遅い。足りない。すべてが絶望的だ。


 地べたに転がる二人のせいで足場が無く、躊躇している三人目に向かって私はウィンドウを素早くいじりながら軽やかに駆け出した。
 横の壁を、だ。これぞ【スキル】の『壁走り』だ。




「ばかな!?」


「はぁ!?」




 壁走りをして迫る女の子というあり得ない姿に、文字通り天地がひっくり返ったような驚きをする。
 地面がダメなら、壁を走ればいいじゃない。久々に忍者っぽいことしてる気がするよ。


 九十度傾いた相手からの攻撃を受けた経験がないのか、そいつらは仰天して体が固まっていた。




「く、くそぉっ!!」




 やっと動いたと思ったらへっぴり腰で剣を力任せに振るってくる。
 私はもちろんそんな攻撃は食らわない。
 目視すら不可能なスピードで宙返りをして反対側の壁に跳躍し足場を変える。


 カン、とさっきまでいた壁に鉄っぽい音がして小さな傷が刻まれた。
 その衝撃に手が痺れたようで、三人目の男は上半身を硬直させる。
 壁に足を付ける奇術師のような私の翻弄した動きに、この世の者ではないものを見た顔は、驚愕に彩られぎょっとした目だけを向けてくる。


 再び壁を蹴り、股を大きく開いて足の裏の固い部分でがら空きとなった脇腹へ遠慮なく足をぶち込み刺すように蹴り上げた。
 口から何か汚物を吐き出したようだが、そのまま足首を捻り男の体を踏み台にして反動を付けさらに壁へと舞い戻る。




「ぐああぁぁぁっ!! ぶっ……」




 激痛による悲鳴は壁に激突すると、豚の呻きへと変わり落ちるようにして意識を失った、男が壁に叩きつけられたことによりひび割れた土壁が崩れ、頭の上に降り積もっていく。


 四人目は持てる判断力をフル稼働したのか、まがりなりにも剣を突き立て受けの構えをする。
 実力差ある場合は攻撃よりも防御の方が成立しやすい。だからその選択肢は間違ってはいない。
 だけれど、闇夜によく溶け込む黒装束の私が高速で音も立てず壁を行ったり来たりすると、目で追い掛けるのは難しくすぐに見失ったようだ。闇を身に纏う忍者の面目躍如。


 無音の静寂が一呼吸の間だけ広がる。




「ひゃっ!?」




 そして軽やかに男の肩の上に着地した。




「マッサージしてあげる」




 足袋型ブーツでどかどかとその場で足踏みし肩を解してやると、その苛烈なマッサージの振動と力に耐え切れなくあっけなく剣を地面に落とし、さらに膝を折った。
 地面に降りる途中で体を高速回転させ旋風した蹴りで、そのゴミをちょうど路地の端にあった木箱にシュートする。




「ぶべらっ!」




 冗談のようにクルクルと錐揉み回転しながら勢い良く飛ぶと、漫画の一コマみたいに木箱に頭から突っ込みぷつりと動かなくなった。




「さぁ、残るはあんた一人だけど何か言うことはある?」


「お、お、お前は……なんだ……」




 さっきまでの勝ち誇ったような威勢だったガルなんとかの顔は、ただただ化物でも見るかのような怯えと慄きの感情に塗りたくられている。




「なにってただの人間だよ。付け加えるならランク1」


「そんなランク1がいるかよっ! まさかお前も天恵持ちか!?」


「違うわよ。あんたに実力が無いのを別の理由にすり替えないで」




 短かったけど実際に斬り合って分かった。
 こいつらにアレンほどの実力はない。ただ持って生まれた体格の良さに胡坐あぐらをかいているだけ。




「こ、ここまでにしないか? そうだ、手打ちにしよう。そ、そうじゃないと闇討ちを受けたと衛兵やギルドに訴えに行くぞ!?」


「言えばいいよ。あんたらのようなクズを野放しにしている無能なやつらに期待できるならね。それに報復は覚悟することね。断言するわ、私はそんなやつらなんかに引き止められやしないし、その時あんたは確実に自分のしたことを後悔することになる。こんな感じにね。ふんっ!」




 脅しのつもりで横の壁をグーパンで叩いてやった。拳大に陥没しおびただしい亀裂が生まれ、そこからパラパラと破片が落ちていく。




「ひっ……た、助けてくれ。もう二度とアレンやお前に手を出さないと誓う!」


「いいよ別にそんな信用できない誓いなんて。それよりここであんたを叩きのめしたらいい話でしょう。‘徹底的にやれば’いいんだっけ? 想像しなさい、あんたがこれからどうなるのかを」


「……ぅ……」


「何?」




 今の今まで許しを乞うために媚を売ろうとしていたそいつが、何やら背を丸めぶつぶつと呟き始めた。
 壊れたのか自暴自棄になったのか。それとも謝罪か? 
 眉をしかめながらブーツで踏み出す。




「間抜けめ! かかったな! <<フレイムクラップ炎塊>>」




 その手に闇夜を照らす煌々としたハンドボールほどの炎の塊がいきなり出現した。
 燃える火は路地を明るくさせ、空気に晒されたせいか勢い良く猛る。
 命中すれば最低でも大火傷が免れない危険物なのは容易に想像できた。




「ふへぇははは! 燃えろぉぉぉ!!」




 その超自然現象を携えたガルなんとかは、絶対的な逆転を信じ嘲笑あざわらいながら、こちらに投げつけてきた。火線が走り、狭い路地を覆う黒を赤が塗り潰してくる。


 私を燃やし尽くそうと飛来する火炎の弾を必要最小限のステップで躱すと、頬に薄っすらと暖気が当たって熱風が髪を巻き上げ、目標を見失ったそれは後ろの高い壁に当たって霧散した。
 おおよそ分かっていたけど、やはり懺悔や悔恨などはないようだ。




「く、くそ! なら当たるまでやってやる!! <<フレイムクラップ炎塊>>」




 詠唱が無かったせいか、先程より一回り小さい火の塊が生まれた。
 こいつが魔術を使えるというのは驚きだったが、だから何だというんだ。こんな華奢で鈍い炎で私を何とかできると思っているのか。呆れを通り越して滑稽ですらある。




「それが切り札? そんなにそれが頼みなら上から潰してあげるわ! ―【水遁】鉄砲蛙てっぽうがえる―】」




 私の忍術宣言コールにより、傍でぼわんと煙と共に生物が現れた。
 それは私の腰の高さぐらいまである緑色の大蛙だ。長い舌でケロっと自分の額を舐め上げるその上の頭にはちょんまげがある。




「な、なんだそのキモいのはぁ!?」


『ゲロ!』




 蛙はそれを自分への罵りと受け取り、まなじりを吊り上げ強くそいつを敵と認識した。




「あいつの自慢の火を消してやって」


『ケロォ!』




 水かきのある両手を吹き矢のように丸めて口元に持っていく。
 そこから水の衝撃が盛大に飛び出した。
 それはガルなんとかの出した魔術の火を刹那の速度で消し去り、そのまま後ろの壁に衝突する。
 ただし向こうの火と違ってこっちの水弾は壁をボロボロに破砕した。
 そこそこ大きな音がしたし、もう時間は掛けてられないかな。




「私の拳と水とどっちを食らいたい? 最後に選ばせてあげるわ」


『ゲロゲロゲロ!』


「ひぃぃぃ!! に、人間じゃねぇ!!」


「ちょっと!」




 その光景を見てガルなんとかはもはや自分では勝てないとようやく悟り、顔を真っ青にしながら後ろを向いて一目散に逃げようとする。
 逃げられるわけないっての。そもそも私が姿を晒した時点で完璧な和解か完全な敵対しかありえない。そこまでは汲み取ってくれてなかったようだ。




「豆太郎お願い!」


『あーい!』




 のんびりした掛け声と共にガルなんとかの前方に現れたのは、路地の手前で今まで控えていた豆太郎だった。




「そこをどけっ!」




 目の前に現れた小さな子犬に少しも戸惑うことがないらしい。逃亡をやめようとせず、むしろいっそ踏み潰そうという勢いだった。
 相手が普通の犬だったらそれでいいんだろうけどね。




『あーちゃんのいかりは、まーのいかり。にがさないよー。どーん!』




 そこに豆太郎が駆け寄った。
 やろうとすることは単純だ。正面から跳躍してお腹に頭突き。ただそれだけ。


 しかしレベル五十の私の相棒がする攻撃だ、多少の手加減をしても普通に終わることはない。
 それはもはやプロの野球選手の投げる百五十キロの剛速球が、砲丸の玉になっていたようなものだった。
 鉄鎧ですら木っ端微塵に粉砕しそうな重く速い一撃はガルなんとかの内臓を外側から押し潰し、それでもなお吸収しきれない余剰エネルギーで吹き飛ばす。


 無様に、まるで意思のない人形が転がるように手足がもつれたまま私の足元まで戻ってくると、血と泡を吹き白目になって昏倒しているのを確認した。
 いざ肉体言語を使用すると拍子抜け。これなら口でしゃべっていた時間の方が長いぐらいだ。




「報いからは逃げられないよ」




 もはや意識が無いので届かないのだが、言わずにはいられなかった。




「豆太郎も打ち合わせ通りよくやってくれたね」


『なでてなでてー』


「ほらほらほら~」


『ん~きもちいい~』




 豆太郎には酒場で私があいつらに接近する直前に、その小さな体躯を活かして誰にも気付かれずに蝋燭を消してもらった。
 その後、私を追うあいつらがもし違う所を行ったり逃げるやつがいたら力ずくで誘導してもらう手はずもしていた。 


 アレンの素の強さは大体レベル二十台相当だと計算づけていて、そのアレンと同じか劣るぐらいの相手なら豆太郎相手でもこうなるのは予想通りの結末だった。
 天恵が加わればレベル十ぐらい上げてもいいけどね。


 愛くるしい表情でおねだりする相棒を、わしゃわしゃと撫でてあげると気持ち良さそうに背筋を伸ばし甘えてくる。




『ゲロォ……』


「え? もしかしてあんたも撫でて欲しいの?」


『ゲロ!』




 物欲しそうな蛙は縦に頷く。
 若干の勇気を消費しながら触って見ると、肌に吸い付くような感じでややヌメっているものの滑らかだった。一応満足してくれたらしく、それで目を細めて消えていった。
 それからガルなんとかのポーチからあの子たちに訊いていた持ち去られた分の金貨を取り戻すと、私も暗闇に消えるようにその場を後にした。




 この後、奪われたお金を孤児院の少年たちに届けてから宿に帰り、アレンたちと晩御飯を食べて一日を終える。
 だいぶ遅くなってしまったせいでミーシャが膨れっ面をしていたけど、そこは素直に謝った。
 都合が悪くなると全力で逃げる私に、もうしばらくオリビアさんも見守るつもりになったらしく、特にパーティー加入については言及されなかった。


 彼らは夜が明けたら次の依頼のせいですぐに町を立つらしい。今回のはギルドからの指名のようで、詳細は守秘義務で教えてもらえなかった。
 本当はもう少し休みたかったみたいだけど、彼らもランク4になるためにできるだけギルドからの依頼は断れないとぼやいていたのが印象的だった。


 まだ空が白む時刻に出発したようで、しばし彼らと別れることとなったのだが、それを後悔することになるとは夢にも思わなかった……。

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