和風MMOでくの一やってたら異世界に転移したので自重しない

ペンギン二号

12 人助けは義賊の基本です

 周囲が色めくようにざわついた。
 女性の職員たちからは薄い悲鳴のようなものまで聞こえてくる。
 これだけの人がいる前でいきなり抜刀って、どんだけ短気なんだか。


 アレンたちと接した時間は短い。それでも彼らの人となりは自分なりに把握したつもりである。それでも彼らの人となりは自分なりに把握したつもりであり、ここまで言われるほどだとは到底私には思えない。
 そんな彼らを端から侮蔑ぶべつするようなこの男が堪らなく許せなかった。
 だから掛ける声は硬く、言葉は辛らつになっていく。




「それで? その剣でどうするの? まさか斬りかかってくるんじゃないでしょうね? これは忠告よ、その粗末なもん締まってお家に帰りなさい。今ならママに泣きついたら頭撫でて慰めてもらえるかもしれないわよ」


「ぶっ殺す!」


「待て! ここじゃまずいだろ」




 まだ冷静な頭が残っているそいつの仲間たちが、必死に後ろから羽交い絞めをして押さえつける。
 鼻息荒く歯をむき出しにして、それでも拘束されているせいで私には届かない。まるで紐で繋がれた狂犬のようだ。あ、肘が仲間の顔に当たった。痛そう。


 目が血走りそれでも矛を収めようとしない男に、私の対応をした女子職員さんがついに震える声を上げ、カウンターから出てきた。




「け、喧嘩だけならまだしも、町中で刃物を抜く行為は禁止されています。これ以上騒ぎを続けるなら永久追放です。い、今すぐやめてください。じゃないと警備兵も呼びますよ!」 




 恐怖に打ち勝とうと赤くなるまで拳を握り締めながら、必死の形相で彼女は警告をする。
 声も上擦っていて見ているこっちが可哀想になるぐらいだった。
 それでもその勇気は称えられるはずのものだ。


 それと同時に、奥の部屋に向かったアレンたちが騒ぎを聞きつけてか、扉を開けて出てきた。
 あまりの光景に一度硬直したあと、一目で大体の事情を察したみたいで義憤に満ちた顔で近付いてくる。




「おい、何をやってる?」


「ちっ! 俺はガルドレアという。覚えとけよ!」




 興が削がれたのかアレンに恐れをなしたのか、男は剣を鞘に戻し唾と捨て台詞を吐き、出て行こうとした。




「もう忘れた」


「このっ!!」


「おい、やめろってんだ!! ほら行くぞ!」




 よっぽど安いプライドに触ったのかまた剣を抜こうとしたものの、今度こそ本気で仲間たちに押さえつけられギルドを後にする。
 残されたのはヘナヘナと床に座り込む女性職員と私だけだった。




「ありがとうございました。でも大丈夫ですか?」


「こ、怖かった……」


「勇気ありますね」




 これは掛け値なしの賛辞だ。
 もし私が女子校生のままだったらたぶん助けに入らないし、入れない。
 警備の人とかを呼ぶことをするかもしれないけど、それすらも考えられず棒立ちになっていたかもしれない。
 だから行動できただけこの人は強いと思う。




「あの人、いつも新人とか弱そうな人にはタカって何度も注意はしてるんです。気に入らないと怪我までさせるなんて言われていて。それで被害者の方も報復が怖くて未だに誰も訴えられていないんです。今日はあなたみたいな子供にまでちょっかい掛けて、しかも剣を抜くなんてさすがに見過ごせませんでした」




 私子供に見られてたのか。
 いやそりゃそっちからしたら子供だけどさ。うーん複雑な心境だ。




「アオイ、何があった?」




 真剣な目つきで訊いてくるのはアレンだ。
 この顔は自分が原因の一端だと勘付いている感じかな。




「ちょっとバカがじゃれてきたから追っ払おうとしたの」


「お前が強いのは知ってるけど多人数相手に喧嘩売るなよ。馬鹿みたいに正面から来るって決まってないんだぞ。なんかあったら俺らを呼べ」




 格好良いことを言ってくれる。これが彼の本来の姿かな。
 第一印象がこれだったら良かったのになぁ。




「あいつ、いつもあたしたちにイチャモンつけて絡んでくるやつよ。自分を高めるんじゃなくて、相手の足を引っ張ろうとするタイプ。だから未だにランクは2とかじゃなかったっけ」




 ミーシャは嫌悪感を露にしていた。
 旅の間の雑談代わりに教えてもらったが、ランクはたいていの人が3止まりらしい。そこが一般人の到達点。それ以上となると長い経験や特別な才能や道具、そして努力が必要となる。
 だから町でもランク4以上は数組程度しかいないらしい。
 5や6となると同じ人間とは思えない超人の部類で、指名の依頼料も跳ね上がるし名声も高いのだとか。なのでみんな上を目指す。




「二人とも怪我はしていませんか? もししていたら回復しますから遠慮なく言ってね」




 オリビアさんは手を差し出し女性職員さんを立たせると、そう提案してきた。
 私たちは問題ない、と返した。
 それから職員さんはメガネをくいっと上げると私に注意してくる。




「アオイさん、あなたもあなたですよ? 発端はあちらでしたけど、あなたも挑発するような遣り取りでしたよね? 謹んでください。事が起こってからでは遅いんです」


「でもあの場合、私の言葉遣いが丁寧でもそんなに変わらなかったんじゃないですか? あんなのがいる方がおかしいですよ」


「それでも毎回あんなことしてたら衝突ばっかりですよ。あとあれでもそこそこ腕が立つんですよ。本当はランク3にはとっくに上がってるはずなのに、こうして問題をよく起こすからランクアップされない。反面教師としては良いお手本なんですけど」




 あの素行の悪さと短気ではランク2がせいぜいなのは目に見えてる。
 それにあれは私が何を言っても難癖つけようとしているようにしか思えなかった。
 心配してくれるのは嬉しいけど、あれに媚を売るために私はこの世界にいるわけじゃない。




「アオイ、マジで気を付けな。あたしらはアレンもいるし、何よりお偉いさんたちに目をかけてもらってるからあいつらも直接手を出しづらいんだ。だから口だけで済んでる。でもあんたなら逆恨みされかねない。そこそこ大物がバックに付いてて色々揉み消しているって話もあるし」


「気を付けるよ」




 実感のこもっているミーシャからの忠告だ。
 気を付けはするよ、うん。 




「こうなったら私はやっぱりアオイちゃんの加入を勧めるわ!」


「オリビア?」


「だって、私たちまた明日からいなくなるじゃない。何だか放っておけないわ。それにこの子なら私も賛成よ。ミーシャはどう?」


「いや、まぁ……」




 この数日で打ち解けた感があるので、オリビアさんの申し出にミーシャも軽々に異を唱えられなくなっているようだ。
 苦楽を共にすると情が湧くよね。
 アレンも賛成派だし、彼女が折れたら全員一致になる。


 けどさ、




「私は良いって言ってないよ」


「アオイちゃん!?」


「気にしなくていいよ。あんなのが百人やってきたって相手じゃない。それに頼りになる相棒もいるし」


『まーがいるからあんしんあんしんー』




 頭の上の小さな相棒が、頬を私の髪に擦り付けながら返事をする。
 もふもふの騎士ナイト様だ。




「アオイちゃん、真剣に聞いて」


「私はいたって真面目だよ。本当に平気だから。それよりまた一日挟んだだけでどっか行くんでしょ? あんな辛い馬車生活をまたすぐにしなきゃいけないそっちの方が大変だと思うよ」


「もう! こっちの心配なんていいのよ」




 私が強がりか本気で言っているのか、まだ量りかねているような複雑な表情をするオリビアさん。
 オリビアさんは良い人だね。数日前に会ったばかりの私にここまで配慮してくれるなんて。でも今回ばかりはおせっかいだ。私はあんなのには負けないんだから。
 だったらここは意見を押し通すべきだろう。




「本当に大丈夫だから。ちょっと観光もしたいし、私行くね。また夜に会いましょう」




 いくら押し問答をしても平行線になると感じて、まだ煮え切らない彼女たちを尻目に私は建物から抜け出した。






『いいにおいー』


「ホントだね~」




 観光がしたい、と言いながら私たちは町の外に出ていた。
 理由は簡単だ。ムカついたこのストレスを発散させたくて魔物にでもぶつけてやろうと思ったからだ。


 途中、強烈に胃袋を刺激してくる屋台の匂いに打ちのめされ、買い食いをしながら歩いている最中である。
 ここしばらくあまりレパートリーの変わらない携帯食と、干し肉のスライスに現地で取れる新鮮なただの草のスープばかりで、まずくはないんだけど料理とは言い辛いものばかり食してきたせいで、匂いも見た目も変化があるものが欲しくなったのだ。


 ちなみにキャンプではてっきりオリビアさんが料理担当かと思いきや、アレンが率先して動いて意外と手際も良かった。一度だけミーシャが鳥を仕留めたけど、それを捌くのも上手く、なにやらピリ辛の調味料を入れたりと工夫もしてくれた。ただあくまで野外での調理と材料だけに限界を痛感させられた。


 喉を鳴らすような欲求に耐え切れず、衝動買いしたパンに肉とレタスみたいなのが挟まったホットドッグのようなものや、木の実ジュースなどを豆太郎と分け合う。 




「ちょっと濃いけどタレが美味しいね。旅の途中だと塩とか放り込むみたいな調味料ぐらいしか無かったし新鮮だわ」


『うまうま』


「こっちのジュースもちょっと酸っぱいけど甘くて美味しいね」


『うまうーです』




 豆太郎もご満悦だ。
 あんまりこの世界の食事って期待してはいけないのかとすら考えていたけど、さすがに町ではそれなりのものが出てくるようだった。




「さてさて腹ごしらえも済んだし、軽く冒険者活動ってやつをやってやりますか」


『やってやるよ~』




 口に付いたソースを舐め取りながら小さなお尻を振り振り。
 お腹もいっぱいになった相棒はテンションアゲアゲ状態で私もにっこり。


 辺りはくるぶしほどの草が延々と生えた草原で、唯一町へ続く街道だけがハッキリとその存在を強調しているのが目につく、そんな場所だ。
 でも目指すはそこではなくまったく見当違いの方向、むしろ人のいなさそうな所だ。人はいなくても魔物モンスターはいるはずである。




「じゃあ軽めに行くよー。せーの、ほいっ!」




 大地を踏み蹴ると一歩で数メートルの距離を移動する。とてもじゃないけどただの人間には不可能な脚力だ。これを交互に素早く踏みつける。それだけであり得ない距離をあり得ない時間で進める。地面が柔らければきっと私の足跡が延々と続いたに違いない。
 あっという間に煙のように消えた私を追って、慌てて豆太郎も駆け出す。


 
『まってまってー』




 この子の体高からいって相当草が邪魔になるのに、野生的なノリなのかむしろそうした悪路の方が燃える、と言わんばかりに嬉々として小さな足を動かして着いてくる。




「これぐらいなら全然いけるかー」




 リズのいた村でも散歩がてら走ったけど、豆太郎のポテンシャルを再確認した。
 軽いジョギングぐらいのつもりでもオリンピックの短距離選手並の最高速を維持して高速で移動しているのに、余裕を持って追走してくる。
 たぶん、今はロードバイクぐらいの速度かな。目まぐるしく流れていく風景を見ながら悠長にそんなことを思う。




『たーのしー! あっ!』




 並走する豆太郎を視界の端に入れて、さてどこに行こうかと思案していると、急にその豆太郎が立ち止まった。
 速度を緩め止まろうとするが、足袋型ブーツが草に滑り即座に停止できない。
 なんだか格好良い登場シーンのように、ずささささと砂煙が舞い上がり、ようやくストップできた。




「どうしたの? 豆太郎」 


『なんかー? んー、へんなにおいがするー。どっちだろー?』




 すんすんと鼻を使い何か分からないかと嗅ぐ豆太郎。
 そのとき、一陣の風が吹いた。
 びゅうっと涼しげな風が生臭い草の匂いと共に頬に当たり過ぎていく。




『あー! あっちのほうー』




 顔を向けるのは今風がやってきた方角。風上だ。今の風で新しい匂いが運ばれてきたっぽい。




「行ってみよう」


『あいさー』




 疾走しながら目を凝らすと遠くに三人組の冒険者たちを発見した。いずれも若く、私よりも歳下で、まだ少年と呼べるぐらいか。
 装備は貧弱どころかツギハギもある粗末な服装。一目で手作りと分かる木製の剣や槍、それに盾を使っていて、さらに使い手もへっぴり腰と、いかにもデビュー仕立てという感じが窺える。


 彼らが相対しているのはトカゲだ。ただし手足は長く、フォルム的には犬に近い。先の割れた舌が口からちらほらと見え隠れしている。
 大きさは大型犬並で、ごつごつというよりは艶かしく滑らかな鱗は草原の緑よりも一層濃い色合いを持ち、ワンポイントに頭にトサカのようなものもあった。
 ぎょろりと爬虫類特有の縦長の瞳孔をした眼は睥睨へいげいしながら獲物である三人組を鋭く狙っている。




「お、俺が囮になるから逃げてくれ!」


「馬鹿言ってんじゃないよ! みんなで逃げるんだよ!」


「ひぃぃぃぃぃ!」




 悲壮感漂う三人。恐怖でカタカタと歯を鳴らし全身が小刻みに震え、威嚇するように持つ彼ら唯一の武器は敵を見定められず切っ先が揺れている。
 へたり込む寸前といったところか。完全に萎縮して生物間の戦いとしてはすでにチェックメイト寸前だった。
 少年たちの爪や牙は頼りなく、戦意すら折れかけていて、これでは目の前に肉が三つ置かれているのと何ら変わりがない。


 一方のトカゲ犬は蛙にも似た葉のように分かれた指の爪が土を強く掴む。それは襲い掛かる前動作だ。決して油断せず、それでいて引く気は全く感じられない。次の瞬間にはもう誰かに圧し掛かっている幻視が見えるのは私だけだろうか。




『キュェェェェェ!!!』




 甲高い空気が抜けるような威嚇音と共に、トカゲ犬が一気に四肢に力を入れ瞬発すると中央にいた少年に覆い被さる。
 大きさは同じぐらいだけど、たぶん体重はトカゲ犬の方が重い。肩に爪を立てられ身動きできずに少年はそのまま後頭部から背を地面に着かされた。
 そして迫る大きな口にはノコギリ状の歯がずらりと並んでいる。突き立つ牙というよりは噛み千切る歯が相応しい形状だ。子供の柔らかい首筋など肉も血管も引き裂き、一撃で致命傷とするに相応しい硬度と顎の力がありそうだった。




「ああぁぁぁぁぁぁ!!」




 少年は無我夢中でトカゲの歯を手で防ごうとするが、肩を押さえられており、稼動域が少ない。半狂乱になりながらも辛うじて胸の辺りを押し返すのがやっとだ。それでもギリギリ顎が届かない位置にまで押し止められた。
 トカゲ犬は尚も諦めずに獲物に噛み付こうと、何度もガチガチと歯を噛み合わせながらアタックを繰り返し、口から垂れた涎や唾が少年の顔に降りかかっていく。
 体力勝負だ。しかし上から乗り掛かるだけのトカゲと違い、下からずっと押し退けている少年では圧倒的に不利があった。きっとこの拮抗状態は一分も保たないだろう。




「このぉぉぉ!! ヘイルウッドを離せぇぇ!!」


「やめろおおおおお!!」




 その予測に異議を唱えたのは、少年の仲間たちによる横槍。
 先を削って尖らせた槍などを突き刺そうと威勢を上げる。




『キュァァァァァァァァァァァァァァ!!!』




 ところが、その救出行動は捕食者の勘気に触れる行為だった。
 今すぐそこにある極上の餌にありつくのを邪魔されようとして、トカゲ犬が鼓膜を通り魂にまで届く最大限のつんざくような威嚇を発する。
 『お前らから先に食うぞ!!』そのようにすら感じられる直接的過ぎる殺気と苛立ちだ。




「ひぃぃぃぃ!!」




 自分たちを餌としか見えていない圧倒的で無慈悲な強者を目の前にして、二人は尻餅を着いて嗚咽おえつをもらした。
 ガタガタと体を震わし、仲間を助ける勇気は一瞬で吹っ飛んでしまう。
 しかしながら辛うじて残った仲間との絆と意地が、手も足も動かせなくとも声だけは出させた。




「「だ、誰か助けてぇぇぇぇ!!」」


「はいよー!」




 そこに颯爽と現れるのはもちろん私。何とか大事になる前に間に合った。


 すかさず近付き少年の上に組み伏せているトカゲを蹴り上げる。
 それは数メートル以上、空を舞い地面を転がっていった。


 トカゲ犬と彼らの間に割って入り、守るように位置取る。
 すでに刀は抜いてあった。




「ここは私に任せて、先に行ってッ!!」




 悪ノリで人生で言ってみたいセリフのTOP10に入る言葉を言ってみる。
 チラっと後ろを見ると、聞こえてなかったのかそれどころじゃないのか、三人に動きは無い。
 良かったー、本当に置いて行かれたら私が泣いてしまうところだった。


 爪が少年に食い込んでいたので手加減したおかげか、トカゲ犬はしっかりと手足を立たせ復帰してくる。
 それでも割と軽症では済まない程度の打撃ではあったはずなんだけど、怒りが優先されたのだろうか、逃げずに闖入者ちんにゅうしゃである私にも睨み牙を剥いてくる様子だった。




『キュェェーッ! キュェェーッ! キュェェーッ!』




 対峙するトカゲ犬が威嚇する鳴き声の空気音がどんどん激しくなっていく。
 タイミングを計り四肢を引き絞っているのが分かる。


 西部劇みたいな睨み合いは数秒も保たなかった。
 先に仕掛けてきたのはトカゲ犬の方だ。骨格が違うのか犬とかよりもぬるっとしたモーションだった。
 こちらの攻撃を避けられるように、地面を這うように前足を屈めての、私の足首への攻撃。
 少年たちよりは身長が高い私への対処として、まずは足を狙い動きを封じ、頭部や手首など柔らかい箇所を噛みやすくする実に理に適った方法と言えるかもしれない。


 けれど、




「せいっ!」




 股を開いてジャンプしそれを躱す。
 急に私が消えたことにきょろきょろとするその背中に上から容赦なく踏みつける。




『キューッ!!』




 私の蹴りの力に踏ん張れず地面に潰れ、意外と可愛らしい悲鳴が聞こえた。
 踏んづけた感触はゴムのような感じ。足癖悪くついでに頭部をストンピングすると口から白くギザギザの歯が血に濡れ飛び出た。
 反動を付け跳ぶと距離を取って地面に着地する。




「そのまま逃げるなら見逃すけど?」




 通じるわけもないのだが、一応お決まりの台詞も言ってみた。
 口から赤色が混じる唾を垂らしながら怒りを露にするそいつは、やっぱり背を向けるはずもなく、弾かれるように跳躍。鋭利な爪があからさまに私の頭部を引き裂こうと猛追してくる。
 下が駄目なら今度は上ってことだろうか。獣の短絡的思考に苦笑する。


 右の膝を折り左足を交差するように踏み出し重心を乗せて一歩横へ避け、そのまま飛び掛ってくるそいつと回転に合わせるようにバネのように伸び上がり忍刀で斬る。
 すれ違いざまに舞でも踊っているかのような私の円舞が終わると、着地したそいつの喉がパックリと掻っ捌かれ、その箇所からは大量の血が盛大にもれ出した。
 やがて多量の出血で生命の灯が消えたトカゲ犬はがくりと大地に伏す。




『おみごとー!』


「イェイ!」




 すぐ傍で見守っていた豆太郎の賞賛に、口の端を緩めてVサインをして応えた。
 さてさて、助けた彼らはどういった反応をするのかな? ちょっとすっきりしたから「べ、別に助けてくれって頼んだわけじゃねーし」とかツンデレ系でも許すよ。
 後ろを振り向くと、




「「「す、すげー!」」」




 キラキラと、それこそヒーローを見たかのような目を輝かせて少年たちが反応した。
 意外と素直系だったわー。




「怪我は無いようね。ふふん」




 トカゲ犬に肩を掴まれた少年は、服のその箇所が多少破けていたが、思ったより傷は浅い。ばい菌の問題さえクリアできればあとは多少の打撲ぐらいか。
 ちょっと気を良くしてしまい鼻を鳴らしてしまった。




「お、お姉さんありがとうございます。助かりました!」


「「ありがとうございます!」」




 頭を下げてお礼を述べてくる。
 ここまでされると助けて良かったなって思えるよね。
 助けて文句言われたらどうしようって、お年寄りに席を譲ったら逆に怒られたみたいなおっかなびっくりさはあったけど安心した。




「まぁそれはいいんだけど。君たちまだ駆け出しっぽいのにこんなの相手したらやばいんじゃない?」




 今日登録したばかりの私が言うことではないんだけど、実際戦った感触としてはこのトカゲ犬はそこそこの相手だ。
 ゴブリンよりもずっと強いし、一般人だと一対一で負けるレベルだろう。特にあの深い緑色は、森の中にいたら迷彩で奇襲を受けやすい色をしている。
 一人前の冒険者なら一人でも倒せるだろうし、三人なら一般人でもそう負けることはないだろうけど、彼らはせっかくの数の利も活かせていなく、いかんせん動きが素人過ぎた。




「僕ら、まだ冒険者になったばかりで、いつもはこういう草原か森の入り口で採取ばかりしていて魔物に遭う機会も少ないんですけど、今日はなぜか森の奥にいる魔物が出てくるようになってしまって」


「昨日ぐらいから魔物の様子がおかしいって話はあったんですけど」


「まさかフォレストビースト森の魔獣がここまで出てくるなんて」




 しょげこむ彼らに答えを訊くと一応事情があるらしい。
 魔物の様子がおかしいか、ひょっとしたらこの間のトレントとかの騒ぎと関係あるのかな。




「そりゃ災難ねぇ」


「僕ら孤児は基本的に十五歳になったら出ていかないといけないんですけど、それまでにお金を稼いで恩返ししようって決めて冒険者になったんです」




 あらま、いい子たちじゃないの。




「でもしばらくはもっと町の近くで活動した方がいいかもね」


「そうですね……」




 さすがについさっきまで死ぬかもしれない直前までいっていたのはかなり肝が冷えたらしい。倒れているトカゲ犬に目をやると恐怖が蘇ったのか顔が青ざめていた。
 ちょっと可哀想だな。




「でも町の近くなんて採取できるものなんて稼ぎがしれてるからなぁ」


「だったらそのトカゲ全部あげるわよ」


「え?」「まじッス?」「本当にです?」




 トカゲ犬がどれほどの値が付くのか知らないけど、薬草採取の数日分ぐらいにはなると思う。




「いいよ。その代わりせめて数日は落ち着くまで町の近くでの行動にしなさいな」


「「「ありがとうございます!」」」




 深々とお辞儀されるとなかなかに気持ちが良いものだ。助けて良かったね。




「ちゃんとお礼できて偉いね」


「先生――孤児院の先生にお礼と挨拶はちゃんとしなさいって言われてるから」




 少し恥ずかしがるように頬を爪で掻く仕草をする。
 彼らが育ったのはちゃんとした所のようだ。




「じゃあ私は行くから。すぐにそれ持って町へ戻りなさい」


「「「ありがとうございましたーー」」」




 お礼の言葉を背中に受け、ぎゅん、と速度を上げその場をあとにする。




『あーちゃん、かっくいいー!』


「そーでしょー」




 ある程度離れると、一緒に走る豆太郎が声を掛けてきた。




『ちかづいてきてるのもやるんでしょー?』




 さすがに豆太郎にはお見通しか。




「うん、まぁあの子たちが町に戻るぐらいの時間は稼いであげないとね」




 血の匂いを嗅ぎつけたのか、ウィンドウのレーダーに近付いてくる敵性反応がいくつかあったのだ。だからさっさと会話を切り上げた。
 あの子たちに辿り着く前に私が撃退してあげないと。こういうのは隠れてやるから格好良いのだ。




「さて、もう一仕事しますかね。手伝ってくれる?」


『あいあいー! まーにおまかせー!』




 食後の軽い運動とばかりに二人で草原を蹂躙じゅうりんした。
 反省はしていない。



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