和風MMOでくの一やってたら異世界に転移したので自重しない

ペンギン二号

11 初めての町「クロリア」。厄介ごとはいつも突然に

「やっと着いたわ。長かったー!」




 なだらかな丘陵を越えると、眼下に石垣に囲まれた大きな町が目に入った。
 遠くからは小さく玩具のようなレンガと石造りの町並みや、ゆっくりと風を背にあてられながら回っている風車などが一望できる。
 私からするとアンティークな外国の景観、というのがぴったりで憧れの海外旅行に来たような気分ですらある。
 これから始まる冒険心を絶妙にくすぐってくるようだった。


 それとは別に、三日という初めての旅に凝り固まった全身を解すように手や肩を回す。


 ここまでの道中は色々と散々だったので、もう二度と乗りたくない。
 途中からただ座っているのが退屈で、豆太郎と気分転換に駆けっこで並走したりした。いくらおかしな目で見られようともそっちの方が楽だったぐらいだ。


 オリビアさんとアレンからも、あの魔術はどうやったんだだの、鍛錬方法はなんだとか、口やかましいのも距離を取る要因の一つだった。
 結局とぼけたけてうやむやにするしかなかったのも合わせて心苦しい旅路だったね。




「やっと着いたじゃねぇよ!」




 なんだか後ろのアレンとかいう金髪がうるさい。
 せっかく初めての町で、感動の余韻を楽しみたいのに静かにして欲しいものだ。




「アオイちゃん、ちょっとやり過ぎ~」


「あんた限度ってものを考えなさいよ……」




 ミーシャとオリビアさんの女子二人もグロッキー状態。
 ずっと馬車に乗ってたくせに疲れてるのは気のせいだろうか。
 まぁ乗り疲れってあるよね。




「……」




 御者の村人おじさんに至っては白目を剥いて気絶していた。
 その手綱の先の馬も息を荒くしていて、背中に乗っていた豆太郎がぴょんとこちらにジャンプしてきたので受け止める。




『はやかったねー』


「最初からこうすれば良かったね」




 あのトレントを倒した後、のろのろと進む馬車に業を煮やした私は、結局最終日に有り余るパワーで馬車を後ろから押し、渋る御者の代わりに豆太郎を馬の頭の上に乗せて操らせ、全速力で走ってもらう強硬手段を敢行した。
 弾丸馬車の誕生だ。
 私の視界には豆太郎の視界が映るので、それで障害物や人などがいれば豆太郎に指示を出して舵取りをしてもらっての強行。 


 これで一気に距離を稼いで半日以上の時間短縮に成功したところだった。
 ちなみに死体から漁った魔石は四等分にして少しだけ懐を暖められた。




「お前ら、無茶苦茶だからな……」




 アレンが消耗した声で抗議してくる。


 ら、ってことは豆太郎もちゃんとただの犬ではないと認めてくれたみたいだ。
 でもへなへなになりながら言われても凄みがないなぁ。
 絶叫系に弱い人がジェットコースターから降りた時こんな感じだよね。まぁ普通の速度でもそこそこ揺れる馬車が猛スピードを出して走ったんだから似たようなものか。




「早く着いたんだからいいでしょ」


「いいわけあるか」


「ぷっぷっぷー! 天恵持ちとか偉そうに自慢してた人が情けなーい」


「こんなもん天恵と関係あるか!」




 天恵という素養は滅多に現れず、もし使えるようになれば色んなところから囲い込まれるそうだ。
 例えば、いざ戦争が起こった場合、雑兵の数を増やすより天恵持ちを揃える方がコスパが良いみたいで、だからこぞって特権を与えたり優遇を図って引き込もうとするんだとか。


 まだアレンの天恵は未熟な段階でツバつけるぐらいだそうだけど、その恩恵はパーティーにも行き渡るため引き抜きは多く、それを端から断っているため少々ねたまれているらしい。
 それでもそういった苦労を感じさせない実直さが彼にはあった。
 出会い頭の印象があまり良くなかったけど、こんなにきつい旅を三日もして着いたら依頼は終わってた、なんて言われたら私だって文句の一つぐらいは口から出ちゃうかも。私ももうちょっと冷静にならないとね。




「吐きそうだし、気絶しているのも起こさないとだし、何でもいいから五分休憩させて~」


「はーい、今ちょっと反省してます」




 辛そうなオリビアさんの頼みを苦笑いしながら承諾した。




 町にまでやってくると簡単な出入り検査があった。
 身分証を見せて、馬車は軽く中を見せるだけの簡素なもの。いくら時間を掛けると数が捌けないからと言っても、むしろ逆に不安になるぐらいだった。


 私はせめてものお詫びにと、村長さんに出発前にもらった身分証を提示した。私が荷物をほとんど失くしたという話が伝わっていたらしくて、内緒で作ってたんだとか。
 厚紙に名前と簡単な似顔絵、そして村長が身元を保証するという旨と押印がされている。


 似顔絵はたぶん成りすまし防止の写真の代わりなんだろうけど、旅をするためには身分証が必要で、どの村や町にも似顔絵描きをするバイトというのがいるそうだ。
 アレンとの模擬戦で興奮したらしい村の似顔絵描きは、普通十分ぐらいで終わる作業を、下書き練習もした上で臨んだらしい。
 みんなのと見比べさせてもらったけど私のだけやけに気合が入っていた。


 まぁそんなこんなで、特に問題も無いようですんなり『クロリア』の町に入れた。
 馬車の御者さんとはここでお別れ。リズに絶対にまた会いに行くから、と伝言をお願いした。
 そうして町へと足を踏み入れる。




「やっぱり村と違うわね」




 村と違って路面が石畳だった。
 露天も立ち並び、そこらかしこで人足にんそくの男性たちが馬車に荷物を積んで働いていたり、子供のきゃっきゃ笑う声や、店と客との喧騒が路地を賑わせている。すれ違う女性から花の香りの香水も流れていた。
 その行き会う人々の表情はおしなべて明るい。リズの村はゴブリンという具体的な脅威に晒されていたせいもあって、誰もが最初、陰鬱な影を残していた。それとは違い、比べるのもおこがましいぐらい精彩があって活気がある。
 顔だけでなく着るものも色とりどりの服装で、すれ違う人々自身が芸術作品のピースの一つのようにすら思えた。
 たぶん写真を撮ったら生き生きとしていてすごく映えそう。


 牧歌的な村の風景ものどかで好きだけど、こういうのも悪くない。
 人が町ぐるみで活力に溢れているというのは、こちらも影響を受けて楽しくなってくる。




『ふんふふんふっふーん、ふんふふんふっふーん』


「ご機嫌だねー?」


『いろんなにおいがしてたのしぃー!』




 私の頭の上でべたっと張り付いている豆太郎が楽しげに返事をした。
 髪で滑りそうなもんだけど、どういう理屈か落ちないみたいで好きにさせている。
 すれ違う人たちからは、豆太郎のサイズの小ささとその曲芸に、驚きの視線を一身に集めていた。


 この子の可愛さに酔いしれるがいい!
 もはや親バカみたいな心境だ。




「迷子になっても探さないよ」


「ならないよ」




 きょろきょろしていると、この旅路の三日間で多少は打ち解けたミーシャが冗談半分で意地悪そうに注意してくる。




「まずは荷物を降ろすために宿屋に向かうからね。まっすぐ歩きなさいよ」


「了解してまーす」


『はーい』




 子供じゃないんだから大丈夫だよ。
 調子の良い返事を返しながら歩いていると、ほんのりと屋台から肉が焼ける美味しそうな匂いも漂ってきて足が向かいそうになる。
 確かになかなかに誘惑が多い町だ。 




「あ、そうだ。ねぇ、オリビアさん。私の服って浮いてないかな?」


「珍しいけど町だと色んな格好の人がいるからそこまでじゃないわ。気になるなら着替えた方がいいと思うけどね」




 良かった。村みたいに不審がられたらどうしようかと思ってたんだ。
 普段着ぐらいなら買ってもいいんだけど、装備品はぜったい手持ちの方が性能が良さそうだし、多少目立っても手放せないから気にはなっていた。まぁそもそも買うお金もあんまり無いんだけど!




「みんなはそういう私服? みたいなのってどうしてるの?」


「そういうかさ張るものは預かり所に預けるの。基本的に冒険者っていうのは宿屋か借家に滞在することになるんだけど、宿屋は急に引き払うことも多いし借家はいないことが多くて無用心だから、貴重品も一緒に服や雑貨は有料の預かり所に預けるのよ」


「ミーシャはすぐにいらない物が増えるタイプだから必須だよな」




 アレンのからかう口調にミーシャはみるみる機嫌を悪くして、無言で肘を当て睨みつけた。
 「痛っ」と言ってその豹変した態度にきょとんとするアレン。
 私もわけが分からず困惑した。




「(ミーちゃんが買ってるのってオシャレなアクセサリーや美容グッズなのよ)」




 小声で教えてくれるオリビアさんの言葉で合点がいった。それらのグッズの用途はもちろんアレンに注目してほしくて購入したのだろう。好きな人のために努力しているのに冷やかされたら堪んないよね。
 このやり取りでいまいち効果は出ていないのは明らかだったけど。
 それでも口より先に手が出るのはいかにもミーシャっぽくて可笑おかしかった。


 ほどなく入り口から大して歩きもしないうちにアレンたちの足が止まる。どうやら目的地に着いたようだ。




「ここだ。値段も手ごろだし、一週間以上の長めの予約をしたら割引きもしてくれる。それに食事もできるから俺たちはいつもここに決めてる」




 その建物を見上げると宿屋らしくベッドの看板が飾られていた。
 お世辞にも新しいとは言えないけど、代わりに壁や柱はいい感じに年季の入った風合いがかもし出され、落ち着いた佇まいをしている。 




「あぁあとな、当たり前だがどこの宿でもペット禁止だから」


「え!?」


「当然だろ。連れていくなら庭に縄で繋いでおくしかない」


「アレンあんた豆太郎に命助けてもらってそんなこと言うの?」




 耳を垂れてしゅーんとなる豆太郎に見兼ねて文句が出てしまう。
 いや分かってるよ。そりゃ動物は入れないよ。でもさー、もうちょっと何かないの? 慈悲はないの?




「あー待て待て。それを言われると俺も辛い。言う順番を間違えたな。これはやっちゃいけないんだが、そのでかいリュックに隠して部屋に入ればいい。その大きさなら余裕だろ?」


「そんなことして大丈夫なの?」


「大丈夫か大丈夫かでないならバレたらまずい。出入り禁止になるだろうよ。でもそいつ無駄に吠えたりしないだろ? ならお前とそいつ次第じゃ隠し通せるんじゃないかと俺は思う。やるかやらないかは任せるがよ」




 うーむ。まぁ豆太郎なら夜に月を見て遠吠えとかしないだろうし、他の犬が吠えてても連鎖反応もしないかな。しないよね?
 ずっと一緒にいたかったけど、やばくなったら送還すればいいしそうしようかな。




「豆太郎、ちょっと窮屈になるけどいい?」


『いーよー! あーちゃんといっしょにいられるなら、まーもそっちのほうがいいからー』




 嬉しいことを言ってくれる。
 とりあえず同意が得られたので、背負っていたリュックの中に紛れてもらう。


 それから扉を開きみんなと宿に足を踏み入れると、カウンターにいた中年のおばさんがアレンたちに気付いて笑顔で出迎えてくれた。
 横に顔を振ると小さい食堂のようなスペースもある。今は中途半端な時間なので誰もいないけれど食事も出してくれるようだ。




「お、帰ってきたのかい。どうだい儲かったかい?」


「いや行ったらもう解決しててとんぼ帰りさ」




 ちらりとアレンがこちらに視線を向けてくるので、つーんと無表情で避けてみせた。
 そのことについては私はノーコメントですから!




「そりゃー残念だったね。そんで? そこの黒塗りのお嬢ちゃんはどこでナンパしてきたんだい?」


「依頼先で会ったんだよ。目的地はクロリアで一緒みたいだし、どうせ泊まるならここが良いって連れてきた」


「どうも、ここが町で一番オススメの宿だって聞いてます」


「あら、あんたたちそんなこと言ってくれてるのかい?」




 私のやや誇張の入ったお世辞に、自然とおばさんの頬が吊り上がり、




「泊まってくれるならうんとサービスしてあげるよ」




 との言質げんちを頂いた。
 言葉の潤滑油って大事だよね。 


 三人は調子の良い私と、豹変したおばさんの言いように一様に苦笑いしていた。
 私は若干、豆太郎について騙そうとしてて心苦しさもあるんだけど。




「とりあえず一週間ほどでいいですか? 途中で延長するかもしれませんけど」


「素泊まりなら一日銀貨六枚。一週間なら銀貨一枚分を値引きするよ。あんたたち冒険者は依頼次第で途中でキャンセルする場合もあるけど、申し訳ないがそのときは残りの日数を半額だけの返金ね。食堂は朝晩だけやってるが、食事が要る場合はその都度、銅貨五枚もらうよ」


「分かりました」


「なら銀貨四十一枚だけど、そうだね、さらに一枚おまけしようかね。四十枚ぴったりでいいよ」




 いそいそと代金を支払う。
 渡すのは金貨四枚だ。銅貨、銀貨、金貨の価値が十倍ずつだから分かりやすい。
 所持金はこれで金貨四枚と他がちょっと。
 道中で少し稼いだはずなのにまたごっそり減った。なかなかゆっくりと観光とかしてられる場合じゃないなぁ。




「部屋は二階の一番奥だよ」




 お金と交換に渡された鍵と共に二階を見上げる。
 すると、後ろからオリビアさんが声を掛けてきた。 




「先に行って大丈夫よアオイちゃん。十五分後ぐらいにここの外で待ち合わせ。それでいいかしら?」


「了解です」




 階段を上がり指定されているドアを開けると、端にベッド、反対側にクローゼット、そして真ん中に丸テーブルと椅子が二脚。テーブルには質素な蝋燭と燭台が味気なく置かれている。
 最低限の家具しか用意されていない部屋だった。窓もガラスじゃなく木の開け閉めするだけのもの。だから部屋もかなり暗い。


 ベッドの傍に村で買ったリュックを下ろし蓋を開けると、円な瞳の豆太郎が顔を出す。
 猫ちぐらとか猫鍋とかそういうのあるけど、これも可愛いなぁと感想を懐きつつ救出する。




『わー、どきどきだったねー』




 豆太郎にとってはゴブリンの洞窟を探索するよりも、こっちの方が緊張したようだ。
 そのギャップが面白くて額を指で掻き上げてあげると、私の手をペロペロと舐め出した。
 これがまた愛おしくて私の構ってあげたい感情が膨れ上がっていく。




「ここか、ここがえーんか? ほりほりほりー」


『わふわふ、ゆえつー。もっともっとー』




 両手で全身を包むように撫で撫でマッサージしてあげたら、お腹をこっちに見せてごろんと転がった。
 肌触りの良い毛並みを指でひとしきり掻いてねぎらう。豆太郎がいるおかげでいっぱい助かってるからね、ご褒美はあげないと。




『あーちゃん、かみわざにんていしますー』




 体をクネクネとよじらせるお客さんの感想は極上のものだった。




「ありがとう。それにしても宿の部屋ってこれが普通なのかな」




 豆太郎がウルトラスーパー可愛いのはいつも通りだけど、この部屋は村の宿とそう変化が無いので部屋に対する感想は特に浮かばない。
 手持ち無沙汰で窓を開けると、明るい日差しと雑踏の音が一気に部屋に入ってくる。そこから顔を出したら下の通りを行き交う人々が眺められた。活動的なそういう風景を見ることによって、ちょっとだけウキウキしてくる。
 これでようやく異世界生活の拠点ができたのだ。
 ちょっぴりだけ感慨が湧いてきた。




「よしここがスタート地点だよ。豆太郎頑張ろうね!」


『うん、がんばるー!』




 無邪気にはしゃぎ私の相棒はテンション高めだ。




「あ、そういえば……」




 思いついたのはずっと気になっていた魔石のことだ。
 まだいくらか時間があるから今のうちに確認してみようかな。


 ウィンドウの【荷物】にリストで羅列してある項目をスライドしていく。
 『ゴブリンの魔石』という文字をタップして取り出すと、手の中に薄い緑色のいびつなパワーストーンの欠片のようなものが出現した。
 アレンたちが言うには魔力が濃いほど色合いも濃く、そしてサイズも大きくなっていくらしい。
 ゴブリンのものは向こう側が見えるほど色薄く、親指一本分より小さい。


 ちなみに魔石って何に使うのかを尋ねたら、そんなことも知らないのかとアレンに呆れられた。常識らしい。
 どうやら魔道具っていう遺跡から発掘される物を動かすのと、魔術師が魔力を回復するのに使用されるのだとか。




「さてこれをどうするかだけど」




 『鑑定眼鏡』を使うと、【アイテム】【素材】の横に【奉納】とタグが付いていた。
 間違いなくこれだろう。
 試しに奉納を押すと、魔石が手から消失した。


 その代わり『魔石ポイント1GET』という小さなウィンドウが浮かんできた。
 続いて『初回特典は『解体』スキルGETです』という文字が。




「すごいゲームっぽい……」




 やっぱりここゲームの世界か? と疑ってしまう。
 【スキル】欄を開けると確かに『初級解体』というのが追加されていた。
 説明欄を読むと、死体をウィンドウに仕舞ったあとにそのスキルを使うと、魔石と他の部位一種類をランダムに解体してくれるらしい。
 使うと当然他の部分と一緒に死体は無くなるのだとか。


 ありがたいけど、一種類だけって微妙だなぁ。
 モンスターってたいてい肉、牙、爪、あとは鱗とか色々取れる部位ありそうなのに、これだと取り逃しが多そうだ。
 初級というからには中級とか上級があるんだろうけどさ。 
 問題はそれを取得できるのに魔石がどれぐらい必要かということだよね。それに他のスキルももらえるとしたらどれぐらいの数になるのか。順次試していくしかないか。


 何はともあれ新しいスキルを手に入れた私は、神様に感謝しつつ気合も新たに外でアレンたちと合流する。


 次の目的地は冒険者ギルドだ。
 魔物退治や商人の護衛などの荒事依頼を仲介する場所で、漫画やアニメなんかでよくあるそれとほとんど一緒だという。
 ランク制度もあるようでやる気出るよね。がっぽり稼いで楽がしたい。
 私は今、欲望に忠実なお金のしもべです。


 案内されると冒険者ギルドはかなり大きな建物だった。
 何十人と利用するんだから当たり前か。


 アレンたちが先頭で入ると、中にいた数人の厳つい男たちはあからさまに機嫌が悪くなる。
 高性能な私の耳には舌打ちまで聞こえてくるしまつだ。


 そこに頭に子犬を乗せた私がやってきたものだから、度肝を抜かれたように変な空気になった。




「俺たちは報告してくるから、お前はそこのカウンターで登録をすればいい。とりあえず村での約束はここまでだ。もしパーティーに入りたくなったらいつでも言ってくれ。歓迎するからさ」


「うん、ありがとう。運が良かったらまた会いましょ」


「同じ宿なんだから食事の時に会えるわよ」


「あ、そっか」


「じゃあアオイちゃんまたね」


「はい、ありがとうございました」




 三人は一番奥のカウンターに向かって、そのまま受付の人とさら奥の個室へと消えていった。
 特に専用窓口みたいなのが無いようなので、私は一番近くの受付お姉さんに声を掛ける。




「あのすみません、登録したいんですけど」


「え? 犬? あぁはい。畏まりました」




 書き物をしていてこっちに気付いていなかったようで、顔を上げ頭の上の豆太郎に仰天しつつもすぐに平静を装われる。
 プロだわ。
 黒縁メガネの真面目そうなお姉さんだ。




「まずは簡単な規約の説明ですが、ご存知であれば省略致しますがいかがされますか?」


「飛ばしてください」




 大体はアレンたちから旅の間に訊いてる。
 そんなに特別なものはない。例えば人に迷惑を掛けないとか緊急招集があれば必ず参加するとかそういう普通っぽいものが大半だ。




「承知致しました。ただ後から聞いていない、知らないは通らないのでそれはご承知下さい。では身分証をお持ちですか?」




 アレンたちに言われてたので、ウィンドウではなくきちんとジャケットのポケットに入れて持ってきていた。
 提出するとそれを見ながら書類にさらさらと何か記入していく。




「ここに拇印ぼいんをお願いします。親指を出してください」


「え?」




 言われるがままに指を立てると、赤い粘土みたいなものを親指の腹に押し当てられた。
 それで指定された場所に押す。
 差し出されたタオルで拭き取ったけど、これは水で洗わないとダメだ。
 というか、それはいいんだけど、血で登録とかそういうファンタジーっぽいんじゃないんだね。まさかの拇印とは。 




「あとは登録料ですが金貨三枚です」


「ぶっ!」




 高い! 予想外の高さに吹いてしまった。




「高いですね」


「えぇまぁ、あまり安くし過ぎるとみなさんお酒の勢いとか興味本位だけで登録されたり、食い詰めた方とかで溢れることになるので。もちろん金額に見合う分のサポートはさせて頂いております」




 震えるように懐から金貨を三枚出す。
 まさに身銭を切る思いだ。
 世知辛い、この世界はケチ過ぎるよまったく。




「はい」


「ありがとうございます。確かに受け取りました。それではこちらをお持ち下さい」




 渡されたのは文字が刻まれてある小さな金属プレートだった。




「これは?」


「冒険者ギルド所属の証明票です。クロリア発行というのと番号が書いてあります。もし外でこのプレートを見つけた場合は持って来てください。金貨一枚と交換致します」




 つまりこれはドッグタグということか。
 危険が伴う職業で死体が見つからないこともあるからこその金属板なんだろう。
 もしモンスターに丸ごと食べられても排泄物と一緒に外に出る可能性もあるし、山や洞窟で遭難してもこれなら人の体よりも永く残ることが想定されているっぽい。
 つまるところ命懸けの職業ってことだね。




「それではこれで登録完了となります。アオイ様はランク1からのスタートとなります。あちらの掲示板に貼ってある依頼を見て受けたい場合はこちらまでお持ちください。納期期限切れなど失敗が続く場合は注意、勧告、後に永久脱退扱いとなります。また魔石や素材などの日常的な買い取りも行っていますので、こちらにお持ち頂くか、町の入り口近くに出張買い取り所がありますのでそちらをご利用ください」


「分かりました」




 事務的な手続きから解放されると、さっそく掲示板とやらに向かう。
 紙に依頼の簡単な内容と報酬が書かれている。
 どれどれ……。




『トリトメ草の採取』『森猪の下顎の牙求む』『トリアドネの町まで往復の護衛(※十二人に達した時点で締め切り)』『モロク山脈学術調査護衛』『魔術講師の依頼(※期間は半年を目途、不定期)』




 あるねあるね。
 こういうのを見るとわくわくしてくるなぁ。


 でも文字が読めてもどれがその草なのか、どの動物が該当のものなのか、町とか山の場所とか魔術とか、全然分からないんですけど。
 これは困ったなぁ。もっと私でもできそうなのないかな。


 掲示板の前でうんうん唸っていると、背後に気配がした。
 顔だけ振り向くと、さっき露骨にアレンに憎らしそうな視線を送っていた男だった。




「なぁお前、アレンの仲間じゃないのか?」


「……違うよ」


「ほー、じゃあ新しいハーレムの一員じゃないのか? あいつらイチャコライチャコラ依頼も受けず宿で何やってんだろうなぁ?」




 その言葉に壁際で椅子にもたれ掛けていた男の仲間たちから囁くように下卑た笑いがもれる。
 なんだこいつら? これが初対面に人間に言う挨拶か?




「依頼受けずって、今帰ってきたばかりでしょ。なんなのあんたら?」


「おいおい、先輩にはもうちょっと違う口の聞き方があるんじゃねぇのか?」


「だったら先輩、放っておいてもらえませんか」


「つれねぇこと言うなよ。お前一人なんだろ? 俺たちが手取り足取りこれからのことを教えてやるよ」




 どうやら人の話を聞かないタイプのようだ。ついでに馴れ馴れしくて鬱陶しい。
 さてこういうのの上手いあしらい方ってどうやるんだろうね。




「必要ありません先輩。放っておいてください」


つらは良いんだからそんな小汚い犬は捨てろ。これが最初の教えだ」




 そう言って頭の上の豆太郎に腕を伸ばしてくる。




「黙れよ低脳」




 汚い手が豆太郎に触れる前に啖呵を切ってやった。
 ぎょっとしたような息を呑む気配が建物内に満ちる。




「なに?」




 まさか一回り以上年の離れた女の子にそんな返答されるとも思っていなかったのか、不快そうに眉をひそめ一瞬で声のトーンが下がった。
 こいつら以外に事の成り行きを傍観していた人たちの間にも、寒空の下に放り出されたような冷たい空気が流れる。
 豆太郎に手を出されたら、辛うじて耐えた海のように広い私の自制心ももう限界だ。




「あんたたちがアレンを嫌いなのかどうかとかどうでもいい。私や豆太郎にまでちょっかい掛けてくんなって言ってんの。それとももっと分かりやすく言い直さないと理解できない?」


「おいおい、お前どういう状況で物言ってんのか分かってんのか?」




 座っていた男たちが立ち上がってくる。
 その異変を察したのか、危険に聡い他の人たちは、去っていくものと面白そうに観戦モードで残るものとに別れていた。
 一方的に絡んできたのに、誰も助けてくれる人はいない。職員たちもオロオロとしている。
 いくらか残念だ。失望は隠しきれない。




「一度だけ警告するよ。このまま黙って出てって。私たちに構わないって約束するなら我慢してあげる」


「頭に犬乗せた頭のおかしい女が言うじゃねぇか」


「この子の可愛さが分からないなんて人間じゃないみたいね。そういえば顔がゴブリンに似ているわ。あんたを討伐したら銀貨一枚もらえるのかしら?」


「てめぇ!」




 私の軽口に怒気を孕んだ声を上げ青筋を立てる。
 そしてそのままの勢いで、男は腰にぶら提げていたショートソードを抜いてきた。







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