和風MMOでくの一やってたら異世界に転移したので自重しない

ペンギン二号

10 怪獣大決戦

 ガタゴト、ガタゴト、と不規則なリズムが世界を揺らす。
 足をぶらつかせ半目を開けた視線の先はいつ見ても変わらない。木と道と空だ。無遠慮に覆いかぶさるように生い茂る広大な森を旅路とし、ろくに整備もされていない道を牛歩のようなペースで進み、こちらの不満とは無縁の空は澄んだように晴れ渡っていた。


 嘆息しながら背を倒し仰向けになると、暗い馬車の天井が見えた。こちらも代わり映えしない。




「お前、ため息吐き過ぎ」


「あんだだけじゃなく、あたしらだって退屈なのよ」




 文句を言うように声を掛けてきたのはアレンとミーシャだった。
 その顔色はどちらもうんざりとした色合いが濃く、私の無言の抗議は揉み消される。




「あと一日だから。野営も今日が最後よ。頑張りましょ」




 オリビアさんだけが困ったような顔をして、それから両手でガッツポーズを取りながらあやすように励ましてきた。


 村を出発しての馬車生活というのはまさに地獄だった。
 脳まで揺れそうなこの馬車という最悪の乗り物は、車や電車と違ってダイレクトに振動を伝えてくるし、遅いし、ほろの中は暗い。
 イライラとフラストレーションが頭の中で煮込まれ熟成されていった。カレーかよ。


 気晴らしにと後部から身を乗り出して風景を眺めたが、五分で飽きたのもやむえない。だっていつまで経っても景色は変わらないのだから。
 快適のかの字も無く、だらだらと進むのに身を任せるしかないのはとても苦痛だった。




「あー、暇暇暇暇。……退屈で死にそう」


「すまんな、若いのは休ませてやりたいんだ」




 御者を務める村人のおじさんが前の方からすまなさそうにこぼす。
 握る手綱の先にいる一頭で馬車を引いてくれる馬は、確かに肌に張りが無く、どこか毛並みも煤けている。
 馬車自体は冒険者――アレンたちを送り迎えするために村側が用意したものだ。
 ただアレンたちを村に連れてくるために町まで往復した馬は、急いだこともあって疲労が抜け切れず、こんなに早く再び出発することとは予想だにしていなかったようで、替えの馬は少々年老いていた。




「いやなんていうか、移動って大変なのね」


「? 当たり前だろ。徒歩はこれ以上に疲れが貯まるし荷物も運べねぇ。遅く感じるけど歩くよりは早いんだぜ」




 さすがに村の人にまで気を使われると気恥ずかしくて恐縮してしまい話を逸らした。
 確かに歩くよりは早いだろうけどさぁ。
 車や電車に慣れた現代人からすると厳しい速度だ。なんだったら人力車の方が早いんじゃないかとすら思える。




「結局はこの手持ちぶさたが原因なのかもね」




 車内でできることは限られている。
 雑談するか寝るか、その程度だ。トランプでもあれば紛らわしになるかもしれなかったけど、それはそれで酔いそうな気もした。




『すぴーすぴー』




 そんな中、馬車の隅で小さな寝息を立て丸くなっている豆太郎をチラ見すると、幸せそうな寝顔をしている。
 この揺れで寝られるなんてなかなかの大物ぶりだ。たまにピクリと手が動いたりする可愛い仕草を目で追うのもそう長くは続かない。
 せっかく穏やかに眠っている豆太郎を起こすのも可哀想なので構って遊ぶこともできず、私は意味もなく足を持ち上げては降ろすという筋トレを繰り返す。
 この体でも筋力トレーニングやダイエットって効果あるんだろうか?


 
「それにしたって今まで冒険者登録していなかったっていうのが惜しいな。ランク4以上だと言われてもおかしくない実力なのに」


「またその話?」


「そりゃするぜ。ランク3はベテランなら誰でもたいていなれるもんだけどさ、4以上となるとぐっと一気に数が減る。十代でなってるやつなんてほんの一握りなんだよ」


「山奥で暮らしてたからね。野山で動物を狩って大体自給自足だったし、町とかにはそんなに行かなかったらよく知らないのよ」




 もちろん大嘘だ。そんなワイルドな経験をしたこともない。
 一応設定を色々考えておいたからすらすらと口から出るけど、あんまり突っ込んで訊かれても困るのよね。




「高ランクになるとめちゃくちゃ稼げるんだぜ?」




 ランクは名誉だけでなく、高くなるにつれてギルド関連の施設の値引きや優先的な素材の取引、また通常よりも割りの良い指名依頼なんかももらえるらしい。
 7段階のうち4以上が高ランクと呼ばれるとか。


 でも熱弁して身振り手振りを交えるアレンとはちょっと温度差がある。




「もちろんお金は欲しいけど、気ままなのがいいんだよねぇ。まぁ登録はするけどランク3留まりで落ち着きたいな」




 さすがに今は金欠状態だから稼ぎたいけど、せっかくこの世界に来られたのにそれで義務だルールだと縛られるのはしゃくだ。
 そもそも目立ちたくもないし、毎日働くってのもねぇ?
 元が単なる女子校生だけあって生活のための仕事という間隔がピンとこない。せいぜいが祖父の肩もみをしてお小遣いをもらうとかその程度だ。いやそれは小学生か。




「欲が無いわね」




 ミーシャは信じられないというような目を向けてくる。


 
「お金だけもらえるならいいけど、責任も背負わされるのは嬉しくないからねぇ」


「お前なぁ……」




 アレンたちに訊いていると、高ランクになるほど義務や責任でがんじがらめになっていくようだ。
 それに有名になり過ぎるとたぶん人の目を気にしないといけない。芸能人が素顔で町を歩けないようなもので、何を買ったとか噂されたら恥ずかしくて死にそうだ。
 そんなの嫌だよねぇ。




「そういやその最高のランク7って今何人くらいいるの?」




 一応この世界の最強レベルの人の実力は知っておきたい。
 そこから生活する上での危険度も推し量れるし。


 だからアレンに尋ねたんだけど、




「いやランク7は誰もいない。っていうか今までになった人はいない」


「え? どういうこと?」




 てっきり五人ぐらいいるのかなって感じで適当に訊いてみたのに、まさかのゼロとは。




「これは俺の先輩が言ってたことの受け売りだが、人間ってトップになるとそこで止まってしまうことってあるだろ? だからあえて誰もなれない‘上’を作って向上心を無くさないようにしてるんだとさ」


「ほーん、ややこしいこと考えてんのね。って言ってもさ――」


『あーちゃん!』




 私の言葉を遮って、さっきまでスヤスヤと寝ていた豆太郎がいきなり目を開け吠えた。




「なに?」


『いっぱいくるよ。きをつけて!』




 がばっと起き上がる彼に真剣に取り合う私を見て、何事かと怪訝そうな表情をこちらに向けてくるアレンたちに翻訳した言葉と緊迫した雰囲気を伝える。




「――敵が来るわ。それも、ものすごく多いって!」




□ ■ □




 お供の動物キャラたちはみんな一様に『警戒』のスキルを持っていて、アクティブモンスターが近付いてくるときには警告してくれて非常に頼りになるものだった。
 反応する確率は百パーセントではないけど、反応したときは間違いなく敵が来る。
 それはきっとこの世界でも信用に値するものだ。だから私は選択を迫られた。


 ――フルスピードで逃げ出すか、止まって迎撃するか。


 逃げた場合は逃げ切れるなら良いが、追い付かれたら対処がしづらい。
 足を止めた場合は私達が抜かれた時点で、馬車が襲われる。豆太郎が多いと言うからには数十体は覚悟した方がいい案件だ。


 悩みながら結局決め手となったのは、馬が若くないということと、開けたキャンプ地が見つかったこと。
 つまり、迎撃を選んだ。




「みんな準備して!」




 そこは旅の途中でたまに見かける休憩地点だった。ここで体を休ませたり、夜にはキャンプをするような場所。
 焚き火用の岩を積んで作る簡易なかまど用の石がゴロゴロと転がっていて、木を燃やした後にできる小さな炭や灰のような痕跡もいくらか散らばっている。
 旅をする人がそうしたかまどを作り、それを後からきた旅人が使用させてもらったり、嵐で壊れたりしたら次に来た人が補修したりして、永く使っていく旅人のマナーのようなものがあるらしい。
 馬車が端に止められるよう伐採されていて、それなりに広いスペースだった。
 そこで私達は迎え撃つ準備を整える。


 ある程度の立ち回りをしても問題ない空間が確保できたのは運が良いと思おう。




「本当に来るのか? てか犬と話せるってのがそもそも信じられないんだけど」




 大勢の魔物が来る、と無理やり注意を促して移動を止めさせたが、まだアレンの声音には疑念の感情が乗っている。
 私だってそっちの立場なら、いきなりそんなこと言われても信じられないけどさ。


 さっき近くの高い木に登り視界を確保したら、森が確かにざわついていた。残念ながら深い木々に阻まれウィンドウでの確認はできていないが、間違いないだろう。
 私の真面目な気迫に全員が押し黙り、音と気配に神経を尖らせそれを待つ。




「来るよ、もうすぐ」




 私と豆太郎は馬車を護るよう背にして臨戦態勢だ。
 ふと石で積まれたかまどがガタガタと震え始めた。次いで耳に地鳴りのような音が次第に大きくなってきて、まるで山そのものが鳴動しているような錯覚を覚える。
 もう誰もが私の警告を疑わず、森の奥を凝視して微動だにしない。代わりに誰かの生唾を飲む音が聞こえた気がした。


 そのすぐ後、急に茂みから一匹の白いタテガミが生えた狼のような魔物が飛び出してくる。
 それを皮切りに尾っぽがナイフのように尖った鳥や、鱗のような皮膚を持つ鹿、尾の別れた豹など様々な異形の魔物たちが姿を現した。


 しかしそれらは私たちには目もくれず一目散に駆け抜けていく。




「なにこれ!?」




 ミーシャの困惑するような悲鳴が上がった。
 普段ではありえない魔物たちの様子に、目を白黒させながら唖然として怯えているようだ。
 そいつらは鬼気迫る勢いで、私たちの存在もお構いなしにただただ走って過ぎ去っていく。


 ふいにアレンと直撃コースの鳥がいた。羽は鷹のようにこげ茶色で、特徴的なのは尾が三十センチぐらいあってその先が針のようになっている。一目見ただけで蜂の針を連想させ危機感を煽る。




「うわぁ!」




 突然のことにアレンは反応できないでいた。私が迎撃しようとすると、後ろから影が飛び出す。


 ――豆太郎だ。


 豆太郎はアレンの危険に一早く気付き、軽快にその身を躍らせ小さな爪で引っかいた。腹部を切られ瞬く間に傷口を開いた鳥は、あえなく地面に不時着しピクピクと痙攣けいれんしたあとに絶命した。


 はっとしたようにアレンたちは武器を携える。
 ようやく事態を飲み込めたみたいだ。




「すまん! 助かった! っていうかめちゃくちゃ強いんだな……」


『まかせてー』




 こんな小さくて可愛い子が魔物を狩れる存在だということに驚きを隠せていないようだった。
 当の本人は気ままな感じで前足を上げている。 


 しかし不可解だ。




「全然こっちを見てなかった」




 今も私達の横を通り過ぎて行く魔物たちは、そのどれもが目が血走り狂ったかのように無我夢中で駆けている。


 これはまるで――




「何かから逃げているみたいだ」




 アレンも同じことを思ったのか、私が感じたその先を口にした。




「どういうこと?」


「分からない! こんなこと初めてだ」




 あり得ない状況に緊張感が伝わってくる。
 怒涛のごとく押し寄せてくる魔物たちの大波は、私ですら身が固くなった。
 魔物たちは呆然とする私たちの事情など知ったことかと次々と現れる。
 幸運なのはそのほとんどが、こちらに襲い掛かってくる気配が無いことだけだ。


 しかし、ついに私達にぶつかる進路の魔物が現れた。




リザードマン蜥蜴人!?」




 私より頭一つ分高い二足歩行のトカゲだ。
 ゲームでは剣とか槍とかを持っているイメージが強いが、こちらは素手。その代わり手に生えた爪は太く鋭く、命を刈り取る鎌のように見えた。猫背のように腰を曲げていて人間というよりはティラノサウルスみたいな恐竜を彷彿とさせるフォルムだ。


 私が動く前に一条の矢がそいつの左肩にヒットした。硬そうな鱗に矢はきちんと刺さり、その衝撃でリザードマンは大きく仰け反る。
 それを放ったのは後方にいたミーシャだった。いつも背負ってた弓を左手に持ち、右手はさらに新しい矢を番えようとしている。




「援護するわ! 前衛お願い!」




 その言葉にアレンが無言で頷いて剣を抜き、矢が刺さってもなお突撃してくるリザードマンに向かって飛ばした。彼の天恵だ。
 見たこともない奇妙な動きの剣にぎょっとして強張ったリザードマンは、その隙に喉を串刺しにされうつ伏せに倒れた。
 お見事! 


 突き刺さった剣はまるで糸でも付いているかのように再びアレンの手に戻る、




「馬車に当たりそうな魔物だけでいい! 死守するぞ!」


「もちろん!」




 共同戦線だ。目の前の木々を焼き払っていいのならやりようもあるけど、私一人では本気を出しても到底馬車を守りきれない。
 ちょっぴり厄介だったあの天恵も味方にすると頼りになる。




「『……彼の者たちに女神の祝福を――<<能力増強ブースト>>』」




 口数が少ないと思っていたオリビアさんが支援の魔法を唱える。
 どうやら詠唱をしていたらしい。


 白い光が纏わりついたかと思うと、途端、体が熱を帯びたように熱くなりドーパミンが分泌されたみたいに頭がハイになった感じがした。
 これがこの世界のバフステータス上昇か。


 感心しながら試しにクナイを投擲するとゴブリンに当たった。
 キレは良い。バフが効いているのがよく分かった。


 基本的にアレンの天恵による飛剣や私のクナイ、ミーシャの弓矢による遠距離攻撃で森から出てきた瞬間を狙い打ちにしていく。
 それでも倒れず近寄ってきた場合は接近戦で片を付けるのを繰り返す。そうして死体が重なるほどに防壁やトラップのようになり、守りやすくなっていった。
 足元なんて注意していないのばかりで、容易くその死体に足を取られ転ぶ魔物たちに、風のように近寄ってトドメを刺すのは小さな体を活かした豆太郎の仕事だった。
 だというのに魔物たちの狂乱はなおも続くどころか、圧が増してきている気がした。


 そしてその死体の防壁すらも押し退けてくる魔物がついにやってきた。




「やべぇ! トレント樹木精だ!」




 アレンが気圧されるように顔を歪ませる。


 それは樹齢数百年の木が丸々魔物になったかのようなモンスターだ。今まで見た中で最大の質量を誇っていた。
 見上げるほどの大きさはどうやって他の木に引っかからずに移動してきたのか不可解になるほどだ。


 そいつは出会い頭にしなるムチのような長い腕で振り払ってきた。




「うわっ!」




 私はちゃんと跳んで避けたが、アレンは剣で受けてなお数メートル後方に飛ばされる。
 ただ上手く着地したようで、砂を滑りながらも体を丸め耐えていた。




「このっ! アレンの仇!」




 ミーシャの撃つ矢が眉間に刺さった。が、あの巨体に矢など私たちに爪楊枝が刺さるようなものだ。人間なら薄い表皮しかなくてもあれには分厚い外皮があり、何の痛痒つうようすらも与えられず足すら止まらない。
 「まだ死んでねぇよ!」と横から元気な文句も飛んできた。




「こいつならどうだ! ガルトムント切り裂けっ!」




 アレンが天恵を使い剣を突貫させた。空気を切り裂く勢いで飛翔する剣は、足元の幹にその身を激突させる。なのに刺さったのはほんの先っぽの方だけ。
 もっと細い普通の木ですら斧を使っても数センチずつしか切れ込みを入れられないんだから、ただの剣ではそりゃそうなるのは必定だった。
 なかなか一筋縄ではいかない相手のようだねこれ。


 まさしく巨木がそのままモンスターとなった敵はシンプルに強い。
 大質量から比べるのも無理やりだが巨象でようやく相手になるかというところ。贔屓目に見ても人間がまともにやってどうにかなるものではなかった。




「次は私がやるわ!」




 私は飛び出すとトレントの側面に回り、軽く跳んで忍刀を上部から突き入れた。さすがにこの刀なら楽に差し込める。そこから下へ重力に任せるままに一気に切り裂く。
 ガガガガガと木を削り取る激しい音がして傷を付けることに成功した。
 すると、




『ウォォォォォン』




 痛みを感じたのか、呻きと身をよじるリアクションでトレントのダメージが確認できた。声は洞窟に響く風のような寂しい音をしている。
 しかし明らかに刀身の長さが足りず、これも表面より中を少し傷をつけたにすぎない。
 どうしたものかと思考を過ぎらせていると、そこに身を守るようにトレントの腕が飛来する。




「うざい!」




 ジャンプして頭の枝に取り付き、すぐ下でしたたかにトレントの腕が本体に衝突した。枝葉がバキバキと折れる音がすごくうるさい。
 それを横目にとりあえず目に付く枝を端から伐採していく。
 植木屋さんよろしく面白いように斬れて調子に乗っていると、




『ウォォォォォン』




 頭に付いた虫を追い払うかのごとくトレントが盛大に体を振って追い出そうとしてきた。


 痛い痛い。
 枝や葉が擦って顔や手足に当たり、さすがにこの状況で枝の上に居続けるのは難しく、そこから距離を取るように退散してアレンたちの元に戻ると、辺りはもう無茶苦茶だった。あの長い腕に付いた枝葉に引っ掛かったのか魔物の死体が散乱させられてかなりひどい有様になっている。
 これは長引くと馬車を巻き込む恐れもありそうだ。




「アオイちゃんでも無理なのね」


「やばいわね、どうする?」


「……ここは逃げよう。足はそんなに速くないはずだ。俺らが囮になっている間に馬車だけまず行かせて、俺らは森に入って逃げて振り切ったらこの道の先で落ち合うってのでどうだ? 退治は応援を呼んでからにする」




 ミーシャに判断を仰がれアレンはそう返す。
 実に全うな意見だとは思う。でもここで放置したら私たち以外の被害が出るかもしれない。




「ダメよ。ここで倒すわ」


「無理に決まってるだろ! せめて炎の魔術が使えればなんとかなるが森も燃やしてしまう。かと言って剣とかじゃこの人数で敵う相手じゃないぞ」


「私も逃げることに賛成よ。誰かが素早く情報を伝えることで結果的に被害が抑えられることもあるわ」




 アレンとオリビアさんが主張することは分かる。確かにただの剣だけで戦うならかなり相性が悪い相手だし、応援を呼ぶのが最適解なんだろうさ。でも私には他に取れる手段がある。
 この状況を打破するために一歩前に出た。




「仕方ない。みんな、後ろに下がって! 私が何とかするわ」


「お前何言ってんだ!? 敵いそうにないのはもう分かっただろ? もうバラけて逃げないまずいぞ」


「そうよ、今はアレンの案に従いなさいよ!」




 だめだ、全然信じてくれない。もう面倒だなぁ。




「特大の魔術を使うからよ。巻き込まれても私は知らないからね!」


「え、アオイちゃん魔術が使えるの!?」


「いいから!!」


『あーちゃんがんばって~』




 私の切迫した声に疑わしそうな視線を向けながらも、ささっと先んじて豆太郎が従ったことにより全員が馬車の位置まで下がった。
 それを見届けてからウィンドウの【忍術】をタップする。
 忍術の中にはショートカット音声認証できるものと、こうしてウィンドウから直接使用しないといけないものの二種類ある。たいてい大きい術はこうして一手間掛かってしまう。


 SP精神力消費と引き換えに、ぽんと目の前に現れた巻物を引っ手繰るように紐を解き広げた。




「出て! ―【雷遁】魔雷蛇まらいじゃ―」




 巻物からぬっと頭から召喚されて出てきたのは、薄いレモン色と白が斑になった小さな蛇だった。けれどよく見るとそれはただの蛇ではなく、雷でその身を構成されている。
 バチバチとスパークしながら出現した蛇は、最初はマムシほどだったのに体躯が露になるほど長大になり、どういう理屈か巻物から全貌が現れた頃にはついにはトレントと変わらないほどの大きさになっていた。




「「「は?」」」




 今の状況に対して動揺が隠せないまま、私と豆太郎以外の全員が大口を開けて絶句する。
 忍術がアレンたちにバレてしまったけど、背に腹は変えられない。ここで誰かが大怪我するよりマシだ。大事になりそうなら逃げ足には自信があるし。


 ほとばしる稲妻を背負い雷蛇がかまくびを持ち上げ私の指示を窺う。




「やっちゃって!」




 私の指示に頷くと雷蛇が動いた。巨大なサイズなのに俊敏だ。
 トレントも迎撃しようと腕を振るが、もう遅い。枝葉ごときでは雷に弾かれ、瞬時に焼け焦げにされ、触れることすら敵わなかった。そしてその間にするりと絡みつくように避けて、姿勢低く足元から巻きつき縛り上げていく。
 しかも放電しながらだ。接触した箇所が黒く変色し、煙を上げながら木が焦げるやや不快な臭気が漂ってきた。
 物理的な圧搾と身にまとう雷撃の鮮烈なまでの二重苦。




『ウォォォォォォォォン!!』




 耳障りな悲鳴と木が軋みひしゃげる音が最高潮に高まった。


 自分に巻きついた雷蛇をどうにかしようと、ドタバタともがくように暴れるトレント。そのせいで辺りの地面は引っかき傷ができたみたいにえぐれ、放電する電気は魔物の死体をこんがりと焼いていく。
 その様子を見て忍術の選択を誤った気がした。
 引火するのが怖くて森で火遁を軽々しく使う気にはなれなかったので雷遁にしたのに、雷の灼ける光の余波のせいで周りにも被害を及ぼし、怪獣大決戦みたいな惨状になってきている。


 やがて弱り始めたのを境に、かぽりと大口を開け本当の蛇のように、雷蛇がトレントを頭から丸呑み始める。
 これにはさしものトレントも抵抗を強めようとしたが、拮抗したのはほんの一瞬だけで、もはやそんな力は残されていない。
 いくらもしない内に入るわけの無さそうな巨体のトレントが、雷蛇にその全てを体に納められた。ぼっこりと腹の出た雷蛇は私を一瞥すると役目を終えたように消失する。


 その光景を目の当たりにしてまたみんなが呆気に取られ棒立ちになっていた。




「一丁上がり!」




 これで打ち止めだったのか、こっちを脅威とみなしたのか、いつの間にかやってくる魔物たちはいなくなっていた。
 周辺には地獄のように散乱した魔物たちの死体が残るだけ。
 後ろを振り向き、まだ度肝を抜かれ固まる面子に首を傾げた。




「みんな何してんの?」


「いやいやいやいや、お前が何なんだよ!? なんだよ今の蛇は!?」


「え、知らない? 忍術だよ忍術。あ~いやここでは魔術なんだっけ?」


「こんな魔術聞いたことないわ! 蛇を召喚なんて前代未聞よ!」


「それに魔術に隠れてるけど、その小剣も刃こぼれもせずにトレントに傷を付けられるっておかしいって! あんた何者よ!」




 誤魔化そうとしたけどみんなが一斉に突っ込んでくる。
 びっくりしたのは伝わってくるけどキャラ変わってるよ。




「世界は広いのよ。みんなの知っていることばかりではないってことね。うんうん、良い勉強になったね」


「そんなので納得しません!」




 オリビアさんに一喝される。
 ちぇ、こんなんで騙されないか。細かいことを説明しろって言われても私だってできないんだよ。




「まぁまぁ、とにかく一刻も早くここを離れた方がいいんじゃない?」




 マップにはこれ以上、敵対を表す赤点は映されていなかったけど、あの魔物たちが逃げてきたのならこの方向に何か良くないものがあるはずだ。
 アレンたちどころか一般人の村人のおじさんまで巻き込むわけにはいかない。




「それは確かにそうだが……。後で全部説明しろよな」


「それは遺言?」


「だから死んでねーし!」




 まだ何か言いたげだったが私の意見は正論として受け入れられたようで、ぐっと言葉を飲み込むアレン。
 それから彼は鼻から大きく息を吐き話題を変える。




「それにしても原因が分からないな。ここから山までしか見えないが特に変わった様子がない」


「となると山向こう?」


「可能性はある。ドラゴンでも住み着いたか、魔力溜まりに異変でも起きたか。少なくてもトレントまで逃げ出してくるレベルのことだ。ギルドには報告した方がいい案件だなこれは。普通じゃねぇことが起こってる気がする」




 顎に手をあてアレンが考え込む。
 その間に思索するが、生き物が逃げ出してくるなんてものは、災害か災害級の化け物が原因に違いない。
 ほとんどの魔物がこちらを歯牙にも掛けないあたりがそれを示唆していると思う。


 それにしてもやっぱりファンタジーの定番、ドラゴンっているのか。そんなのがいるなら納得もできるってもんだ。
 ちょっぴり頭の中でバトったときをシミュレートしてみた。


 生物であれば出血や疲労もあるし、何だったら目玉や口内みたいな鍛えられない箇所の急所だってある。
 ゲームの敵のように、いくら攻撃してもHPを全部削り切らないと倒せないという敵でなければ大丈夫だろう。
 空を飛ばれると手出しが難しいけれど、それさえなんとかすれば忍術と装備でゴリ押しできそうな気はする。




「ちなみにドラゴンはどうでもいいとして、魔力溜まりって何?」


「ドラゴンがどうでもいいってお前の価値観どうなってんだ……。魔力溜まりは魔物が生まれる場所だ。俺も見たことはないんだけど世界中に存在する」


「何それ? そんなのあるんだったら潰したらいいんじゃないの?」


「過去に何度かしたことはあるらしいんだけど、そうすると一斉に魔物たちが邪魔してくるんだとさ。自分たちが生まれる場所を本能的に守ろうとしてるとかなんとか。それに潰してもまた新しいのがどっかに生まれるんだってよ」


「ふぅん」




 訊いておいてあれだったけど、そんなに興味が湧く話でもなかった。
 ただどうあれこの状態を起こした理由が分からないっていうのは薄気味悪いものはある。




「とりあえず簡単に剥ぎ取れるものから魔石だけ剥ぎ取ってすぐに行きましょ。また巻き込まれたら大変よ。話はそれからでもできるから」




 奇妙な出来事に遭遇して、一刻も早くここから離れたい気持ちはみんな一緒だった。
 オリビアさんの提案に一同が賛成した。







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