和風MMOでくの一やってたら異世界に転移したので自重しない

ペンギン二号

9 女子会はファンタジー

「なんだか女の子ばっかりっていうのも緊張するね」


「そう? あたしはそういうのはないけど」




 シャツと下着一枚というラフな格好で、ミーシャとオリビアさんがベッドに腰掛けていた。
 彼女たちがいるおかげで寝巻きの浴衣に着替えられず私も黒いインナーのみ。
 二人はしばらくぶりのベッドにご満悦のようで、素肌にあたる冷たくて清潔なシーツの感触を何度も確かめている。




「ねぇ、アオイちゃんもそうは思わない?」




 手持ちぶさたになっている私を気遣ってか、オリビアさんが声を掛けてくる。
 彼女の髪は澄んだ藍色で見ているだけで落ち着く。




「さぁどうなんでしょうね。そういえば町までってやっぱり野宿なんですか?」


「そうよ。土の上や馬車の中に外套がいとうに包まりながらだし、警戒もしないといけないからどうしても良く眠れないのよね」 


「旅なんてするもんじゃないですねぇ」


「あまり進んでしたくはないわね。でもだからこそ商隊の護衛とかは狙い目だし、報酬も良いわ」




 くつろぐ彼女たちを壁に背をもたれながら俯瞰ふかんする。


 道具屋で用事を済ませた私がこの借り宿に戻ると、お早い再会に少しバツが悪そうに待っていたのが、彼女たちだった。
 曰く、「この村に他に宿が無いから一緒に泊まらせて欲しいの」とのこと。
 さすがに知らない人間と同じ屋根の下で眠るのには抵抗があったのだけど、しばらく野宿続きの彼女たちに何度も懇願こんがんされて、ついには折れてしまった。


 ただし、条件を付けた。
 男のアレンだけはどうにかしてほしい、というのと、町まで道案内してほしい、という二点だ。


 いくらなんでも知らない男の人と一緒までは許せない、と主張するとなんとか空きがあった村長宅へと彼を押し込むことに成功し、道案内も快く引き受けてもらえた。
 あと魔石の使い方に関して一人で探りたかったんだけど、こうなった以上町へ着くまではお預けとなりそうだった。




「ちなみに今回のゴブリン退治でもらえる報酬っていくらぐらいだったんですか?」




 これがやっぱり気になるところだった。
 私は宿賃無料になってしまったけど、彼女たちは一体いくらぐらいで受けたのか。




「金貨四十枚よ」


「よっ四じゅ……」




 しばし絶句してしまった。
 だって実際にあれやこれやと働いた私の手元には、金貨五枚と銀貨数枚とかしかない。日本円に直すと六万円弱だ。
 リュックも購入してしまったので村長から宿代として支払った金貨一枚を返却してもらってもこれだけ。
 ゴブリン倒すだけで四十万円だってっ! ボロ儲けじゃないの!?




「移動の日数も掛かるし、矢とかの装備品の消耗とかもあるし、今回のはそこまでおいしくはないよ。あたしらは三人パーティーだからまだ三等分で済むけど、五人とか六人パーティーになるとたぶん受けないだろうね。もちろんもっと近かったら別なんだろうけど」




 日数と頭割りか。確かに私は元々ここにいたし、一人だから多く感じるけど、指摘された通り複数人パーティーで往復六日以上の命懸けの仕事としてシミュレーションしてみると、割に合わないかもしれない。




「しかもキャンセルで半分になっちゃうしね」




 僅かに恨みがましそうに呟いたのはミーシャだった。
 どうも彼女は私をあまり良く思っていないみたいだ。
 私、何か悪いことしたかなぁ? ……あぁ、仲間を叩きのめしたか。




「それはそういうこともあるものだし、もう終わった話でしょう?」




 説得するようにオリビアさんがたしなめ注意をしてくれる。
 それを受けても彼女はぷいと顔を反らしただけだった。
 容姿以上に子供っぽいな。




「つかぬことを訊きますけど、みんな同じ歳なんですか?」


「いえ、アレンとミーシャが十七で一緒で、私は二つ上よ」


「あぁなるほど、オリビアさんはお姉さんって感じだったから納得しました」


「どうせあたしは子供ですよ」




 そういう意味じゃないんだけどなぁ。
 お姉さん的な立ち位置の印象があったから、ってことなんだけど。
 拗らせてるなぁ。
 だから私的にはミーシャも年上なのに、オリビアさんのようにさん付けができないんだ。




「村がみんな一緒でね、小さい時から歳が近い私たちは幼馴染でよく一緒に遊んだりしていたの。ずっと村にいるんだってその頃は思ってたんだけど、ある日、アレンが天恵が使えることが発覚してね、冒険者を目指すって言うもんだから私たちも一緒にいられるように特訓したの。私は癒しの魔法の素養があったから司祭様に、ミーシャは元冒険者の村長から弓を師事したわ。実際に村を出るまでの三年間は全員必死だった」


「へぇ」


「冒険者登録してからも大変よ。何を用意して何をすればいいのか教えてくれる人はいないし、失敗を繰り返しながら何とかやってこれたわ。中には味方してくれる人もいるけど、特に十代の女二人に男一人パーティーだとやっかみとかも多くてね。私たちを守るためにアレンは何度も他パーティーと衝突したわ。アオイちゃんに挑んだのだって強くなりたいって気持ちが空回りした結果ね」




 思い返しながら語る彼女の表情には、苦い経験と懐かしさが入り混じっていた。
 十代で独り立ちするのって私が思う以上に難しいんだろうねぇ。




「あたしはずっと三人でいいのに、アレンはすぐに勧誘するんだ」


「でも実際、あと一人ぐらいいた方が良いのはミーちゃんも分かってるでしょう? 今はアレンが前衛二人分をこなしているけどランク4相当の強い魔物を相手にするとなるとどこかに綻びができちゃう」


「だったらあたしたちが強くなればいいんだ!」




 不貞腐れるように枕を持つミーシャは頑なで、何かを独占したい子供のように見えた。
 あー、ひょっとしてこれあれかな?




「ひょっとして、パーティーを増やしたくないのって、アレンのことが好きだったりするから?」


「――!!」




 頬が突然トマトみたいに真っ赤になったかと思ったら、ミーシャが恥ずかしそうに枕に顔を埋める。
 わぁ可愛い。青春だねー。
 そういった経験がない私にはイマイチ理解してあげられないんだけど、この反応はギャップ萌えといういうやつかしら?




「バラすなよ」


「しませんよー」


「絶対だぞ!」


「ぜったいしませんよー」


「信用できない!」


「っていうかバレバレなんじゃないの?」


「嘘っ!?」


「だって今日初めて会った私に勘付かれるぐらいだし。ねぇ?」




 あわあわと枕を盾にして疑いの眼差しをしてくるミーシャは、今度は枕をぎゅっと握り締め硬直する。
 同意を求めるようにオリビアさんに話を振ると、彼女も頬に手を当て困ったような顔をした。




「まぁ気付いてないのはアレン本人ぐらいでしょうねぇ」


「うわぁ、鈍感系か」




 何となくそういう空気は感じてた。
 今はまだ生意気な面が出ているけど、根が悪いやつじゃなさそうだし主人公要素はある。




「そうなると、オリビアさんはどうなんですか? 一緒に村を飛び出したぐらいなんだし、やっぱり?」




 訊くと少し間があった。
 しまった。恋話こいばなに気を良くしてしまったけど、目の前にミーシャがいるのにこの質問はまずったかな。
 窺うように顔色を覗く。




「どうかな。手の掛かる弟っていうのが一番しっくりくるのよね。私は可能な限り二人の傍にいられたらそれだけでいいかな」




 表情が読めず、本音かはぐらかされたのか判断がつきづらかった。
 まぁこれ以上突っ込むのは野暮だよね。




「それよりあたしはあんたの強さに疑問がある。その若さでどうしてあんなに戦い慣れしてるんだ? どこか私たちとは全然別の戦闘方法のようにも見えた」




 話題を変えようと模索していたらミーシャに先を越されてしまった。




「人里離れた田舎でずっと師匠と戦闘訓練ばっかりしてたからかな」




 ばっちり嘘だ。
 大和伝のストーリー上、チュートリアルが終わった後に忍者の頭領から修行として世間を見て来い、みたいな経緯があったからそれをそのまま利用した。
 眼帯をして毛皮着た忍者のおじいさんAIだったかな。
 たまに突発任務クエストを伝書鳩の鴉に運ばせてくるんだよね。
 説明しようがないし、これからはこれで通そう。




「戦闘訓練? なんで?」


「なんでって言われても……ずっとそんなことばっかりしてたから考えたこともないなぁ。ただ師匠がそろそろ旅に出ろって言われて適当にぶらついてる感じ」


「なにそれ」




 むすっとして彼女はお気に召さないようだ。
 いまいち私の設定が理解されないようで悔しくて口をへの字に曲げると、フォローするようにオリビアさんが語りかけてくる。




「でもそれでアオイちゃんの強さの一端が垣間見れた気がするね。小さい時からずっと訓練してたならアレンが負けたのも納得かな?」


「その代わり、常識をあまり知らないみたいなので色々教えてください」


「ええ、もちろん」




 こっちの世界のこと知らない隠れみのになるし、案外この設定ありかも。
 いまいちミーシャとは相性が良くないけど、オリビアさんと知り合えたのは助かったかもしれない。




「あ、そうだ魔法って見たことないんですけど、見せてもらうことってできます?」




 やはり興味をくすぐられるのは魔法だ。模擬戦前に回復魔法がどうとか言っていたはずだからあるのはあるはず。
 どんなのか気になってはいたんだよね。私も忍術っていう魔法に近いものを持っているけどこれとはさすがに似て非なるものだろうし。




「うん、いいよ。私個人は神様から力を借りてるものだからあんまりむやみやたらに使っちゃダメだと思うんだけど、むしろよく使えって教義にあるぐらいだし」


「そうなんですか?」


「ええ、『魔術を用い世界を照らせ』ってね。簡単に説明すると体にある魔力を神様に奉納して現象を変える力を頂いているの」


「神様? っているんですか?」


「ええもちろん。じゃないと魔術使えないよ?」




 当たり前でしょ、みたいに言われてもピンとこない。
 知識の前提や考え方が違うせいで思わず口走っちゃったけど、よくよく思い出せば私って神様からメール送ってもらってたか。




「すみません、続けてください」


「ええと、それで今から使うのは明かりを点ける魔術ね」




 手を握り締めて興奮したように首を縦に振る。
 すると、真面目な顔をしたオリビアさんが胸の前で手の平を開くように構えた。




「<<照明ライト>>」




 仄かに手が光った思ったら蛍が集まってくるように、幻想的な光が溢れ出してくる。
 彼女はそれをさもライスシャワーのように盛大に天井に放り投げた。
 一つ一つが電球のようで空中に浮かび漂う。
 今まで彼女たちが持参したカンテラだけでは隅々まで照らせなかった室内は、あちこちで発光して現代社会の電灯ぐらい明るくなっていた。
 ただ安定性は無く濃淡がよく変わる。それはそれで綺麗でもある。


 ぽかんと口を開けているとクスクスと笑われた。




「とっても綺麗ですね」


「でしょう? これぐらいなら何ともないけどもっと強い力を使うと倒れるほど疲労したりするんだけどね」




 私の扱える忍術はこういうふわふわしたものじゃなくて、もっと直接的なものだから新鮮味がある。




「魔法って誰でも使えるんですか?」


「いえ、素養がある人だけね。女神リィム様に選ばれないと使えないわ。たいていは一種類だけ。多い人で三種の属性が使えるかしら。あとよく勘違いされるんだけど女神様自身が使うのが『魔法』で私たちのは恩恵を借りているだけだから『魔術』なの」


「へぇ」




 女神か、ファンタジーっぽくて良いね。
 私にメールをくれた人がたぶんその女神様だよねきっと。


 眺めていると、枕の横で丸くなっていた豆太郎がぴょこんと耳を立てて『なにこれーすっごいよー!?』って驚愕しながら私の膝に乗って甘えてきた。
 横脇腹のぷにぷにとした感触を指で感じるとくすぐったそうに身をよじってくる。 




「そういえば、そいつも昔から一緒なの?」


「ん、豆太郎のこと? そうよ」


『よんだー?』




 ひょこひょこと往復する尻尾はもっと構ってと表明してくる。
 ゲームではログアウトした時に勝手に送還されていたけど、こっちではずっと出たままなのだろうか。
 昨日は眠たそうだったから還しちゃったけど、いつまでいられるかも試してみたいし、今日は一緒に寝ようかな。




「可愛いでしょ。しかも索敵とか頼りになるのよ?」


「可愛いわね。特にスカーフがよく似合ってるわ。あまりワンちゃんにこうやって着飾らせる人って見たことないけど流行るかも」


「か、可愛いけど、本当に頼りになるの?」


「もちろん。この子一人で十アレンぐらい強いわ」


「何よその単位」


「あはははは、アオイちゃんって本当に面白いわね」




 いやホントなんだけどなぁ。




『あーちゃんは、まーがまもるよー』




 顔をふとももに擦りつけながら言う台詞じゃないけどね。
 お礼に薄い茶褐色のキツネ色の毛並みを爪を立てて掻いてあげると、わふー、と綻ばせる。
 癒しだわー。




「あ、そうだ、明日から向かう町について教えてくださいよ」


「町? あぁ『クロリアの町』のことね。そうね、何から話せばいいかしら――」




 予期しなかった魔法のおかげで女子会は遅くまで盛り上がり、夜は更けていった。




 翌日、町を出るとリズに伝えにに行くと盛大に泣かれてしまった。
 思ってた以上に懐かれていたみたいで、どうしようかと悩んだ挙句、二つプレゼントをした。
 さすがに急過ぎる自覚はあったのからね。


 一つは『紫金丹しきんたん』という丸薬でいわゆる全状態異常回復のアイテムだ。
 病気がちだというリズのお母さんに贈った。十個しか持てないからかなり貴重なんだけど、一つぐらいはね。
 それに自分たちだけでも大変な生活をしているときに、お礼に食事をくれたりするっていうのは、本当にすごいことだと思う。
 私だったら他人に身を切ってまでしてあげるなんて無理だもん。
 だからこそ使って欲しくて渡した。


 もう一つは『風来の用心棒笛』。レベル五十以下の職業とレベルがランダムの用心棒がどこからともなく颯爽とやってきて手助けしてくれるものだ。
 クールタイムは丸一日必要だしボス戦では使用不可。たまにモンスターをトレインし過ぎたときに使うぐらいで私には必須ではないし、もしまたこの子が襲われたときに私がいるとも限らない。
 だからしばらく使ってなかったし彼女にあげた。




「また来るよ」




 そう言うと黙って抱きついたあとに、こくりと頷いてくれた。
 実際、どれだけ距離が離れていようと『お猿のかご屋』を使えば瞬時に戻って来れる。
 今度会う時は抜けた乳歯が生え揃ってる頃かな?




「ぜったい。また来てねーーー!!」




 馬車に揺られ見えなくなるまでリズが村の入り口で手を振っていたのは印象的だった。
 私にとって第一村人があの子だったのが救いだったね。
 もし村長の息子とかだったら、村が襲われても知ったことかって放置したかもしれない。
 そうしたらリズも巻き込まれていたんだから、ぞっとする話だ。 


 そう考えると、私の選択で人の命を左右する力があるというのはなかなかに重い。
 もちろん抱え込む必要はないのは分かってる。それでもせっかくのこの体、何かに役立て満喫したい。


 この体で何を成せるのか、さしあたってはこれから向かう町に、まだ見ぬ世界に期待しようと思う。











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