カーリーに咲く白色の天井

内野あきたけ

カーリーに咲く白色の天井





 僕は、まどろみの中で幻聴を聞いた。
「ねえ、私の声が聞こえる?」


 という少女の声を聞いた。
 ありえないと思った。ここは僕の部屋だ。本やゴミの散らかった狭い部屋で、僕以外に誰かがいる形跡はない。なのに、どこからともなく少女の声を聞いた。




 僕はハッとして、布団から飛び起きた。服は汗で湿っていた。季節はまだ春なので、気温はさほど暑くはないはずなのに、こんなにも汗をかいているのは怖い夢を見たのかもしれない。




「正解だよ」
 という少女の声が、再び僕の耳元で反響した。驚いた僕は、すばやく横を見た。


 声の主はおろか、オバケの気配も、幽霊の痕跡も見つからなかった。


「誰だ?」
 僕は問いかけた。純粋に、この声の正体は誰なのかという謎を解明したくて、再び「答えてくれ!」と叫んだ。返事はしばらく無かった。


 そのうちに、僕はしゃっくりが出始めた。


 ヒクっ、ヒクっ、と何回かしゃっくりをして、それで止んだ。
 横隔膜が弱くなっているのかもしれない。それで、また布団にもぐった。




「ここだよ」
 突然耳元でささやかれた。僕はギョッとして、後ろを再び振り向いた。


 だが、誰もいなかった。




 幻聴だ。僕の意識の内側から、扉を叩くようにして現れた、幻想のなにものかである。


 けれども、本来恐ろしがるはずの、異形のモノの気配は、僕にとって何となく心地よいものだった。




 それは、語り掛けられたときの、少女の声色とか、吐息とかが実に美しく、幽霊というにはあまりに生々しく、それでいて、僕の心臓の鼓動を強くし、脈拍を上昇させ、なにかこう、変態的な欲情を誘うものであったから。




 僕は目を閉じた。瞼の裏に、女性の腕が見えた。その美しい腕の曲線と白く細い指先が、ちらついた。
「誰なんだ?」と再び不思議に思った。


「アナタ、おつくりになった、じゃないですか」


「アナタ、わたしを、してくれたじゃないですか」


「思い出せないというのですか、わたし、と交わるのですか、ここで」


「アナタ、おつくりになった、じゃないですか」


「アナタ、おつくりになった、じゃないですか」


 閉じた瞼の裏側に、少女の姿が浮かぶ、それは声の主だったかもしれない、とにかくその声色と息遣いとが心地よく、幻覚の少女の瞳に見入るように、食い入るように、吸い込まれるようになった。




「誰なの?」
 僕は再び、聞いた。


「アナタの内側、わたし、いるじゃないですか、ミせてあげるよ、内側を見せてあげる」


 少女の幻覚が、もう幻覚とは言えないほどに鮮明になってきていた。


 それは幽霊と言うにはあまりに美しかった。


 彼女の着ている服は白色のワンピースで、セミロングの黒髪がふわりと軽くなびいて、微かに花のいい匂いがした。それは、僕を激しくも心地よい感覚にさせた。




 彼女の透き通った瞳も、整った目鼻立ちも、微かに笑みを浮かべた潤しい唇も、繊細で鮮やかに出現していた。




「だれ」
 僕は機械のように、「だれ」を繰り返した。そのたびに彼女は言うのだ。




「アナタ、おつくりになった、じゃないですか」


「アナタ、おつくりになった、じゃないですか」




 その声は、僕の心を直接つかんで離さなかった。痛々しいほど訴えかけてくる彼女の声を聞いているうちに、僕はなにか彼女に奉仕しないといけないような感情になってきたではないか。




「ぼくが、君をおつくりになったとして、それでどうなるんですか?」


 と僕は彼女に聞くと、彼女はうっすら笑みを浮かべ名がら、僕に抱き着いた。




 その感触は非常にリアルを極めたものだった。


 白のワンピースは生地が薄かったので、少女の体の輪郭をありありと感じることが可能だった。


 だが、ぬくもりを感じることはできなかった。少女には血が通っていないのかもしれなかった。


 それは、幻覚だからでもあり、幽霊でもあるからかもしれなかった。


「交わりましょう」
 という美しい彼女の声を聞いた。


 その時、一気に視界が揺らいだ。
 辺りは闇に包まれて、その漆黒に咲く、儚くも力強い花を見た。
 お花だった。黒に咲く、複数の花たちが、現れて、匂やかにそれは在る。


 ビオラやサルビアの力強い色に手を伸ばそうとしたときに、花の幻覚ははじけた。


 少女がいた。少女の着ているワンピースの一部が破れていた。
 少女が呼吸をするたびに、腹が上下する。


 その少女の体を直視したとき、なぜか彼女の腹が大きく破れて、鮮血とはらわたが流れているのを目撃した。


 僕はそのグロテスクさに驚いた。
「なぜ」
 と叫んだ。


 だが、少女はその欠損に対して、自ら快感を感じているよだった。


「おいで、おいで、求めて、アナタ、おつくりになった、じゃないですか」
「おいで、おいで、求めて、アナタ、おつくりになった、じゃないですか」
「おいで、おいで、求めて、アナタ、おつくりになった、じゃないですか」
「おいで、おいで、求めて、アナタ、おつくりになった、じゃないですか」




 狂ったように繰り返す少女の声を聞いていた。
 その声がだんだんと耳元で反響していた。


 少女のちぎれた小腸が、僕の体にまとわりつく。
 少女の腹から噴き出した鮮血が、僕の布団を濡らす。


 少女の腹から、流れ出るやや黄色の混じった透明な体液が、僕を満たす。


 少女の、肝臓と、膵臓と、小腸は僕にまとわりついて離さなかった。
 彼女の臓器にビオラやサルビアの花が咲く。


 その花の花弁が、だんだんと人の顔の形になっていた。
 はらわたに花が咲き、花に人面が咲くこの光景が、美しかった。


 僕は少女の匂いを感じる。
 僕は、咲いた花を摘もうとして、手を伸ばすけれど、ヌルっとした感触が手にほとばしるだけで、少女のはらわたに咲いた、その美しい花と、その花の花弁が醸し出す人の顔を摘み取ることはできなかった。


「なぜ」
 と僕は落胆た。




「なぜ」
 という声が少女に悲しく反響した。


「アナタ、おつくりになったじゃないですか」







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