田舎娘、マヤ・パラディール! 深淵を覗きこむ!
第五章:その五 決闘場:集いし力
マヤが怪物と向かい合った時、銃撃音が響いた。レイとダイアナが頭を竦めるよりも早く、ライオンゴーレムの頭がはじけ飛ぶ。
「こっちよ!」
散弾銃を構えたドレス姿の女性が叫んだ。
ジャンが怒鳴る。
「おい、マルガレータとか言ったか! その二人を安全な所へ! 外へ!」
「簡単に言ってくれるじゃないの!」
マルガレータは銃を続けてぶっ放し、仏像ゴーレムを粉々に吹っ飛ばすと、駆け寄ってきたレイとダイアナの背中に手を回して辺りを見回す。通路に次々とゴーレムが現れ始めていた。
「ヘイ! 手品師! 進退窮まったわよ!」
「頭を低くしろ!」
ジャンの意図するところを悟ったマルガレータは、レイとダイアナを抱えると、床に突っ伏した。
ジャンはワイヤーを外す。
残酷大公像の剣が解放され、通路を荒まじい勢いで薙ぎ払った。ゴーレム達が木っ端微塵に砕け散る。
「す、スゲェ……」
レイが、ひょえーと浮かれた声を上げる横で、ダイアナは溜息をついた。その時、彼女は、目の端で、もぞもぞと動く羽を持った虫がいるのに気がついた。
マヤが一歩間合いを詰めると、怪物の口の端が上がった。暗黒の眼窩に紅の光が浮かび上がる。
こいつ笑ってやがる!
背筋を凍らせるマヤの耳に、更に驚くべきものが届く。
『人間よ』
遠雷のような、低くこもった声。それと共に、マヤの頭に何かが流れ込んできた。それは荒れ狂う嵐のような、狂ったざわめきだった。
怪物は残酷大公のように両手を拡げ、巨大な紅い目でマヤを見下ろす。
『我は世の破滅をばなす強大なる時。
世を回収せんがため、ここに出現す。
皆、存することなかるべし――愚かなる者たちよ、我が配りし、貴様らの魂を我に返す時が来た』
何かが――見えない何かが船全体に広がっていく。多くの悲鳴が遠くから聞こえ始めた。
マヤは自分の力のルーツを目の当たりにしていた。頭の中に船の各所でもがき苦しむ客達のイメージが浮かび上がる。目に見えない何かに絡み取られ、動けずに恐怖を、力を吸い取られていく。
マヤは片手でアゾットをしっかりと掴み、構える。
集中だ――
どこか遠くで銃声がした。
そして自分を呼ぶ声も聞こえた気がした。
集中だ!
だが、何処を狙う?
そもそもあいつは死ぬのか?
怪物は顔を低くすると、口を開く。口はそのまま喉まで裂け、巨大な虎バサミのようになった。ばちりばちりと物凄い音で開閉が始まる。
マヤは口の端をひきつらせながら、姿勢を低くした。
――やるなら、一撃だ。
すれ違いざまの――サムライのような一撃!
それしかない!
集中して、残りの力をかき集めて、それをぶち込む!
場所は、頭か胸だ――
『マヤ、聞こえないの?』
マヤはぎくりと体を硬直させる。
「ヴィ、ヴィルジニー? ……へへ、聞こえてるよ。ようやく接触できたね。しかし、最悪のタイミングだよ?」
マヤの背後からその声は続く。
『そうじゃなくて……マヤ、あなたには聞こえないの? あなたへの声が聞こえないの?』
『ねーちゃん! 頑張れ!』
『マヤさん!』
はっとして下を見る。
遥か下の破壊された通路からレイとダイアナが声援を送っていた。処刑台にいたはずの階層警察官達も姿を現す。ロングデイの声が響く。
「皆さん、お嬢さんを応援して!」
『そんな奴に負けるな!』
『お嬢ちゃん、逃げるんだ!』
マヤの体に力が流れ込んできた。
熱く、深く、猛り狂う高揚感!
そして――手の甲に小さな違和感が!
もぞもぞと動く小さな違和感!
『ふん……聞こえているかね? 私は借りを必ず返す主義でね……』
「マヤァァァァァァ! 来るぞ!」
ジャンの声が合図だったように、マヤは叫ぶ。
「来おおぉぉぉおい! 残酷大公おおおおぉぉぉっ!!」
怪物は雪崩のような音を立て突進してきた。
決闘場が遂に崩壊を始め、ひび割れが稲妻のように走る中、ジャンが怪物を挟んで決闘場の反対側に飛びあがる。
青白いセント・エルモの火、マヤの力から生み出された揺らめきが、そこかしこに乱れ咲く。
マヤは迫り来る怪物に、剣を持っていない方の手を、拳にして突き出した。
「アブラ……カタブラ!」
マヤが拳を上向きに開くと、そこから蛾が飛び出した。それは飛ぶうちに無数に増え、つむじ風のように渦巻くと、紅の目にまとわりついた!
視界を塞がれた怪物の一撃は空を切った。
唸りをあげ顔をかきむしるが、蛾は飛び立ち、そして――青黒い液体が怪物の口から噴き出した。
マヤは蛾を放つと同時に、怪物の上を飛び越えたのだ。
そのまま後ろに着地すると、残りの力を全て振り絞って、背後から折れたアゾットの欠片を突きたて、そこに拳を打ち込んだ。
欠片は心臓を貫き、前かがみになった怪物の顎を貫き、頭の中ほどで動きを止めたのだった。
そして、遂に決闘場が崩落を始めた。
ジャンが天窓にワイヤーを放つ。
マヤは崩れる足場を思い切り蹴りつけ跳ぶと、振り回される怪物の手をすり抜け、ジャンの胸に飛び込んだ。
「どうだい、あたしの手品は!」
「上出来だ!」
「……ま、教授が助けてくれたんだけどさ」
「それも、ひっくるめての上出来だ!」
だが、ワイヤーの絡みついた天窓も崩落した。
二人も残酷大公の後を追って落ち始めた。
ダイアナの悲鳴が上がり、レイが俺が受け止めると吹き抜けに飛び込もうとして、パン屋の少年が慌ててそれを引き止めた。
「上出来だよ二人とも」
お馴染みの声が響くと、落下する二人は空中で二度三度と弾んだ。吹き抜けにガンマが網を張ったのだ。
「……やれやれ。最後までお前に踊らされたってところか?」
ジャンの軽口に、マヤは、はあ~と気の抜けたような声を出した。
「ありがとね、ガンマさん」
「いやいや、君達をはめた僕にお礼を言われてもねえ」
ジャンがガンマ網をグイグイと押した。
「おう、こりゃまたすごい弾力だ。お前の報酬、凄い効力だな!」
「君達、あの箱の中で見ただろう? あの箱にあった紅い塊、あれこそ賢者の石さ!
これで僕は、向こう百年は魔力に事欠かないよ! ああ、ジャン、取り分だけど、君が八ってことでどうだい?」
「よーし、全て水に流そう」
マヤはジャンを見つめた。
「いやあ、出し切っちまって、すっからかんだぁ……何か美味い物が食べたいね。出してくれない、今ここで」
「俺は手品師だ。コックじゃない」
ジャンはマヤの髪をなでると、懐から出した眼鏡をかけさせた。
「……いつの間に?」
「だから、俺は手品師だって言っただろ?」
マヤは、ころころと笑った。
「アブラカタブラってやつだね!」
「こっちよ!」
散弾銃を構えたドレス姿の女性が叫んだ。
ジャンが怒鳴る。
「おい、マルガレータとか言ったか! その二人を安全な所へ! 外へ!」
「簡単に言ってくれるじゃないの!」
マルガレータは銃を続けてぶっ放し、仏像ゴーレムを粉々に吹っ飛ばすと、駆け寄ってきたレイとダイアナの背中に手を回して辺りを見回す。通路に次々とゴーレムが現れ始めていた。
「ヘイ! 手品師! 進退窮まったわよ!」
「頭を低くしろ!」
ジャンの意図するところを悟ったマルガレータは、レイとダイアナを抱えると、床に突っ伏した。
ジャンはワイヤーを外す。
残酷大公像の剣が解放され、通路を荒まじい勢いで薙ぎ払った。ゴーレム達が木っ端微塵に砕け散る。
「す、スゲェ……」
レイが、ひょえーと浮かれた声を上げる横で、ダイアナは溜息をついた。その時、彼女は、目の端で、もぞもぞと動く羽を持った虫がいるのに気がついた。
マヤが一歩間合いを詰めると、怪物の口の端が上がった。暗黒の眼窩に紅の光が浮かび上がる。
こいつ笑ってやがる!
背筋を凍らせるマヤの耳に、更に驚くべきものが届く。
『人間よ』
遠雷のような、低くこもった声。それと共に、マヤの頭に何かが流れ込んできた。それは荒れ狂う嵐のような、狂ったざわめきだった。
怪物は残酷大公のように両手を拡げ、巨大な紅い目でマヤを見下ろす。
『我は世の破滅をばなす強大なる時。
世を回収せんがため、ここに出現す。
皆、存することなかるべし――愚かなる者たちよ、我が配りし、貴様らの魂を我に返す時が来た』
何かが――見えない何かが船全体に広がっていく。多くの悲鳴が遠くから聞こえ始めた。
マヤは自分の力のルーツを目の当たりにしていた。頭の中に船の各所でもがき苦しむ客達のイメージが浮かび上がる。目に見えない何かに絡み取られ、動けずに恐怖を、力を吸い取られていく。
マヤは片手でアゾットをしっかりと掴み、構える。
集中だ――
どこか遠くで銃声がした。
そして自分を呼ぶ声も聞こえた気がした。
集中だ!
だが、何処を狙う?
そもそもあいつは死ぬのか?
怪物は顔を低くすると、口を開く。口はそのまま喉まで裂け、巨大な虎バサミのようになった。ばちりばちりと物凄い音で開閉が始まる。
マヤは口の端をひきつらせながら、姿勢を低くした。
――やるなら、一撃だ。
すれ違いざまの――サムライのような一撃!
それしかない!
集中して、残りの力をかき集めて、それをぶち込む!
場所は、頭か胸だ――
『マヤ、聞こえないの?』
マヤはぎくりと体を硬直させる。
「ヴィ、ヴィルジニー? ……へへ、聞こえてるよ。ようやく接触できたね。しかし、最悪のタイミングだよ?」
マヤの背後からその声は続く。
『そうじゃなくて……マヤ、あなたには聞こえないの? あなたへの声が聞こえないの?』
『ねーちゃん! 頑張れ!』
『マヤさん!』
はっとして下を見る。
遥か下の破壊された通路からレイとダイアナが声援を送っていた。処刑台にいたはずの階層警察官達も姿を現す。ロングデイの声が響く。
「皆さん、お嬢さんを応援して!」
『そんな奴に負けるな!』
『お嬢ちゃん、逃げるんだ!』
マヤの体に力が流れ込んできた。
熱く、深く、猛り狂う高揚感!
そして――手の甲に小さな違和感が!
もぞもぞと動く小さな違和感!
『ふん……聞こえているかね? 私は借りを必ず返す主義でね……』
「マヤァァァァァァ! 来るぞ!」
ジャンの声が合図だったように、マヤは叫ぶ。
「来おおぉぉぉおい! 残酷大公おおおおぉぉぉっ!!」
怪物は雪崩のような音を立て突進してきた。
決闘場が遂に崩壊を始め、ひび割れが稲妻のように走る中、ジャンが怪物を挟んで決闘場の反対側に飛びあがる。
青白いセント・エルモの火、マヤの力から生み出された揺らめきが、そこかしこに乱れ咲く。
マヤは迫り来る怪物に、剣を持っていない方の手を、拳にして突き出した。
「アブラ……カタブラ!」
マヤが拳を上向きに開くと、そこから蛾が飛び出した。それは飛ぶうちに無数に増え、つむじ風のように渦巻くと、紅の目にまとわりついた!
視界を塞がれた怪物の一撃は空を切った。
唸りをあげ顔をかきむしるが、蛾は飛び立ち、そして――青黒い液体が怪物の口から噴き出した。
マヤは蛾を放つと同時に、怪物の上を飛び越えたのだ。
そのまま後ろに着地すると、残りの力を全て振り絞って、背後から折れたアゾットの欠片を突きたて、そこに拳を打ち込んだ。
欠片は心臓を貫き、前かがみになった怪物の顎を貫き、頭の中ほどで動きを止めたのだった。
そして、遂に決闘場が崩落を始めた。
ジャンが天窓にワイヤーを放つ。
マヤは崩れる足場を思い切り蹴りつけ跳ぶと、振り回される怪物の手をすり抜け、ジャンの胸に飛び込んだ。
「どうだい、あたしの手品は!」
「上出来だ!」
「……ま、教授が助けてくれたんだけどさ」
「それも、ひっくるめての上出来だ!」
だが、ワイヤーの絡みついた天窓も崩落した。
二人も残酷大公の後を追って落ち始めた。
ダイアナの悲鳴が上がり、レイが俺が受け止めると吹き抜けに飛び込もうとして、パン屋の少年が慌ててそれを引き止めた。
「上出来だよ二人とも」
お馴染みの声が響くと、落下する二人は空中で二度三度と弾んだ。吹き抜けにガンマが網を張ったのだ。
「……やれやれ。最後までお前に踊らされたってところか?」
ジャンの軽口に、マヤは、はあ~と気の抜けたような声を出した。
「ありがとね、ガンマさん」
「いやいや、君達をはめた僕にお礼を言われてもねえ」
ジャンがガンマ網をグイグイと押した。
「おう、こりゃまたすごい弾力だ。お前の報酬、凄い効力だな!」
「君達、あの箱の中で見ただろう? あの箱にあった紅い塊、あれこそ賢者の石さ!
これで僕は、向こう百年は魔力に事欠かないよ! ああ、ジャン、取り分だけど、君が八ってことでどうだい?」
「よーし、全て水に流そう」
マヤはジャンを見つめた。
「いやあ、出し切っちまって、すっからかんだぁ……何か美味い物が食べたいね。出してくれない、今ここで」
「俺は手品師だ。コックじゃない」
ジャンはマヤの髪をなでると、懐から出した眼鏡をかけさせた。
「……いつの間に?」
「だから、俺は手品師だって言っただろ?」
マヤは、ころころと笑った。
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