田舎娘、マヤ・パラディール! 深淵を覗きこむ!

島倉大大主

第四章:その二 墓所:扉の向こう

「うーん、怪しいと言えば、これかなぁ」
 マヤは鉄の扉の右端の方を指差した。そこには浅い傷のような物があった。ジャンは顎をさすりながら、傷を指でまさぐる。
「ふむ、これで正解だな。この傷の底の部分は、押すと動く」
 ジャンは扉から離れると、腰に手をやった。
「罠の一つも仕掛けてるかと思ったが、まるで無しか……。
 まあ、真っ当な人間はここまで来れないからな。ここらに漂ってる魔力は人払いかつ防犯の役目もしているわけだ」
「ああ、レイのお友達が見たのも、そういうことなのか……」
「まあ、恐らくな」

 ジャンは扉の前に屈みこむと、懐から黒い鍵のような物を取り出した。
「なにそれ?」
「義手の応用で、粘菌の鍵だ。俺の魔力に反応して、形を変えるんだ」
 ジャンは傷に黒鍵を差し込むと、軽く右に回し、何事か小さく呟いた。一瞬、つんっと黴の匂いがマヤの鼻をつく。すると、ガチリと音がして鉄の扉は静かに開いた。
「……簡単だね」
「開けるのはな……」

 マヤは恐る恐る、扉の影から顔半分で覗いてみる。
 中は真っ暗だった。どうやら細長い通路のようになっているらしい。
「照明は――」
 マヤの言葉よりも早く、バシリと音がして、ジャンの懐から拳銃と茶色の紙袋が飛び出して床に転がった。
「うわ、罠!?」
「いや、防犯対策さ。さて、残酷大公のことだ、こんな風にすれば――」
 ジャンは手を三回打つ。

 ぼんやりと壁が光りはじめた。

 青黒い金属でできた通路が奥に伸びている。マヤは眼鏡が音を出して大きく揺れているのに気が付き、ジャンを見た。一瞬、ジャンの全身も小刻みに揺れたように見えた。
 だが、目を瞬かせると、ジャンは何事もないように喋っていた。
「短縮、いや圧縮呪文の類だな。通路の天井に文様が刻んである。あれと、手拍子が共鳴して明かりがつくようになってるわけだ」
 マヤは試しに手拍子を三回してみた。明かりがうっすらと消えていく。
「こりゃ便利だ!」
「呑気なこと言ってないで、行くぞ」
「待って待って! あたしが点けるから!」
 マヤがよっ! と掛け声をあげながら手拍子をすると、明かりがつく。ジャンは首を振りながら通路に踏み込んだ。
 十メートルほど進むと直角に折れ、しばらく進むとまた直角に折れる。

 ああ、徐々に中心に向かっているのか……

 マヤはそう考え、周囲で何か音がしているのに気が付いた。
 水、いや、もっとどろっとした物が流れているような……。
「腹を下した巨人の中を探索中……」
 マヤの呟きに、ジャンが顔を顰めた。
「最悪な事を言うな。それにしてもここは、まるで……。あぁ、ってことはソドムの狂騒も、そういうことか……」
 マヤはジャンの脇腹をグイグイ押した。
「また一人で納得して! 説明してよ!」
「ここから出てるのは怨念の類ってテスラのノートにあったよな。だから、上の大騒ぎは、ここを鎮める為の祭りも兼ねてるんだろうさ。ああ、くそっ、火薬が使えりゃあ……」
「あれ? さっき持ってるってガンマさんに――」
「入口に防犯対策が施してあるって言ったろ。火薬と銃は弾かれちまった」
 マヤは先程の、拳銃と茶色の紙袋を思い出した。
 ジャンは唸る。
「この箱は魔術でバランスをとっている。だからちょいと傷をつければバランスが崩れて、ここ自体が爆弾の役目をするはずなんだ」
「今、傷つけると逃げる暇もない?」
「判らん。だが、結構短い時間で崩壊し始めるはずだ」
 マヤは溜息をつくと、床や天井を見回した。
「ここは一体なんなの? 怨念が湧くってことは墓みたいなものかなと思ってたけど――」
「……さあな。とはいえ、答えはすぐに――」
 廊下の奥に再び扉が現れた。ただ、今度は鍵穴の類が見当たらない。
 どうやったら開くのだろうとマヤは考えたが、二人が近づくと扉はゆっくりと勝手に開き始めた。

 ジャンが肩を掴んで、マヤを自分の方に向かせた。
「おい、ガンマの言葉を覚えてるな?」
「え? まあ……」
「そうか。なら、お前がどういう行動をとっても、俺はお前を放置する。いいか?」
「……へ?」
 今や、扉は開き切ろうとしている。マヤの体に汗が浮かび始めた。
「まだ……まだ、あたしに何か、あるの?」
 ジャンは顔を歪めた。
「多分な。なんとなく……そうなんじゃないか、とは俺も予想はしていた。ただ、確証は何もない妄想の類だったから話さなかったんだが――」
 マヤは息が荒くなり出した。
 何かが――
 何か嫌な感じが――
 あの扉の奥の、部屋の中から、何かとても嫌な――

 嫌な視線が――



 残酷大公は真っ暗な部屋の中で、喘ぎ声を上げると目を見開いた。

 誰だ!? 箱にいるな!!?
 いや、答えはわかっている。あの二人だ! まったく忌々しい!

 大公は荒い息を整え、声を絞り出した。
「ヴィルジニー! ハインツを棺に向かわせろ!」
 音もなく現れた、青くボンヤリと光る全身黒づくめの人物は、擦れた声を出した。
「かしこまりました」
 女性だった。真っ黒いベールの奥に赤く輝く二つの目。ベッド脇の白い電話機を取るその手は、老婆のそれだった。
「私です。ハインリヒ・フィーグラーに連絡。棺にて二人を確保してください」
 電話を終えると、女性はキャビネットを開けた。
 濛々と冷気が溢れだし、紅い光が薄暗い部屋に漏れ、残酷大公の顔を照らす。
 その顔は、怯えた子供のような目をした、汗まみれの顔だった。

 女性は中に並んだアンプルを一本取ると、紅く光る液体を注射器で吸い上げた。

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