田舎娘、マヤ・パラディール! 深淵を覗きこむ!
第二章その九 ソドム:マヤ、ナンパされる
宿泊棟ロビーにつくと、ジャンはマヤから鍵を預かり、金を取りに階段を駆け上がっていった。
一人残されたマヤは、先程のクロード某という作家と思われる男が座っていたソファに身を沈めた。グーッと伸びをするマヤ。ふと、鏡張りになっている天井を見上げると、そこに映っている自分の顔が大変な事になっているのに気が付いた。
べろんべろんにニヤけている。
慌てて、頬をぺちぺちやると、立ち上がってロビー横のバーに向かった。
ひゃー、ひどいな……。なんて顔してんだ。こんな顔でデートとか、凄くカッコ悪ぃ……。
「あれ?」
マヤは首を傾げた。
そうか、デート、みたいなものだよな。人生初のデートか!
「お嬢さん?」
あたしの能力に気兼ねせずに遊べる友達! そういうのって無かったからなあ。本音も言えるし、ジャンさんといるとホッとするよなぁ……。
「も、もしもし、お嬢さん?」
まあ、でも、何やら目的があるみたいで、あたしはその『おまけ』みたいなもんだし、あたしのことは大事にしてくれてる気がするけど、そう簡単に信じちゃうのも拙いよな。親父に会って、ここを出たらそれまでの縁だろうし。……でも、文通くらいならしてくれるんじゃないかな? 
マヤは手近にあった水差しからグラスに水を注ぐと一気に飲み干した。
まあ、あれさ! 子供が裏山にピクニックに行くようなもんさ! 初デートってのはそういうもんだってどっかの本にも書いてあったし、男の子と食事に行く経験が無かったから……まあ、ちょっと意識しすぎてる感じもあるけど、そう、なんでもないさ! みんな、経験してることだしね!
マヤは溜息をついて、カウンターに肘をついた。
ああ……子供の頃、男子とネコあそびとか殴り合いとかは散々やったけど、デートかあ……あたしも大人になったもんだなあ。しかし、どうも待たされるっての嫌だな。あ~、緊張してきた……。
「お嬢さん!」
背後からの声に、マヤは我に返った。
頭を振ってグルグル回っていた思考を追い払い、振り返ると、一人の青年が立っていた。
カーキ色の制服らしきものを着て、磨き抜かれた黒いブーツを履いている。髪は金髪。整った顔の青い目をキラキラさせながら微笑を浮かべていた。
「誰? あぁ、なんだっけ……そうだ、階層警察の人か。何か用? あたしは何もしてないよ?」
「い、いや、あの、違うんですよ」
青年はマヤのぶっきらぼうな口調にたじろいだが、何とか笑みを保った。
「違うって、だってその服、階層警察なんでしょ? それともどっかの軍人? もしかして宗教の勧誘なら、今忙しいんで後にしてくれない?」
青年は笑顔で会釈をすると、つかつかと歩み寄ってきた。きびきびとした仕草だった。腰に吊るした自動拳銃のホルダーには残酷大公の紋章が入っている。
「私はこちらの宿泊棟を担当している者です。ハインリッヒ・フィーグラーといいます。ハインツとお呼びください」
ハインツは手を差し出した。マヤはその手を見ただけだった。だが、ハインツは諦めず、手を出し続ける。しぶしぶとマヤはハインツの手を握った。思いの外力強く握り返され、あまつさえ、親指で手の甲を撫でられた。
ぐえっ。
不快感にマヤの顔が歪んだ。
「不躾な質問で申し訳ありませんが、お嬢さんは、こちらにはお一人でいらっしゃったのですか?」
マヤは答えず引き攣った笑いを浮かべた。ハインツは馴れ馴れしく顔を寄せてくる。
「お一人なら施錠をしっかりなさってください。国王陛下の御威光あれど、盗みはおきますからね。冷房用のダクトを通ってくる奴もいるそうですよ! まるでヤモリだ!
ところで、素晴らしいドレスですね! あなたの美しさを際立たせていますよ! 実は僕は今仕事が終わったところなんですが、どうです、ご一緒にお食事でも? 僕の知っているドイツ料理の店が大変素晴らしい味で……」
マヤは引っ込みそうになる笑顔を、なんとか維持した。
今は面倒事はまずい。頭突きはダメ。拳で右頬を撃ちぬき、ついでに親指で目を抉るなんて、もってのほかだ。ああ、しかし、だけど、こいつ……ぶん殴りてぇ!
「あ、あの~、手を放していただけるとありがたいのですが……痛いですわぁ♪」
「や! これは失礼いしました!」
だが、青年は手を放さず、微笑みを崩さない。
デートだデート! 人生初デート! 揉め事はまずいまずいまずい!
マヤは馬鹿みたいな耳まで裂けそうな笑顔を浮かべ、そっと手を添えると、ゆっくりと力強く捻りながら、ずるりと手を引き抜いた。
ハインツの口の端が二度痙攣する。
「施錠はしっかりしていますからご心配なく。あ、連れがきましたので――」
「……え!?」
階段を降りてきたジャンを見て、ハインツは固まった。ジャンはマヤとハインツを順繰りに見て、肩を竦めた。
「中々の美青年護衛を雇ったというわけか? こりゃ俺の出番は終わったってことかな?」
マヤは滑るようにはジャンに近づくと、ボディに一発入れ、吠えた。
「馬鹿言ってんじゃねえ!」
マヤはジャンに腕を絡めた。
「デート行くぞ!」
ジャンはぎょっとして、目をぐりぐりと動かした。
「お、おい! 何かあったか?」
マヤはぷぅっと膨れるとハインツを指差した。
「あいつが! あたしの胸をいやらしい目で――」
ハインツが大声を出す。
「ば、馬鹿な! 何を言ってる! どうして僕が――」
ジャンがまあまあと手を振って、マヤをぺちりと叩いた。
「こらっ、嘘はやめとけ! すいませんね、どうも」
「は、はあ……」
ジャンはハインツの顔をじっと見た。ハインツは目を瞬かせる。
「な、なんですか? 本当に見てないですよ! そりゃ、そんなドレスですから目には入りましたが――」
ジャンは笑った。
「いやいや、それはもう無しにしましょう。ですが、あなた――以前に何処かで会いましたかな?」
ハインツは、いや、と短く呟くと踵を返した。
「自分は職務がありますので、これで失礼!」
速足で去るハインツを見ながら、マヤは胸糞悪そうに舌打ちをした。
「あんの野郎……あたしの手を握って撫でやがった。しかも、食事に誘おうとしやがった! あいつ、さっきは仕事が今終ったとか言ったんだぞ?」
ジャンは顎をさすって、にやりと笑った。
「お前を誘うとは、あいつ相当頭をぶつけたらしいなあ」
「はあ? 何それ? どういう意味?」
「ほほ、怒りなさんな。ともかく、化粧がちょいと落ちるくらいにあいつは緊張してて汗をかいてたってこった」
「あいつ男なのに化粧してんの?」
「さあてねぇ……」
マヤは口を尖らせた。
「ちぇっ! もういいよ! 怒ったらお腹減ってきた!」
ジャンは苦笑して、懐からナプキンを取り出した。
「やれやれ、結局映画の前に食べることになるのか。カレーでいいんだよな?」
一人残されたマヤは、先程のクロード某という作家と思われる男が座っていたソファに身を沈めた。グーッと伸びをするマヤ。ふと、鏡張りになっている天井を見上げると、そこに映っている自分の顔が大変な事になっているのに気が付いた。
べろんべろんにニヤけている。
慌てて、頬をぺちぺちやると、立ち上がってロビー横のバーに向かった。
ひゃー、ひどいな……。なんて顔してんだ。こんな顔でデートとか、凄くカッコ悪ぃ……。
「あれ?」
マヤは首を傾げた。
そうか、デート、みたいなものだよな。人生初のデートか!
「お嬢さん?」
あたしの能力に気兼ねせずに遊べる友達! そういうのって無かったからなあ。本音も言えるし、ジャンさんといるとホッとするよなぁ……。
「も、もしもし、お嬢さん?」
まあ、でも、何やら目的があるみたいで、あたしはその『おまけ』みたいなもんだし、あたしのことは大事にしてくれてる気がするけど、そう簡単に信じちゃうのも拙いよな。親父に会って、ここを出たらそれまでの縁だろうし。……でも、文通くらいならしてくれるんじゃないかな? 
マヤは手近にあった水差しからグラスに水を注ぐと一気に飲み干した。
まあ、あれさ! 子供が裏山にピクニックに行くようなもんさ! 初デートってのはそういうもんだってどっかの本にも書いてあったし、男の子と食事に行く経験が無かったから……まあ、ちょっと意識しすぎてる感じもあるけど、そう、なんでもないさ! みんな、経験してることだしね!
マヤは溜息をついて、カウンターに肘をついた。
ああ……子供の頃、男子とネコあそびとか殴り合いとかは散々やったけど、デートかあ……あたしも大人になったもんだなあ。しかし、どうも待たされるっての嫌だな。あ~、緊張してきた……。
「お嬢さん!」
背後からの声に、マヤは我に返った。
頭を振ってグルグル回っていた思考を追い払い、振り返ると、一人の青年が立っていた。
カーキ色の制服らしきものを着て、磨き抜かれた黒いブーツを履いている。髪は金髪。整った顔の青い目をキラキラさせながら微笑を浮かべていた。
「誰? あぁ、なんだっけ……そうだ、階層警察の人か。何か用? あたしは何もしてないよ?」
「い、いや、あの、違うんですよ」
青年はマヤのぶっきらぼうな口調にたじろいだが、何とか笑みを保った。
「違うって、だってその服、階層警察なんでしょ? それともどっかの軍人? もしかして宗教の勧誘なら、今忙しいんで後にしてくれない?」
青年は笑顔で会釈をすると、つかつかと歩み寄ってきた。きびきびとした仕草だった。腰に吊るした自動拳銃のホルダーには残酷大公の紋章が入っている。
「私はこちらの宿泊棟を担当している者です。ハインリッヒ・フィーグラーといいます。ハインツとお呼びください」
ハインツは手を差し出した。マヤはその手を見ただけだった。だが、ハインツは諦めず、手を出し続ける。しぶしぶとマヤはハインツの手を握った。思いの外力強く握り返され、あまつさえ、親指で手の甲を撫でられた。
ぐえっ。
不快感にマヤの顔が歪んだ。
「不躾な質問で申し訳ありませんが、お嬢さんは、こちらにはお一人でいらっしゃったのですか?」
マヤは答えず引き攣った笑いを浮かべた。ハインツは馴れ馴れしく顔を寄せてくる。
「お一人なら施錠をしっかりなさってください。国王陛下の御威光あれど、盗みはおきますからね。冷房用のダクトを通ってくる奴もいるそうですよ! まるでヤモリだ!
ところで、素晴らしいドレスですね! あなたの美しさを際立たせていますよ! 実は僕は今仕事が終わったところなんですが、どうです、ご一緒にお食事でも? 僕の知っているドイツ料理の店が大変素晴らしい味で……」
マヤは引っ込みそうになる笑顔を、なんとか維持した。
今は面倒事はまずい。頭突きはダメ。拳で右頬を撃ちぬき、ついでに親指で目を抉るなんて、もってのほかだ。ああ、しかし、だけど、こいつ……ぶん殴りてぇ!
「あ、あの~、手を放していただけるとありがたいのですが……痛いですわぁ♪」
「や! これは失礼いしました!」
だが、青年は手を放さず、微笑みを崩さない。
デートだデート! 人生初デート! 揉め事はまずいまずいまずい!
マヤは馬鹿みたいな耳まで裂けそうな笑顔を浮かべ、そっと手を添えると、ゆっくりと力強く捻りながら、ずるりと手を引き抜いた。
ハインツの口の端が二度痙攣する。
「施錠はしっかりしていますからご心配なく。あ、連れがきましたので――」
「……え!?」
階段を降りてきたジャンを見て、ハインツは固まった。ジャンはマヤとハインツを順繰りに見て、肩を竦めた。
「中々の美青年護衛を雇ったというわけか? こりゃ俺の出番は終わったってことかな?」
マヤは滑るようにはジャンに近づくと、ボディに一発入れ、吠えた。
「馬鹿言ってんじゃねえ!」
マヤはジャンに腕を絡めた。
「デート行くぞ!」
ジャンはぎょっとして、目をぐりぐりと動かした。
「お、おい! 何かあったか?」
マヤはぷぅっと膨れるとハインツを指差した。
「あいつが! あたしの胸をいやらしい目で――」
ハインツが大声を出す。
「ば、馬鹿な! 何を言ってる! どうして僕が――」
ジャンがまあまあと手を振って、マヤをぺちりと叩いた。
「こらっ、嘘はやめとけ! すいませんね、どうも」
「は、はあ……」
ジャンはハインツの顔をじっと見た。ハインツは目を瞬かせる。
「な、なんですか? 本当に見てないですよ! そりゃ、そんなドレスですから目には入りましたが――」
ジャンは笑った。
「いやいや、それはもう無しにしましょう。ですが、あなた――以前に何処かで会いましたかな?」
ハインツは、いや、と短く呟くと踵を返した。
「自分は職務がありますので、これで失礼!」
速足で去るハインツを見ながら、マヤは胸糞悪そうに舌打ちをした。
「あんの野郎……あたしの手を握って撫でやがった。しかも、食事に誘おうとしやがった! あいつ、さっきは仕事が今終ったとか言ったんだぞ?」
ジャンは顎をさすって、にやりと笑った。
「お前を誘うとは、あいつ相当頭をぶつけたらしいなあ」
「はあ? 何それ? どういう意味?」
「ほほ、怒りなさんな。ともかく、化粧がちょいと落ちるくらいにあいつは緊張してて汗をかいてたってこった」
「あいつ男なのに化粧してんの?」
「さあてねぇ……」
マヤは口を尖らせた。
「ちぇっ! もういいよ! 怒ったらお腹減ってきた!」
ジャンは苦笑して、懐からナプキンを取り出した。
「やれやれ、結局映画の前に食べることになるのか。カレーでいいんだよな?」
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