田舎娘、マヤ・パラディール! 深淵を覗きこむ!

島倉大大主

第一章:その五 ぶらり旅:パンジャンドラム

 ガンマとジャンのやりとりに目を丸くしているマヤ。
 それを横目で見ながら、ガンマが後ろ足で耳の裏をかき、あくびをした。
 ジャンは腕を組む。

「面倒だな」
 マヤが訝しげな顔で、ジャンの腹を軽くつまんだ。
「囲まれてるって、どゆこと?」
「つまむな。まあ、ともかく外を見てみろ。おっと、近づきすぎるなよ」

 ジャンに促され、マヤは窓に近づいた。
 相変わらずの漆黒の闇。
 だが、そこに、ちらちらと何か淡く小さな光が揺れていた。
 カンテラ? 
 虫? 
 だがそれは見る間に数を増し、明滅しながら汽車と並走し近づいてくる。
「あれは……あの光は――」
 マヤはジャンに向き直り、息を飲んだ。
 ジャンは銃をいじっていた。

 明かりに照らされた黒いそれの名を、マヤは痺れた頭で必死に思い出す。
「それって……モーゼル銃?」
「ああ。デザインが気にいっていてね」

 マヤはごくりと喉を鳴らした。
「外のは、一体なんなの?」
「イギリス軍の兵器だ。勿論、正式な軍隊じゃないぞ。
 ボーリー部隊とか馬鹿な名前を名乗っていたかな? 
 まあ、そこが所有する魔動兵器。
 『糸車』って呼ばれている」
 ごとんごとんと車体が大きく揺れる。
「糸車?」
「でかい車輪二つを爆薬筒に取りつけてある。で、魔術で動かす。
 正式名称は……パンジャン何とかだ。
 火に群がってくる虫みたいに単純な命令しか聞けないもんだが、あれだけ数がいると厄介だ。
 足止めかと思ってたが、お前が何も持っていないうえにあの数だ。
 攻撃対象はひょっとすると、お前自信かもしれん」
「あ、あたしを!? どうして?」

 ガンマが首を振った。
「我々は知らない。我々は君を護衛して、ソドムに届けるだけだ」
「そ……で、でも、そんなの他のお客さんがいるし……」
 マヤは言葉を詰まらせると、頭をのろのろと振った。

「……あたし、睡眠薬を盛られてたんだよね? もしかしてこの汽車って……」
 ジャンが弾を装填しながら頷いた。
「ドーヴィル行きのこの汽車……ま、客車三両だけに切り離されているのだが――」
「えぇっ!? そうなの? じゃ、じゃあ、どうやって動いてんのこれ? ってか、何処走ってんの!?」
 ジャンは肩を竦めてガンマを見る。

 ガンマは鼻をヒスヒスとやると、目を細めた。
「多分、アランソンの近く――エクーヴの森の中の廃線だと思うよ。
 車掌に金を掴ませて、車両を切り離し、乗客は火事を口実に降ろす。ここまではフランスの特殊部隊のお仕事。
 僕はその時に紛れ込んだんだ。
 ちなみに君を眠らせた老婆はイギリスの工作員だね。
 それから軍事車両で牽引してたけど、さっき運転手、つまりフランスの工作員は死んだようだ」
「……はい?」
「四分前、強烈な魔力の放出が前部車両の方からあった。
 そして車両が大きく揺れた。君が頭を打った揺れだね」

 ジャンが窓の外を見ながら聞いた。
「誰が来たかわかるか? 判るとまずいんだが……」
 ガンマの口がくにゃりと歪んだ。猫の笑顔をマヤは初めて見て呆気にとられた。
「残念ながら、心当たりあり、だ。イタリア歌手のお出ましさ」
 ジャンがギョッとして窓から顔を離した。
「あいつが来てるのか! ヒデー話だ。張っといた罠はもって数分か……。
 とっとと逃げた方がよさそうだな。
 で、田舎娘、お前はここまでされる心当たりが本当に無いんだな? 
 聖遺物でも盗んだのなら納得できる。ガンマが魔力を感じたのも説明できるしな。
 それともお前自身に、何か特殊な力でもあるのか?」

「…………何も知らないや」

 ふて腐れたような小さなマヤの呟きに、ジャンは、そうかと小さく返した。
「まあ、いい。とりあえず今はいい。ガンマもそれでいいな?」
「任務が滞りなく遂行できるなら、構わない」

 ガンマはそう言うと目を細めた。
「マヤ嬢、これだけは言っておく。我々を信じることだ。
 外の連中は、君を狙っている。
 拉致か、暗殺か、それとも、ソドムに辿りつかせたくないのか……。
 とにかく、君は我々を信じなければ、お父上には会えないのだ」
 マヤは息を大きく吐くと、眼鏡をそっと押し上げた。

「あんたらを信じるよ」

 ジャンはさっとマヤの頭を撫でた。
「いい子だ」
「な、なんだよ! おっさんだからって子ども扱いすんなよ……」
「俺、二十一だけど」
「…………」
「おい、待て。なんでそんな憐みの目で俺を見る?」

 マヤが肩を竦め、ジャンがその鼻をつまもうとした瞬間、ごとん、とまた車体が跳ねた。と、揺れはそのまま継続し、徐々に大きくなり始めた。窓ガラスが揺れ、マヤはたまらず、壁に手をついた。
 ジャンがその巨体に似合わず、さっと動くと、ドアの傍に立った。
「来るぞ。床に伏せて、頭を下げてろ!」
 マヤはしゃがもうとしたが、頭を振ると、きっと顔を上げた。
 袖をまくり上げ、ジャンに笑いかける。
「そいつは、あたしの性分じゃないな!」
「あのな……さっきまで淑女を演じてたなら、ここは『わかりましたわ!』とか言って、隅の方で兎のように震えてるもんだろ!」
「え~……あれ、結構疲れるしさ。あぁ、あたしの事心配してくれてるの? さては、お前紳士だな!」
「お前が死んだら、違約金払わなくちゃならんかもしれんだろうが!」
「あ、そりゃ拙い」

 マヤはニヤニヤ笑いながらジャンの隣に来ると、しゃがみこみ、小さく、たすけてーと言った。
 すかさずジャンが頭をべしりと叩く。
「漫談は終わったかい? 君らは、今は亡きアメリカ大陸だったら人気が出たろうにねえ」
 ガンマのウンザリしたような声に、ジャンは願い下げだ、と答えた。

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