ドラゴンフライ

ノベルバユーザー299213

第六十九話 竜司、コスプレの世界を知る。

「やあ、こんばんは。今日も始めて行こうか」


###


午前十一時。


館内放送がかかる。
おそらく外にも響いているのだろう。


(皆様お待たせしました! コミカライブ2017! いよいよ開幕です!)


僕の周りは静まり返っている。
まるで嵐の前の様だ。
この嵐の前という表現が当てはまる事が僕にはすぐに解る事になる。
遠くで濁流が流れるような音がする。


ドドドドド


耳を澄ますと外の係員の声も聞こえる。


(押さないで下さーい! 走らないで下さーい!)


ドドドドドド


音が大きくなる。
遠くの入り口に先頭集団が入って来た。
それを皮切りに人が雪崩れ込む。
そして各々好きな同人誌ブースへ向かう。
会場は入り口から六方向ぐらいに川が出来る。
人の川だ。
僕のいる五十六番にも人が並び出す。


(新作三冊下さい)


「はい一万円になります」


お金と品を交換する。


(とある一冊下さい)


「はい三千円です」


(とあると盗賊日誌下さい)


「はい七千円です」


(超爆一冊)


「はい三千円です」


こんな感じで僕はどんどんお客を捌いていった。
三十分ぐらい経つと富樫プロの前の列は外まで伸びていた。


「は~い、竜司君~。
そろそろこの看板を持って外に行って~。
売り子は代わるから~」


ユリちゃんが立て看板とメガホンを差し出す。
その看板にはこう書いてある。


“最後尾はこちらです”


「これから~どんどん人が来るから~。
看板持って外に立っててね~。
後メガホンで定期的に自分のいる所が最後尾だと叫んでね~」


「わかりました。ガレア外に行くよ」


【何だ次は外か?
にしてもすっげぇ人の数だなあ】


外に行くと更に驚く僕とガレア。
何に驚いたってかなりの長蛇の列が富樫プロのブースに続いていたからだ。
まるで行列のできるラーメン屋の様だ。


「えっと……こっちだガレア」


【へぇい】


ガレアと一緒に列の隣を歩く。歩く。
ようやくたどり着いた。
大よそ百五十メートルと言った所か。
看板を持って立つ僕。


「富樫プロの方―!
最後尾はこちらでーす!」


(あ、こっちだこっち)


(すげぇ並んでる。買えるかな?)


お客さんはそんな事を言いつつ並ぶ。


「富樫プロの方―! 最後尾はこちらでーす!」


僕は定期的に叫んでいる。
列はというと伸びず縮まずと言った所。
お客さんは結構いいペースで進んでいるが、それと同ペースで新たに並ぶのだ。


【なあなあ竜司。こいつら何してんの?】


「本を買うために並んでいるんだよガレア」


【何で並ぶの?】


ガレアキョトン顔


「買う順番ってのがあるんだよ。
人間はちゃんと順序って言うのを守るんだよ」


【ふうん、他でも列になって並んでるのみたことあるけどそれって買う順序があるって事か】


「そうだよ、他に食べる順序でも並んだりするよ」


【それって何か人間のルールとかあるの?】


「ルールって言うか……
例えば考えてごらんガレア。
例えばガレアがちゃんとルールを守って肉の美味しい店に並んでいたとする」


【うん】


「それでようやく次がガレアの番になる。
あと材料は一人分しかない。
そこでルールを守らない人か竜がガレアの前に急に入って来たとしたらどうする」


【そいつ消す】


ガレア即答。


「だろうね、でもそれが出来るのは強い竜だからだよ。
人間は非力だからね。
殴られたら痛いし喧嘩もしたくないんだよ。
だからそういうルールのようなものがあって、学校とかで教わらなくてもみんな守っているんだよ」


【ふーん、人間全員守ってるって凄いな。
しかも誰も教えてくれないんだろ?】


「そうだねガレア。
あっ富樫プロの方―! 最後尾はこちらでーす!」


僕にとっては常識ともいえる事だけど竜のガレアは少しビックリしてる。
こういうのも異文化交流というのだろうか。
ガレアとそんな話をしているとユリちゃんがこっちへ走って来た。


「竜司く~ん、一回戻って来て~」


「あ、はい。戻るよガレア」


【へぇい】


僕らは自身のブースへ戻って来た。
そこで僕は驚いた。
何がってあれだけあった同人誌が半分以下まで減っている。


「今並んでいる人が買い終わった辺りで完売するから~。
もう看板持ちはいいよ~」


「完売って……まだお昼にもなって無いですよ」


「毎回お昼前には完売するから~
今回も順調と言えるね~」


「そうなんですか……」


人気漫画家と言うのはこういうものなのだろうか。
とりあえず僕はまた売り子に戻った。
人は留まる事を知らず捌いても捌いても人が押し寄せる。
すると。


(超爆完売です!)


手伝いに来ている人が叫ぶ。
更にお客を捌く。
次は。


(とある完売です!)


また声がかかる。
あとは盗賊日誌のみだ。


(新作三冊下さい)


「すいません、とあると超爆は売り切れです」


(えっ!? もう!?
何だよ……じゃあ盗賊日誌だけで良いです)


「はい四千円です」


僕はお金と品を交換する。


「ありがとうございまーす」


同じようなやり取りを残るお客さんにしているとついに最後の声がかかる。


(盗賊日誌完売です!)


ようやく一息つける。
僕は時計を見た。


午前十一時十五分。


凄い。
ホントに昼前に終わってしまった。
と、僕はどうしたらいいんだろう。
途方に暮れているとガレアが。


【なあなあ竜司ハラヘッタ】


「そうだね。
ちょっと早いけどお昼にしようか。
ユリちゃん、僕とガレアはご飯食べてきます」


「お~いっといで〜」


僕はガレアを連れて外に出た。


「ガレア、どれくらいお腹空いてる?」


【うーん、どれぐらいだろうなあ。わかんね】


ちゃんと受け答えが出来るならまだ大丈夫だろう。


「じゃあ、ちょっと歩いて駅の方まで戻る?」


【別にいいぞ】


僕らはそのまま駅前のステーキ屋に入った。


異国精肉店 ザ・アミーガス メイカーズピア店


そこって最初に肉のグラムを言って焼いてもらうんだけど、ガレアが提示したのは千グラムだった。
真昼間からよく一キロも肉が食えるな。
僕は百五十グラムだった。


昼食を終えた僕らはまた会場に戻って来た。
後で考えたら律儀に戻る事も無かったんだよね。
やる事はもう終わったんだし。
でもその時は気づかなかったんだ。
結局僕は会場に戻って来たんだ。
五十六番ブースは長机だけでほぼほぼ撤去完了していた。


「あ~おかえり~」


帰って来た僕らをユリちゃんが迎えてくれた。


「ユリちゃんはこれからどうするんです?
もう帰るんですか?」


「これからはね~。
自分の趣味の同人誌を物色して~
そんではるさんのコスプレコンペの応援かな~?」


そう言えば遥とスミスが居ない。


「外の広場に行ってごらん~。
もうコスプレイヤーとカメラ小僧でいっぱいだよ~」


僕は正直コミケって場所には行って見たかったけど同人誌自体はそんなに興味は無かった。
とりあえず僕はガレアを連れて外に出る事に。
外に出ると人でごった返していた。
色々な人が色々なコスプレをしている。
僕はキョロキョロしながら歩いているとコスプレをしている竜が居る。
これは面白い。
早速近くに寄って写メを取る事にした。


【あれ? 兄さん竜河岸かい?】


そのコスプレ竜は気さくに話しかけて来た。


「そうです。
写真撮らせてもらっていいですか?」


【いいよ。目線いる?】


「あ、下さい」


妙に撮影に手慣れている竜だ。
僕も思わず応じてしまった。


ピロリーン


「ありがとうございます。
ちなみに何のコスプレですか?」


【これは“神龍伝承ドラグナー”のバルド大佐だよ】


神龍伝承ドラグナーと言えば去年やってた深夜アニメだ。
僕も見ていたがこんなキャラいたっけ?
その竜と別れ、更に周りを見て回る。
あちこちで写真を撮る音が聞こえる。


パシャパシャ


(ポーズ取って目線お願いしまーす)


パシャパシャ


(目線こっちも下さーい)


歩いていると何やら人だかりが見える。
誰か人気のコスプレイヤーでもいるのかな?
僕は人だかりの隙間から覗いてみた。
すると中央に白いワンピースを着てガトリング銃を持っている女性が居た。


顔は……美人だ。
毛先はウェービングしている長い黒髪がよく似あって……
あれ? こんな事前にも考えた事があった様な。
あれ? 側に竜が居るぞ。
その竜は黒と灰色の斑模様で目を瞑っている。
あ、この竜、杏奈の竜だ。
てことはあれは杏奈か。


顔が全然違う。
すると中央の女性がこちらに目線を向けた。
いつものまとわりつくような視線は感じない。
もしかして別人か?


「フフフ……竜司」


中央の女性が何か言ったようだがカメラ小僧の声でかき消されて聞こえない。


(目線お願いしまーす!)


(ポーズお願いしまーす!)


「さあみんな!」


中央の女性が通る声で叫ぶ。
その声に応じてカメラのフラッシュが止む。


「今からみんなに紹介したい人がいるわ!」


中央の女性はくるりとこちらを向く。


「さあ竜司! 出ていらっしゃい!」


中央の女性は右手を開いてこちらに真っ直ぐ向ける。
その動きに合わせて僕の前に居たカメラ小僧の群れがさっと左右に分かれ、道が出来た。
真っ直ぐ中央の女性に続いている。
僕は前に進みその女性の前に立つ。


「フフフ……竜司」


「あの……どちら様ですか?」


後ろにシスが居る段階で九割確定なのだが僕は念のため聞いてみた。


「フフフ……竜司ったらやあねえ……
私よ……
名児耶杏奈みようじやあんなよ……」


正直喫茶店の時とは全然顔が違う。


「それにしては全然顔が違うね」


「だって今日はコミケですもの……メイクよメイク……」


僕が物珍しそうに眺めていると杏奈が


「あっ!
でも勘違いしないでほしいの……!
別に前にあった時手を抜いていたわけじゃ無いの!
私はいつも綺麗な顔を竜司に見てもらいたいと思ってるし……
うんたらかんたら……」


うん、いつもの杏奈だ。


(杏奈さん、誰っすか?)


周りのカメラ小僧が声をかけてきた。


「あ、ごめんね……
まだ紹介してなかったわ……
ねぇみんな聞いて!
この男の子ひとは私の生涯の伴侶 皇竜司すめらぎりゅうじ君よ!」


杏奈が僕の腕を掴みながら叫ぶ。


「ちょ……!」


(杏奈さんマジッすか!?)


ザワザワ


周りのカメラ小僧たちが騒ぎ出す。


「ちょっとちょっと、その前に周りの人って知り合いなの?」


「周りの達は私のファンよ……」


(杏奈さん、今日もキレてます!)


僕は空気を変える為に別の話題を振ってみた。
そしてあわよくば結婚云々の話は無かった事にしたかった。


「このコスプレは何のやつ?」


「これはグレーラグーンのロベルカよ」


グレーラグーンと言えばかなり前にやってた深夜アニメだ。
僕もリアルタイムで見ていない。
荒事でも請け負う運び屋の話でロベルカってのはその中で出てくる戦うお嬢様だ。
今でもファンが付くくらいの人気キャラである。
確かに杏奈の雰囲気は似ている。


「へぇ、かっこいいね。このガトリング銃は本物?」


「……本物よ……」


「へ……」


僕は言葉を詰まらせた。


「フフフ……冗談よ……
でも南米の警察で暴徒鎮圧用に使われてたのを改造したってパパが言ってたから弾も撃てるわよ……」


暴徒鎮圧にガトリング銃?
どこの南米だ。
僕が何も言わないと杏奈が。


「弾が出るとこ見たい……? シス」


僕の返事を待たずシスを呼びつける杏奈。
おもむろに出した亜空間に手を入れるシス。
中から二メートルぐらいの長いものが出てきた。
その端を掴み、手にあるガトリング銃に差し込む。
あ、あれは弾か。


(おおっ! 今回の天恵はガトリング銃か!)


また一層周りが騒ぎ出す。
何だ天恵って。
杏奈は重そうなガトリング銃を軽々とカメラ小僧に向ける。
銃は人に向けてはいけませんって習わなかったか?


「さあっ!
僕達おまえたちっ!
尻を向けなさいっ!」


杏奈の向かいのカメラ小僧数人が四つん這いになって尻を杏奈に向ける。
杏奈は銃口の狙いを尻に向け引き金を引く。


キューン


ガトリング銃のモーター音が響き銃身が勢いよく回り出す。
火のように超高速で弾が飛び出し連続してカメラ小僧の尻に当たる。
当たる。
当たる。


(あぎゃっ! キター!)


「キャハハハ! もっとよ!
もっと私を楽しませなさい!」


杏奈が悦に浸っている。
じきに杏奈がガトリング銃の銃口を左にズラし始めた。
その動きに合わせて次々にカメラ小僧が左から順に尻を銃口に向ける。
超高速弾丸がカメラ小僧の尻に当たる。
当たる。
当たる。


(痛いっ! けどキモチイイ……)


(杏奈さんありがとうございます! 杏奈さんありがとうございます!)


中央の白いワンピースを着た女性の手にあるガトリング銃から円状に放たれれる銃弾を囲んだカメラ小僧が尻で受けている。
何だこの混沌カオスな状況は。
二メートル程あった弾を全弾撃ち尽くし狂乱の宴は幕を下ろす。


「だ……大丈夫ですか……?」


中央に立つ僕と杏奈と竜二人。
そして周りのカメラ小僧は倒れている。
この散々たる光景にいたたまれなくなり適当なカメラ小僧を抱き起こす。


(ああ……ありがとうダンナ)


ダンナって僕の事か?


「一体何なんですか? これは……?」


(君ダンナのくせに天恵も知らないのか?)


旦那になった覚えはない。
その人が言うには要するにコスプレした杏奈のテンションが上がると持っている獲物で尻をシバくんだそうだ。
ここで僕はもう一つ疑問が沸く。


「そういえばここに居る人たちってライブには来てませんでしたね。
杏奈のファンなのにどうして?」


(杏奈さんって自分のライブの告知を全くしない人だからだよ)


杏奈にはそこそこファンはいるらしいがライブの告知を全くしないため毎回ゲリラライブになっているらしい。
杏奈曰く。


「ライブは告知を見るのではなく感じなさい」


だそうだ。


(杏奈さん……そろそろ……)


傍に居たカメラ小僧が声をかける。


「ええ、わかったわ……
竜司、そろそろ時間よ……
行きましょ」


「え……どこ行くの?」


「……やだわ竜司ったら……コスプレコンペに決まってるじゃない……」


そう言えばそんな事言ってたなあ。
道すがら話を聞くとこのコスプレコンペ、コミカライブで五年前から始まったらしい。
当初から人気で既にコミカライブの名物になりかけているらしい。
というのも優勝賞品が凄い。
何でも願いを叶えてくれるんだと。
もちろん時間のかかるものはそれなりに時間はかかるし、予算も十万円の範囲でと制限はあるがその賞金目当てでエントリーする人が続出し
コミカライブの知名度もどんどん上がっているそうな。
杏奈に情報を聞きだしながら会場に着く僕とガレア。


###


「はい、今日はここまで」


「ねえパパ? 杏奈が持ってた銃って本物だったの?」


「もともと外国で使ってた悪い人を懲らしめるゴム弾を発射する銃をガトリング銃に改造したんだって。
その銃を作ったり、コスプレ衣装合わせとかで僕の様子を見てる暇が無かったんだって」


「そっかー、だから一日杏奈が出なかったんだね」


「そうだよ、じゃあ今日はもうおやすみ……」

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