ドラゴンフライ

ノベルバユーザー299213

第六十三話 竜司、漫画を書くことになる。

「やあ、こんばんは。今日も始めて行くよ」


###


「はぁ……はぁ」


何だこれ?
名古屋ってこんな怖い所だったのか?


【何だあの人間。
すっげぇ動きしてたな】


流石のガレアも杏奈の動きには驚いた様子。


「ふー……
やれやれ……
ライブ後に運動させんなっちゅーの」


遥とスミスも上がって来た。
何となく疲れている様子だ。
僕に気付き、いつもの遥に戻る。


「あっ竜司お兄たんっ。大丈夫だった?」


「何とかね……で、彼女どうなったの?」


「これで今は眠ってるわ」


遥はスカートをめくり内腿に取り付けてある小さな針を見せる。


【オオッ!
はるはるの内腿―っ!
何という眼福……】


スミスが何か言ってる。
もうこの竜のコレ系発言は全てスルーしようと決めた僕。


「その針は何?」


その針は何か千枚通しを三回りぐらい大きくしたような大きさだ。
持ち手が何かデコレーションしてある。


「これはねっ……ど、く、ば、りっ」


毒針?
結構物騒なものを持ってるんだなあ。


「これ刺したぐらいで止まるの?」


「ふっふっふ、竜司お兄たんっ違うのよっ」


何か遥が自慢げだ。


【はるはるっ!
ここは僕が説明しましょう】


スミスが遥の前に出る。
何かカッコつけているのか主人と同じく自慢顔だ。


【これぞっ僕の最高傑作、五大大牙ファイブタスクスが一角っ!
甘美な蜂スウィートビーでござるよ!
竜司氏っ!】


「へぇ、最高傑作って言うぐらいだから何か凄かったりするの?」


僕は聞いてみた。


【ふっふ、愚問ですな竜司氏。
この甘美な蜂スウィートビーは刺した相手を眠らせるのですぞっ!】


すかさず遥も説明に入る。


「竜司お兄たんっ。
これはねっ刺した相手を極度麻酔状態にするのっ」


なるほど、それで眠らしたって訳か。


「五大って事は後四本あるの?」


【左様。
どれも僕が作った中での最高傑作でありますっ】


「ふうん」


どうもあまりスミスの事になると淡泊な返答になりがちな僕。


(ばーくれつ♪ばくれつ♪太陽神っ♪)


「あっこの曲……」


さっきのライブで三曲目に遥が歌った曲だ。


「あっ竜司お兄たん覚えてくれたんだねっ。ありがとーっ。
……ってこの曲がかかったって事は……いっけないっ遅刻しちゃうっ」


「あ、どこかいくんだ。じゃあ僕はこれで……」


この竜河岸たちに関わるとロクな事が無い。
僕の本能が全力でそう告げていた。
できれば別れたかった。
とその時。


PURURURU


「もしもし……あぁ今ライブ終わった所。今から向かうわ……」


遥の電話だった。
この隙にと軽く会釈をしてこの場を去ろうとする僕。
だがそれは適わなかった。
遥の手が僕の後襟を掴んだのだ。


「えっ!?
……アシが一人病欠!?
……わかったわ。
不足人員はこっちで何とかする。
じゃあ後で……」


プツッ


僕の後襟を掴んだまま電話を切る遥。


「あの~……遥さん……?」


ようやく離してくれたと思ったら遥は両手を首前あたりに組み、いわゆる祈りのポーズを取りだした。
眼は真っ直ぐこっちを向いてうるうるしている。
何か厄介な事に巻き込まれたんじゃないか。


「竜司お兄たんっ! 遥を助けてっ!」


【出たぁーっ!
はるはるの神に捧げる祈りのポーズッ!
マジ神はるはる】


スミスの発言はどうでもいい。
何となく聞かないといけない空気が漂う。


「助けるって……何を?」


「あのね竜司お兄たん……。
私これから友達の漫画制作を手伝わないといけないの……
でね? 友達のお手伝いさんがお腹イタイイタイになっちゃって……」


何となく合点がいった。
要するに僕に漫画制作を手伝えって事か。


「僕に手伝えって言いたいの?」


「うん……お願い竜司お兄たんっ」


正直漫画制作に興味が無かったわけじゃ無い。
しかし絵なんて描いた事無いけど出来るものなのだろうか。


「別に良いけど……僕全くの素人だよ? 大丈夫なの?」


「大丈夫よっ!
ベタとホワイト塗ってくれるだけでもだいぶ助かるからっ」


そういうものなのか?
とりあえず僕は応じる事にした。


「どこでやるの?」


「ここから歩いて十分ぐらいの所よっ。行きましょ!」


とりあえず僕らは遥について行く事に。
歩いていると開けた所に出た。
左の奥の方に大きな塔が建っている。


「あれがテレビ塔か……」


僕は前にテレビで見た映像と照らし合わせた。
遥の歩いている方向からしてテレビ塔を横切る形になりそうだ。
そこへガレアが騒ぎ出した。


【竜司竜司! 何だアレ!?】


何かガレアが驚いて震えている。
指差す方向を見ると。


「え……?」


何かがベンチに座っている。
何だこれ?
ベンチに腰掛けている人の銅像か?
何か怖いぞコレ。
メデューサの目を見て石化してしまったみたいに見える。


【何だコレ竜司……魔力で石化しちまったのか?】


「ガレア、多分これ銅像だよ」


僕の回答を聞いているのか解らないがまたガレアが騒ぎ出した。


【あぁっ!
何だココ!?
あっちにもこっちにも石化された人間が居るぞ!】


確かにあちらこちらのベンチに同じような銅像がある。


「ガレア落ち着いて。
これは像だから。
置物なの」


【本当か!? 本当なんだな!?】


「本当だよ……多分」


【何だよ! 多分って!】


ビビっているガレアはえらく珍しい。
でも僕も正確な所は知らない。
と、そこへ遥が助け舟を出してくれた。


「ガレアちゃんっ。
安心して。
あれは全部銅像だから。
別に人間が石化したとかじゃないから」


【そうなのか……】


とりあえずガレアは納得したようだ。


【フフフ、ガレア氏。銅像相手に情けないですなあ】


スミスが威張ってる。
まあどうでもいいや。
目的地に向かう途中に天むす屋と手羽先屋に寄る。
もう作業に入っている友人たちへの差し入れだそうな。
そうこうしている内に目的地到着。
そこそこ立派なマンションだ。
その中に入る僕達四人。
ある一室の前に辿り着く。


ピンポーン


数分後。


ガチャ


ドアが開いた。


「あっ遥さん! 待ってたよー!」


中から女性が出てきた。
ただ女性とは思えない風貌をしていた。
髪の毛はボサボサ。
メガネは曇り黒いシミが点々としている。
くたびれたジャージを着たこの人が漫画家なのだろうか。


「進み具合はどうなのよ」


そう聞きながら遥とスミスは中に入る。


「何とか締め切りには間に合うかなってトコ。
こんな時にアシが一人病気なのは痛いわー」


頭を掻きながらその女性漫画家は答える。
何となく入りづらかったので玄関でぼーっと立っていると遥が。


「竜司お兄たんっ!
何やってるの?
さあ入った入った!」


言われるままに中に入る僕ら。
廊下を抜け部屋に入るとドキュメント番組なんかで見たような風景が広がっていた。


「スゴ……」


初めて見るプロの現場に僕は純粋に驚いた。
ニ,三人の男女が一心不乱にカリカリペンを走らせている。
その中の一人が遥に気付いた。


「あっはるさん、ちぃーっす」


「大さん、お久しぶり。これ差し入れよ」


遥が買ってきた手羽先と天むすを渡す。


「はるさん、いつもすんません。
お前ら小休止入れっぞ」


「はぁーい……」


他の二人が力なく返事をする。
僕らも一緒に隣の部屋に行く事に。
みんなそれぞれの位置に座る。
アシスタントらしき三人が力なく手羽先と天むすを口に運んでいる。
そこへ出迎えてくれた女性漫画家さんが遥に話しかけた。


「んで遥さん、この子と竜は誰?」


「さっき電話で言ったでしょ? 私が何とかするって」


「え……じゃあ、この子が手伝ってくれるの?」


「そうよっ」


「僕は皇竜司すめらぎりゅうじ 竜河岸です。この竜はガレア」


「よろしく。
私は富樫キリコ。
見ての通り漫画家です」


「え……富樫キリコってあのトレジャー×トレジャーの……!?」


僕は驚いた。
富樫キリコと言えば
あの週刊少年フライで人気作品「トレジャー×トレジャー」を書いている超売れっ子漫画家だ。


「そうですが……」


「まさか女性だなんて思いませんでした。
いつもフライ読んでます。
あれ? でも今作者病気で休載中じゃ……」


トレジャー×トレジャーは掛け値なしに面白い作品だがちょくちょく長期休載するので有名だ。


「ある意味病気よね?
キリちゃん」


「そうね遥さん。
私から同人誌を取ったら何も残らないわ」


要するにキリコさんは夏、秋、冬と大型のコミケには毎回参加していて
その時は商業誌を休載して同人誌作成に専念するらしい。
そんなの出版社が許すのかな? って思ったけど
そんなワガママが許される程トレジャー×トレジャーは売れているのだ。
漫画以外にもアニメやビデオ、書籍、ゲームとメディア展開を見せている。
僕は今の心境を込めてキリコさんに告げた。


「漫画は書いた事無いですが精一杯頑張ります」


「じゃあ竜司君にはベタとホワイトを担当してもらうわ」


小休止も終わり、僕らは隣の部屋に移る。
僕はテーブルを出してもらいそこで作業をする事に。


「じゃあ竜司君、さっそくこの原稿にベタお願い。
バツの印が付いている所に塗ってくれたら良いから」


僕はキリコさんから原稿を数十枚受け取った。
結構な量である。
僕は聞いてみた。


「あの……同人誌って何冊出すんですか?」


「三冊」


僕は絶句した。
同人誌界の事はよく解らないが三冊って多い気がする。
そんな僕の反応を察してかキリコさんがフォローを入れる。


「でも心配しないで。
三冊って言っても一冊と半分はもう上がってるから」


「そうですか……」


「さあ、とはいっても締め切りまであと一週間なんだから早く作業に入って」


「わかりました」


僕はさっそく作業に入った。
原稿を見る僕。
初めて見るプロの生原稿に少し震えが来た。


「これがキリコ先生の生原稿……」


思わず呟きが出る。
っとそんな事を言ってる場合じゃない早くベタをいれないと……
えと道具は……これ?
目の前に細筆と平筆。
パレット。
水差しが置いてある。
筆洗い用だろうか?
パレットの側に黒い塗料が置いてある。
表面のラベルには“ツバキ マット水彩(黒)”と書いてある。
僕は黒塗料をパレットに移し少し水を含ませた細筆で取る。
すぐに塗って失敗すると怖いのでメモ用紙で練習。
凄い、この塗料すぐに乾く。
しかも全然ムラが無い。
なるほどプロはこういう道具を使うのか。


さあ漫画作成スタート。


###


「さあ、今日はここまで」


「パパ? 何で漫画書いててるの?」


たつがそう聞くのももっともだ。


「何でだろ……?
パパにもよくわかんないよ。
とにかく名古屋は振り回されっぱなしだったからね。……
さあ、今日はもうおやすみ……」


バタン

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