ドラゴンフライ

ノベルバユーザー299213

第五十六話 竜司、時速九百キロの世界を知る

「やあ、こんばんは、今日も話をしていこうか」


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モブは足早に去って行った。


「……で、どうする?」


僕は駆流に聞いてみた。


「どうするって何が?」


「四日後だよ。本気で鈴鹿サーキットまで行くの?」


「あったりまえじゃん? 俺はレースと名が付くものは絶対一位を取るし、何より茂部に背中を見せるのが嫌だね」


「まあ駆流がやるって言うなら付き合うけど僕も負けないよ」


僕も勝負事に負けるのは嫌いだ。
やるからには負けたくない。
僕らはそのまま駆流の家に戻り、その日は寝てしまった。


翌朝


「じゃあ竜兄りゅうにぃいってきまーす!」


「ではすめらぎさん、いってきます」


元気な駆流と華穏を見送り、僕とガレアは星の広場に向かった。
だが今日は目的がいつもとは違う。
三日後に控えたレースのための予行練習をしておこうと思ったんだ。


星の広場


到着した僕はまずガレアに僕が知りうる限りのレースの詳細を説明した。


「ガレア三日後のレースの事なんだけど……」


【ん? 何だっけ? ソレ】


「もう……昨日ヘンな外人が話してただろ?」


【あーそうだっけ? んでそれがどうした?】


「そう、それで今日はここでその予行練習をしたいんだよ」


【んじゃやりゃあいいじゃん】


「ガレアもやるの。ガレアの上に跨るんだから」


【え? そうなの?】


ようやくガレアは理解したようだ。


「そうなの。ほんじゃ始めるぞ」


【じゃあ、乗れよ……何か恥ずかしいなあ】


僕はガレアの上に跨った。
竜儀の式以来だったが相変わらず柔らかくて座り心地が良い。


何故か無言になる二人。


【何だよこの空気。んでどうすんだよ】


僕も乗ってからの事を全く考えてなかった。
とりあえずガレアに歩いてもらう事にした。


「じゃ、じゃあガレア歩いてみて」


【わかった】


のっしのっしのっし


ガレアが悠然と歩く。
何か恥ずかしい気がしたよ。
馬鹿な王子が馬に跨っているみたいな。


「ちょ、ちょっとガレア止まって!
止まってくれ……」


【何だよ】


「ガレア、ちょっと本気で走ってくれない?
えとそうだな……この左の一本道の端まで。
あそこの端の木の所まで」


【本気で? いいのか?】


「いいよ思い切りやってくれ。
あ、でも僕が合図してからね」


【何だよ注文多いな。まあいいぜ】


「僕がよーいどんって言ったら本気だ。いいね?」


【わかったよ】


のしのしガレアがスタートラインに立つ。
何やら足元でシュワシュワ言っている。


「じゃあ行くよ……よーい……どん!
ぶわっ!」


どん! と言った途端見えない壁にぶつかった感じがした。
そしてそのままガレアの背中から僕は落ちた。
気がついたら空を見上げていた。


【おーい、竜司―】


僕はゆっくり体を起こすとガレアは端の木の袂に居た。
その間およそ五秒弱。
ガレアは飛んで戻って来た。
久しぶりにガレアの凄さを思い知った。



「ガ、ガレア……速いね……」


【何振り落とされてるんだよ。
もっとしっかり捕まってろ】


「そ、そんな事言ったって……」


【んで、どうすんの? まだやるの?】


何かガレアに馬鹿にされた気がした。
僕はすかさずこう言ってやった。


「当たり前だ!」


でも威勢が良いのは最初だけで結果が伴わなかった。
何度やっても空気の壁にぶつかって空を見上げてしまう。
回数にして数十回僕は空を見上げた。
僕は空を見上げながら考えた。


「これ乗れるのかな……?」


【おーい竜司―】


ガレアが飛んで戻ってくるのも数十回目だ。
ガレアが傍に降りてきた。


【竜司―、何回やるんだよ。俺もう飽きてきたぞ】


僕は黙って考えている。
ふと思いつき、がばっと体を起こした。


魔力注入インジェクト
これを上手く使えないだろうか……?」


とにかく本気のガレアに乗るためには風圧の壁を何とかしないと駄目だ。
魔力をどこに集中する?
皮膚……体中の皮膚に貼るイメージ。
これで行ってみよう。


「よしもう一度だガレア」


【はいよ】


僕はガレアに再度跨った。


魔力注入インジェクト……」


ガレアと密着している為いつものモヤモヤは見えなかった。


トクン


だけど、心臓の高鳴りで魔力が体に入った事が解った。


「イメージ……イメージ……よしOK。
よーいどん!」


やはり空気の壁が僕の前面にぶち当たる。
だけど踏ん張れる。
時間にして五秒だが物凄い視界だった。
周りの景色が物凄いスピードで後ろに流れる。
五秒後木の袂に辿り着いた。
ガレアはピタッと止まる。


「うわっ!」


いきなりの急ブレーキに僕は前面に吹っ飛んだ。
吹っ飛んでいる最中ガレアの後頭部のコブが見えた。
逆鱗に触る訳にはいけない。
咄嗟に手を引いて難を逃れた。
僕は前方に一回転し綺麗に地面に落ちた。
結局また空を見上げる事になったがさっきとは違う。


「ねえガレア……」


【ん?】


「あれがガレアの見ている景色……凄いね……」


【そうか?】


「竜界にいる時はいつもあれぐらいで走ってたの?」


【走るとあれぐらいかな?
でも俺翼竜だからなあ】


ガレアが翼をバサバサ羽搏かせる。


【向こうじゃ走る事なんて滅多にないぜ】


「じゃあ飛んだら……」


【うんもっと速い】


あれより速いって多分音速を超えるんだろう。
少し震えが来た。


「よし休憩終了。
ガレア次はカーブだ。
このだだっ広い原っぱの周りを一周して今居るここまで帰ってくるんだ」


ここの星の広場まず今居る地点から最初のカーブまで一キロ直線が続く。
先程練習した所だ。
そこから緩い右へのカーブが来てそこから半円状に道が続く。
そしてここの反対側に来て直線がおよそ一キロと五百メートル。
そしてさらに半円状のカーブになりここへ戻ってくる。
一周四キロと言った所か。


【わかった】


僕はガレアに跨る。


魔力注入インジェクト……」


トクン


「よし! 行けっ! ガレア!」


ギュン!


音も無くガレアは最高速へ。
後ろへ景色が物凄いスピードで流れる。
魔力注入インジェクトを使っているとはいえ風圧が来ないわけではない。
何か透明の固めの布団をずっと前面に押し付けられている感じだ。
このくらいに治まっているのは魔力注入インジェクトのおかげだ。
四秒後最初のカーブに差し掛かった。


ガリギャリガリ


ガレアの鋭い足爪で地面を掴み徐々に角度を入れていく。


「お? おお!? おおおおおお!!」


僕は左に吹っ飛びガレアから引きずり降ろされた。
反動で吹っ飛び、ゴロゴロ地面を転がる。
大地に横たわる結果になり地面が縦に見える。
僕は起き上がり、スタート地点に戻る。
走っていくとガレアが戻ってきていた。


【あっ竜司。いつ降りたんだよ】


「降りたんじゃないよ……吹き飛ばされたんだよ……」


【どこで?】


「最初の曲がる所……」


【めっちゃ最初じゃん!?】


「うるさいなあ、ガレアこそ軽くなったとかで気付かないの?
僕が居なくなった事」


【そういえば最初の方で軽くなった気が……】


「何だよそれ」


おそらく曲がる時にかかる遠心力で吹き飛んだのだろう。
何か巨人の大きな手の平でグイと外側に押し出された感じだ。
魔力注入インジェクトの範囲が足りなかったのか。
おそらく皮膚とイメージしたつもりが前面にしか貼れていなかったのだろう。


「よし休憩終了。もう一度同じコース行くぞガレア」


【へいよう】


トクン


魔力注入インジェクト完了。


「よーい、どん!」


四秒後最初のカーブに差し掛かる。


「くっ!」


かなり強い遠心力が僕を外側に弾き出そうとする。
が、魔力注入インジェクトのおかげで踏ん張る事が出来る。
巨人の手の平から大きな石綿をグイグイ押し付けられている感じ。
よし第一コーナー突破。


ザシュザシュガシュガシュ


ガレアの足爪が大地を蹴る音が聞こえる。
ここから前面に押し付けられている透明な布団の枚数が増えた気がした。
そうかガレアのスピードが上がったんだ。
スタート地点の反対側の直線。
ガレアはここをわずか五秒足らずで駆け抜けた。


そんなこんなでとりあえず落ちずに完走できた。
僕はガレアから降りたらへたり込んでしまった。
いわゆる女座りというやつ。
何かぺしゃって擬音が聞こえてきそうな。


何か魔力注入インジェクトを使い過ぎたのとは違う。
純粋に体力を奪われた感じ。
あの見えない固めの布団や石綿は体力も奪っていく様だ。


【おーい、竜司大丈夫か?】


「……な……何とかね……今日はもう帰ろう……」


確か聞いた事がある。
F1レーサーはレースの後極度に疲労すると。
今日はもう限界だ。
僕とガレアは早々に四日市市まで戻って来た。


四日市市


【なあなあ竜司ハラヘッタ】


「……ガレア、マクレでいい?」


【肉なら良いぞ】


駅前のマクレナレヨ


「すいません……バーガー中心で一万円分見繕ってください……」


僕は疲れすぎてメニューを見る気も起きなかった。


(か……かしこまりました……)


店員も面食らっている。
だがそんな反応に対応する気も起きなかった。
ふっと意識が途切れる。


(……客様!? お客様!?)


僕はハッと目が覚めた。
前に大型の袋を数個持った店員が立っている。


「あれ? もう出来たの……?」


僕は商品を受け取った。


「ハイ喰えガレア たんと喰え」


疲労のせいか台詞も投げやりだ。


【いいの? いっただーきまーす】


僕は机に突っ伏したまま袋からバーガーを一つ取り出し、とにかく口に押し込む。
栄養を体内に摂取したら途端に眠気が襲ってきた。


「ガレア……ごめん……ちょっと……ねむ……る」


僕の意識が途切れる。
途切れる直前見た時間は午前十一時四十五分。


……僕は目が覚めた。
僕の感覚からしたら一瞬だった。
疲れている時夢を見ないというのは本当らしい。
僕は起きて真っ先に時計を見た。


午後一時三十分


どうやら二時間ほど寝ていたらしい。


(あの……お客様?)


「はい?」


僕は目を擦りながら対応する。
頭もぼうっとしている。


(あの……他のお客様の迷惑になるような事は……)


「へ?」


僕は間抜けな返事をしながら向かいを見た。
つまりガレアの方だ。
一言で言うなら猟奇殺人現場。


バーガーの包み紙とケチャップがかなり広い範囲で周りに散乱していた。
所々に肉の破片と野菜の破片も飛び散っている。
向かいのガレアは……。


【ぷふー、ハライッパイ。もう食えねえ】


座席に横たわるガレア。


「あぁっ! すいませんすいません……」


僕は即座に立ち上がり周りを片付ける。


(ありがとうございます……)


備え付けの紙で床を拭く僕。
そんな僕を見ながらガレアが


【あれ? 竜司起きたの? 御馳走様】


「ぬぬぬ……ガレアーーーー!」


駄目だ。
ガレアの食事はちゃんと管理しないと。
そう誓った僕でした。


###


「さあ、今日はここまで」


「ねえパパ? ガレアって時速何キロぐらいで走れるの?」


「えっと、後で計算したら時速九百キロだったよ」


「何か凄すぎてわかんないー」


たつが頭を抱える。


「ハハハ、ごめんごめん。
でも確かに凄かったよ時速九百キロの世界は……
さあ、今日はもうお休み……」


バタン

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