ドラゴンフライ

ノベルバユーザー299213

第五十話 竜司、インジェクトを知る。

「やあこんばんは。今日も始めて行こう」


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【……い! おい! 竜司!】


「うん……ガレア?」


ガレアの大声で僕は目覚めた。
僕は上体を起こす。
物凄く体が怠い。


「これが……魔力注入インジェクト……」


僕はその威力を確認する間もなく倒れてしまった。
本来ならばもう一度と言いたい所だがあの苦しさは異常だ。
あの苦しみをもう一度体験するというのはやはり躊躇してしまう。


そうだ、ヒビキのノートをみてみよう。
読み終わった所から確認する。


[さあ、やってみてどうだったかな? 竜司君?
おそらく気を失ったと思います。
たぶん瞬間的な極度の疲労による疲労骨折。
内臓辺りが切れて吐血と言ったあたりでしょうか。
ただご心配めさるな!
ある程度の回復・修復は取り込んだ魔力がしてくれるので気を失って目覚めたら体が怠いといった状態に変わっているはずです]


見ているかと言わんばかりの的中率。
僕は少し怖くなった。


魔力注入インジェクトを使いこなすコツを書いておきます。
それは数をこなす事。
最初の段階で気を失うなら、それより少ない量でやる。
また気を失うならそれより少なく……何と古臭いやり方だと思った事でしょう。
はいわかります。
それには理由があります。
もともと魔力注入インジェクト自体人間のためのものであります。
いわば魔力技術の逆輸入品です。
となると竜側の反応はどうなるでしょう?
はいお察しの通りフーンで終わります。
そりゃそうです、人間の強さ弱さなんて大半の竜は知ったこっちゃございません。
魔力注入インジェクトを最初にやった人は武道家だと聞いています。
竜河岸にしては珍しく貧乏だったそうです。
頭の良さも残念な人だそうで、そんなアホな武道家が考えたやり方なので非効率的なやり方になっています。
恨むならそのアホを恨みましょう]


長文を読み終わり何かどっと疲れが出た。
数をこなさないといけないのか。
僕は覚悟を決めてもう一度行う事にした。


「フー……魔力注入インジェクト


またガレアの身体から緑色のモヤモヤがフワフワこちらに向かって来る。


おいちょっと待て。
さっきと同じくらいの大きさだぞ。


そのもやが体に触れる瞬間とっさに避けてしまった。
もやは地面に落ちて直に消えた。


またさっきの様になるのは御免だ。
もっと小さく小さくとイメージし直した。


魔力注入インジェクト


ガレアの身体から三度モヤが放たれる。
次はさっきよりも二回り程小さい。
これなら大丈夫かも。
そんな事を考えながら体内に取り込んでみた。


トクン


普段より気持ち大きめに心臓が鳴った。
今回は一度鳴ったっきりで特に体に痛み等は出ない。


「出来た……のか?」


僕は夢を思い出した。
夢の僕? は一瞬で二十メートルはジャンプしていた。


「よし、ジャンプしてみよう」


僕は大地を蹴ってジャンプしてみた。
急に地面が遠くなった。
周りの景色もグググッと下に下がる。
僕の目線の先には周りで一番高い木が見える。
それは僕の身体が一番高い木と同じ位置と言う事を意味していた。


「へ……」


【おー!】


僕は高く舞い上がっていたんだ。
物凄い浮遊感だ。
ガレアが下から僕を見上げている。
二、三秒ほど宙に浮き、そのまま重力に逆らわず落下。
両膝のバネを充分に使い僕は地面に降りた。
これも特に痛みや違和感は無い。


僕は先程正面にあった一番高い木の頂上を見上げた。
高さにして約五m。


「凄い……凄いよ! ガレア!」


僕はテンションがあがり、ガレアに向かって叫んでしまった。


【人間にしてはスゲーな。
アステバンの後半に出てきた超人兵みたいだな】


僕は嬉しくなり、もう一度大地を蹴ってジャンプ。


あれ?
いつも通りのジャンプだ。
周りの風景もぴょんと下に下がっただけですぐに元に戻った。


僕は少し考えた。
なるほど、おそらくあの小さなモヤだったらワンアクションが限界なのだろう。
あの高さから落下しても無事だったのは地面に着地するまで足に魔力が籠っていたからだろう。


僕はもう一度行ってみる事にした。


魔力注入インジェクト


三回目と同じ緑色のもやがこちらにふわりと来て、僕の身体に入る。


トクン


また心臓が高鳴る。
僕は地面を思い切り殴ってみる事にした。
僕はギュッと握り拳を作り思い切り下段突きを地面に食らわせた。


バン!


小さな爆竹が破裂したような音が鳴る。
視界が飛礫でいっぱいになる。
ビシビシとうっとおしい。
飛礫と一緒に砂煙も舞い上がる。
じきに煙も止み、下段突きを食らわせた所を見た。
ちょうど子供が砂場で掘るぐらいの小さなクレーターが出来ていた。
ただ小さいと言ってもただの一撃で作ってしまったのだからやはり凄い。


念のためその隣の地面にもう一度下段突きを食らわせた。


イタッ

僕の下段突きで地面はビクともしない。
やはりあの大きさのモヤならワンアクションが限界の様だ。


「なるほど……」


感覚の方はどうだろう。
もう一度やってみる事にした。


魔力注入インジェクト


また緑色の小さなモヤが僕の身体に取り込まれる。


トクン


また僕の心臓が高鳴る。
ガレアを側に呼びつける。


「ガレアこっちに来て」


【なんだ?】


「僕を殴ってみてくれ」


【いいのか? じゃあ行くぞー】


僕は目に力を込めた。
文字通り目を凝らすという奴だ。
するとどうだ。
思った通りガレアの拳がゆっくりに見える。
とてもゆっくり僕の右頬に向かって来る。


僕は避けてやろうと思った。
しかし、体が鈍い。
身体の動きがとてもゆっくりに動く。
そうか、目に魔力を込めてしまったから、体の動きまで魔力を割く事が出来ないんだ。


動けェェェェ! 動け! 僕の身体!


僕の願いとは裏腹にやはり体の動きは鈍い。
何とか体を反らす事は出来たがガレアの左拳は僕の鼻先を掠めた。


痛い!


鼻が痛みで包まれる。
しかもガレアの拳はゆっくり動くから痛みがいつもより長い。
時間にして約十五秒。
その十五秒間ずっと鼻はジンジンしていた。
言うなら地獄の十五秒だった。


魔力が尽きたのか鋭敏な感覚は解除された。
同時に身体の動きも元に戻る。


「いったぁ……」


鼻血は出ていないようだが鼻を殴られたとき特有のケンケンする感覚が後を引く。
なるほど感覚が鋭敏になるのは三十秒がリミットか。


この後僕は何度か練習していた。
練習をしていて解った事がある。


さっきの感覚が鋭敏になった現象だが、僕は最初眼に魔力を集中させたと思いこんでいたが何度か繰り返すやる中で違う事に気付いた。
もう一度眼に集中したらかなり遠くの方まで見えたのだ。


今いる広場はかなり広い。
周囲をぐるりと半円に囲んでいる木々。
目視で百mから百五十m離れているその端の木。


(じゅんちゃん大好きだよ)


と幹に彫られていた。その文字まで鮮明に読む事が出来た。
ただ時間はやはり三十秒ほどで視力は元に戻った。


僕はケータイを取り出しインターネットで検索してみた。
検索ワードはこうだ。


(周りがゆっくり見える)


検索結果の一番上に脳が誤動作をするタキサイキア現象と表示。
思わずタップした。


そのサイトを読んでみると結局脳は謎だと締めくくっていたが文中で


脳が危機を感じると一秒間に処理できる情報量が爆発的に増えるらしい。
すると僅かな時間で感覚器官から入って来た情報を大量に処理する。
結果通常よりも多い情報量を得るためスローモーションに見えるとの事。


なるほど。
僕はてっきり目に集中させたと思っていたが実は脳に集中させていた事が解った。


ん? 待てよ? 脳?


(……尚これの使用による脳への後遺症……)


ヒビキのノートの冒頭の文面を思い出し少し震えてしまった。


【なあなあ、竜司ハラヘッタ】


僕はケータイで時間を見る


午前十二時三十分


「じゃあ、そろそろ行こっかガレア」


帰りのバスの中でガレアに聞いてみた。


「ガレア何が食べたい?」


【何でもいい。カナリハラヘッタ】


「わかったよ」


僕は再度検索。
なになに? 津ぎょうざ? よしこれにするか。


「ガレア。決まったからもうちょっと待ってね」


【わかったハラヘッタ】


駅に辿り着き、電車に乗り込む。
電車の中で僕は昨夜の話をもう一度ガレアに聞いてみた。


「昨日の続きだけどさガレアって僕と出会うまで何してたの?」


【ん? ああ昨日の話かハラヘッタ】


なにやらガレアの口調がおかしい。


【だからなハラヘッタ。
俺はハラヘッタ。
向こうでハラヘッタッタ】


「わかったよ……ガレア。話はご飯を食べながらしよう……」


ガレアは空腹になると腹が減った事をアピールしまくるみたいだ。
それが欲求からか何なのかわからなかったが何やら会話の中に割り込むような形でハラヘッタと言って来る。


とりあえずご飯を食べるまでは話は止めようと思った。


(津新町― 津新町―)


目的地到着。
僕とガレアはすぐに駅を降りすぐさま歩き出した。


「こっちだガレア」


【ハラヘッタ】


もはや返事もハラヘッタになっている。
一刻の猶予も許さない。
早く飯を食べさせねば。
すぐに店に到着。


水花餃子 津新町店


店はこじんまりとした中華料理屋だった。


(いらっしゃいませー。こちらへどうぞ)


中年の女性に案内され席に着く。
もう注文するのも決まっている。
なるべく早く。
とにかく手早く注文を。


「すいませーん」


(はい、何にしましょう?)


「この津ぎょうざ定食一つと、後すいません……見ての通り連れは竜なのですが、竜用ってありますか?」


(メニューとしては設けておりませんがそれでしたら定食についているラーメン、チャーハン、津ぎょうざを全て大に致しましょうか?)


「それでお願いします。後フォークもお願いします」


僕は注文が来るまでずっと黙って待っていた。
十分後。


(お待ちどう様)


料理が並べられた。


「待てっ! ガレア!
いくら空腹でも何も言わず欲望のままに食らうのはただのケダモノだ!
こういう時こそちゃんと手を合わせて“いただきます”と言わないと」


【ハラヘッタ】


返事はアレだが、頷いているので理解してくれた模様だ。


「じゃあ、手を合わせて……いただきます」


【ハラヘッタ】


ガレアに偉そうなことを言いつつ僕もお腹空いていたのだ。
津ぎょうざにぱくついた。


ただこの津ぎょうざ物凄くデカい。
普段の餃子のサイズより十倍はある。
とにかく大きいのだ。
とても一口では食べられない。
僕は普段のスピードでゆっくり食べていた。
この津ぎょうざ、これだけ大きいと味が大味になるのかと思いきや素材の味が一つ一つハッキリしている。
しかも皮をぴっちり閉じて揚げている為肉汁を完全に封じ込めている。


これは美味い。


「ねえガレア……美味……」


ガレアの方を向いたと同時に僕の頬に何か液体が飛んできた。


ガレアの食事風景が僕の目に飛び込んできた。
凄まじいの一言だった。


周りにご飯粒やら汁の水滴やら麺の欠片やらあらゆるものが散乱している。
確か津ぎょうざ五つあったはずだがもうカケラしか無い。
僕がせっかくフォークを用意したのに空腹のガレアには関係なかった。
ラーメンの器の下を持ち汁と麺を同時に喰っている。


あれ? チャーハンはどうした?
チャーハンの器はガレアの脇に裏向きになって転がっていた。
ガレア食事完了。


【ブフー 喰った喰った】


僕はゆっくり食べる事にした。


###


「さあ、今日はここまで」


「パパー? 津ぎょうざってそんなに大きいの?」


「ああ、そうだよ、一つがたつの顔の半分ぐらいあるよ」


「おっきいなあ」


たつの目が輝いている。


「さあ今日はもうお休み……」


バタン







          

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