No title_君なら何とタイトルをつけるか

天ノ

許された者

日光が顔に当たり始め 目が覚めたヴェルザは目を薄く開け起き上がった。
「…朝か……」
「おはよう」
ヴェルザより早く起きていた青年はソファに座っていた。
「おはようございます…」
青年は優しく微笑んだ。
「朝食どうしましょうか?…此処には冷蔵庫は無かったし…保存食は…」
「済まないね。僕の目が見えればもっと役に立てたんだが…」
「…気にしないでください。自分が貴方を助けたいと思ったがための今ですから」
「本当に感謝してるよ」
青年は俯いた。
「…保存食ありましたよ」
ヴェルザは食器棚から乾パンを見つけて青年の分と自分の分の朝食を用意した。
「本当に何も無くて…コンビニで珈琲を買ってきておいてよかったです。まぁそれと乾パンだけですけど」
「朝から重い物を食べるのは苦手だから丁度良いさ。いただきます」
2人が朝食を食べ終わり片付けを終えた時刻は8時前だった。グレイだと思われる人物に会いに行くため2人は部屋を出た。エレベーターの窓からは渋滞している車や行き交う人々の群れが見えた。エレベーターを降りるとフロントに身に覚えがある後ろ姿があった。カメラを持った30代近くの男は何やら受付人と話していた。ヴェルザは近くに寄った。
「部屋へ入りたいのですが大丈夫ですか?」
「あぁ…えっと今は他の方が昨夜から泊まっていて…」
受付人はヴェルザと青年の姿を見つけるように辺りを見渡し、近くに居て此方を見ているヴェルザと目が合った。
「あ、大丈夫ですよ。ご案内致します」
「有難うございます」
男と受付人はヴェルザの前に立った。
「もう出られるのですか?」
「…はい」
ヴェルザは男をじっと見つめ思い切って話しかけた。
「あ、あの…!」
「…何でしょう?」
「もしかして…カル・エイダンさんですか?」
「……どうして僕の名前をご存知で?」
「…!?自分は貴方を見かけた事があり元海上団の団員で後ろ姿を見た事があったので気になりまして」
「へぇー君も元軍人なのか、僕の事を知っているんだね?」
「はい。それで、お聞きしたい事がありまして…」
「何だい?」
「団長…ハイネ・スピリトの行方をご存知でしょうか?」
「スピリト殿は戦後の裁判終了後行方知れずで僕も全く知らないんだ。自分の事でいっぱいだったからね…済まない」
「あ、いえ…当然ですよね。エイダンさんも団長でしたから忙しかったでしょう?」
「まぁね。それに…何だか生きずらくてね」
ヴェルザは首を傾げた。
「アルバ殿は今も牢獄で生きておりスピリト殿は生死不明、そんな中 僕だけ自由だ…裁判終了後は国民からの批判が酷くてね…けど今はやっと居場所が出来たんだ」
「…居場所?」
カルは照れくさそうに笑いながらカメラを撫でた。
「去年 結婚し子供が産まれたんだ。とても嬉しかったよ…新しい仕事も楽しくて… 」
「今のお仕事は何をされているんですか?」
「カメラマンだよ。過去の戦争に関する雑誌に使用するためにグレイ元指揮官の部屋を撮りに来たんだ」
幸せそうにしているカルを見てヴェルザは気分が悪くなった。
「なるほど…貴方だけ幸せなんですね…」
「…」
カルは黙り悲しそうに俯いた。
「本当に済まない…僕だけ幸せなんて許される訳ないのに…何故か法では許され自由になった……本当に済まない…」
「……気にしないでください。仕方がありません。全ては兄上…ウキが起こした災難です」
「…そうか、話には聞いていたが君が妹殿か。アルバ殿…君の兄は確かに悪行を働いた。が、僕も戦争を止められなかった…スピリト殿は戦争を嫌っていたが止められなかった」
「…戦争が無くなった今はこうやって後悔するしか無いですね」
「そうだな…」
ヴェルザは手を強く握り必死に悲しみを抑えた。目の前で死んで行った団員達 手足を大きく怪我し苦しみ、叫んでいる団員達 空から落ちて行く敵 たった1分の瞬間でも何十人という命が消えた。そんな地獄の日を思い出してしまったのだった。
「自分はもう行きます。お元気で」
「あ、あぁ君も…元気でね。あ、!そうだ 君に渡したい物がある…が、持ち歩いていなくてね…この紙に住所が書いてあるからいつでも来なさい」
カルはポケットから出した紙を渡し、受け取ったヴェルザと青年はビルを出た。
「…何かあったの?」
「…知人に会いまして、少し立ち話をしていました」
「そうなんだ…」
杖をつきながらゆっくりと歩く青年をヴェルザは振り返った。
「あの…貴方の名前って…」
「……僕の名前?」
「はい…お名前は何ですか?」
「…ハルカだよ」
ハルカは微笑んだ。
「逆に君の名前は何だい?」
「自分はヴェルザです…」
「へぇー…というかどうしたんだい?急に質問なんて君らしくない」
「…何となく」
「何となくねぇ…まぁそりゃそーだよね。お互いの事何も知らないでいるなんて事は何だか不思議だ」
「…まだ質問してもいいですか?」
「何だい…積極的だねぇ」
ハイネとハルカを重ねてしまっているヴェルザはハルカに対して疑問をいくつか持ってしまったのだった。
「…ハルカさん?の目は何が原因で?」
ハルカは止まった。
「…元々は見えていたんだけどね。最後の戦争で両目にガラスが刺さったんだ」
「軍人だったんですか…」
「あぁ…大方 君もだろう?」
「はい…」
「君に出会えて良かったよ。僕は暇していたんだ…目的地に着くまでの間の過ごし方が戦争が終わった後 分からなくなってね…訓練も戦友との会話も無くなった」
殉職した者が半分、残りの生存した者達の中でも精神障害や身体障害者となった者達が半分以上だった。過酷な戦争の中 生き残った事が奇跡に近く、こうやって元軍人同士 再会する確率はほぼ無かった。が、その確率の中 出会ったハルカとヴェルザは友人のようにお互い感じたのだった。

グレイだと思われる人物に会いに行く前にヴェルザは国立刑務所へと向かった。入り口の前には厳重な警備と共に警備員が立っていた。
「ウキ・アルバとの面会をしたいので許可を頂けますか?」
「少々お持ちください」
刑務所内の地下3階には極悪な罪人達が部屋の隅で座り何か独り言を呟いている者もいた。ハルカは1階のフロントで小洒落た曲の流れるラジオを聞きご機嫌そうな様子で手遊びをしていた。
「許可されました。面会室へご案内致します」
「…どうも」
重い空気の長い廊下を通ると行き止まりで面会室があった。
「こちらの部屋でお待ちください」
小さな個室の中心には頑丈そうなガラスがあり対面の扉が開いた。扉から出てきたのは髪が伸び後ろでまとめているウキだった。
「やぁ餓、久しぶりだね」
「…お久しぶりです」
「どうして来たんだ?もう二度と会う事なんて無いと思っていたんだが…」
「嫌がらせです」
「ははははは、やるようになったじゃないか」
ウキの笑顔は段々消え去り 勢い良く拳をガラスにぶつけた。その音は重く響いた。
「…」
「帰れよ。目障りだ」
「ほんと…何も変わっていないんですね…」
「あぁだから何だ?」
「…そんなんだと後悔しかないでしょう?」
ヴェルザの目が真っ直ぐウキを見ていた。ウキの赤暗い目はヴェルザを見ずにこの世を見ていた。
「五月蝿いな…そんな事分かりきってるんだよ!俺に説教臭い事をするな!!」
ヴェルザは机に置いてあったボールペンを手に取り容易くガラスに刺し、ガラスには大きくヒビが入った。
「!?」
ガラスは割れウキに破片が降り注いだ。ヴェルザは机を乗り越え伏せたウキの頬を無理矢理叩いた。
「…っ!目を覚ませ!」
「……」
「お願い…だからっ……目を覚まして…お兄ちゃん…」
ヴェルザはウキの肩を掴んだまま静かに涙を流した。静まり返った部屋に警備員が警戒した様子で入ってきた。
「…これはどういう状況だ?」
「ご、ごめんなさい…もう帰りますので…あ、弁償代は受付人に渡しておきます…」
ヴェルザは走ってその場から去った。1階に着くとハルカが心配そうな様子でヴェルザを見た。
「…もう行こうか?」
「す、すみません…行きましょう」
未だに心臓が五月蝿いヴェルザはハルカより遅く歩いていた。
「何かあったの?」
「まぁ、はい…ちょっと」
気力のないヴェルザの声にハルカは溜息をついた。
「しっかりしろ。これから君は重要な事をしなければならないのだろう?そんな様子じゃ駄目だ」
「…そ、そうですね」
しっかりしろ…自分。そんな事をヴェルザは自分に言い聞かせ両頬を強く叩いた。ハルカは安心した様に微笑んだ
「さぁ…行こうか」
「はい!」

騒ぎがあった事からウキは厳しい罰を下され重い鎖を首にかけられ牢獄へ戻された。深夜までウキは部屋の隅を見つめていた。
「…チッ」



暁家の長男として生まれたウキ(俺)には不出来な妹がいた。厳しい教育ながらもウキは耐え暁の1人として認められていたが妹の餓(ヴェルザ)
は違った。何をやっても駄目でいつも両親や周りから罵声を浴びていた。
「全く!餓 貴方は何でこんな事も出来ないの?いつもいつも失敗ばかり!」
「…ごめんな…さ…」
母親の怒鳴り声で餓の声はかき消された。廊下で騒いでいる母親の声に雨鬼(ウキ)は眉間に皺を寄せた。雨鬼は扉を開けて母親の機嫌を直そうと宥めた。
「母上 僕からも餓に言い聞かせるから。もうそのくらいにしてください。お疲れでしょう?お身体に障りますよ」
「…雨鬼。ま、まぁそうね…任せたわ」
母親は餓を最後に睨み去って行った。座り込む餓は顔を上げ雨鬼を見た。
「お、お兄ちゃん…」
「…立て。汚い」
雨鬼は餓の腕を強く引っぱったが餓は腫れた足首に痛みを感じたのかまた座り込んだ。
「…チッ。立てって!」
雨鬼の怒鳴り声に餓は肩を震わせた。
「ごめんなさい…お兄ちゃ…」
「俺に…お兄ちゃん…?兄上だろ!礼儀も知らないのか!」
雨鬼の手は餓の頬を気付けば何度も叩いていた。餓はただ泣いていた。腫れた餓の頬は青黒くなり血が滲んでいた。雨鬼はそんな餓を放っておき部屋に戻った。部屋の壁には学力テストの結果や暁家の掟、たくさんの堅苦しい紙が貼り付けられていた。

雨の強い日だった。父親が餓の髪を引っ張り家の門から出そうとしていた。餓の髪の毛が抜け庭に所々落ちていた。
「痛い痛い痛いです…!や、やめて…父上!!」
泣き叫ぶ餓を遠くから雨鬼は見ていた。
「お前は追放だ。二度戻って来るな」
「そんな…!お、お許しを!頑張るから…お願いします!」
勢い良く倒れ込んだ餓は目の前で門を閉められた。大きな門は餓の心を完全に封鎖していた。
「あ、開けて!父上!!」
「どこぞで野垂れ死ね」
「父上!」
そんな叫びも父上と母上は無視し家に入った。一時は門の叩く音が聞こえていたが数時間も経つと聞こえなくなった。雨鬼は気になったが勉強を優先した。

昨日の雨は止み 雨鬼は門を出た。そこには餓の姿は無かった。ただ 髪止めのゴムが1つ落ちていた。
「…」
雨鬼は不気味に笑った。
「何か面白いのですか?」
ふと聞こえた声に雨鬼は振り返った。そこには優しそうな小柄な少年とその少年の使用人らしき人が立っていた。
「…須飛利斗 羽衣音殿」
「こんにちわ」
羽衣音は微笑んだ。
「暁家の主殿に今日はご招待されていまして参りました」
「そうだったんですか。では 僕がご案内致します」
「有難う」
雨鬼は羽衣音と使用人を客間へ案内した。
「僕はこれから習い事がありますので、失礼します」
「あぁ…あ、1つ聞いてもいいか?」
「何でしょう?」
「雨鬼殿の妹殿の餓嬢はどこに?」
「…部屋で過ごしていますかね?昨日 雨に濡れてしまって少し風邪気味だったらしいので」
「…そうなんですか。お大事に。とお伝えください」
「分かりました」
雨鬼は微笑み去った。羽衣音は雨鬼の背中を見つめていた。
「…あの子はもう居ないのか」
残念そうに羽衣音は俯いた。

時が随分と経ち雨鬼は暁家の期待を破った。
須飛利斗家の優秀な使用人になる事は無く空軍の道へ進みあっという間に団長という座を手に入れた。暁家からの批判も多かったが段々と雨鬼の活躍に免じたのか何も言わなくなった。
順調な人生で雨鬼は暇していた。変わらないこの世は汚く 黒かった。そんな中 リアムを見つけた。リアムの目にはウキが食らいつきたい物が見えた。自己満足のためにウキはリアムに話を持ちかけた。
「君の望みを叶えてあげよう」



暑さがヴェルザとハルカの体力を減らしていた。青森に着き 雲砅(グレイ)だと思われる人物の住む田舎町の家を目指し2人は今 急な坂を歩いていた。両サイド趣ある家や洋館のような家に挟まれ木々の木陰が救いだった。小さく狭い道の先には階段があった。
「あ、あの階段を登って突き当たりで行き止まりの家がこのメモの住所では指揮官の…家…だと思われます…」
息を切らせたヴェルザはフラフラだった。ハルカは少し疲れたように杖をついていた。
「はぁ…ヴェルザ」
「…?」
「僕はこの先行かない」
「え、大丈夫ですか?こんな暑いのに…」
「あぁ、大丈夫だ。木陰がある階段に座って待っとくよ」
「…分かりました。じゃ、自分は行きますね」
「あぁ…行ってきなさい」
ヴェルザは気合いで一気に階段を登った。ハルカは木陰のある階段に座り涼しい夏風に吹かれながら歩いてきた坂と町にある海を眺めていた。ヴェルザが階段を登りきるとそこは4軒ほどの家が建っており突き当たりには趣のある小さな屋敷が建っていた。

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