果ては未来を担う者

あおいろ

八話・エルフ少女の魔術講義

「待、た、せ、す、ぎ」

 ミュリエルさん、大層御立腹でございます。
 理由は本人が言っている通り、待たせすぎたからとのこと。
 それまで待たせたつもりはないのだがミュリエル的にはアウトらしい。
 元々つり上がってた目が更につり上がっていて普通に怖いです、はい。
 不満を隠す気もない。いや、裏表ないことはいい事だけどね。

「ごめんごめん。色々話しててさ」
「まぁ、おババは話長いからね。……いいわ。それより行くわよ」
「行くって何処に?」
「この世界のこと知らなきゃなんないんでしょ。それの基本を教えられる場所よ。いいから着いてきなさい」

 またしても注目を浴びつつ、移動する。
 目的地は差程遠くなかった。
 木々が切り開かれた広い空き地。
 鍛錬場というかそんな感じの場所だ。
 ボロボロのカカシみたいなのもあるし、多分俺の想像通りの場所だと思う。
 こんなところに来たということは多分というか絶対にそれ関係のことを教えてくれるんだろうな。

「色々教える前に一つ。今からワタシのことは先生と呼ぶように」
「お、おう。先生、頼………みます」
「よろしい。じゃあ、軽く確認なんだけどこっちの知識は何もないと言うことでいいのよね?」
「あぁ、ほとんど分かんないと思う」
「じゃあ、他の救世主様と変わりはないのね。ならこれはそっちにはないはずよね。タダカツ、少し離れてなさい」
「おう」

 言われた通りにミュリエルと少し距離を置く。
 離れたことを確認するとミュリエルは目を閉じる。
 これには見覚えがある。だから何をやるのか想像ができた。

『我は妖精の子孫にして深緑の守り人。血を元に契約した友よ、我が身に降り掛かる災厄を払う力を』

 呼びかけに答えるかのように光の玉が指輪へと集まり、宝石が輝きを増す。
 それだけでは終わらない。

『火精よ、焼き払え』
火精弾エフ2・ブレット

 何も無かった場所に火の球が現れたかと思うと弾丸のように放たれる。
 直進した火球はカカシに当たったかと思うと瞬時に燃え上がり、消し炭へと変えた。
 思わず感嘆の声が漏れる。俺の反応に満足したかのように髪をかきあげてミュリエルは笑みを浮かべた。
 厨二病臭い言葉の羅列。
 なんて思いはするもののアニメなどを見ていた身からすれば何処か格好良く思えてしまうのはオタクの血というものである。最近はアニメとかからは少し離れていたけど多少触れなかっただけではオタクはオタクということなのだろう。

「今のが詠唱。ワタシが使う魔術……ってこれも説明したほうがいいの?」
「いや、それは何となく分かるから大丈夫」
「そ、なら良かった。何のに知ってるのもおかしなもんね」
「………まぁ、ないものに憧れてアニメ……じゃ通じないか。物語に出てくるからな」
「なるほどね。それなら知っててもおかしくないか。まぁ、いいわ。でね──」

 ミュリエルの魔術講義が始まった。
 纏めるとこうだ。

 ──魔術。
 アニメや小説でよく見るそれはこの世界で魔力を消費して行う行為は一部例外を除いては大体がその様に呼ばれているらしい。
 自然現象、又は人為的現象を数単語から数文節の言葉の羅列を唱える、つまりは詠唱することによって魔力を現象へと変質させ、外界や体内へと干渉を行うものということが魔術の大前提であるとのこと。
 一部の例外というのが異能(超能力や神通力)、特異体質(不死、不死身、変身、魔眼)、魔法でこの三つは魔術とは違った発動方法や干渉規模、不可能を可能とするという点を持つらしい。これに関してはまだ違いを判断することが難しいということで説明は省かれた。
 それで今回ミュリエルが実践してくれたのは魔術の一種である精霊術(精霊魔術とも呼ばれる)というものらしい。
 精霊術は妖精の血を受け継いだエルフにしか扱えない特殊な魔術であり、その為なのか他の魔術とは違った部分を持つ。
 第一に精霊術は精霊と契約していない扱えない。
 第二に消費する魔力は精霊と契約者が半々で担う。
 第三に術の効果や威力(干渉力)は完全に精霊に依存する。
 第四に本来術者は自身の魔力性質(火、水、風といった属性のようなもの)に合ったものしか使えないが精霊術は精霊に依存する為にその限りではない。
 といった点から魔術とは別のものと考える者もいるらしい。
 それで此処からはおまけみたいなものだが、
『我は妖精の子孫にして深緑の守り人。血を元に契約した友よ、我が身に降り掛かる災厄を払う力を』
 というのは精霊術においては決して欠かすことの出来ない手順で降霊詠唱というものだ。
 一時的に自身の身体や宝石などの稀少石(魔石とも呼ばれる魔力を込めることのできる特殊な鉱石)に一時的に精霊を宿す為の詠唱という説明を受けた。つまりこれをしないと精霊術は発動できないとのことである。
 「そこが面倒くさくて微妙なとこなのよねー」とはミュリエルの談だ。

「マジでファンタジーだよなぁ」

 それを見るだけで此処が異世界なのだと改めて思い知らされる。エルフとか出てきた時点で疑ってもなかったが魔術なんて見せられたらもう何も言えない。
 そんなものを見せられたらやってみたくなるのがオタクの性ってもんだ。
 物は試し。聞いてみるだけ聞いてみよう。

「なぁ、魔術って俺にも使えるのか?」
「精霊術は無理ね。あと今みたいな火を出したり風出したりとかそういう外界干渉系もできないわ。出来て身体能力強化とかくらいかしら」
「えぇ〜〜〜、なんでそんな微妙なのばっかなんだよ」

 一瞬で魔術に対する興味がなくなった。
 だって魔術って言ったらさっきみたいに火の玉ぶっぱなしたりとかド派手なのを想像する。
 それが使えるのが身体能力強化とか微妙過ぎるだろ。
 見た目的に地味で分かりにくい。
 頭に描いていた魔術で敵をバッタバッタと薙ぎ倒すみたいな夢物語が音を立てて崩れ落ちた。

「昔の救世主様たちは全員揃いも揃って魔力適性、魔術の才能が殆どないらしいわよ。例外なくね。偉い学者いわく救世主様たちは魔力を体の中で作り出したり取っておいたりする器官がないとか言ってたわ」
「それなら仕方ないけどさ。そんなのただの無能じゃね?」

 だってそんなんじゃ、魔術が当たり前の世界で活躍とか無理ゲーじゃん。
 他の奴らは火を出したりとか雷落としたりとか超常バトルしてるんだろ?
 そんなもん銃に刀で挑むみたいなものだ。
 立ち向かっては吹き飛ばされる間抜けなイメージしか湧かない。滑稽なことこの上ない。

「そ、魔術に関しては無能ね。でも救世主なんて呼ばれるくらいの働きをしてるのよ。異能とか特異体質とか武術の才とかでね」
「ん? それっておかしくね? 武術とかなら分かるけど異能とか特異体質って魔力を消費するんじゃねぇの?」

 そうなるともう矛盾する。
 異能使ってるのに魔力がないとか本当に自分でやっているかも怪しい。使えないものを使うとかそれこそ魔法みたいなもんだ。てかその魔法っていうのも魔力を使うようだしそうなるともう意味わからん。
 ミュリエルの話の通りなら使えるわけがないのだ。

「良いこと気がついたわね。タダカツの言う通り今の二つも魔力を使うわ。でも魔力適性が低いからと言って完全にないってわけじゃないのよ」
「でも魔力は作れないし貯めとけないんだよな?」
「そ、作れないし貯めれない。でもね、一時的に体内に取り込むことが出来るのよ。ここで問題ね。生きる為に人間が体の中に取り込むものってなんだと思う?」

 挑戦的な笑み。試すような質問。
 ここは学校かよと思うがよく考えれば今は完全に教えて貰ってる側だし間違いではないか。
 でもこの程度なら俺にでも分かる。
 ミュリエルが聞いてきたってことは俺にも思いつくようなことなんだろう。
 生きることに必要なことということは間違いなく俺にでも出来ることそれも日常的に行っている行為で体の中に入れるもの。
 だとすれば答えは限られるだろう。でもあまりにも思いついたものが当たり前すぎて逆に自信がなくなる。

「食べ物とか空気………とか?」
「なんでちょっと自信なさげなのよ。それで正解よ。食べ物の方は違うけど空気が正解。人間、生きる為に空気を吸い込むわ。でこの世界っていうのはそこら中、魔力で溢れているのよ。それこそ永遠に使い切れないくらい膨大な量がね」
「あ、なるほど。じゃあ、息する度に体に魔力が入ってくるってわけか」

 確かに息をするだけで取り入れられるなら凡人でも出来る。
 なら今も俺は空気と一緒に魔力を体に取り込んでいるわけだ。ないものを取り入れて使うなんてよく考えたもんだな。
 俺ならまず思いつかない。でもよくよく考えれば酸素を使うってのも自分ではどうやっているかなんて詳しく説明も出来ないし意図的に行うことも出来ない。

「ん、なかなか理解力あるわね。そう、タダカツの言った通り、息をすれば自分には無いはずの魔力を体に一時的に取り込むことが出来るの。適性がない救世主様たちはその少量の魔力で魔術を使うってわけ。適性が殆どないって言った理由はこれね。この呼吸をして取り込んだ魔力を魔術の為に使えるっていう技能がずば抜けて高いの。だから作れないし貯めれないのに異能とかを使えるのよ」

 そこで一つの疑問が湧き上がる。
 だって考えてもみろ。呼吸になんて限界はない。
 ならば、だ。
 呼吸をする→魔力を取り込む→魔術を使う→魔力がなくなる、を繰り返す。これやれば魔力はなくならない。実質、永久機関じゃん。

「……ならさ、それって最強じゃね? だって息をすれば幾らでも魔力を取り入れれるってことだろ。ってことは無限に魔術使えるってことじゃん」
「ま、それができるなら有り得ないくらいに強いわね。それこそ永遠に魔術を行使できるわ。でもね、最初に言った通り、救世主様っていうのは魔力適性が殆どないのよ。そのせいなのか魔術を使う度に魔力の代わりにかなり体力を使うの。それだけならいいんだけど最終的には魔力に酔って吐くたり、気絶したり最悪の場合は死ぬってこともあるらしいわ。だから残念だけど無限の魔術行使なんて不可能なのよ」

 不思議な力でチート無双の夢はまたしても音を立てて崩れ落ちた。まぁ、だよな。そんなことができるならもうそれだけで最強。そこまで都合が良いことなんてないか。
 俺らの体、微妙すぎだろ。どんな所に適性持ってんだよ。

「なんつぅか、便利なのか不便なのか分かんねぇな、それ」
「分かったら無理な魔術行使はやめることね。それで死んだ救世主様もいるらしいから」

 魔術に対する憧れが益々無くなってきた。
 大した魔術使えねぇのにそれ連発して死ぬとか絶対やだ。

「使えなくてもいいかもしんねーわ、俺」
「ま、多少なら問題ないからそんな避けなくてもいいわ。なんなら簡単なのちょっとやってみる? ワタシが得意なのは精霊術だけど簡単な魔術なら使えるし教えれるわよ」
「………ならちょっとやってみようかな」

 だが下らなく分かりにくい魔術でも使えるというのなら話は別だった。
 普段やれない経験だ。やってみたくなるのが人間というものだろう。
 危険もないみたいだしそれならならないのは損だ。

「じゃ、ちょっとこれ片手で折れるか試してみて」
 
 ミュリエルは近くの木に身軽に跳びついてその枝を勢い任せに折り、俺に渡す。
 それだけで凄いぞ。エルフってどんだけ運動神経いいんだよ。
 俺は渡された枝を握る。
 手はそこそこ大きいと思うのだがそれに余る程の太さがあった。
 目一杯力を入れるが折れるどころか曲がる様子もない。
 元々、肉体派ではないし折れるとは思ってはいなかった。
 俺よりも背が低い女の子に折るなんて不可能だと思うが俺に試させたということはそういうことなんだろう。
 ミュリエルに枝を渡す。
 持ち方は普通だ。俺と差なんてない。
 四つの指で枝を持ち、親指を立てて押すような形。

「高めよ」

 そう言って親指を少し動かしただけで枝は鉛筆のように驚くほど簡単に折れた。
 いや、どうなるかなんて分かってたけど普通に凄い。
 折った本人はというと何故か自慢げな顔。
 少し腹が立つ。
 この女、頭引っ張たいてやろうか。まぁ、やらんけど。
 反撃で殴られたら下手したら死ねる。

「なんて言うか詠唱っていうのか? 全然ないんだな」
「ま、身体能力強化だしね。自己の改変なんてこんなもんよ。本当なら詠唱すら必要ないわ。慣れれば自分の力を強くしたいと思って、どれくらい強くしたいかを想像するだけで使えるわよ」

 なんというか詠唱すら必要ないとかただでさえ見た感じでは分かりにくいのに余計に地味になってしまった。
 しかも強くしたい、って思えば強くなるとか発動手順が簡単過ぎだろ。頑張れよ、身体能力強化。
 舐めてるかもしれないけどこれなら俺でも出来そうな気がする。

「じゃ、まずは見様見真似でいいからやってみなさい」
「任せろ」

 ミュリエルから枝を受け取って同じように握る。
 手順を思い出すまでもない。
 強くなれーって念じて、一言呟いて力をグッだ。
 ミュリエルの筋力がどんなもんなのかは分からないけど多分俺の方が筋力的には上だ。こんな枝くらい粉々に握り潰してやる。

「高めよ。ふっ!」

 ………………………。

 …………………。

 ……………。

 ………。

「何故だ」

 枝はビクともしなかった。
 それも腹立たしいが何が腹立たしいって、

「おい、そこ、笑ってんじゃねぇぇえ」

 ミュリエルがプルプルと震えて笑いを堪えていた。

「ご、ごめん、ごめん。ふぅーーー、ちょっと待って息整えさせなさい」
「こちとら初めてだぞ! 笑うことはねぇだろ」
「アンタだって悪いのよ。あんな自信満々な顔してたのに……ぷっ」
「てめぇ、教える気あんのか!?」
「だからごめんってば。次はやり方教えてあげるから」
「………笑うなよ」
「分かった分かった。ちゃんとやるから木の棒を握ってる手に集中しなさい」

 納得はいかないものの言われた通りに意識を向けて集中する。
 これだけで出来るとは到底思えないが経験者が言っているのだ。従うだけ従っておこう。

「集中したら想像するの。そうね、吸った空気を手に送る感じって言えばいいのかしら」
「空気を手に送る感じってまた難しいな」
「無駄口叩かかず想像する。魔術は想像力が大切なの」
「……分かった」

 言われた通りに頭に思い描く。
 空気を手へと送り込むイメージ。
 口から肺へ、肺から肩へ、肩から肘へ、肘から手へ。
 腕に痛みが走る。激痛ではないが思わず顔を顰めてしまう程に痛い。
 それも断続的な痛み、まるで尖った何かが血管に紛れて腕を巡っているような錯覚に襲われる。
 手まで送り込んだ何かを消え去ったような気がした。

「#痛__いっつ__#ぅ~~〜」
「痛んだ?」
「あ、あぁ、すげぇ痛てぇ。なんだこれ」
「魔力を初めて流すとそうなるのよ。ま、異物が流れてるみたいなものだから当然といえば当然よね。でも痛かったってことは上手く魔力を流せてるってことよ」
「……そういうのは先に言えよ」

 痛んでいた腕を摩る。
 腕を巻くってみても痛みの割には傷がないし、内出血してる様子もなかった。不思議なものだ。
 でも今のが魔力の流れだというのなら上手く言っていると言うことだ。同じ手順をもう一度繰り返す。
 また手へと何かが流れ込むのを感じた。
 痛みは走るが先程に比べれば大したことは無い。集中力は途切らせない。
 今だと思った。

「………高めよ」

 言葉に反応するように無いはずのものが失われたような不思議な感覚。だが失った筈なのに力が漲っている気がした。
 手に力を込める。
 すると先程はビクともしなかった枝が粉々に握り潰された。

「………うお、マジでできた」

 自分のものとは思えない程の力。
 正直、上手くいくとは思ってなかったので驚いた。
 仕返しとばかりに渾身のドヤ顔をしてやる。
 反応はと言うとミュリエルは目を見開いていた。

「ど、どうしたんだ?」
「………なんでもないわ」
「んなわけないだろ。目をこんなにして驚いてたぞ、お前」

 目を手で思いっきり開いてミュリエルの顔をやり過ぎな再現する。あんな反応をしておいて何も無いというのはない。

「だからなんでもないってば。ただ思ったより飲み込みが早くて驚いただけ、それだけよ」

 そうは思えなかったがしつこく聞いて不機嫌になられても困る。まあ、ミュリエルがそうだと言うのならそうだということにしておこう。

「ちなみにだけど今のは身体能力強化の基礎にして全てよ。筋力を上げたい部位に今の要領で魔力を流し込めば今と似たようなことが出来るわ」
「魔術って万能だな」
「そうでもないわ。強化した分疲労も大きくなるし、体の負担も上がる。体に魔力を流していない状態の強化した手で硬いものを殴れば最悪腕が潰れるってこともあるから気を付けた方がいいわよ。今見た感じだと強化後に魔力が消えてたから次からは持続することを意識した方がいいかもしれないわね」

 あまり想像したくない光景に顔が引き攣る。
 うん、無闇やらたらに強化しまくって殴るとかはしないように気をつけよう。
 流石に自分から渾身の一撃とかいって殴っておいて自爆とかは笑えない。
 ミュリエルの指摘通り、強化をした後に込めていた力が霧散した気がした。それを持続できるようになるまでは下手に強化した拳で何かを殴るとかはやらないようにした方が良さそうだ。
その後もミュリエルに教わりながらその持続の仕方を練習することに時間を使ったのだった。

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