果ては未来を担う者

あおいろ

七話・妖精の里

「おぉーーー、すっげぇーー」

 俺は目の前に広がる光景に思わずまるで初めて都会へと来た田舎者のような反応をしてしまう。
 生まれも育ちも割と発展した街だったので高層ビル群とかでは驚かないが逆に自然溢れた街並みというのは凄く新鮮に感じた。
 この俺がいる場所はまさに自然の都と言う感じの古き良き街並みだった。俺の知る風景だと白川郷とかその辺が1番近い印象だろう。

「普通でしょ。何にもない下らない里よ」
「良いところだと思うけどなー」
「最初だけよ。直ぐに飽きるわ」

 俺はミュリエルに連れられてさっきの会話にも上がっていた“おババ”の住む屋敷に向かっていた。
 どうやら目を覚ましたら連れてくるように言われていたらしい。
 おババと呼ばれているのはエルフたちが住む森の里で一番の権力者らしく里に身を置くにはどうやら挨拶をしないといけないという決まりとのことだ。
 決まりならば仕方ない。他に行く宛もないので挨拶する他もなく、大して面倒でもないのだが一つ気になることがある。

「な、なぁ、なんか俺、見られてね?」

 そう里のあちこちから注目を浴びていた。

「珍しがってるのよ」
「珍しい? 俺が?」
「そ、珍しい。アンタがじゃなくて人間が、よ。この里の奴らにとって人間って珍しいのよ。ワタシもアンタが初めて会った人間だしね」
「はー、そんなに人間って少ないのか?」
「そういうことじゃないわ。里を出れば人間なんてわんさかいる。この里って外の世界とあんまり関わりないのよ」

 どおりで視線が集まっているわけだ。
 確かに見たこともない奴が閉鎖的な空間にいるんだ。
 そりゃ目立ちもする。
 まあ、悪い意味で目立ってるわけじゃないし気にならないといえば嘘になるが害もないので気にしない方向でいこう。

「あれ? そういえばあの真っ黒な子は?」
「あぁ、リオノーラのこと?」
「お呼びでござるか?」
「うおっ!! どっから出た!?」

 何も無かったところから突如として現れたリオノーラ。
 本当に何処から現れた。
 先程もそうだが何故ミュリエルは驚かない。

「その子、幻術が得意なのよ」
「幻術の1種、隠蔽。背景と術者を同化させることから同化と言われる場合もあるござる。それだけならば失礼するでござるよ」

 などと説明をするとまた姿が消えた。
 この調子だとどうせまだ近くにいるのだろう。
 見えない奴から見られ続けているというのも何か変な気持ちだ。正直、少し気味が悪い。

「もう着くでござる」
「だぁっ!? なんでわざわざ一回消えた!」
「癖でござる」

 リオノーラがまたしても現れて瞬時に消えた。
 あいつは本当に何やりたいんだ。
 初対面なのにもう頭を叩いてやりたくなる。
 とリオノーラがわざわざ姿を現して教えてくれた通り、曲がり角を曲がって直ぐ里の中で見た家の数倍はあろうと思われる建物が見えてきた。
 でかくなったとはいえ木造の建物。
 装飾が凝られている程度でやはり近代的なものは見られなかった。
 建物の前にいた見張りにミュリエルが話を通して特に変な手続きもなく、家の中へと入ることが出来た。
 内装もやはり前時代的なもの。
 当然ながら証明などはなく、朝だというのに薄暗く何処と無く不気味な雰囲気が漂っていた。
 他の家とは比べてはデカいとはいえ、そこまで広いわけでもなく、少し歩くと直ぐに見えた一際大きい扉の前でミュリエルは立ち止まった。
 此処が目的のおババがいる部屋だろうことは用意に想像がつく。
 ミュリエルは一度深呼吸した後に扉を叩いた。

「ミュリエルか? 入ってよいぞ」

 返事を待ってミュリエルと共に部屋へと入る。
 そこには大きな椅子に腰を掛けた幼女がいた。

「えーっと、まさかとは思うけどこの子が?」
「見た目に騙されちゃダメよ。そんな姿して里一番の年寄りだから」
「………嘘だろ」
「マジもマジ、大マジよ。今年で500歳だったわよね」
「498じゃ。まだそこまでは老けとらんわ」

 流石、異世界だ。ロリババアとか初めて見た。
 だがなんとなくだけど威厳は確かにある気がする。
 気がするだけかもしれないけど。
 ん? 待てよ。てことはひょっとしてミュリエルも……、

「何考えてるか知らないけどワタシはまだ16だからね。おババは特別、ハイエルフっていう妖精の血を濃く受け継ぐ1000年単位で生きる長寿な種族なのよ」
「1000年!? ………もう何でもありだよな」
「エルフは長寿、これって割と常識よ。本当に何も知らないのね。ついでに教えといて上げるとハイエルフより長寿なのは竜種っていう化け物ね。竜種は永遠に生きるって言われてるわ」

 何かを感じ取ったのか聞く前に教えてくれた。
 なんだ? エルフってのは心でも読むのか?
 嘘を見抜くとかって奴もいたし、いないと断言が出来ないから怖い。念の為、余計なことは考えないようにしよう。
 言ってもないのにそのことで責められても嫌だしな。

「実際に確かめたものはおらんからそれも本当のことか分からんがの。ほれ、そんな余計な話をしておらんで座るがよい。ワシに色々聞かせてくれ」
「はいはい。アンタも適当に座っていいわよ。おババって話長いから座んないと疲れるわよ」

 おババに急かされてミュリエルは慣れたように窓の縁へ、俺は手近な椅子へと腰を下ろす。
 それを確認するとおババは指を鳴らした。
 するとまたしても何も無かった場所からリオノーラが現れる。こいつ、いつの間に入り込んでたんだ。
 リオノーラは紙のようなものをおババへと手渡す。
 それが何なのかは此処から中身を見ることは出来ないがタイミング的には今から話すであろうものだと思う。
 一通り、その紙に目を通すとおババが興味深そうに俺のことを舐めるように見る。
 まるで品定めするかのような視線。
 正直、気分のいいものではない。

「ふむ、確かに救世主様と似た点が多いの〜。リオノーラ、嘘は確かになかったんじゃな?」
「それは間違いござらん。嘘の色は見えなかったでござる」

 至極真面目な顔でリオノーラはそう言いきった。
 嘘の色ってなんだよと思わないでもないがツッコむのも馬鹿らしく思えるほど想像出来ないことが起きている。
 もう慣れよう。それしかない。

「確かにの〜。だが気になるのは……」
「主がいない点でござるね」
「じゃなー。それは例外じゃ。過去に召喚された救世主様方は全て王国付きの大魔導師に召喚されてたと聞く。草原に一人でなどという話は聞いたことがないのぉ」
「とは言っても元々英雄召喚なんて御伽噺みたいなもんじゃない。他にもこういうのいたかもしんないわよ。実際、逃げたみたいだけどワタシと会う前に盗賊にも会ってるみたいだし無知な奴らなら誰にも知られずに死んでるってのも有り得るんじゃない」
「一理あるのぉ。それならば広まっておらんのも納得出来る」

 悲しいかな。異世界召喚されて何をするでもなく死んでしまうとは。俺の身にも起こっていたかもしれないとゾッとする。というかこの場に俺は必要だったのか?
 なんか三人だけで話が進んでるんだけど。
 まあ、いいか。行く宛もないのだし自分の立場を纏められるかもしれない。

「それでじゃがタダカツ殿」
「え、あ、はい」
「今後、お主はどうしたいと考えておる?」
「どうしたいか、か………」

 突然、そんなことを言われても何も思いつかなかった。
 自分の置かれている状況も曖昧で知識も碌にない。
 この先をどうしたいかなんてさっぱりだ。
 確かに帰りたいという気持ちはある。
 けどこんな経験は多分二度と出来ない。
 貴重な経験ができると思えばこの世界を漫喫するのもありだ。別に直ぐに帰らなきゃ行けないという訳でもない。
 選ばせてもらえるのなら好きなだけ選択肢はあるだろう。
 だからこそ、余計に何をすればいいか悩む。

「少し時間を差し上げてはどうでござるか? いきなり言われてもタダカツ殿も困るでござろう?」
「あぁ、何も分からないからさ。何をしたいかってのもイマイチこれってのがないんだよな」
「ということでござるから猶予を上げてはどうでござろうか?」
「ふむ、確かにそうじゃな。となるとこの世界のことを知る為にも誰か一人付けたいのぉ」
「拙者は仕事があるので少し難しいでござるな」
「ふーむ、そうなると」

 おババがそう言うと視線が一人に集まった。
 それは窓際で素知らぬ顔をして外を眺めているミュリエル。
 距離的に聞こえてない筈もない。
 だが明らかに敢えて返事をしていなかった。
 しかしそれくらいで逃れられる筈もなく……、

「ミュリエル、任せたからの」
「はぁ!? ワタシ!?」
「他に誰がおる? それとも何か? 右も左も分からぬ者を放ったらかしにするつもりなのかの?」
「そんなこと言うならおババが面倒見ればいいじゃない! いつも部屋に引き篭ってるだけでしょ」
「引き篭っとるだけに見えてワシも意外と忙しいんじゃよ。大精霊様へ祈りを捧げる大切さは知っとるじゃろ?」
「な、ならリオノーラ!!」
「言った通り任せられている仕事があるので無理ござる。まぁ、手の空いた時くらいは手伝うようにするでござるよ」
「もう分かったわよ。やればいいんでしょ、やれば!! で具体的には何すればいいわけ?」

 他の二人に押し付けれないと分かり、ミュリエルは諦めたかのように話を進める。これでもかという程に不満顔だ。
 なんか複雑だ。いや、まあ、よく知らん奴の面倒を見させられるというのが嫌なのは分からないでもないけどそんなに嫌がらなくても良くないか。割と悲しい。

「あぁ、別に俺は俺でやってるから別に人を付けないでも──」
「そんな訳にはいくわけないでしょ。救世主様かもしれないけどそれでも身元不明なのよ? そんなのを一人放っておけないでしょ! それとも何? ワタシじゃ不満なわけ!?」
「な、なんかすまん」

 気を使って提案したら怒られた。
 不満があるわけではないが嫌そうだからと良かれと思ったのに裏目に出たらしい。
 なら俺にどうして欲しかったのか。まぁ、余計な事を言わずに黙ってるとしよう。

「それでワタシは具体的にはどうすればいいわけ?」
「何も難しいことは頼む訳では無いぞ。ただ此処の世界の常識を教えて差し上げるのじゃ」
「………分かったわ。で期間は?」
「急ぐのもでもないからのー。別にいつまででも良い」
「はぁー、了解したわ。で話って言うのはもう終わり? 終わりなら帰りたいんだけど」
「リオノーラとミュリエルは良いぞ。タダカツ殿は少し残ってくれんかの?」
「じゃ失礼するわ。外で待ってるから早く来なさいよ」
「自分も失礼するでござる。何かござったらいつでも呼んでいいでござるよ」

 二人はそう言い残して部屋を後にする。
 リオノーラがどう後にしたのかなどは言うまでもないだろう。
 そうなると当然ながら部屋に残されたのは二人きりになる。わざわざ他の二人を出したということは何か大切な話があるのだろう。
 ミュリエルがいて少しはましだった空気が重くなるのを感じる。
 沈黙を破ったのはやはりというかおババだった。

「タダカツ殿よ。先程は話しておらんかったが召喚されたのには幾つか心当たりがあるのじゃ」
「………心当たり?」

 思い付くのはアニメでありがちな魔王とか邪神の復活とかその辺だろう。だとしたら気が重い。
 不思議な力に身に付けていたとしても戦うというのは気が向かない。

「こんなことで救世主様を呼び出すなど言語道断とは思っておるのだが近頃はどの国も必死らしくての。領土や資源を求めた国同士の戦争じゃよ」
「それはえーっとエルフと人間の種族間みたいな感じかな?」
「残念ながら人間同士じゃ。多少は亜人も混じってはおるが基本的には人間だけじゃの。巻き込まれておる種族は多いみたいじゃが」

 頭痛がしてきた。
 まぁ、分かる。人が争うってのはよくある話だし日本でも割と最近まで戦争をしていたのは知ってる。
 だが異世界に来てまでまさか人同士の醜い戦争に巻き込まれるとは予想外にも程があった。
 これならまだ魔王とかの方がマシかもしれない。
 なんか人間同士って手段も構わず勝ちを貪欲に求めて暗殺、毒殺、なんでもありでドロドロしてそうで嫌だ。
 はっきり言おう。本当に巻き込まれたくない。

「何が言いたいかは大体分かるのー。だからこそ、あぁ言った提案をした訳じゃ」

 嫌だということが顔に出ていたのだろう。
 口にせずともおババは感じ取ってくれた。
 そしておババの心遣いに感謝だった。

「なぁ、でもさ、話聞いた限りだと俺って誰かに召喚されたんだろ? そんなのを匿ってていいのか?」
「気にするでない。ワシらは良い意味でも悪い意味でも閉鎖的な種族じゃ。情報なんて早々は漏れはせんし此処ならば見つけたくとも見つけられんはずじゃからな」
「……一ついいか?」
「ワシに答えられることなら良いぞ」
「………なんでそこまで助けてくれるんだ?」
「それは当然じゃが匿うのにも利点があるからに決まっているおる」
「利点?」
「そうじゃ利点じゃよ。お主には分からんとは思うが救世主というのはその名前の元に味方を増やしやすく、大義名分が作りやすい。それにのぉ、前の救世主様から受けた恩もあるからの。恩返しするなら良い機会じゃからな」

 理由を聞いてもいまいち、ぴんと来なかった。
 自分の名前で味方を増やせるなんて思えないし、俺がいるだけで大義名分が出来るなんて想像もできない。
 自分で言うのもなんだが俺なんて無個性の塊のような男だ。
 逃げ癖があったり、礼儀がしっかりしてなかったりと多々問題はあると言われたことはあるがそれ以外は平々凡々なもの。
 そんな俺にそれほどの有効利用があるとは思えなかった。
 でもそうではないとおババは言う。
 それが過大評価でもこうして自分の待遇が良くなるのなら勘違いでも有難い。期待に添えなかったら殺されるってことがないと願いたい。
 昔の雨乞い師とかは雨降らなかったら生贄にされるとか聞いたことがあるようなないような。
 負の思考はやめておこう。実際になりそうで怖い。

「と今日はこんなところかの。また考えが纏まったらいつでも来るが良い」
「じゃあ、これから色々世話になるけどよろしく」
「ほっほっほっ、道が決まるまでゆっくりしていくが良い」

 俺は外で待っているであろうミュリエルの元へと向かった。



「……ついに駒が揃ったのぉ。今回の救世主様方はどのような物語を紡いでくれるか。楽しみじゃのぉ」

 おババが何かを言っていた気がするが俺の耳には届くことは無かった。



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 次回、魔術を少々。

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