果ては未来を担う者

あおいろ

六話・エルフの少女

 知らない天井が広がっていた。
 なんてベタな目覚め。
 窓から入ってくる明るいが部屋を照らしている。
 現代日本では見られないような前時代的な木造の内装。
 家具はあるが電化製品などは見当たらない。
 ただたまたま無いだけなのかそれともまずないのかなんてことはこの部屋だけではなんとも言えない。
 部屋の家具の量とかは自室に劣る。
 まあ、ベッドくらいは俺の家のよりもいいかもしれない。
 コンコン。
 戸が叩かれ、返事をする。

「あ、起きてるみたいね」

 扉が開いて入ってきたのは見知った顔だった。
 体のラインを隠していたローブは羽織っておらず、緑が基調のワンピースのような服を着たあの耳長の女の子だ。

「あー、あの時の女の子」
「女の子って……あ、そういえばまだ名乗ってなかったわね。ワタシはミュリエル・オールストン。ミュリエルでいいわ。アンタは?」
薙切忠勝ナキリタダカツ。忠勝でいいよ」
「ナキリ・タダカツ。なんか救世主様みたいな名前ね」
「救世主?」
「そ、救世主様。だいぶ、昔に世界を救ったとかいう勇者様もそんな感じの名前だったのよ」
「救世主……ねー」

 エルフに救世主、それに………、
 吐き気が急に込み上げてきた。
 忘れていた情景が蘇る。
 赤く染まった手、飛び散った肉片、原型を留めてない肉塊。
口を手で抑える。何とか吐きかけた内容物を飲み下すが息が荒くなる。
 頭の中がぐちゃぐちゃで碌に思考が出来ない。

「こら、戻ってきなさい!」

 スパーンと小気味いい音と共に盛大に頭を痛みが襲う。
 すると不思議なことに余計な思考が霧散した。
 あの凄惨な光景に霞がかかる。

「いってーー、何すんだよ」
「何するも何もどーせ余計なこと思い出してまたパニクってたんでしょ? また気を失われても困るのよ。ここまで運ぶのどれだけ大変だったのか分かって欲しいわ」
「………す、すまん」
「まぁ、いいわ。それより体は大丈夫?」
「身体?」

 言われてから思い出した。
 そういえばあれだけ怪我をしていたのに痛みがない。
 服も血みどろだったのに綺麗なものに変えられている。
 見慣れない服。デザイン性はなく機能性しかなさそうな薄着を着せられていた。
 体力面は少し怠さがあるもののこれくらいなら問題は無い。

「君が治してくれたのか?」
「そうよ。でどうなの? 痛むところはある?」
「どこも痛くないし大丈夫だと思う。ありがと」
「そう、それなら良かったわ。なら話すくらいは大丈夫そうね」
「ああ、それくらいなら」

 長い話になるからなのかミュリエルはベッドへと腰を下ろした。真面目な話になる可能性もあるので姿勢を正す。

「これが本題なんだけどアンタちょっと話を聞くように言われてるの。本当のこと聞かせなさい」
「本当のこと?」
「なんでこの森にいたのか。本当はアンタは何者なのか、よ。それが分からないことにはエルフの里にあんたら二人を連れ込んだワタシも色々とまずいのよ」
「そうは言われても俺もまだ分かってないことばっかで何を話していいのか………」
「いいわ。もう全部話なさい。そこからワタシが判断するわ」
「なんか嘘っぽいこと話すかもよ?」
「それでもよ。それを含めて全部、多少なことじゃワタシも驚かないわ」

 そう促されて俺は自分でも何を言ってんだと思うような話を始めた。ミュリエルから何度か気になるところも聞かれてそれにも返す。
 自分の生まれた場所、バイト先で脚立から落ちたら草原に出ていたこと、盗賊に追われて森に入ったこと。
 自分で分かることは全てを話した。
 聞き終わるとミュリエルは目頭を押して唸る。
 気持ちは分かる。俺でもよく分かってねぇんだから。
 そうなるのも納得だ。

「ふむ、聞く限りは英雄召喚ですな」
「うわっ!?」
「失礼いたす」

 ヒョコッと顔を天井から覗かせたのは真っ黒な何か。
 「よいしょっ」という掛け声と共に身軽に着地する。
 黒色の衣装を見に纏い顔も目元しか見えないような不審人物。声室的には女性だと思われる。ちなみに当たり前のように耳が長い。
 そんな唐突な登場にも関わらずミュリエルは溜息を吐くだけで呆れているような反応をするだけだった。

「リオノーラ、盗み聞きなんて趣味が悪いわよ」
「申し訳ないでござるがおババ様の命令でござったので」
「はぁ〜、おババも心配性よね。まぁ、いいわ。ちょうどいいしリオノーラはどう思った? アンタ、嘘が分かるし今の話がどうなのか分かるでしょ」

 便利だな、おい。
 ミュリエルもなんか魔法のようなものも使っていたし今更か。
 リオノーラと呼ばれた黒子は少しの間考えてから話し始めた。

「聞いた限りでは嘘ではござらんかった。なのでタダカツ殿が言っていたことは真かと思われるでござるよ」
「てことは………本当に英雄召喚なの?」
「かもしれないでござるな。といってもそうすると不可解な点があるでごさる」
「「不可解な点?」」

 俺とミュリエルは二人で首を傾げる。

「そうでござる。英雄召喚とはその名の通り英雄を召喚することであるのは知っているでござるね?」
「まぁ、読んで字のごとくだよな」
「ワタシも知ってるわ」
「でその英雄召喚でござるがこれは高位の召喚魔術の一種、召喚される側がいるということは当然の事ながら──」
「召喚する側もいるってことね」
「取らないで欲しいのでござるよ」

 リオノーラは不満げに唇を尖らせた。
 そんなことなどどこ吹く風。ミュリエルは未だに頭にクエッションマークを浮かべる俺に説明を始めた。

「つまりね。作り手がいないってことよ。例えば調理、料理があるのに作った人がいないというのはおかしいでしょだって勝手に料理が出来上がるなんてことはないもの」 
「あー、なるほど。何となく分かった」

 確かに俺を召喚してその場に召喚主がいないというのはおかしいかもしれない。召喚魔術というものがどういうものかは知らないけどなんとなくは分かる。
 ていうことは待てよ。
 召喚、知らない世界、エルフ、魔術、英雄。
 様々な言葉が繋がり一つの単語が思い浮かぶ。
 頭の中では何となく分かっていた言葉だ。
 だからこそその言葉が浮かんですんなりと受け入れられた。

「異世界召喚とかベタ過ぎだろ」
「「?」」

 俺の言葉に今度はエルフ二人が首を傾げる番だった。

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