果ては未来を担う者

あおいろ

四話・共通の敵

「ワタシは結界を解いて、アンタたちを森から送り出す。そうしたら拘束を解いてくれるのね?」
「でやんす。そうしたらもうここには立ち寄らないでやんす。別に里の位置が分かったわけでもないでやんすから問題ないでやんすよね?」

 ということで話は何とか纏まった。
 ぺぺの功績ではあるがなんか釈然としない。
 だってあれから一度もあの女の子は俺を見ようとしないだぞ。明らかに俺を怖がっている。
 だからと言って何かあるわけでもないが無駄に怖がられるというのも複雑な気持ち気分だ。

「ということで話はまとまったでやんすよ、兄貴」
「だぁれが兄貴だ。ふざけんなよ、マジで」
「まあまあ、落ち着くでやんすよ。お陰で話も上手くいったしいいじゃないでやんすか」
「そこは確かに助かったけどさ」
「ならこの件はおあいこってことでお願いするでやんす」

 ぺぺは手を合わせて申し訳なさそうな顔をした。
 俺一人なら間違いなく彷徨い続けていたのは事実。
 助けられた手前、何も言えない。

「ねぇ、早くしてくれない? ワタシも暇じゃないの。早く里に帰りたいんだけど」
「おっと申し訳ないでやんすね。兄貴、足の紐解くの手伝うでやんす」

 ぺぺから短剣を受け取って女の子の足を縛っている紐を解こうと近付いた。ぺぺは木の裏に回り込み紐を解くようだ。
 女の子は相も変わらず目を合わせようともしない。なんか悲しい。
 目の前に腰を下ろそうとして、

「て、おう!?」
「きゃっ!!」

 盛大に体勢を崩した。木へと手を付いて衝突は避けれたが危うく女の子にぶつかりかける程に近い距離。
 震える女の子。流石に女の子も俺のことを見る。
 視線がぶつかり合うということはなかった。
 何故なら、

「なあ、ぺぺ、この子、耳長くね?」

 そこで俺はようやく違和感の正体に気が付いた。
 この女の子、異様に耳が長い。

「木護人でやんすよ。耳が長いのは当然でやんす。て兄貴、何やってるんでやんすか? 欲情するのは二人きりの時にして欲しいでやんす」

 そんなぺぺの声など聞こえない。
 思わず無意識の内に俺はその子の耳に触れる。
 温かい。その温かさは血の通った偽物でないと主張していた。

「な、何触ってんのよ!?」

 くすぐったがるように身をよじる女の子。
 そのせいで少し強く引っ張ってしまうが取れる気配がない。
 それは明らかに本物だった。

「な、なぁ、取れないぞ、これ」
「本物なんだから当たり前よ! 取れるわけないじゃない」
「本物って嘘だろ? え、何、手術でもしたの?」
「は? 手術ぅ?何言ってんのよ。何、あんた#木護人__エルフ__#見たことないの?」
「………おいおい、嘘だろ」
「いいから放しなさいよ!」

 女の子が嫌がり首を振って、ようやく俺の手は耳から離れた。恨みがましく俺の事を睨んでいる。
 確かに感触は本物だった。でも、だって有り得ない。
 エルフだなんているわけがない。意味が分からない。
 よく考えれば今までだっておかしなことは確かにあった。
 盗賊を自称する凶器を持った二人組。
 抜けることが出来ない迷宮のような森。
 そして極めつけは本物の長い耳をつけた少女。
 あぁ、マジで頭がおかしくなりそうだ。
 え、とするとなんだ。
 ぺぺの言っていた戯言も本当ということか?
 いやいや、有り得ない。
 ぺぺは厨二病を拗らせたただの痛い男だ。
 この女の子もきっと口裏を合わせて騙そうとしている。
 耳も精巧な作り物だってことも有り得る。

「あんたの兄貴大丈夫? 急に止まったわよ」
「マジでどうしたん───てちょっと待つでやんす」

 心配するように俺の肩を揺すり顔を見てくるぺぺは突然、険しい顔をした。
 ぺぺは地面に耳を当て出し、数を数えだした。

「1、2、3、…………8。随分と多いでやんすね」
「何して──嘘でしょ。なんでアイツら此処に」
「その反応は仲間じゃないんでやんすね」
「当たり前よ。今はただでさえ大変なのよ。たかだか人間の侵入者にこんなに人数割いたりしないわ」
「で何かは分かるでやんすか?」
「結界に入り込んできたのはオークよ」
「うっはーー、豚でやんすかー。また面倒なのが来たでやんすねー」

 そんな中、話は進んでいく。
 耳には入っているが理解が出来ない。
 頭の中がこんがらがって入ってきた内容が噛み砕けない。
 右から左へ状態だった。

「兄貴、兄貴、しっかりするでやんす!」
「え、あ、おう」

 ぺぺの切羽詰まった声にようやく周りを見るだけの余裕が出来た。
 気づけばぺぺはクロスボウを構え、女の子も拘束を解かれて小さな剣を抜剣している。
 見るからに臨戦態勢だ。
 二人の目付きは鋭く、切羽詰まった状況なことがヒシヒシと伝わってくる。

「でアンタらはどうするの? 手伝ってくれるの?」
「まあ、今更逃げたところで時間稼ぎにしかなんないでやんすからね。仕方ないでやんす」
「盗賊の割にはキモが座ってるみたいね」
「まぁ、オークはしつこい上に鼻がいいでやんすからね。こっちが気付いた頃にはもう遅いでやんす」
「分かってるようで良かったわ。それでアンタは?」

 女の子が俺に話を振ると注目が俺に集まる。
 いや、この状況で俺だけ逃げるみたいなこと言えるわけがない。
 大したことないとか思ってたペペも慌ててはいないようだしオークが何かは分からないが心配する程でもないだろう。

「も、勿論、俺も手伝うに決まってんだろ」
「あー、無理はしなくていいでやんすよ、兄貴」
「何言ってんだ、大丈夫だ」
「そういうなら止めないでやんすけど」

 不安そうに俺を見るぺぺ。
 何なんだよ。そんな顔されると逆に不安になってくる。
 だがもうやめるにしろ遅かった。
 突如、臭ってきた悪臭に顔をしかめる。
 何かが腐ったようなきつい臭い。

「来たでやんすね」
「相変わらず臭い奴らね」

 ぺぺたちの視線を追う。
 視線の先には悪臭の原因と思われる人影があった。
 その見た目に思わず目を見開く。
 見たことがあるがそれはアニメとかゲームの話。
 少なくとも現実では見たことは無い。
 一見すると太った男。だが違いは顔にある。潰れた鼻に理性の色が感じられない瞳。口からは犬歯のように牙が生えている。明らかに人の顔じゃない。
 その姿は正しく半獣半人。
 人と豚の中間のような姿をしていた。
 そんな化け物が八体。俺たちをしっかりと見据えていた。
 口からは涎を垂らし、鼻を鳴らす。
 正しく異形だがその外見よりも俺に恐怖を与えたのは手に持たれた錆びた大包丁だった。
 滴る血液、よく見れば肉片のようなものや髪のようなものもへばりつけている。
 無意識に体が震えた。
 そんな俺を見て、嘲笑うかのように先頭に立ったオークが口角を上げる。

「何笑ってるでやんすか?」

 風切り音。
 矢がオークの頭に突き刺さる。
 汚らしい声を上げてその場に倒れ込んだ。
 振り返るとぺぺがクロスボウを向けていた。
 それが開戦の合図。
 仲間のことなど気にせずに残り七体が怒号を上げて俺たちに向けて走る。

「ちょっと始めるなら言いなさいよね」

 女の子はオークが迫ってきているというのに呑気にそう言って目を瞑る。
 それが合図、周囲に光が漂い始めた。
 幻想的な雰囲気だったと思うが今の俺にそれを綺麗だと思う余裕はない。
 そんな景色さえ不気味に思える。

『我は妖精の子孫にして深緑の守り人。血を元に契約した友よ、我が身に降り掛かる災厄を払う力を』

 言葉に呼応するかのように女の子が身に付けていた宝石の嵌め込まれた指輪に光が吸収されていく。
 女の子が指輪を見たのは僅か一瞬、次の瞬間には宝石をオークへと向け、また言葉を紡ぎ出す。

『火精よ、焼き払え』
火精弾エフ2・ブレット

 言葉は形となり、宝石から放たれる。
 燃え上がる弾がオークへと直撃する。
 まるで燃料でも被っていたかのように一瞬で体に燃え広がった。
 苦悶の声と共にオークは悶えてその場で暴れる。
 だが犠牲など気にしないと言わんばかりに残るオークは足も止めない。

「はぁ、だからオークは嫌いなのよ」

  同じように言葉を繋げてまた火の玉を撃ち出してもう一匹も焼いていく。
 だがそれでも止まらない。それどころか速度は上がり、あっという間に距離は0になった。
 大きく振り下ろされる大包丁。
 大きな身体を武器にした体当たり。
 攻撃をまるで暴れるように周囲へと振り撒く。
 ぺぺは包丁を僅かな動きだけで回避し、女の子は射線上から外れるように横へ跳ぶ。
 俺も拙いながらも女の子を見習い逃げるように跳んだ。
 着地は上手くいかずに地面へと身体を打ち付ける。
 先程まで俺がいた場所には大包丁がめり込んでいた。
 オークの中の一体と目が合う。
 ………身体が震えた。
 やばい。こんな面と向かって襲われた経験なんてないけどこれは絶対にやばい。
 明らかに臆している俺を見て、オークは口を開き、ダラダラと涎を垂らす。
 もう俺の事を食料としてしか認識していないということが感覚だけで分かった。
 深く地面に突き刺さった大包丁を引き抜くと一歩また一歩と俺との距離を詰めて来る。
 尻を引きずりながらも後ずさる。
 動きが悪い。そんな形では速度なんて出るわけもなく、距離は徐々に詰まっていく。

 ───死。

 という言葉が脳裏を過ぎった。
 どんなものなのか考えたことはある。
 その時は結局結論なんて出なかった。
 それは今も変わらない。
 だけど分からないからこそ怖かった。
 気付けば駆け出していた。
 周りの目なんて気にせず、がむしゃらに走る。
 逃げれるかなんて分からない。
 でも目の前の死から逃げたしたかった。
 出来るだけ遠くへと離れたかった。
 俺は情けなく見ていられない程にみっともなく走り続けた。


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次回、恐怖へと立ち向かう………か?

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