果ては未来を担う者

あおいろ

二話・迷いの森

 あれからどれだけ歩いたのかも分からない。
 体感では二時間ほど、兎に角長い時間歩いていた。
 そして、そこまで歩いてやっと気がついたことがある。
 どう考えても同じ所を何度も何度も通っていた。
 そう何故か霧が立ち込めるその一角から抜け出せない場所があるのだ。
 視界不良で遠くを見ることのできない不思議な空間。
 試しにメモ帳の一枚に文字を書き破って目印にした所、十分ほど歩くと同じところに戻ってきた。
 勘違いでも何でもなく繰り返し同じ場所を何度も歩いている証拠だ。
 しかも何が質が悪いかといえば一定まで歩くと全て別の方角に出るということ。
 一箇所を全て別の方向から歩かされている為に毎回視界が少しずつ違い気が付くのに遅れてしまった。
 二時間も無駄に体力を消費した原因は此処にある。
 とはいえ、どうすれば抜け出せるかなんて検討もつかないので分かったからと言って解決するわけではない。
 正直、手がない。
 試しに逆方向に歩いたり、来た方角を地面に書き、行ってない方角を探してそちらに向かったりなどとしてみたがどれも意味がなかった。
 ファンタジー系ならこういう状態って結界や幻術などにかかったような感じなんだろうが残念ながらそんなレアケースにどうやって抜け出すのかなんて覚えてもいないしそんなものがあるわけもないので考えるだけ無駄だ。
 でも、ここまで何をやっても抜け出せないとなるともう手段を選んでいる余裕はない。
 なりふり構ってなどいられなかった。
 とは言っても思い浮かぶ有効な手立てなどなく、はっきり言って詰みだった。
 出来ることといえば、

「誰か助けてぇぇぇえええ」

 変なのに襲われた時と同じく叫ぶくらいだった。
 聞こえるは兎も角としてひょっとしたら誰かに届くかもしれない。
 耳を澄まして周りの音を聞く。
 相も変わらず、風に揺れる草の音のみ。
 他には何も聞こえなかった。
 これでダメならもう俺は歩くことが出来ない。
 ガサッ。
 と諦めかけたその時、何処からか砂を踏み締めたような音が聞こえてきた。

「誰かいるのか!?」

 俺は藁に縋る思いで音の方へと駆ける。
 少し背丈の高い草を掻き分けると、

「な、なんでやんすか!?」
「………お前かよ」

 少し開いた空間で怪しいヤツのちっちゃい方が気に向かって、突っ立っていた。
 凄い慌てた様子、そして微かに聞こえる水の弟。

「お前、こんなところで何やってんの?」
「何やってんの? じゃねぇでやんす! 小便くらい誰でもするでやんす。ちょ、見るんじゃねぇでやんすよ」
「………はぁ」

 どうやら立小便していたらしい。
 何が悲しくて同性の小便してる姿見にゃならんのだ。
 こんなよく分からん場所で随分と余裕だよな。
 また絡まれるのも面倒だし今のうちに逃げるとしよう。

「そんじゃ、ごゆっくり」
「ちょ、ま、待つでやんす!」

 見なかったことにして引き返す。
 小男は慌ててズボンを上げると後ろを追ってきてこともあろうに俺の肩を掴んだ。

「きったね! 触んじゃねぇ!!」
「ぶべっ!?」

 反射的に小男の顔面をぶん殴ってしまった。割と本気で。
 その場に小男が崩れ落ちる。

「い、痛いでやんすぅ」
「謝らんぞ。汚れた手で触ったお前が悪い」
「そうは言っても洗う場所がねぇでやんすから勘弁して欲しいでやんすぅ」

 蹲りながら顔を抑える小男。
 自業自得である。先程襲ってきたというのにこんなやり取りをしている辺り俺もだいぶ余裕をぶっかましているが仕方ないだろう。
 今の殴りが当たったり、無様にも土下座しているような姿になっている小男にはどうしても脅威を抱けなかった。
 それに今の状況を考えると知恵が欲しい。
 もしかしたら何か知っているかもしれないしよく考えたら利用した方がいいことに気が付いたのだ。
 小男が立ち上がるのを待ってから詳しく聞いてみることにした。

「そんでお前は何やってんの?」
「何やってるも何もあんたを追ってきたんでやんすよ」
「あー、やっぱり追って来てたのね」
「当然でやんす! オイラと兄貴は狙った獲物は逃さない最強の盗賊でやんすから」

 その割には逃げられてたな、とは言わないでおこう。
 このご時世に自分たちで盗賊と名乗っているあたり、お察しだ。少々頭の方が弱いのだろう。
 胸張って自慢しているところに水を差すのも悪いしいちいち口を挟むと無駄に話が長くなりそうだ。

「でその最強の盗賊の相方はどこ行ったんだ? 見当たらないけど」
「あぁ、兄貴とは途中ではぐれたんでやんす」
「そんでお前も迷ったと」
「………でやんす」

 しゅんと落ち込んだようにあからさまに俯く小男。
 ダメだ。こいつ頼りない。
 とは言っても今は人を選んでいる余裕はない。
 悲しいかな。頼れるのはこの男のみだ。

「それでこの森はどうなってんだよ? 歩いても歩いても出れやしねぇ」
「まぁ、ここら辺だとよくあることでやんすよ。結構前にオイラ一回だけ迷い込んで仲間が二人餓死したでやんす」

 昔を懐かしむように遠い目。
 サラッと凄いこといいやがった。
 しかも当たり前のように。
 あいつらはいい奴らだったやんす、とか言っているがそんなのは知らん。
 だが運がいい。この小男が生きているってことは何とか抜け出せたということだろう。
 頼りないと思っていたが思った以上に役に立つかもしれない。

「出方とかはないのか?」
「場合にでもよるでやんすね。綻びとかあれば簡単に抜けれるでやんすけど見たところかなり上手く作られてるでやんすからねぇ。多分、出れないでやんすよ、これ」
「………それって何? 餓死コース?」
「でやんす」

 思わず頭を抱えた。
 このおバカは何普通に頷いてるんだよ。
 それって事実上死亡宣告じゃねぇか。

「多分でやんすけど木護人エルフが張った結界でやんすね。深い霧に方向を分からなくするっていうのがアイツらの結界の特徴って昔聞いたことがあるでやんす」
「はぁ? エルフ? 何言ってんだ、お前?」
「疑いたくなる気持ちは分かるでやんす。木護人は珍しいでやんすからね。でもこの辺りは数少ない生息地って言われてるでやんすから居てもおかしくないでやんす」

 そういう事が言いたいのではない。
 何いるのは当然みたいに言ってるんだ。
 やっぱりこいつは頼りにならなさそう。
 取り合ってるだけ無駄かもしれないので深くは触れないでおこう。多分、少々、痛い奴なのだ。
 懐かしいなー。昔、友人にも重度の厨二病がいた。
 絡む時は変に否定したりすると機嫌損ねるから話を合わせてやってたっけ。
 お陰で俺も厨二病みたいな扱いを周りから受けてた。悲しい過去である。

「それで、その結界? はどうにか出来ないのか?」
「そうでやんすねー。オイラは魔術とかはからっきしでやんすから解除とかは出来ないでやんす」
「………えーーっと、なら打つ手はなしと」
「そうでもないでやんすよ。こういうのは結界の起点になるものがあるって聞いたことがあるでやんすからそれを壊せば出れるでやんす。まあ、前に入った時はそれを壊すのに時間がかかり過ぎて二人も死んじまったでやんすけど」
「……そんな探すの大変なのか?」
「ものによってはこんくらいでやんすからねー。すごい大変でやんす」 

 小男が手で表したのは鶏の卵程度の大きさだった。
 百歩譲って壊したら抜け出せるとしよう本当だとしてもこんな森の中探すのなんて正直見つけられる気がしない。
 それは確かに二人も餓死するのも頷けた。

「見つけれるか?」
「そうでやんすねー。二ヶ月待ってもらえたら多分いけるでやんす」
「それは餓死まっしぐらじゃねぇか」
「そうとも言うでやんすね」

 この厨二病小男、頼りにならねぇ。
 嫌だぞ、こんなところで小男と二人で餓死とか勘弁して欲しい。

「なぁ、他にはなんかないのか?」
「ないこともないでやんすけど可能性はかなり低いでやんすよ?」 
「それでもいいからあるなら教えてくれ」
「外から助けてもらう方法か術者が結界を解く方法でやんす」
「どっちの可能性が高い?」
「んーー、外からだと兄貴次第、解いて貰えるのは術者の気分次第でやんす」
「つまり?」
「殆ど可能性は無しってことでやんす」

 頭を再び抱えるしかなかった。正直、絶望ってことだ。
 兄貴、役に立たねえなぁー。

「あ、もう一つあったでやんす。おすすめはできないやつが一つ」
「……あんまり良い予感はしないがなんだ?」
「森を燃やすでやんす」
「本当におすすめできないな。ちなみにそうするとどうなる?」
「木護人が見てたらすっ飛んでくるでやんす。すごい怒って」
「だろうな」

 そりゃエルフじゃなくても森の管理人とか消防士が慌てて飛んでくる。
 放火犯とか言って激おこな上に捕まえれば間違いなく碌なことにならない。
 やるならばそれこそ餓死するかもって時だ。

「他には?」
「死んだフリとかでやんすかね。死体を置いときたくない綺麗好きなら片付けにくると聞いたことがあるでやんす」

 あんまり有効だとは思えない。
 熊の前で死んだフリをするくらいに通用しないだろう。
 だが他のよりは遥かにマシではある。

「やってみるか?」
「やらないよりはいいでやんすね。ほら、これ食べるふりするでやんす」
「キノコ?」

 小男がポケットからおもむろに出したのは見るからに怪しいキノコ。
 赤と紫という如何にも警戒色って感じの色をしている。

「なんでそんなもん持ってんだよ」
「狩り用の矢に塗る毒のためでやんす」
「おい、俺を撃った矢には塗ってないだろうな」
「安心するでやんす。毒が切れてたから今採取してたでやんすよ」
「………無くなっててよかったよ」

 危うく殺される所だった。マジここから抜け出したらこいつを警察に突き出してやる。
 小男からキノコを受け取る。
 上手くいくかは分からないが試さないよりはマシだ。

「食べたフリをすればいいんだよな?」
「一回かじってペッてするでやんす」
「そんなことして大丈夫なのか?」
「問題ないでやんすよ。一週間くらい下痢に悩まされるだけでやんす」
「充分大丈夫じゃねぇだろ、それ」
「オイラは常に下痢でやんすよ」

 何のカミングアウトだ。
 ケツからなんか出すような仕草するな。想像するだろ。
 小男と細かなところを話し合うと直ぐに実行に移すのだった。


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次回、ヒロイン登場!?

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