気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

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「香川教授には『釈迦に説法』だと思いますけれど……」
 呉先生がスミレ色の笑みを浮かべた唇を開いている。釈迦に説法ということわざは当然知っている。多分「専門家に浅い知識の人間が講釈を垂れる」ほどの意味だろうが、自分の場合は精神科についてそれほど知っているわけでもないし、絶対に専門家ではないのになと唇を弛めてしまった。
「精神科の病気の場合、ま、双極性障害などで患者さんと処方したお薬の相性が物凄く良くてあっさり寛解かんかいになる場合も有るのですけれど。
 ただ、そういうのは本当に稀でして、色々お薬を替えて試行錯誤する方が多いんですよ。
 入院に至るほどの重度な精神病では尚更に」
 まあ、そうだろうな……と思って聞いていた。ちなみに寛解とは、症状が治まっている状態のことを言うが、自分が専門の心臓外科などではバイパスさえ繋げてしまえば、患者さんの生活の質QOLが劇的に良くなるし、その後は普通に生活出来るので完治と呼んでいるが、精神科の場合は患者さんの脳の問題とか、生活環境の変化などによってまた同じような精神状態に戻ってしまうことが多々ある。だから寛解とは「今は症状が出ていません」というほどの意味で使われる言葉だ。
「一応は知っていますが、専門家とまでは言えないかと思います。大学の時に齧った程度の知識しかないですし……」
 外科医の場合、患者さんの病変部分は目で見る――当然ながらCTやMRIなどの画像とかなのだが――コトが出来る。症状のみで双極性障害なのか統合失調症なのか分からないような患者さんも居る精神科を鬼門にしている外科医は多い。祐樹も苦手っぽい感じだったし、柏木先生も逃げ腰だったような気がする。
 柏木先生の場合は、学生時代から精神科に興味が全くなくてレポートの代筆を頼まれた記憶があった。
 ただ、その程度は自分にとって楽勝の分野なので別に苦でもなかったものの、実際の患者さんを前にしたら困ってしまうだろう。
「正直なところ、田中先生の心の傷も――まあ、病気とまでは断言出来ませんが――かなり深くてですね……。それでなくても精神科の場合は数か月だと早いほうで、数年単位なんてザラです。もっと酷い人になると、数十年にも亘って入院生活を余儀なくされることもあります。
 ですから」

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