気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

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 目分量でこの程度かなと思って紙に包んでいると、呉先生が魔法、いやマジックでも見るような感じで自分の指の動きを見ていることに気づいた。
 手先の器用さには自信があるのでーーでなければ外科医なんてしていないーーそういうのが苦手な呉先生にはそう見えるのかもしれないなと思ってしまうが。
 ただ、呉先生のお裾分けとはいえ、祐樹が好きなチョコメーカーのお土産を持って帰ることが出来るのは単純に嬉しい。
「森技官の雄弁さというか、ディベート能力の高さは知っていますけれど、そんな愚痴を延々言われるのは流石にキツいですね」
 ディベートという、一つのテーマに沿って討論するだけならば、何とか自分でも勝つまではいかなくても引き分けくらいに持ち込めるような気はするが「恋人同士の些細なケンカ」には耐性がない。恋人になる前の祐樹は「わけの分からないこと」で一方的にまくし立てられたこともあったし、その後もあらぬ嫉妬心が原因だったのは少し笑ってしまうが、アメリカの富豪の件でーーといっても、アメリカ時代には王族とかアラブの石油王といった人たちにも手技を施したこともあり、自分にとってはそんなに珍しい人種ではなかったがーー怒りをぶつけられたことも有った。その当時は自分もあらぬ嫉妬心というか、「祐樹の気持ちが移ろうのでは」という身も凍るような恐怖でいっぱいいっぱいだったので何を言われているのか分からなかったという事情はあった。
 今となってはこの包装紙に包んだチョコレートよりも甘くて苦い良い想い出になっているが。
「途中までは受け流しますけど、限度を超えたら怒鳴ります。
 職業上、相手に対して話を遮るとかはあまりしたくないのですが、プライベートなら許されるかなっと思って。『文句があるなら、いつでもこの家から出ていけ』でピタリと止まるので便利ですよ。まあ、数回しか使ったことのない、魔法の言葉ですが。
 魔法といえば、本当に綺麗に包めますね。このままお店に出しても通用しそうです。
 良いですね。この箱ごと持って帰ろうと思っていたのですが、私たちが食べた分とか田中先生にお分けするので、穴が空いてしまっているので」
 呉先生らしい返しに思わず微笑んでしまったが、手元にある箱は全部揃っていれば綺麗だが、口に入れた分だけぽっかりと空いて寂しそうだった。
 だったら。

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