気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

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「ゴディバですか?豪華ですね……。これも患者さんに慕われている証拠ですね……」
 ゴディバのチョコは祐樹が最も気に入っているブランドということもあるし、単純に美味しいと思ってもいる。
 呉先生は白衣に包まれた華奢な肩を竦めている。
「教授の豪華なお弁当とかに比べたら全然ですが……。まあ、こうやって感謝の気持ちを頂ければとても嬉しいですけれども」
 呉先生は吉野家の牛丼とか宅配ピザといったいわゆるジャンクフード系が好きだとは知っていたし、甘党なのも知っていたが、昼食の時に強く誘うべきだったかと思った。
「有り難うございます。このメーカーは祐樹も大好きなのです。
 それはそうと、ゆ……いえ、今度お弁当とかランチの差し入れの時に呼びましょうか?宜しければ……」
 「祐樹が居ない時」と言うのを危うく止めた。
 呉先生はとんでもないというふうに首を振った。
「教授執務階の廊下を歩くような度胸はないです。それに、まかり間違って真殿教授と遭遇したら廊下で口論とか怒鳴りあいを仕出かしそうになりますので……。大声を聞きつけた教授達が皆顔を出したりしたら悲惨ですよ……」
 確かにあの静謐な雰囲気を醸し出す重厚な空間に怒鳴り合いは似合わない。その上、廊下で大声を上げる人が居れば、自分だって手が空いていると覗きに行くだろうなと思ってしまう。
 そして、教授室のドアが次々と開いて、教授会の時にしか一堂に会さない顔がずらりと並んでいるのを想像するのも可笑しくてつい笑ってしまう。
「それはそうですね。ただ、森技官の口喧嘩の手法を学んだとか言っていませんでしたか?」
 不定愁訴外来を立ち上げる前には大喧嘩したという話は呉先生からも聞いたし、ウワサに疎い自分の耳にも入って来ていた。
 その後、森技官と同棲?同居するようになって、恋人の得意技も学んでいるようだったので。
 コーヒーの香りとチョコの甘い香りがクラシカルな空間に仄かに立ち上って心が安らいでいくのが分かった。
「今日の相談なのですが、かなり心の傷が癒えたと判断しています。
 私も『そういう』行為に対してフラッシュバックが絶対に出ないという確信が持てるようになりましたし。
 だから、『あの』日に口走ってしまった言葉を撤回したいのですが……口に出して言って良いものか、判断に迷ってしまって……。それに言葉って難しいのです、私にとっては……」
 言葉による診察がメインの精神科出身には分からないかな?と思いつつ言ってみた。
 すると。

 

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