気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

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 それに、祐樹は自分のことを以前と変わらずに接してくれている。
 鈴虫のすだく音や、金木犀きんもくせいの香りが夜も更けたせいかより一層際立っている中で二人して佇みながら聞いていることに微かな喜びを感じる。
 祐樹の場合、本当に一人になりたいと思ったら――少なくとも救急救命室の戦場のような慌ただしさが一段落すると、祐樹だけの隠れ家にタバコとコーヒーでリフレッシュしているというのは聞いていて、その場所は柏木先生や久米先生にも内緒にしている。
 自分はそういう隠れ家に桜を見に行くとかで連れて行ってもらったことがあるが、救急救命室には勤務していないので――そもそも教授職の人間が他科の医療に口も手も出すことは病院の不文律で禁止されている。ただ、杉田師長は十八番おはこの「ここでは私が法律よっ!」という鶴の一声で手伝ったこともあるし、他科の人間が出しゃばっても北教授は何とも思わないだろうが――夜間は共に過ごしたこともない。
 救急救命室の修羅場と今、祐樹が心の奥底に隠している傷を隠すのが同じかどうかは分からないが(一人になりたい)という気持ちにはなっているように思う。それが自分を一緒の空間に置いてくれることで(祐樹に拒まれていない)ということに胸いっぱいに吸い込んだ金木犀の香りではなくて、その花をワインに漬けて出来た桂花陳酒が身体の中に循環しているような夢見心地になってしまう。
「桂花陳酒も確か金木犀の花が入っているのですよね?貴方はお好きでしょう?」
 祐樹が自分の思考を読んだように凛々しく引き締まった唇からタバコの煙と共に紡いでいる。
「ああ、好きだな。今日呑んだワインもとても美味しかったが……。甘いお酒は大好きなので。
 それに桂花陳酒は甘さだけでなくて、香りがもっと濃厚に出ている感じで。
 ほら、今この空中庭園というか、ビルの上に樹木を植えた場所といった方が正しいのかとも思うが、その中でもツンと澄んだ夜気に香る仄かなのと異なって……」
 そんな他愛のない話をしているだけで、今の自分は涙が出るほど嬉しかった。
「甘いお酒もお好きですよね。カルアミルクとか。私はあのお酒を呑むくらいだったらコンビニとかで売っているカフェラテとかコーヒー牛乳と変わらないのでは?と思っているのでそれほどの吸引力はないのですが」
 祐樹の眼差しが夜の月のように輝いているのもとても嬉しい。
「ああ、そう言えばそうだな……。確かに雪印とかのコーヒー牛乳とかはあんな味だし。
 何で呑むのか分からないな、そう言えば」
 すると。
 
 
 

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