気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

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「祐樹、もう一度しないか?」
 今夜は大丈夫のような気がする。
 呉先生も「恋人の夜」についてはそれほどアドバイスをしてくれたわけではないけれど、自分の持っている知識とか祐樹と過ごした夜の数の経験則から「今夜は大丈夫だろう」と何となく思ってしまう。
 ただ、今夜が大丈夫でも明日になれば分からない。
 今は一度終えた、しかも無事に……。二人とも気持ち良くなったのも本当に安堵してしまう。
 一回目は取り敢えずクリア出来た。この波に乗ってもう一度肌を重ねておく方が良いかも知れない。
 ここで遠慮してまた仕切り直しになるよりは、このままもう一度……と思ってしまう。
「え?良いのですか?無理してません……よね」
 祐樹の何となく歯に衣が着せてあるような言葉が悲しい。
 ただ、自分のことを労わってくれているのもひしひしと分かる。
 そういう気遣いをしてくれる祐樹の優しさは嬉しいが、何だか悲しくもある。
 出会った時から祐樹の誘いを断ったこともなくて、むしろ心待ちにしていた。最近はともかく、最初の方はかなり強引に求められた。最初から祐樹にだけ恋をしていた自分だったが、自分の言葉の足りなさとか誤解が誤解を生んでそうなってしまっただけだった。祐樹は後でそのことを聞いて反省して謝罪してくれたが、そんなものは全然要らないのにと当時思った。
 心というものは数値化出来ないし可視化も無理だ。だから祐樹が自分に対して「そういう欲望」を持ってくれたことだけでとても嬉しくて天にも昇る気持ちだった。
「無理はしていない。ただ、何となくもう一度祐樹としたいな……と思って。
 ダメなら――」
 祐樹だって、クラブラウンジで見せたあの蒼い眼差しでも分かるように、心の奥底に傷を負っている。しかも誰にも言っていないとか、心情を吐露する相手が居ないのだろう。
 自分が聞いても良いものかが分からない。やっぱり呉先生の頼もうかとも思ったのだが、表向き祐樹は「傷など負っていない」という態度を貫き続けている。
 だから自分が「呉先生と話せばどうだ?」的なことを言うと却って傷口をえぐる結果にしかならないような気がする。
 それに。

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