気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

140

 内心恐れていた「あの時の恐怖」のフラッシュバック的な発作もなかった。
 花園の門に祐樹の熱くて硬いモノがあてがわれた時には、悪寒めいた戦慄が背筋を凍らせたのも事実だったが、自分の体の上に居るのが祐樹だと目で確かめた途端に悪寒が甘美な「旋律」に変わったのも確かだった。
 祐樹は「事件直後」の自分が言ってしまった言葉通り、部屋の灯りは明るすぎるほど点けていてくれた。
 その効果があったのも事実だが部屋が真っ暗でも、祐樹の肌の香りとか丁寧過ぎるほどの――もしかしたら自分の肌に残っている祐樹の愛の手管の中では最も優しくて、時間を掛けてくれた――指や身体の動きで「自分を愛してくれているのは祐樹に違いない」という確信を持てたかもしれない。
 「たら・れば」という仮定は職業上身に染み付いているので好きではなかったものの。
 とにかく無事に終わって心の底から安堵した。
 それは祐樹も同じらしくて、いつも以上に満足した表情を浮かべている。
「良かった……。物凄く感じたし……」
 祐樹の前髪を指で梳き上げながらそう告げた。
「それは良かったです。私も物凄く素敵でした。
 ――こんな時間を持てる幸せを待っていましたから……」
 多分、祐樹は「そういう欲求」を我慢してくれていたのだろうな……と思った。
 実は自分もそうだったのだが、本当に上手く出来るかとか、呉先生は口を濁していたものの「その瞬間」にパニック障害になる可能性すら有ったので――精神科は専門ではないが、それなりの知識は持ち合わせていたので充分予測できた――そうならなくて本当に良かったと思ってしまう。
「大丈夫でした、よね……?」
 祐樹の眼差しが心配そうな色を帯びて自分を見下ろしている。
「大丈夫だった、今回は……だが……」
 パニック障害の厄介な点は何時いつ起こるか分からない点だ。
 大丈夫だとは思っていたが、それは今夜だけかもしれない。自分の体と心がままならないというのも歯がゆい。
 もしかしたら、次の愛の行為ではこんなに上手く行かない可能性も捨てきれなくて、言葉を濁してしまっている。
 祐樹はその心の揺らぎが分かったらしくて、案じるような眼差しで自分を見つめてくれていた。
 そういう表情は――祐樹の気持ちは嬉しかったものの――いつも強気な祐樹には相応しくなくて、そんな表情を浮かべさせてしまった自分が嫌になる。
 ただ。

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