気分は下剋上 chocolate&cigarette
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祐樹がタバコの火を風を器用に避けているのを少し離れて見ていた。
そして、救急救命室の野戦病院さながらの状況が収束して祐樹だけの隠れ家に行ってタバコを吸う時はきっとこんな表情を浮かべているのだろうな……と思わせるものだった。
自分も祐樹の病院敷地外の隠れ場所に連れて行ってもらったことはあるものの、それは二人きりの休憩モードの時間だった。だから祐樹はリラックスしている感じだった。
大学病院は全面禁煙が原則で、職員用の門の近くにこっそり設けられているのだが夜間でも職員がいるので気を使って世間話をしなければならないので避けているらしい。
職員用の喫煙場所以外で吸っているのがバレたら警備員さんにこっぴどく怒られるらしい。それが度重なれば蜘蛛の糸を張り巡らせることにも長けた病院長の耳に入ってしまう可能性もあるのでタブーになっている。
そういう夜のしじまの中で束の間の休息をとる祐樹はきっとこんな表情だろうし、人の命が掛かっている医療行為と同列に扱うのはどうかとも思うが、先ほどのクラブラウンジで感じただろう祐樹の精神的プレッシャーの重さをひしひしと感じた。
言葉にすると、どれもが正確な想いは伝わらないような気がしたので最終的には黙ってしまったが、唇には笑みを浮かべ続けよう。
「鈴虫の鳴き声が聞こえませんか?」
都会の喧騒がかすかに聞こえてくる空中庭園だけれども、耳を澄ませば祐樹の言う通りリーンリーンと涼しげな声が聞こえてきた。
「本当だ……。こんな都会で鈴虫の鳴き声が聞けるとは思わなかったな。
涼しげで良いな……。それに夏も――『もう終わり』だなと実感させられる。金木犀の香りも」
「夏も『終わり』」が最も言いたいことだったし、上手く汲み取って欲しいと切実に願った。
「そうですよね……。『終わり』ですよね……」
祐樹も自分自身に言い聞かせるような感じで呟いた。
「そうだな。秋の気配が濃厚になったような気がした。日の暮れるのも早くなったし……」
そろそろ予約の時間だろうなと頭の隅では思いながら、鈴虫の鳴き声や金木犀の香りを二人して楽しみたかった。
言葉は交わさなくても、なんとなく祐樹の表情が和らいだようbな気もした。見間違いとか思い込みによる気のせいでないことを祈ってしまう。
「夕食を食べてから、もう一度ここに来ませんか?都会の真ん中で秋の夜の風情をいち早く二人きりで楽しみたいです」
祐樹が灰皿にタバコを入れながら言った。
もちろん。
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