気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

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 呉先生と話し合った方が良くないか?とかカウンセリングを受けてみないか?という言葉が頭では思うものの言葉にはどうしても出来ないことを持て余してしまう。
 祐樹が例の元研修医から自分を――実際は守ってくれたのだが――守りきれなかったことへの悔悟の気持ちから心に傷を負っていることに間違いはない。
 ただ、祐樹はそういう「弱味」を見せたがらない傾向に有るし、実際このホテルでも元研修医が座っていたと思しきテーブルを見る時の眼差しは自分が見たこともないような蒼褪めた光りを宿していた。
 祐樹は激務にも関わらず健康管理を常に留意しているし、元々が丈夫なのだろう風邪とかインフルエンザやノロウィルスに罹ったことはない。
 ただ、もしそういった身体症状に出る病気なら「病院に行った方が良い」と気軽にアドバイス出来る。
 高度に細分化されたウチの病院でも――祐樹は病院内での知り合いの先生も多いので本来的に受診はお断りしている程度の風邪なども気軽に診てくれる人は居そうだ――外来としては無理でも隙間時間に少し診て貰えるような感じだし、それが嫌なら近所のクリニックという手も有る。
 しかし、精神科への受診を促してみることへの難しさを痛感した。呉先生の場合、現在は不定愁訴外来のブランチ長だが、祐樹が不定愁訴を訴えているわけでもないし、自分が勧めるのも精神科だということは祐樹にも明確に分かるだろうから。
 これが明らかに双極性障害とか統合失調症のような病気の疑いが有るというなら話は別だが。そもそもそういう精神疾患、しかも重度の場合は患者さんの前に出ることも出来ないレベルだ。双極性障害のウツ症状などで悩む医師は実際のところ多いのだが、軽度の場合が殆んどで欠勤までするレベルになる場合は病院長判断ということになっている。
 それに呉先生は祐樹の精神状態について明らかに懸念を表明していたものの、彼が出て行くよりも自分達で何とかした方が良いのではないかという診立てだったし。
「美味しいな……」
 祐樹が黙り込んだ自分を見ていたので慌ててチーズを口に運んだ。このホテルのカマンベールチーズは特に美味しいのだが、今は味も分からずに食べていた。
 辛口の白ワインが咽喉を苦く冷やして行くようで、その微かな不快感を祐樹に気取られないように笑みを取り繕った。
 目敏い祐樹を誤魔化せたかどうか自信は全くなかったが。
「そろそろ、鉄板焼きのお店に行くか?」
 この瀟洒かつ重厚さが調和した快適な空間が妙に居心地が悪いのも、呉先生に聞かされたエピソードのせいと、そして実際に祐樹の雰囲気が太陽のようなオーラが日蝕になってでもいるような感じで落ち着かない。
 そして。

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