気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

119

「その茶わん蒸し、とても美味しそうに召し上がっていらっしゃいますね。
 このサーモンのムースもとても美味しいですよ。舌の上に載せたら溶けるような感じで。
 何だかムースというよりも生クリームのような柔らかさです」
 祐樹が気を取り直したように笑みを浮かべてくれた。
「それも美味しそうだな……。白ワインに合うだろうか?」
 茶わん蒸しを匙で掬って祐樹の唇へと運んだ。
 マンションではそういうことも良くしているがこのホテルでは人目も有るのでここまではしない。
 しかし、祐樹の眼差しの奥にある昏い光りを打ち消すことが一番の急務なので背に腹は代えられない。
 祐樹もそっと周りを見回した後に、茶わん蒸しを唇の中に入れた。
「ああ、本当に美味しいですね。この繊細な出汁は何で取っているのでしょうか……。
 お返しです」
 紅いサーモンのムースが銀色の匙に載せて唇へと運ばれた。
 同じ味を二人で楽しむのも心の距離を少しでも縮めてくれることと、そして祐樹の精神の奥の傷が少しでも癒えるようにと切実に願いながら強いて笑みを浮かべた。
「うん。とても美味しい。少し辛口の白ワインの良く合いそうだ。頼もうか?」
 少しワザとらしいかな……と思いつつも明るい声と笑みを繕った。
「良いですね。このサーモンの味はクセになりそうです」
 通りかかったスタッフにワインを注文している祐樹に「もう一個ずつ取ってくる」と言い残して席を立った。
 サーモンのムースだけではなく、白身魚のムニエルとかチーズ、そしてニンジンのグラッセなどをお皿に彩りと形よく盛りつけて席に戻った。
 ため息を必死に押し殺して、その代わりに笑みを満面に浮かべながら。
 祐樹の広い背中とか肩を見ると、何だか後ろを――先程、悲惨な交通事故現場を見るような眼差しで見ていた場所だ――振り返るのを必死で耐えているような感じで強張っていた。
 他のホテルにすれば良かったかも知れないと思いつつため息の代わりに笑みを取り繕って白いリネンの上にお皿を置いてから座った。
「乾杯しようか?」
 スタッフがキリリと冷えた感じのワインを運んで来てくれたので、そのグラスを持ち上げた。
 祐樹も幾分強張った感じの唇に笑みを載せてグラスを掲げている。
 そして。

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