気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

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 祐樹も我に返った感じで唇に笑みを浮かべた、表情は強張ったままだったけれど。
「そうですね。チェックインを済ませて来ますので、貴方はお好きなところに座ってお待ちください」
 先ほど祐樹が見ていたテーブルから――といってもテーブルにもアメリカ人と思しきゲストに罪はないのは分かっている――死角になる席に座った。
 夕闇の中にビルとか車の照明が光っているのが見える――ついでに大阪城も――奥まった席なら大丈夫だろう。
 通りかかったスタッフにアイスコーヒーとアイスティを頼んだ。
 そして祐樹が先ほど見ていた――ことになっている――サーモンのムースを取りに席を立った。
 夕食に和食レストランの鉄板焼きを予約しているのでそう多くは食べられないのだが、ムースだけではなんだか不自然な気がして大阪名物の押し寿司を形よく皿に盛り付けて、ついでにごく小さな茶わん蒸しも。
 サーモンのムースと同じような大きさの器だったので、バランスを取るためだけに選んだようなものだったが。
「ああ、美味しそうですね。この色鮮やかなサーモンのムースも、そして茶わん蒸しですか?このプリンみたいなものは……」
 祐樹がキーを持ってテーブルへと近づいてきた。
 普段なら、祐樹は最も景色が美しく見える方向の椅子に自分を座らせてくれて、室内向きの席は祐樹というのが習慣めいたものになっているが、今回は窓の外の見事な夜景だけを見下ろせる場所を祐樹用に空けておいた。
 あのテーブル席を見せたくない一心で。
「ここの茶わん蒸しの繊細な味も覚えたくて……。サーモンのムースは、原料からして違うのだろうな。どうしてもこんな綺麗な色にはならないので……」
 強いて笑みを繕いながら言葉を選ぶ。
「リッツは本店がパリですよね。あちらではスモークサーモンって安い食材らしいです。日本でいうなら梅干しみたいなものでしょうか?
 ただ、梅干しだって大衆向けのスーパーで売られているものと百貨店のとでは味も全く違いますよね。そういう違いがあるのではないでしょうか?」
 茶わん蒸しを木の匙で掬って一口食べた。普段は同時に食する習慣めいたものがあるが、先ほどの強張った表情といい、なんだかこの場所で食べたくないような雰囲気が、そこはかとなく漂っていたので、自分が食べて笑顔になれば祐樹も気分が変わるだろうと思ってのことだった。
「この硬さと柔らかさの絶妙のバランスが素晴らしくて、舌で溶けていくような感じだ」
  すると。

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