気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

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「病院長に呼ばれたので、直接大阪の例の場所に向かう」
 散々考えた末の携帯メールがこの文面だとは誰も思わないだろう。自分は勿論会社務めの経験はないが、常識とかドラマなどで知っている限り、恋人に対してというよりも、上司などへの業務連絡だってもっと気が利いているような気がする。
 ただ、その点については以前祐樹に聞いたところそんなに気にしていないそうなのでそこのところは安心だったが。
「了解です。一階の入り口近くの喫煙所でお待ちしています」
 即座に返事が返って来た。「事件」の前はタバコの量も減っていたのだが、今思えば祐樹が事件の予兆を感じた時から明らかに増えている。
 脳梗塞や心筋梗塞のリスクは病院で普通の会社務めよりも綿密な健康診断を病院で受けているので問題はない上にガンに対する遺伝子検査までしたので大丈夫だとは思う。
 健康上の問題はそう懸念していないけれども、多分祐樹は必死に押し隠している精神の傷跡の修復のためにタバコが増えたのだろうな……と。
 そちらの方がよほど重大だった。
「分かった。何時になるか分からないがなるべく早く向かうので」
 病院長も「事件」のことは気にしているので精神科の真殿教授――病院長は呉先生の不定愁訴外来も重用しているがそれは多分大っぴらに出来ない上に腐っても教授職の真殿教授をムゲには出来ないらしい。ただ「事件直後」の公園で呉先生を交えてリハビリというか気分転換をしていた時に真殿教授の制止を押し切って電話を掛けて来た件は祐樹にも自分も最悪のタイミングだったのは事実だが。
 祐樹が指定した喫煙所は綺麗な木目調で覆われている――大阪のキタという一流企業のオフィスも多数入っている場所なだけにビルに入るまでの一服という点で最善を尽くしたに違いない。病院の職員用喫煙所とは大違いだった。
 そこでいかにもエリートビジネスマンといった感じの――最近は非喫煙者が増加しているというデータは有るものの――祐樹の背筋を凛と伸ばした立ち姿を見るのも楽しみだった。
 そういうパッと見ただけでは全く心に傷を負っているのが分からないので尚更だった。
「お待たせしてすまない」
 祐樹の一際目立つ長身に喫煙所で声を掛けた。
 すると。

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