気分は下剋上 chocolate&cigarette

こうやまみか

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「つまりは私の気持ちが平坦なのは病気レベルではないということですか?」
 呉先生のスミレ色の笑みが春の陽だまりを彷彿とさせる。
「はい。それは疾患ではなくて、単なる個人差の範疇に収まるモノだと判断しています。
 教授はご存知だと思いますが疾患と性格の線引きは素人判断ではなくて専門医しか出来ないようになっています。
 まあ、精神科ナースだと――公に広言することは当然出来ませんが――専門医と同様の判断も可能ですけれども、そういうベテランナースに聞いてみても同じことを言うと思います」
 精神疾患かどうかはアメリカの精神医学会が出しているDSM-5が日本でも一般的なことは知っている。呉先生も自分が知る限り最も優秀な精神科医だし充分過ぎるほどに信頼もしている人だけにその可憐な花のような唇から発せられたので心が軽くなった。
「そうですか。私が精神的におかしくなっていないと呉先生に言って頂けて安心しました。
 私が早く回復しないと――フラッシュバックが起こらないという確信を得ることが出来れば良いのですが――裕樹の回復まで遅れますよね……」
 呉先生の華奢な指が――自分の指のことを祐樹はいつも褒めてくれるが呉先生の方が手を酷使していない分だけさらに細い――細い顎に添えられている。
「それはそうですよね……。
 あのう、差し出がましいのですが、自宅マンションにお二人でいらっしゃるよりも、他の場所でデートをなさる方が良いかと思います。
 同居人にチラッと聞いたのですけれど、大阪のどこかにあるホテルが行きつけとか……。
 そういう場所の方が良いかと思います」
 森技官は裕樹の相談を受けて色々動いてくれていたことも今となっては知っている。
 そして警察官僚の友達まで巻き込んでいるのだから、自分達の行動範囲などもある程度は把握していても全くおかしくない。
 それに祐樹の様子がいつもと違うと感じるようになった日から直ぐに呉先生を通じて森技官に相談が行っているハズで、事件が起こった日まで森技官の――直接ではないにしろ――目が光っていたのは確実だった。彼ならば国家権力まで使える立場に居る上に「目的のためなら手段を選ばない」という性格なので使えるモノは何でも使ってくれただろうから。
 その「監視の目」というか「護衛の目」と言った方がより正解に近いような気がするものの、とにかくそういう最中にも祐樹と大阪のホテルに出掛けていた。
 あくまでも今思えば……という話だったが。
 それなのに。

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